「can」さんのページ

個人的に谷川史子さんの最高傑作は、この『積極―愛のうた』であると思っています。
短編集にあまり高得点をつけるのもどうかとは思いましたが、もう本当に大好きなので9点。


短編の名手として知られる谷川先生ですが、そもそもその魅力とは何でしょうか?
それは作品全体から漂うほっとする雰囲気と、そこに時折差し込むどきりとする瞬間に他ならないと思います。

読んでいて癒される、ふわふわとした温かい絵柄とストーリー。いいですね、素晴らしいですね。疲れたときなんかに最適ですね。人に優しくなれる気がしますね。
そしてそんな優しい雰囲気の中に不意に差し込む、孤独や淋しさを感じさせる一瞬――。
谷川先生はこの「落差」の表現が非常にうまく、特に本作『積極』では、その演出が際立っています。
本作の結末はハッピーエンドとは言えないかもしれませんが、私は読後に切なさこそあれ、悲壮感は感じませんでした。それはなぜか。

温かくほっとする雰囲気の中に、時折ふっと、どうしようもないほどの悲しみが混じる。
これは生きることそのものです。生きてゆくこと、恋をすることは幸福ですが、幸せなばかりではいられない。それが人間の営みである以上、避けられない寂寞が付きまとってくる。
谷川先生の作品はひどく感覚的に、この生きることの本質を捉えています。幸せなだけではいられない事実を、私たちに突きつけてきます。
しかしその読後感が決して悲しみに満ちたものでなく、むしろ前を向いたものになるのは、作品が生きていく上で避けられない不幸を肯定し、それでも生きることは素晴らしいのだと、読者に訴えかけてくるからです。

他人とわかりあえなくても、一人でも、いつか死んでしまっても。
悲しいことはたくさんあるけど、それでも生きることは幸福であり、
私たちは生きているかぎりは前に進むべきなのだ。

表題作の『積極―愛のうた』を読んだあと、私はそんなふうに思いました。
一発で谷川先生のファンになり、翌日には周辺の本屋を駆けずり回って、既刊を片っ端から買い漁っていました。

いつの間にか作品のレビューではなく作者のレビューになってしまいましたが、あしからず。
あ、おまけ漫画の「告白物語」は、このためだけにお金を払ってもいいくらい好きです。

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[投稿:2009-02-08 20:30:20] [修正:2010-04-09 22:00:07]