「健太(99)」さんのページ

総レビュー数: 66レビュー(全て表示) 最終投稿: 2006年06月09日

ハッキリした違いというのを説明することは出来ないけど、面白い漫画には良作で面白い漫画  力作で面白い漫画 良作で力作な漫画
というのがあるような気がする。それぞれ、それを突き詰めたものが名作、大作、傑作でそこまでなればそれぞれに優劣というのはなくなてっくる。

ただホームセンターTENKOのように良作で力作というのが結局物足りなさが2つになって一番始末に悪い。猫ーミックー、F.C.ジンガという超名作、Mr.釣りどれんという傑作を作り出し、売れ方以上に”ファン”の多い鬼才とだ勝之の十分面白いけど、平凡な作品。でもやっぱりファンにはグッと来るんです。初めてとだ勝之を読む人は是非猫ーミックーやF.C.ジンガをおすすめします。

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[投稿:2010-11-24 03:17:53] [修正:2010-11-24 03:17:53] [このレビューのURL]

マンガが急速で連続的な変化を遂げた1990年代以降のマンガ、とりわけ吉田聡以降のマンガとそれ以前のマンガの違いの一つに伏目があると思う。

今では伏目は悲しみや苦しみという感情を表すに留まっている伏目は、それ以前のマンガではか弱さやけなげさという人物の性質を現すものとして描かれてきた。
試合のないときのあしたのジョーなどを思いうけべれば分かりやすいと思う。


見方としては、マンガの人の性質を現す表現が増えたことで相対的に伏目を性質を現す頻度が下がったというのも一つの解として正しいと思う。実際に初期の吉田聡の作品の一つであるスローニンではおでんやのばーちゃんは奥にただ立っているという描写が何度もされていた。現在ではけなげさを表す表現としてはこちらが主流になりつつある。

また社会が変化していき、それにあわせてマンガも変化したという見方もできるかもしれない。昨今の萌え系のコメディや、エロ系コメディなどの求められる風潮はけなげさの奥にある強さのほうに目が行っているからだろう。

赤色エレジーは本当に絵が上手いだけの古いマンガになりつつある。もちろんそれは実際今は古いマンガな訳だから当然だけれど、自分自身も含めて今のマンガを知る読者にはなじみにくくなりつつある。

ただここでだから昔は良かった、昔は悪かったという話をするのはあまりにもかっこ悪すぎるから避けるにしても赤色エレジーの伏目がちなヒロインのあまりの巧さを見たときだけは当事を知る人をうらやましく思う。

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[投稿:2010-11-04 00:19:17] [修正:2010-11-04 00:19:17] [このレビューのURL]