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8点 蟲師

日本。
日本という国土に生まれて、やっぱり幸せだったな、と思えた漫画でした。
動物よりも植物よりも原生生物に近い不思議な生命体「蟲」(\"虫\"とはほとんど似ていない形をしています。虫嫌いの方はご安心を。カタツムリはいたけどね。)、それの専門家が「蟲師」で、主人公のギンコも蟲師の一人です。この作品は一話簡潔の短編集に近い内容になっています。
まずは世界観の素晴らしさ。作者曰く「江戸と明治の間にもうひと時代ある感じ」。描かれる舞台は、緑深い山奥の静かな一軒家、からぶき屋根の家々が並ぶ雪国、漁師達が暮らす静かな漁村の町――と、「ちょっと前まであったような日本の風景」です。強引なコマ割りは無く、物語も\"静かに\"展開していきます。その傾向が顕著に出ている第一話の素晴らしさは特筆すべきものがあります。風の音、水の音、床の軋みが聞こえるような、BGMの不要なこの「静かな世界」に一気に引き込まれました。着物、茣蓙、筆、日本酒、杯、行灯、蚊帳、刀・・・、一切「やかましい」シーンなしに、独特の空気観で1ページ1ページが彩られています。こんな風土を持った国に生まれたことを誇りに思いたいです。ハガレンもジャンプ系漫画でもいいけどさ、この漫画は真っ先に世界に輸出すべきですよ!世界中に、「日本はこういう風土を持った国なんです」と誇りたいですよ!
この「蟲」という存在も、なんだかいい。敵ではないし味方でもない。「お互い生を遂行している」存在。この「共存」していく対象として見ている、人間と、蟲師と、そして蟲の微妙な関係は、太古から自然を尊重し、協調し、守りあってきた日本人の姿を映しているようにも見えるのです。タヌキに化かされ、いるようないないような微妙な生き物たちが存在していた「ちょっと前の日本」。これははたしてファンタジーなのでしょうか。どこか懐かしささえ漂う、「日本の原風景」そのものを映し出しているような気がします。
日本古来の様々な慣習、伝説、故事に着想を得たと思われる短編一本一本それぞれ違う世界観を持っており、様々な物語を展開してくれるのですが、物語自体はツメの甘さというか、「え?だったらこうなるんじゃないの?」的な、成熟しきっていない脚本であることが顕著に出てしまっているのが残念でした。もともとあまり物語自体を作ることは上手くない方なのかな?着想はどれもいいんだけどなぁ。アイデアで止まってそこからのツメが甘いものが多かったように思えました。
それと、あまり関係ないことかもしれないけど・・・。今回僕は予算の関係で(笑)一巻しか買えなかったのですが、そこに収められていた5つの短編の作品順が見事でした。ミュージシャンのアルバムを聞いているような、交響曲を最初から聴いているような・・・。世界風景もかぶらないように並べられています。そして本のラストは、壮大な「命の終わり」を描いた物語になっているのです。山から海へ。命が始まり、そして終わる。山の奥深くから始まったこの本は、最後には「母なる命の源」である海で静かに終焉を迎えるのです。この話に出てくる漁師たちもグッド。本当に、かつて日本に生きていた「原風景の日本人」たちで、そのイキの良さや力強さは、懐かしさも通り越して勇気を与えてくれるような気がしました。
そんな具合にこの本を弟に見せてたのですが、読み終えた弟は一言、「これ、ブラックジャックじゃん」と・・・。ガックシ・・・

ナイスレビュー: 1

[投稿:2006-11-19 21:05:42] [修正:2006-11-19 21:05:42]