「やじウマ」さんのページ

総レビュー数: 63レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年01月20日

8点 編集王

 仙台さんが好塚の原稿を描き直すシーンや明治君が幼馴染に髪を切ってもらうシーン、編集長の過去話で仙台と最後に話すシーンなど、とても心が熱くなるような素晴らしい場面がある一方で、過去話と現在でキャラクターの性格が一致しなかったり、よくわからない場面で見開きを使うところ、創作という本来であれば様々な価値感があってそれぞれの正義が現れるはずのものを「善・悪」「おもしろい・つまらない」「エロ・非エロ」などの2元論で語ってしまう乱暴さなど、これはあんまりだろと思うような部分が入り乱れている。
 なのにこのマンガを好きな人の中には「マンガ業界で働く人は必ず読んでバイブルにすべき」「リアリズムに溢れてる」なんていう人が多くてそれが堪えらんなくて一時期嫌いになってた。

 でもBSマンガ夜話の編集王の回を観たら同じような違和感を抱いている人がいて、だけどちゃんと評価すべき点はあるという読まれ方をしていたので、そこからふっと今まで抱いていたフラストレーションが解消されて素直に読めるようになった。
 同じような気持ちを抱いている人は一回観た方がいい、スッキリする。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2016-10-17 17:22:22] [修正:2016-10-17 17:22:22] [このレビューのURL]

10年以上のブランクの後に描かれたこともあり、内容はちゃんと面白いのにノリや新キャラのデザインが最近の流行に影響を受けている様子が見られ、そこが若干悲しい。
4巻がかなり面白いものになっていて作者がノッテきているのかなと思ったらそこから続巻が出なくなってしまった。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2016-09-28 15:42:08] [修正:2016-09-28 15:42:08] [このレビューのURL]

「世界一ダメなストーリー漫画」の称号を与えるべき。(褒め言葉)
なんかとても愛しい。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2008-02-15 17:48:17] [修正:2016-09-28 15:16:59] [このレビューのURL]

子どもの頃はただのゆるいギャグマンガくらいに思っていて爆笑をすることは無かったが、読んでいる間になんだか不思議な安心感を憶えるので定期的にコミックスを買っていた。

今読むと作者の日常を切り取る視点や人の観察眼が、実にユーモラスで作者独自の物があるなと思う。
だから表面上はSDガンダムもののマンガであるはずなのに妙な普遍性があってガンダムに興味のない人にも人気があったし、自分も2・3年くらいの周期で妙に読み返してしまう時がある。
なんというかとても「成熟」したマンガだなと思う。
児童誌のギャグマンガというと奇抜で下品であることが求められるはずの中、こういうマンガを描いて10年間もの間支持され続けてきたというのはひとえに作者の力量のなせる技だと思う。

一応はタイアップ作品であったが、本質的な部分ではオリジナル作品と等しいものになっていたと思う。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2007-02-21 18:09:44] [修正:2016-09-28 15:15:58] [このレビューのURL]

読んでると気持ちが暗くなってくる

ナイスレビュー: 0

[投稿:2008-02-15 17:48:02] [修正:2016-09-28 14:46:27] [このレビューのURL]

 5巻までは最高におもしろい。
 現実が子供時代の馬鹿げた妄想(ロボット、秘密基地、ハットリくんのお面)に浸食されていく様子が、奇跡的なバランスを持って描かれていく。

