ホーム > 不明 > 海外作品 > ファン・ホーム ある家族の悲喜劇

10点(レビュー数:1人)

作者アリソン・ベクダル

巻数1巻 (完結)

連載誌海外作品:2006年~ / 小学館集英社プロダクション

更新時刻 2011-11-23 03:04:23

あらすじ ペンシルベニア州の片田舎で葬儀屋を営む家庭の長女として育てられたアリソン。英語教師として働きながら自らの耽美的な世界にひきこもる父親とは、互いに関心を持たないまま冷淡な関係が続いていた。やがて大学生になり、自分がレズビアンであることを自覚しカミングアウトしたアリソンは、父もまた自分と同じ同性愛者であることを知る。その事実を知って数週間後、自殺とも言えるような事故によって父親が死んだ。
いったい私は、父の何を知っていたと言えるのだろう――?セクシャルマイノリティとして、文学を愛する者として、共感を覚えながらもすれちがい続けた父と娘。互いをつなぐ微かな糸を、繊細にして静謐な筆致でたどる、ある家族の喪失と再生の物語。

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ファン・ホーム ある家族の悲喜劇のレビュー

点数別:
1件~ 1件を表示/全1 件

10点 booさん

コミックで読む文学。コミックでしか読めない文学。初めて読んだ時、こんなアメコミがあるのかと驚いた。
もちろんスピーゲルマンのマウスに代表されるオルタナティブコミックやプレスポップから刊行されているダニエル・クロウズの作品などヒーローもの以外にもアメリカには優れたコミックがたくさんあることは理解している。でもこれ程とはねぇ…。

「わたしはその日、冒険に乗り出したのだ。それはホメロスの『オデュッセイア』のごとく、エピソードごとに、少しずつ父親の本質に近づいていく旅であり、『オデュッセイア』と同じくらい壮大な冒険だった。」
ファン・ホームがどのような物語なのか、端的に説明している本文中の一節だ。

事故なのかそれとも自殺なのか、結局心から理解しあえぬまま亡くなってしまった父親。ある所では通じ合いながらも、すれ違い続けてきた父親。
著者アリソン・ベグダルが自分はレズビアンであると大学の図書館で気付いた時、ゲイであった父親の本質への探求は始まった。

ファン・ホームは7章から構成される。それぞれ異なるテーマに沿って、そして章が進むにつれてより深く父親と自分の真実に迫っていく。第3章では「グレート・ギャツビー」に父親を投影し、第4章では「失われた時を求めて」に著者と父親の姿を重ねる。
このように著者は上の二つやユリシーズを主とした文学を中心に、演劇やTV番組などまで非常に多くの作品と彼ら家族の姿を重ね合わせる。アリソン・ベクダルは文字通り、あらゆる角度から父親を、自分を映し出す。物語が進むごとに、幾重にも父親を囲んでいた壁は少しずつ少しずつ取り除かれていく。そして父親を見つめることはベグダル自身を見つめることでもあった。
ついに第7章で冒険者の旅は結実する。悲劇と喜劇、父親と娘、憎しみと後悔、ゲイとレズビアン…様々な道、交わらないと思っていた道はつながり、これまでも実はずっとつながっていたことが明らかになるのだ。

何といっても最後の1ページが良い。泣いて、感動に震えて、最高の体験だった。何度読んでも素晴らしい。
この作品を私がすごく気に入っているのは、全てが最後の1ページに集約されているのに、それが何であったか言葉には出来ないからなんだよなぁ。ベグダルが大胆な手法で丁寧に、静謐に家族の姿を描き出してきたからこそ最後の1ページは本物になって、かつ既存の言葉を超えた。
そして恐らく言葉を超えたものの表現というのはコミックが目指している所の一つだ。小説よりも絵で語れるコミックにはさして難しくないことに思えるかもしれない。しかしファン・ホームは“絵”とさらに色んな作品から借りた“言葉”、この二つを使って表現を押し上げた。文学だけでも、コミックだけでもたどり着けない所に。

ファン・ホームやアラン・ムーア作品、また高野文子の「黄色い本」なんかを読むとあまりに漫画は文字を嫌いすぎているように感じる。その流れを作ったのは手塚治虫だっただろうか。
色んな方向性があって、文字も、言葉も、一つの可能性なんだな、そう痛感させられる。

一つだけ残念なのはやはり引用される作品の多くを実際に触れたことはないということ。私が既読だったのは「グレート・ギャツビー」、「ライ麦畑で捕まえて」、「アダムス・ファミリー」くらいで、特に「失われた時を求めて」と「ユリシーズ」を読んでいればさらに理解は深まるのだろうなとは思った。
ただ作中でも「自分が『失われた時を求めて』を一生読むことはないと知って人は中年になる」なんて言われているようにそんな人は文学科の学生かよっぽどの文学愛好者くらいのもの。「グレート・ギャツビー」くらいは事前に読んでおいたら良いかもしれない。読んでなくても文脈で十分に分かりはするのだけれども。

しかしもう少し話題になっても良い気がするんだ。アメコミの中でもさらに文学好き向けと、門が狭いのかな。刊行された時期も不運だった。
ということで普段アメコミを読まない方でも、読書好き、文学好きには全力でおすすめ。似たようなことを試みている高野文子の「黄色い本」が好きな人なんかもぜひぜひ。小説含め、今年一番震えた文学だった。

最後に、この傑作を直接出版社に持ち込んでくださった翻訳者の椎名ゆかりさんとその正確な訳には心からお礼を言いたいです。ありがとうございます。
こんな作品を日本で読めたのはちょっとした奇跡。読まないのはもったいない自伝的ノンフィクション・コミックの傑作です。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-11-23 03:08:31] [修正:2011-11-24 00:07:24] [このレビューのURL]


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