「景清」さんのページ

 これまで多くの作品において文明社会崩壊後の荒廃した未来世界が描かれてきた。そこには無法の荒野、異形の生物、ロストテクノロジーと化した旧文明の遺産、そして群れをなしてヒャッハーする飢えたマッチョ兵士などなどがモチーフとして頻発してきたワケだが、今回紹介する『牙の旅商人』はこの類の作品としては久々に大ヒットを予感させる意欲作である。今最も続きが気になる漫画の一つだ。

 何らかの大災厄により現代文明が崩壊した後の遙か未来の世界、家族を野盗の群れにヒャッハーと惨殺され一人荒野で死を待つのみだった少年ソーナは謎めいた美女に命を拾われる。女の名はガラミィ。武器を満載した漆黒のゾンビ馬車を駆り、善悪問わず求める者に武器を売ることを生業とする武器商人ギルド最強の戦士。
 彼女は決して親切心のみから少年を救ったわけではなく、法治の及ばぬ荒野の掟を説き、私が命を拾った以上、対価を支払わぬ限りお前の命は私のものだと告げるのだ。

「汝に問う!!欲する武器に如何なる対価を支払うや?」

 このガラミィとソーナの主従契約によって運命は動き始めた。様々な国家や組織の思惑が交差し、クトゥルフ神話や吸血鬼など種々の幻想文学から材を拾った異形の怪物が跋扈し、旧文明の遺跡が過去の惨禍を謎めかせる果て無き大地。様々に魅力的なモチーフが少しずつ小出しされ、その世界の全貌はなかなかあらわにはならない。旧文明は如何にして滅んだのか?異形の神々は如何にして生まれたのか?そして何より、武器商人ガラミィの旅の目的とは?魅力的な作画により、様々な謎を自然な流れで少しずつ掘り起こしていく物語展開は圧巻である。

 物語展開でもう一つ注目したいのが、作中の随所において登場人物同士で取り交わされる様々な“契約”である。これは本作がただのファンタジーアクションでなく“商人”というモチーフを採用しているからなのだろう。
 冒頭のソーナの命とその対価の話に始まり、売買、護衛、雇用と物語の要所においては必ず何らかの契約がキャラ同士で結ばれる。逆に言えば主人公パーティもそれらの契約の賜物であり、安易な友情や愛情に拠った擬似家族では無いのだ。また、武器商人は善悪問わず対価を支払う者には武器を売るので、時にはそれが災いや破滅をもたらしうる事実も作中早々と描かれる。『ゴルゴ13』を思わせる乾いたモチーフに感じられるかも知れないが、無論それだけでは無い。

 どうも本作は、この“契約”というモチーフで『ジョジョの奇妙な冒険』のような人間讃歌を描こうとしているフシがあるのだ。

 契約に必要なのは何よりも売り手買い手双方の誠実さなのだが、この無法の世界においてそれらを愚直に人が守ろうとしていく様はそれだけで感動的なのであり、何より運命を主体的に切り開こうとする覚悟の表れとしても表現される。本作の物語展開は1巻後半の中編「ユガの市」以降ノンストップで次々訪れる危機また危機の連続活劇、セーブポイントが無く操作を誤れば即You diedの即死ゲームをスレスレで突破していくような快感があるのだが、それらの要所要所において登場人物は覚悟を込めた運命の選択として、種々の契約を交わす。これが物語においていいアクセントになっており、テーマ的にも広がりうる可能性を秘めているのだ。いずれ主人公一行は単なる所有や主従の関係を超えた絆で結ばれることになるのだろうが、そんな人間性のかがり火の火種は覚悟に基づく契約なのである。人間性を捧げよ!

 それと蛇足だが、帯文で三浦健太郎や萩原一至など画力に定評のある先生方が激賞しているように作画の迫力・美しさもともに申し分ないので、ますます満足度の高い作品に仕上がっている。単行本巻末に掲載される原作者七月鏡一のエッセイもややクサいが示唆に富んでいて読み応えがある。今後も楽しんで読んでいきたい。ヒャッハー。

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[投稿:2012-01-29 18:43:16] [修正:2012-01-30 01:18:35]