「景清」さんのページ

 紀元前三世紀、地中海世界の覇権をかけた二大大国ローマとカルタゴの大戦争、ポエニ戦争。本作『アド・アストラ』は、カルタゴの生んだ稀代の軍略家でありローマ史上最大の難敵と言われた”怪物”ハンニバルと、彼からローマを護るべく対峙した同じく天才軍略家スキピオの対決を主軸に据えた歴史アクション漫画である。

 スキピオとハンニバルの対決劇は歴史(特に戦史)好きの間では広く知られ人気もあるテーマで、最近1年越しで2巻目が発売された人気の某作品でも二人仲良く異世界を絶賛漂流中だが、同時代のローマを描いた漫画作品として読んだことはまだなかったので本作には高い期待を持って接した。

 本作で描かれるハンニバルの繰りだす様々な戦術の数々-機動力の駆使した包囲殲滅作戦、周到な調略による兵力の増強などなどは聞くところによると現代の軍事教本でも参考にされるほど完成度が高かったというが、古代も現代も変わらない戦争行動がある一方で、本作には現代の近代国家同士の戦争ではあまり見ることができない古代ならではの戦争のイメージも見事に描かれている。国と国、人と人の闘いだけに留まらない、神軍の戦争である。
 第1話で少年ハンニバルのもとにカルタゴの神である雷神バールの意志が雷が降るように降り立つシーンには身震いした。ハンニバル(バールの恵み)はぇ決して単なる軍人としてではなく、カルタゴの神の意志そのものとしてローマへの狂気じみた復讐戦争へと身を投じる。

 導入部としてはほぼ完璧だったが、残念ながら1巻を通して見た場合、第1話で見せた恐ろしい予感にまだまだ応えきれていないように思える。まず展開が少々早すぎる。第2話で早くも成人しローマへの復讐を開始したハンニバルは、あれよあれよという間にイベリア半島を暴れまわり史上名高いアルプス越え(数万の軍勢と戦象を引き連れてアルプス山脈を踏破!)も一瞬で終わらせてしまった。このアルプス越えはハンニバルを語る上では絶対に外せない部分だっただけに、もう少し重きをおいて描いて欲しかった。

 これは恐らく終生のライバルとなるスキピオとの初顔合わせを単行本一巻の中で終わらせ、展開のテンポなども重視した結果なのだろうが、おかげで歴史大河巨編らしい重厚さが少々足らなくなってしまった気がする。絵柄もリアルよりで上手いがもう少し生気(それと狂気)も欲しいところだ。だがまだこれからもおいしい見せ場には事欠かない事は歴史的にも確約されたようなものなので、今後未だ若輩のスキピオがハンニバルに劣らずローマの神をその身に宿すかのような大奮闘を見せていけばきっと素晴らしい作品となるだろう。そんな二人の軍神の間に隠れた凡人の一兵卒ガイウス(本作のオリジナルキャラだろうか?)の今後も、二人の対決に劣らず気になる部分ではある。

 これからどうなるか注意深く見守る必要があるが、連載デビューから物怖じせずに調理の難しい題材に挑む作者には敬意を評したい。

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[投稿:2011-10-30 22:10:21] [修正:2011-10-30 23:23:38]