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 去年「竜の学校は山の上」で話題になった九井諒子の新作。

 相も変わらず熱心に独自の世界を構築していこうとしている姿勢は変わっていなくて。とにかく愚直なまでに独自の世界を描き、その世界でしか物語れないものを紡ごうとしている印象。そしてファンタジーといえども、嫌味ならない程度に現実を想起させる世界と人々。
 ただ日常とファンタジーが入り混じった独自の世界観が作りこまれているからこそ、その世界と物語との間にギャップが生じた時にその隔たりは巨大なものになってしまうように思う。例えば今作であれば第一話「竜の小塔」は、世界が練りこまれているからこそ結末の安易さが気になってしょうがなかった。

 ただそんな風に感じてしまった部分は前作よりもはるかに少なくて…。世界と物語のすり合わせ方が上手くなったのか、私の感じ方が変わったのかは分からないのだけれど、今作では圧倒的に心にすっと物語が入ってきた。
 「人魚禁猟区」は人と異なるものとの触れあいを描くことを得意とする九井諒子の真骨頂で、甘くも苦い異種遭遇譚。母親による狼少年育児エッセイが組み合わされた「狼は嘘をつかない」はくすりと笑える入れ子構造がうまくハマっていて日常とファンタジーが入り混じる面白みを存分に感じられたし、超能力家族パロディ「犬谷家の家族」はとことん可笑しいコメディながらも現実味を感じられるオチが九井諒子らしくて実に良かった。

 ところで九井諒子の「線」って何でこんなに色気がないんだろうなあと不思議に思っていたのだけれども、そうじゃないんだということにようやく今作を読んで気付いた。ここまで意識的に線をコントロールしようとしている人もいないかもしれない。絵柄だけではなく、一つの短編の中でも線を描き分けることで世界を描き分けようとしているというか。
 魅力的な線を描ける人は絵に余白が多くても全く気にならないのだけれど、そうでないからこそ自分は描き込んでいるんだなんてことを語っていたのは確かわらいなくだったと思う。九井諒子の矜持は多彩な線が描けるということなんだろう。「わたしのかみさま」ではあえて無味乾燥なタッチでユーモアたっぷりに“かみさま”を描いているし、何より「金なし百祿」は絵師と筆で命を吹き込まれた絵たちが織り成す涙ほろりの物語はそんな九井諒子しか描けない傑作だった。

 ということで、前作よりもはるかに九井諒子の魅力が伝わりやすい作品集になっていると思う。前作を読んでもあんまりぴんと来なかった私のような人にもおすすめ。今読めば「竜の学校は山の上」もまた違った風に感じられるかもしれないなあ。

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[投稿:2012-10-21 17:35:11] [修正:2012-10-21 17:41:10]