「小嘘騙り」さんのページ

[ネタバレあり]

ラスト近く、竹本が買い物をするはぐみを見ているシーンが秀逸。
青春時代を終えて旅立つ若者の、寂寞感とか清涼感とかいったものをよく表現していると思う。

大ヒットした本作だが、いろいろ特色があるマンガだ。

まず、数多くの登場人物がそれぞれのエピソードを持っていて、またそれを各登場人物の視点を上手く切り替えながらつなげている。
一つ一つのエピソードでも十分なボリュームがあって、しかもそれを積み重ねるようにつなげているので、読者はそれぞれの登場人物に感情移入しながら飽きることなく読めるようにできていると思う。

もうひとつは、とても綿密に取材をして書いているということ。
竹本の自転車旅行とか、はぐみの入院とか、細部が細かく書かれていて感心する。(トンネルの中ではトラックがすぐそばを通っていくとか、自転車をこぐと食べ物がエネルギーになることを実感するとか、書物だけでなくきっと経験者に話を聞いたりしてると思う。)

三つ目に、森田というキャラクターの存在。
この人のエピソードだけ視点が一人称でなく三人称で、話にリアリティがない。他の登場人物のエピソードがリアルに書かれているのと比べてはっきりと違いがある。
これは、この人は(作中で実際そう言われているように)王子様キャラとして用意されているからだと思う。
明るくて、お調子者で、ちょっと天然で、ありあまる才能を持っている(しかも美形)、こんな人が身近にいたら楽しいだろうし、王子様なのだから現実感はなくて当たり前なのだ。
このキャラのおかげでせっかくのリアリティが損なわれているともいえるが、反面このキャラがいなかったらどうだろうか。ただの地味な青春マンガになってしまわないだろうか。良作だけど知る人ぞ知る、みたいな。
少女マンガとしてヒットするのに、森田は不可欠な王子様キャラだったのである。
他にも、少女マンガ的な悪乗りの部分があって、苦手な人にはつらいと思うがでもしょうがない。少女マンガなんだもの。

そして一番感心するのは、こういったことはきっと全て計算づくで書かれているのだろうということ。
いい作品を書いて、きっちりヒットさせた作者の手腕に感心する。

ただ、残念なのは「才能を持つもの同士の惹かれあい」みたいなテーマはあまり消化できていないということ。
はぐみの方はそのへんが直接的に描かれていないし、森田のほうは半分冗談のようにして描かれているので(アカデミー賞?とか)、この二人に突出した美術の才能があるということがあんまりピンとこない。
次回作ではきっとその辺を掘り下げるんじゃないかな、と勝手に期待している。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2008-04-20 16:25:05] [修正:2008-04-20 16:25:05]