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8点(レビュー数:8人)

作者漆原友紀

巻数2巻 (完結)

連載誌月刊アフタヌーン:2010年~ / 講談社

更新時刻 2010-11-08 17:53:06

あらすじ 日照り続きで、給水制限中の街。酷暑にあてられて意識を失った川村千波は、豊かな水にあふれる村で、少年と老人に出会う夢を見る。祖母に夢の話を聞かせた千波は、意外な言葉を聞く。「それ……ばあちゃんの昔の家じゃないかねぇ」また行きたい──そう願った千波が目を覚ましたのは、夢だと思っていたあの村。そして再会した少年・スミオから、この村では雨が降り止まないことを知らされる。
 

備考 短期集中連載

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この漫画のレビュー

10点 景清さん

 前作『蟲師』で和風ファンタジーの新たな地平を切り開き、鮮烈な印象を与えてくれた漆原友紀が趣向を変えて挑んだ作品がこの『水域』だ。『蟲師』との違いは舞台が現代日本である点、主人公が異能の力を持たない普通の少女である点、1話完結式の奇談集では無く、連続性のあるストーリーの単行本2巻分の中編である点など様々にあるが、独特の茫洋とした淡い描線や空気感、歴史的な古層を感じさせる豊穣な物語性、日本の原風景としての「山里」への愛着、自然への畏敬の念などの根本的な部分での作者のこだわりは共通していたため、前作と変わらず大いに味わい深く読むことができた。
 本作が作品単体としても素晴らしい傑作である事は疑いなかったが、いかんせん前作『蟲師』の比類ない奇想に圧倒された身としては多少の物足りなさを感じた事も事実で、10点では無く9点くらいが妥当であろうと思っていた。ところが、非常に不幸な出来事ではあったが忘れもしない3月11日のあの日を経て、これまでは実感の希薄だった「もどるべき故郷の喪失」という本作で描かれた主題が決して絵空事でない事を否応なしに思い知らされ、考えを改めた。
 本作は、今だからこそ多くの人々に読まれるべき作品であり、またこれからも読み継がれていくべきであると強く信じる。

 物語のフォーマットとしては、読者の郷愁を誘う祖父母の村を舞台にした都会っ子少女のひと夏の冒険を描く「ぼくのなつやすみ」のようなものであり、そこにちょこっとファンタジー要素をちりばめたりして最終的には「家族の絆」をテーマとした作品という事が出来る。何だか非常にありふれたジュブナイルものに思えてくるかも知れないがそこはさすがの漆原友紀、優れたストーリーテリングと味わい深いにも程がある描写でそんな凡庸さなど微塵も感じさせない。
 異常気象で猛暑日が続きダムの渇水すら囁かれるそんな夏休みのある一日、水泳部に所属する女子中学生の主人公千波はランニングの最中に熱中症で昏倒する。
 目覚めると周囲の景色は全く様相を変えていた。止まない雨、人影のない山里、記憶の水脈の彼方に繋がる、遠い郷愁を呼び起こす山村で彼女の出会う少年と老人。聞けば他の村人達はみなどこかに行ってしまったと言うのだが。
 渇水にむせ現世と夢の向こうにある雨止まぬ山里。この水面で隔てられたような彼岸と此岸を往還しながら、物語は時間軸すら自在に前後させつつ、とあるに山里に抱かれて育ち結ばれ、そして山里を捨てたとある家族の3世代に渡る別離と再会の物語を紡ぎだす。更にそこに村の開村伝説である「龍神さま」をめぐる伝説や村人達の様々な人間模様などが重層的に描写され、中盤に明らかとなる夢のなかの山里をめぐる真相。千波が往還した山里こそ、彼女の祖父母と母親が生まれ育ち、そして都市の利便のための水源となるべくダムの湖底へと沈んでいった今は無きふるさとなのだった。異常渇水によってダムが干上がり、湖底に沈んだかつての山里の姿が再び白日のものとなった時……。多くの記憶と想いの水脈が繋がりそして去っていく美しくも儚い結末。

 人工美の象徴としてのダム湖、その水域に散じて集まる人々の想い、天と地をつなぎ人と自然をつなぐ雨水の化身としての龍神。日本は水に恵まれた国であり、それゆえに水をめぐる特異な自然観を発達させてきた国でもあるが、本作ではダムという現代的な切り口から、水をめぐる幻想譚として非常に豊かな読み応えのある作品に仕上がった。それだけでなく、「ダムに沈んだ村」という(やや使い古された題材ではあるが)故郷喪失の遣る瀬無さも加わる事で、単なるファンタジーの域を超え現代的なテーマも合わせ持つ広く多くの読者に読まれるべき作品になっている。

 程度の違いはあれど、近現代の日本の歩みは古くからの地域共同体を破壊する事で進展してきたし、その流れを止める事はおそらく出来ないだろう。本作のラストも3世代の家族の再会を描くハッピーエンドでありながら、故郷の喪失という現実からは逃れられないほろ苦さに満ちている。そしてあの忘れ難い3月11日以降、震災と原発事故により本作で描かれたような故郷喪失の悲しみは広く多くの人々の間で共有される事となってしまった。建物やインフラなどの物理的損壊だけでなく、地域に根ざして生きる人々の営みとそれらを育んできた自然そのものがかつてない規模で破壊されてしまった。

 まことに不幸な事ではあったけれど、だからこそ、今だからこそ本作は多くの人々に読まれ読み継がれるべきなのだと改めて強く思う。失うことと忘却する事は、決して同じではない。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-04-28 01:52:12] [修正:2011-05-15 18:14:29]

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