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7.25点(レビュー数:4人)

作者丸尾末広

原作江戸川乱歩

巻数1巻 (完結)

連載誌コミックビーム:2007年~ / エンターブレイン

更新時刻 2009-11-25 00:45:00

あらすじ 時は大正昭和のはざま。三文文士の人見広介はうだつのあがらぬ現実の世に飽き飽きしつつ、自分だけの美の楽園を夢想する日々を送っていた。しかし、自身と瓜二つの大富豪の急死を知った彼の脳髄は、ある黒い考えに支配されるようになる。
「もし、死んだ主人が一週間後に生きて還ったとしたら…」
自らを捨て、富豪になりすまし、彼の遺産を自由に使えたならば、夢にまでみた美の楽園をこの手で………

交錯する現実と夢想、美と醜怪。江戸川乱歩の最高傑作にして空前絶後の問題昨を、漫画界の猟奇王・丸尾末広が完全コミカライズ。

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この漫画のレビュー

9点 景清さん

江戸川乱歩の小説はこれまでも子供向けの「少年探偵団」シリーズから大人向けのエログロ猟奇路線の作品まで、幾度となく映画化や漫画化、ドラマ化などがなされてきた。しかし、それらの乱歩の作品群でも、本作「パノラマ島綺譚」は傑作の呼び声は高かったがなかなか映像化などの為されなかった作品である。(舞台劇になったことはあるらしい)
本作の肝はミステリーなどよりも、主人公が莫大な富に物を言わせて孤島に建造した「理想郷」の景観描写にこそ重点が置かれており、そのスケールの巨大さゆえに半端な予算ではまず映像化は困難なことが理由の一つに挙げられよう。しかしながら、原作小説を読んだ時からこの大パノラマの如き理想郷を、文章から想像するだけでなく一度は実際の”画”として見てみたい、という欲求は常にあった。ハリウッドのティム・バートン監督とかなら映像化できるかも知れないが…。

そんな時に書店で何の予備知識も無しにこの漫画版の「パノラマ島綺譚」を発見した。しかも作画を担ったのは大正昭和風のレトロな猟奇趣味の絵柄で定評のある漫画界きっての猟奇王、丸尾末広というではないか!な、なんたる完璧な組み合わせ。これまでこのタッグの作品が発行されなかったのが不思議なくらいだ。心の中で「キタコレ」と叫んでしまった。

丸尾末広はこちらの期待以上の素晴らしい仕事をしていた。映画や舞台と違い、漫画は紙とペンさえあればどんな巨大なスケールの物語だって表現できる可能性がある。しかし、この「パノラマ島綺譚」の真の主役であるパノラマ島は、物語主人公の歪んだ美意識の結晶としての禍々しい魅力を読者にあたえなければならないため、並の表現力では描写は困難だ。しかし丸尾は原作の表現をいちいち忠実に再現しつつ、そこにさらにバロックやルネサンスス芸術、近世ヨーロッパのグロッタ趣味などの意匠を盛り込んで見事にパノラマ島を”画”として浮上させた。
これまではそのグロテスクさ、猟奇性が強調されがちだった丸尾末広の描線だが、本作ではそこにさらに谷口ジローの絵柄を思わせる透明な精緻さが加わっており、それがまた原作との相性が抜群だ。乱歩の小説は書いてある内容はとんでもなく変態的でも、文章自体は簡潔明快で読みやすいため、この絵柄もそんな雰囲気をよく表現している。

さらに素晴らしいと思ったのが、作中に埋め込まれた様々な「時代」の刻印だ。大正天皇の崩御を伝える新聞や当時の街並・社会風俗の描写、ツムラの「中将湯」の絵看板、そして「ぼんやりとした不安」を抱いて自殺した同時代の大作家の芥川龍之介のことなど、原作には見受けられなかった当時の時代背景の表現にも力が注がれている。こうした下地作りが、物語後半のパノラマ島の非現実的な幻想世界への飛翔の効果を高めているのである。原作小説が書かれた戦前の当時と違い、我々はこの後に日本が戦争によって一度滅亡の淵に追い込まれることを知っている。そうであればこそ、芥川龍之介の自殺を作品に盛り込んだことにも意味は見えてくるし、このパノラマ島そのものがその後に始まる激動の時代を前にした一時のうたかたの夢であるかのような解釈も可能となる。これは、現代だからこそ可能な事であり、本作をあえて現代にこうして漫画として復活させる意義もまたそこに見えてくる。

こういうオリジナル要素のささやかな導入は人によっては余計に思えるかもしれないが、自分はこれを是としたい。本作は、古典と化した作品を現代によみがえらせる上での一つの理想形とも思える傑作であった。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2008-08-04 22:09:28] [修正:2008-08-04 22:09:28]

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