ホーム > 不明 > ハルタ > 狼の口 ヴォルフスムント

7.28点(レビュー数:7人)

作者久慈光久

巻数8巻 (完結)

連載誌ハルタ:2009年~ / エンターブレイン

更新時刻 2010-09-17 09:27:45

あらすじ 14世紀初頭、アルプス地方。イタリアへと通じるザンクト=ゴットハルト峠には、非情な番人が守る関所があった。何人たりとも通行能わぬその砦を、人々はこう呼んだ。ヴォルフスムント―――“狼の口”と。

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この漫画のレビュー

8点 景清さん

※レビューは「シグルイ」に対する言及多数

 久しぶりに漫画をジャケ買いした。全身を甲冑で覆い表情を一切感じさせない不気味な騎士が読者に向けて槍を突き立てるという不吉なカバーイラストにまずやられた。西洋中世を舞台にした活劇というのも好みだったのでジャケ買いに及んでみた次第だ。

 どうやら中世”風”のファンタジーではなく、14世紀初頭のアルプス地方の争乱を描いた歴史ロマンらしかった。第一話を読み始めると、気高く美しくツンデレな亡国のお姫様と彼女を護る寡黙で屈強な騎士の逃避行が描かれていた。ああなるほど、そういう騎士道ロマンなんだな。うん、それなりに面白そうだ…。 

 ところが第一話を読み終わるや、そんな第一印象は見事にたたき壊されていた。な、な、な、なんという展開!この作品の意図する所とは?これはもしかして、あの残酷無惨時代劇漫画「シグルイ」の西洋版か?いずれにしても、とてつもない作品に巡り会ってしまった! 

 物語はオーストリア公国ハプスブルク家の圧政に対するアルプス地方の抵抗運動を下敷きに描かれる。タイトルにもある「狼の口」とは、アルプス地方からイタリアへと通じる関所の事で、物語はこの難攻不落の関所を突破しようと試みる反ハプスブルク勢力のドラマとなっている。
 しかし、狼の口に自ら飛び込む獲物の運命は決まっている。狼の口は一切の例外を認めず下される無慈悲な死の運命の象徴であり、かの関所をあずかる一見柔和な優男の代官ヴォルフォラム(一応主人公か?)は、冷徹非情な死神そのものとして異様な存在感を放っている。
「笑いは本来攻撃的なもの」とかのシグルイにはあったが、このヴォルフォラムが”獲物”を前にして口元をニヤリと歪ませる際の不穏さは筆舌に屈しがたい。物語全体の通奏底音として、終始こんな異様な迫力が作品を支えている。

 では残酷で重苦しくて読みにくいかと言われれば、必ずしもそうではない。キャラデザインなんかはかなり今風で女性キャラも美しいし、過剰にスプラッタ趣味の残虐表現は抑えられているので内蔵とか目鼻とかが飛び散るような表現が苦手な人も読めるだろう。一方で絵柄はかなり特徴的で個性がある。黒と白のコントラストが鮮やかで輪郭は力強く、中世の木版画を思わせる絵柄であり、作品の雰囲気にもよく合っている。
  表現に関してもう一つ注目したいのは「血」や「涙」といった感情表現と結びつく体液が、非情に”重み”を持って描かれている点だろう。これはこの作品のテーマにも結びつくものが感じられる。中世人にとって血と涙は、我々現代人が考える以上に重要な意味を持つイコンであった。

 上の方で自分はこの漫画を「西洋版シグルイ」と言った。確かに一話を読み終えた時はそう感じたが、第一巻を読み終えた頃にはそんな第一印象は次第に変化しつつある。 「残酷な死の宿命にはかなく翻弄される人々」というモチーフは共通しているが、シグルイが空しさや諦観を感じさせるのに対してこちらの狼の口は、たとえ幾重の屍を積み重ねようともどれだけ血や涙を流そうとも、それでもなおあがき続ける強烈な前進への意志が感じられる。シグルイが様々な登場人物やプロットを用いつつも最終的には一対の剣士達の宿命・因果に収斂していくのに対し、本作の物語はいずれ大きな歴史的なうねりにまで拡大していく事が予感される。
 第一巻収録の最終話である第三話では、狼の口の象徴する死の運命に、ほんのわずかだが綻びが穿たれた。いずれこの綻びは次第に大きなものとなり、物語を前へ前へと押し進めていく事となるだろう。そこに神の意志のようなものまで表現させる事ができたなら、本作は真の傑作となる、かも知れない。

 前門の虎後門の狼、今後が楽しみな残酷無惨活劇である。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-02-22 00:17:05] [修正:2010-02-22 23:12:40]

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