「朔太」さんのページ

9点 ラフ

あだち充さんの作品は大抵読んでいるつもりでしたが、
有名な「ラフ」を全巻揃えて読んでみました。
ラストのまとめ方の上手さとそこに至る亜美ちゃんの
心の変遷が乙女チックで感動しました。

現代版ロミオとジュリエットが下敷きになっています。
先代からの遺恨の遺言が残る商売敵から、毎年
「人殺し」の年賀状が送られてくるお相手が美少女でした。
水泳や飛込み競技は、単なる添え物です。
スポーツそのものは爽やかさを演出するだけの小道具です。
むしろ、様々な障害、例えば選手生命を絶つような
交通事故がライバルの恋敵に起こったり、幼馴染み時代を
共有していたり、偶然と運命の予定調和の物語が主題です。

物語をしっかりしたものにしているのは、今回もヒロイン
亜美ちゃんの淡い恋心の芽生えを表情で見事に表現して
いることです。
例えば、救急箱を急いで取りに行く圭介を待つために、
その前に手に入れた救急バンを隠すとぼけた表情。
押し付けがましくなく、さりげなく好意を会話に挟むシーン。

一方で脇役たちも見事に、人間賛歌を演出します。
特に、緒方が素晴らしい。
久米の恋の成就のキュービットとして、わざと嫌われ者を
演じます。
彼が母親の療養のために北海道に去るわけですが、その
早朝の最後の別れのシーンも男らしい。
小柳かおりも最初は、悪役敵役で登場しましたが、圭介の
優しさにほだされていく乙女心の表現も見事でした。

あだち作品のヒーローは常に定型で、飄々とした性格が
持ち味です。
頑張らない、ダメな男がカッコ良い、という価値観でしょうか?
でも、実際それで日本チャンピョンになれるはずもないのですが。
実際、圭介には、親父の言葉として自分を表現しています。
「親をおろおろさせるようなところは全くない。
何をやってもそこそこ、大けがも大失敗もない。
手のかからない目を離しても安心していられる。」
そんな男が現実にはヒーローになれるわけもないのですが、
あだち作品ではそんな青年の持つ素晴らしさに
スポットを当ててくれます。

「タッチ」も素晴らしい作品ですが、「ラフ」は双璧
かもしれません。
減点の1点は、卑怯者の敵役など冗長なエピソードを
挟んでいる点です。
これが少ない作品ほど、私の評価は高くなっている感じがします。

いずれにしても最大級レベルの良作と言えるでしょう。

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[投稿:2019-10-02 19:54:23] [修正:2019-10-02 19:54:23]

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