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6点(レビュー数:2人)

作者佐々大河

巻数8巻 (連載中)

連載誌ハルタ:2013年~ / エンターブレイン

更新時刻 2016-02-21 13:06:18

あらすじ ディスカバー・ジャパンーーこれは、古き良き日本文化を取り戻すための物語。 時は明治初頭。東京から蝦夷まで、地図なき道を旅したイギリス人がいた。その名はイザベラ・バード、冒険家。彼女の目的はただひとつ、滅びゆく日本古来の生活を記録に残すこと。通訳の伊藤鶴吉をひとり連れ、日本人すらも踏み入ったことのない奥地への旅が、今はじまる!漫画誌ハルタの実力派新人・佐々大河。初のコミックスは、日本の魅力を熱筆した旅物語!!

備考

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この漫画のレビュー

7点 景清さん

[ネタバレあり]

 英国人日本研究家として知られるバジル・ホール・チェンバレンは1905年(明治38年)の著書「日本事物誌」の序論にこのように記した。

「古い日本は死んで去ってしまった。そしてその代わりに若い日本の世の中になった。」

 本作「ふしぎの国のバード」の主人公イザベラ・バードが日本最果ての地を目指し旅立ったのが1878年(明治11年)であり、作中にも描かれる様々な今や失われた江戸期の幻影が当時はまだ息づいていたことを考えると、わずか20年足らずで一つの文明が死に絶えたということになる。その間に帝国憲法が発布され、治外法権も撤廃となり、そして多くの人々が血を流した日清日露の大戦争があった。

 主人公の英国人女性紀行作家イザベラ・バードは実在の人物で、本作も彼女の著書「日本奥地紀行」(1880年刊行)が原作となっている。明治期には多くの外国人が鎖国を解いたばかりの「神秘の国ニッポン」を訪れ、風景の美しさや伝統工芸の巧みさ、独特な風俗などを讃える文章を多く残し、それらは近年テレビ番組の一ジャンルと化した感もある日本スゴイ系コンテンツに引用されることも多い。

 英国人女性が日本の文化風俗に多大な関心を寄せる様を描く本作及びその原典も、見方によってはそれら日本スゴイ系コンテンツの一部と読めなくもない。実際に主人公バードは人力車夫や馬子など人々の素朴な親切さを讃え、日光東照宮の絢爛さに驚き、会津道の景色の美しさに魅せられる。
 一方で本作の大きなポイントは、それら賞賛だけでなく文明人が非文明化された地を旅する際につきものの「戸惑い」の部分も余さず描かれている点だ。しかもそれは「英国人から見た日本」という視点からだけでなく、「現代日本人から見た当時の日本」、滅び去ってしまった古い日本への我々現代人からの戸惑いとも重なるのである。

 今や姿を消した街中の様々な行商人、お歯黒を塗った女性、背中に立派な彫り物をし、寿命を削りながら奔り続ける人力車夫(江戸期は飛脚だった)、プライバシー概念のない野次馬趣味、低俗な酒宴の余興、老若男女混浴の露天風呂、不快害虫の巣と化した宿の一室、男根をかたどった村の守り神、庶民の貧困、貧困、貧困……

 日本は貧しかった。そして関所で区切られ他藩は他国であった時代の名残から、バードと同行の通訳・伊藤鶴吉も地方の珍奇な文化習俗に驚愕と嫌悪を示す。
 彼は同じ日本人の文化を「あのような恥知らずな風習」と蔑んだ。当時の日本人の志ある若者の多くは、日本を欧米諸国のような立派な文明国にしなければならないと考えていたため、母国の伝統に対して概して否定的だったという。

 そしてそれらのバード(そして読者)の戸惑いが頂点に達するのは、現時点では二巻終盤で描かれた会津の寒村の夜の一幕だろう。不潔な村で病に苦しむ子供に薬を与えたバードを頼り、彼女の宿に押し寄せる、皮膚も爛れたまるでゾンビのような村人の群れ。
(当時の日本人庶民の“皮膚病”事情については、バードに限らず多くの外国人旅行者も記録しているという)

 日本は、貧しかった。ちょっと我々の想像を超えるくらい貧しかった。そして頑張ってそれなりに豊かになった。その過程で一方、多くのものも捨てた。
 それら捨てさられた文明の記録として、「日本奥地紀行」はまことに価値の高い書物で、それを皮相的な日本スゴイ系コンテンツが溢れる現代にこうして漫画というメディアの力を通じて視覚的に楽しめるというのは大いに意義のあることである。
 バードは一旅行者にすぎないので、どうしても彼女の視線は他人事の旅行者目線にならざるを得ず、そこには無自覚な差別意識も免れない。それでもそういう視点からしか描かれ得ないものは確実にあり、現代の我々が死に去った時代を覗き見る上で最適の視点でもある。そして、彼女の視点は、あくまで優しい。

 作者の丁寧な描写力に支えられた意義ある良作といえる。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2016-12-26 16:28:24] [修正:2016-12-27 04:35:16]

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