 だが未来の話になってからそのバランスが少しづつ崩れていく。
 刑務所を脱獄するところなど瞬間瞬間では最高におもしろいのだがどうにも乗れない。
 この原因はなんだろうと考えたが、やはりケンヂの不在が原因だろう。
 五巻までは、作品の裏テーマとして「バンドをやめてアイデンティティをなくしたケンヂが子供時代の自分が生み出した妄想とケリをつけるために立ち上がり、段々と生きる気力を見つけ直す」みたいなものが一応あり、だからおもしろかったとも言えた。
 胡散臭い設定にリアリティを持たせることに成功していたのだ。
 だがそれが未来の話になるとケンヂが退場するわけでそれがなくなる。
 後任のカンナは不思議な能力があったり不幸な生い立ちがあるのだけれど、キャラとしてはいまいち何してたか思い出せないくらいに薄い。(書いてて気づいたけどモンスターのニナと一緒だ。)
 この辺りから伏線の過剰な盛り込みが始まって次第に収拾つかなくなるが、それには主人公の魅力で話を引っ張れなくなったということへの苦肉の策もあったんじゃないだろうか。
 通してみると「1970年の嘘」も「カツマタくん」も大して意味がなかったし。
 リアルタイムで読んでたときはまるで漫画界のトップに輝いていたようなこの作品が実はそういうことで頭を悩ませていたと考えると少し微笑ましい。
 まあ、あまり自信はない。

 結局終盤でケンヂは帰ってくるんだけれどもその頃にはもう話の核は「ともだち当てゲーム」になり、失われたアイデンティティなんてものはどこか遠くへ消えてしまっていた。
結局、最後に漫画は「オトナ帝国の逆襲」のパクリみたいな世界設定の中、死んだ人間が辻褄合わせのために何の説明もなく生き返るという男塾のような展開を見せ、最初の緊迫感などどこにもないゆるい道徳観のエピローグを展開させて終わる。
 
 でもさ、今じゃこういうそれっぽい分析してるけど中学生の頃リアルで読んでた時は本当にすごかったんですよ・・・ 
 新刊がでると朝日新聞のテレビ欄の下全部使った広告出たり、帯に「応募者に浦沢直樹のプライベートライブご招待!」なんていうふざけた事載ってても「すげええ」とか思った。
 15巻のラストなんて初め読んだときは死ぬかと思うくらい興奮したし(ここから地獄だったのに)次巻が3ヶ月後の発売なんて知ってまた「くそおおおお」とか思って・・・
 だから低評価つけるのは当然だけどさすがに1点、2点とかついてるのとか「クソだ」「騙された」とか見ると少し凹む。
 まるで昔好きだった野球選手がボロボロになってるのを見て「昔すごかったとか言うけど昔もたいしたことなかったんじゃないの」とかしたり顔で言ってるガキを見てむなしくなるかのような・・・はぁ・・・

ナイスレビュー: 2

[投稿:2012-10-21 20:51:05] [修正:2016-09-27 22:45:17] [このレビューのURL]

最初はちょっと毒のあるエッセイ漫画にすぎなかったはずなのに、プロの雀士とか先物買いのせいで数千万の借金を背負ってるような人と打つようになってくところからだんだんおかしなことになっていく。
1回の麻雀で20万円もスるとか病気としか思えない。
まるで漫画のような展開なのにこれが実際にあったことなんだと考えると読んでる方も頭が痛くなってくる。
しかもそれをあいかわらずギャグとして書いてるわけだし。
一人の人間がどんどんダメになってって最終的に突き抜けてしまうまでを描いた傑作。

※このマンガの初期の方で出てくる「チムラさん」がまさかあずきちゃんの作者だとは思わなかった。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2010-10-02 22:52:35] [修正:2016-09-27 22:39:25] [このレビューのURL]

「児童向けと考えたらプラス要素にはならない」「年少の読者には難しかった」「メインターゲットの客層からしたらうるさいだけ」と下の方が分析されていることに違和感を憶えたので書かせていただく。

当時小学生だった自分だが、雑誌で読んでいてこのマンガは普通に「アリ」だった。
もちろん話はよくわかってなかったし、この非常に低血圧な絵柄もなんだか気味の悪い絵だなとか思ってたし、正直好きな部類ではなかった。
しかしそれでも「アリ」だった。

