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 モーニングツーに掲載された9篇を集めた宮崎夏次系の作品集。デビュー作ということで、西村ツチカ、九井諒子、市川春子なんて最近のニューウェーブ系の流れに位置づけられるのかもしれない。そう言う意味では、もはやこの手の絵柄だけでは新鮮なんて感じることはできないのだけれども。

 でもこの作品はそういう新鮮とか新鮮じゃないとかいう次元の話では全くないよなあ。久々に漫画を読む楽しさを存分に感じさせてもらった。
 というのもこの作品、ストーリーだけ説明しても全く面白さが伝わらないと思うのよ。とにかくシュールで、荒々しくて、理不尽で、荒唐無稽で、とことん馬鹿話。あらすじを伝えても困惑させるかもしくは失笑させる自信しかないもの。作品集の最後を飾る「紙村のさわやかな変体」なんてクライマックスでオムツが空に飛んでいってしまう。他の短編も概ねそんなテイスト。

 ただこの漫画が凄みはそんなストーリーがやはりシュールで、荒々しくて、理不尽で、荒唐無稽な絵柄や語り口と合わさった時に、オムツが空に飛んでいく場面で泣けてしまうってことで。漫画において、これだけ絵と物語が不可分な作品を作れる人がどれだけいるんだろう。デビュー作でこれだけのものを作り上げてしまえるんだから、本当にとんでもないよなあ。
 いやあ、でも本当に理不尽だぜこれ。だって自分でも何でこんなに感情を揺さぶられているのか分からないのだ。宮崎夏次系は心底理不尽に、突然に、鮮烈に、登場人物の激情を切り取ってしまう。そして訳も分からないうちに震えてしまう。泣かされてしまう。そんなに本当にわくわくする漫画体験。

 特に個人的なお気に入りは「水平線JPG」「娘の計画」「成人ボム 夏の日」「飛んだ車」。「飛んだ車」のまさに車が飛んだシーンなんて脳裏に焼きついて離れないもの。他にも「娘の計画」の“なんで”だったり、「成人ボム 夏の日」の凝縮された3分だったり…宮崎夏次系は一瞬の感情を鮮烈に切り取って、私たちの脳裏に焼き付けてしまう。

 この人がストーリーだけ提供しても絶対にこれほどまでに感情を揺さぶられることはないってことは確信できるもんなあ。漫画であることにひしひしと意味を感じさせてくれる人は松本大洋を始め、ひと握りしかいないと思うのだ。ということで間違いなく天才の類だと思うので、一読をおすすめ。特に短編好きはマスト!

ナイスレビュー: 1

[投稿:2012-12-13 00:13:27] [修正:2012-12-13 23:50:43]