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10点(レビュー数:1人)

作者中村珍

巻数3巻 (完結)

連載誌月刊IKKI:2007年~ / 小学館

更新時刻 2010-03-05 14:31:18

あらすじ 殺してほしいの? 日常的に続く夫の暴力。そんな日々に耐えかねた女は、友人のレズビアンに夫を殺すよう持ちかける。想い人からの頼みを断りきれず、レズビアンは彼女の夫を殺し、そして?

備考 「モーニングツー」で連載開始され、2010年から「月刊IKKI」に移籍した。

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羣青のレビュー

点数別:
1件~ 1件を表示/全1 件

10点 booさん

 本当にすさまじい漫画。読んでいると、いつの間にか息が止まっていることに気付いたり。体の変な所に力が入っていたり。知らないうちに滂沱していたり。読んだ後に30分くらい放心状態で天井眺めていたり。その後眠ろうとしても全然寝付けなかったり。そんな漫画はなかなかない。

 もう内容はと言えば、どろどろでぼろぼろな悲劇。惚れた女の旦那を殺したレズ女と旦那の暴力に耐えかねてレズ女に旦那を殺すよう頼んだめがね女、二人の宛のない逃避行が始まる。
 女二人の逃避行といえばやっぱりテルマ&ルイーズだったり、もしくは人を殺すことに追随する負を描くという意味であれば罪と罰だったり、内容面での新鮮味はそんなにないのだけれども。しかし羣青がすさまじいのは、圧倒的に本物ということだ。

 羣青はすんごく重い。本当にどろどろでぼろぼろで狂おしくて。でも重い話というだけなら、別に珍しくはない。そもそも読み物で何億人死のうと、現実における一人の死とは比べ物にならないわけで。話が重ければ重いほど、舞台が現実であればあるほど、私達はその乖離を痛感させられてきたと思う。
 ただ羣青が他と圧倒的に違ったのは、いつもそこにあったはずの現実と読み物を隔てる厚いフィルターが限界までぶち破られていたことで。羣青において人が死んだら、傷つけられたら、本当にそうであるように感じられた。どこまでもどうしようもない後悔とか、糞みたいな愛とか、底の見えない憎悪とか。二人の感情の濁流というのが直にドカンと来た。

 そう、本当に濁流。漉されていない大量の感情。だからこそ自分と全く縁もないこんな二人にありえないほど感情移入してしまう。移入するというかもう引きずり込まれてしまう。没入にも程があるくらい没入して、気付いたら滂沱しちゃっている。すごすぎる。
 何でこんな作品を描けるのかって考えた時に、そりゃあ中村珍の技量や漫画に対する真摯な姿勢はもちろんあるのだけれども、それでもこれはありえない気がする。それを可能になさしめたのは帯に書かれているように“魂”としか言えないのかなと。完全に一線を踏み越えてしまっていると思う。

 もう何か言葉にすればするほど嘘になっていく感じがして、でも多分それが本物ということだ。絵は癖があるし、ページ数や値段も含めてなかなか買いにくい作品なのだけれど、頭をぶん殴られたような衝撃を味わいたい人は必読。まじで大傑作です。

[完結によせて]
 羣青という作品は、愛や孤独、理解しあうことを描いた作品だった。人と人は決して本当には一つになれないこと。本当の意味で他者を理解することは出来ないこと。もちろんこれらは羣青だけではなく、数多くの作品で描かれてきた普遍的なテーマだ。
 特にSFというジャンルはこれらのテーマを得意としてきたように思う。宇宙人が誰かの頭の中に乗り移ったり、人類が個体の枠組みを超えた一つの生命体となったり…。空想の世界の中では、人がひとりぼっちから解放されることは容易かった。

 羣青の何が特別かというと、驚くほどにこれらのテーマに真正面から立ち向かっているということで。だからこそ羣青を読むと息苦しいし、“愛”という言葉が全く似つかわしくないほどこの作品は泥臭い。

 とにかく執拗に自己と他者の世界のずれが提示されていく。主人公であるメガネさんとレズさんの世界は決して交わることはないし、理解しあうことはない。何度も何度も彼らはぶつかり合い、すれ違い続ける。
 極め付けが、メガネさんとレズさんの兄貴との会話であり、レズさんとレズさんの元彼女さんの母親との関係性だ。レズさんの兄貴も、レズさんの元彼女さんの母親も決して悪い人間ではなくて、むしろ正しくて立派な人間なのだろう。しかし彼らの言葉や態度はどうしようもなく上滑りしていく。カウンセリングだろうが友人のアドバイスだろうが何でも良いのだけれど、理解を示す人間が、ああこいつ何にも分かってないんだなって逆に絶望を加速させてしまうことがあるじゃない。それは正しいとか悪いとかいう問題ではないわけで。中村珍はこの人間同士の世界のずれを執拗に、絶望的に繰り返し描き出していく。本当にたまらない。

 そして二人が辿りついたところが「知り合わなきゃ、絶対幸せだったのに…」であり、さらにもう一つの台詞が連なっていくのだ。

 行き着くところまで行き着いてくれたという実感。作者の蛮勇に心から拍手。この真理に持ってゆきたいがために上中下巻、決して短くはないページ数で濃い物語を綴ってきたんだなぁ。
 中村珍にしか描けない泥にまみれた愛であり、人間賛歌だった。きっつい作品だったけれども、そのきつさ以上のものをもらった漫画だった。こんな業の深い漫画はなかなか読めるもんじゃない。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2012-02-16 02:27:22] [修正:2012-06-24 11:19:50] [このレビューのURL]


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