このマンガを含めたいわゆる児童誌に連載されていたマンガのレビューでよく「子ども向け作品とは思えないストーリー、テーマ」という言葉を目にするが、それはまるで「子ども向け作品に複雑なストーリーやテーマはいらない。子どもは理解できないんだから必要ない」とでも言っているように感じられ、少し疑問をおぼえる。
なぜなら、(矛盾するような書き方だが)子どもは別にストーリーやテーマなんて気にして読んじゃいないからだ。
脳の発達段階から言って子どもにそこまで考えながら読む能力はない。
彼らが見るのはキャラクターだ。
自分たちがなんとなく親しみをもてるようなデザインや台詞、そして感情(ここは超重要)をもつキャラがいればそれがどんな荒波を行く物語の中にいてもついていけるのだ、たぶん。
善悪とか倫理観とかマトモに出来上がってないので、「これは子どもむけじゃないだろ・・・」なんて考えながら読んでいないし、意外と描かれていることを素直に受け入れてくれる。
だから児童誌で複雑なストーリーやテーマを描いても何の問題もない。
(っていうかそれがダメなら「ドラえもん」はどうなんだ、マジで。)

もちろんこんなマンガが溢れかえった児童誌なんていうのは非常に鬱陶しくて嫌だが、当時のボンボンにはきちんと子どもにわかりやすい愉快なマンガ(へろへろ君やらハダカ侍やウル忍)が中心に連載されていたから平気だった。
「メダロット」はそういうわかりやすく楽しいマンガの合間に読むものとしては不思議なマンガだったが、不快感は抱かなかったしとても印象深い作品だった。
そしてその印象深さは年を取るごとに「あのマンガ、不思議な感じだったけどまた読みたいな」になり、復刻された物を読む時には当時の思い出と照らし合わせながら新しい読み方を発見するということに繋がっていった。

だから当時の読者として言わせてもらえばこういうマンガが児童誌に連載されていたのは十分「アリ」なのだ。

※なんてことを書いた自分だが、高校生くらいになって「化け猫あんずちゃん」がボンボンに連載されたのを読んだときは「えー、これ子どもが読んで面白いのかよ」とか思っていた。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2016-09-26 22:11:32] [修正:2016-09-27 21:39:32] [このレビューのURL]

簡単に言うと手塚治虫版「猿の惑星」。猿が鳥ですが。
手塚作品の中でもマイナー中のマイナーですが、自分はもっといろんな人が読んでもいいんじゃないかと思う。
鳥社会の設定がよくできている。食虫族と食肉族の対立や新市長の決め方、他、作中のあるキャラの提唱する鳥が人間に代わり地球をおさめるべき理由、というのが面白い。妙な説得力がある。
手塚治虫という人は「説明」の能力に長けている人だったんだなと改めて思う。

SF作品としてはかなりよくできている、と自分は思う。

でも結構好きな作品なんだよなぁ。実質的に手塚作品にハマったのはこれのせいだし。もっといろんな人読んでくれないかな。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2007-03-10 15:54:04] [修正:2016-09-25 21:21:18] [このレビューのURL]

最初はむちゃくちゃ面白かったのに、30巻前後から作者が才能に胡坐をかいて描き始めるようになる。
要するに手を抜き始める。

話自体は結構手が込んでて面白いはずなのに演出が全部同じなのですごくバカにされたような気分になる。
「エッ」「エッ」「エッ」どこを読んでも「エッ」「エッ」「エッ」なんどもなんども「エッ」「エッ」「エッ」。
でも話が面白いのは確かなので売ってしまうのはなんだかもったいないような気持ちになる、とてもやっかいなマンガ。

テツのキャラのタチ具合ももちろんすごいが、小鉄とジュニアという2代キャラの発明もすごい。
あまりに優れたキャラなので、作者は新しい作品を描く必要もなくなり、たまにこの2匹中心の話を描いて食いつないでいくようになる。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2010-03-08 01:40:44] [修正:2016-09-25 21:16:57] [このレビューのURL]

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