「ほげ」さんのページ

総レビュー数: 17レビュー(全て表示) 最終投稿: 2005年05月28日

[ネタバレあり]

 『のぞき屋』というタイトルだが、エロティックな漫画ではない。大学生の恒を通して、人間の本当の姿を探って行く物語である。のぞきを趣味にしている青年のスコープはそのための道具に過ぎない。のぞくことで性的興奮を覚えるためではない。

 のぞき屋の青年は、恋人のさとみに対して常に「作り笑い」をして、セックスしたいという本音を言わない恒に、「ありのままの彼女を見届けて」みろと告げる。そのために探偵まがいのことをしろというのだが、青年に恒が「探偵」を依頼するのではなく、恒に青年が「探偵」を誘導するというところに、本作の主眼が見える。本作の主眼は、自分にウソをつき、セックスしたいのにしようといわないで、「作り笑い」でごまかしている主人公の恒を、本心に立ち返らせることである。人間は、のぞき屋の青年がスコープで覗いているように、強欲の世界だ。本作では性欲と名誉欲とが描かれているように、その欲望に沿って生きているに過ぎない。というか、それ以上の存在にはなりえないのだから、善悪の問題ではない。だが、ある一定の人間はどうかすると、その欲望を隠蔽したがるものだ。主人公の恒のように、自分にさえウソをつき、彼女にもウソをつき、のぞきを誘導する青年に散々言われてやっと開眼するといったところだ。恒は人間が欲望に沿って生きていることに気付かない振りをしている。青年は、その陥穽をついてくるのだ。

 もっとも、本作の主題は、突き詰めれば非現実的になってしまうのは否めない。全てを疑ってかかり、本音を突きとめるというが、原理的にそんなことはできるはずがない。時間的な無理もあるけれど、第一そんなことをしたら生活が営めないし、孤独になるほかにない。だから、人間は、欲望に忠実であるという命題を抱えながらも、どこかではそれを隠蔽する他にない。人間は理性もあるといった考え方で、その命題を捉え直していくしかない。それが一歩間違えると、本作の恒のように、自分を隠蔽し続ける人間に成り下がってしまうということになるだろうから、バランスの問題である。人間は欲望のもとに生きるが、理性もあるということ、疑い始めたらきりがないということ。これがこの漫画から分かる。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2005-08-09 22:11:43] [修正:2005-08-09 22:11:43] [このレビューのURL]

 漫画太郎の短編集だが、一話一話が非常に短く、「お笑い」としては一発ギャグに近いものがある。ほとんど2頁ほどで完結するが、その完結した物語が、全体として画太郎らしいコピーの多用で構成されているところに、面白味がある。特に冒頭の「Superはやっとちりくそババァ」など、2頁の同じ物語の中で、台詞やキャラクターの変更によって笑わせてくれるのだが、それは、基礎となっている物語から、頁を追うごとに、台詞やキャラの変更によって、徐々にズレが生じていることで起こってくるものだ。

 まあ、こういった笑いは、僕たちがTVで見るお笑い芸人たちの、インスタントな笑いに似ているから、画太郎独自といえないかもしれないが、画太郎の強烈なまでに「汚い絵柄」とTVより短い頁数で、瞬発力の大きい笑いを提供してくれると思う。とにかく、スピードとインパクトだけで構成されていて、画太郎のエッセンスが詰まっているので、画太郎の入門者に最適の漫画であろう。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2005-08-07 12:48:18] [修正:2005-08-07 12:48:18] [このレビューのURL]

『もてない男』なるエッセイが巷をさわがせたことがあったが,この漫画もまさしくもてない男のための漫画.同書の小谷野によると,「もてない男」を描いた芸術作品はそう多くないということだが,『電影少女』の前半部分はまさに「もてない男」のための漫画であり,特殊性を評価したい.

『電影少女』のコンセプトは,一見ありふれたオタク論(あくまでも非オタクが論じる批判論のこと。オタクが現実の女の子と付き合えない,関心を持たないというのは誤り)にもつながるように思えるが,実態は全然違う.オタクは,現実の女の子に興味がないのではなかったか.むしろ,特殊なオタクであるところの,『電車男』の方にこそ,共通性を感じる.『電車男』は,オタクでありながら,フィギュアやアニメ,PCから脱出し,現実の女の子へと欲望を転換させる物語だった.『電影少女』もそれと似ていて,ビデオガールという,非現実的な女の子の力を借りて,現実の女の子を愛そうとする姿を描いていた.これなどは,「2チャンネル」の掲示板を通じて愛を告白する「電車男」と似ている.

だが,こんな男はほとんどいないところに,オタクの面白さがあるのであって,『電影少女』にしろ『電車男』にしろ,僕の興味をものすごく引き出すという訳にはいかなかった.それは僕自身がオタクであるがゆえの問題であるから,仕方のないことなのだが,現実の女性に興味を持つなら,持ってもかまわぬが,それならいちいちオタクを使う必要もないのではないか?

『電車男』も『電影少女』も,共通するコンセプトは,仮想現実より現実を!ということだった.極めて分かりやすいハリウッド映画スタイルの牧歌は,パソゲーなんかをだらーっとやってる連中から評価を得られているのかどうかまったく分からない.

『電影少女』の難点は,上記のところにもあるが,もっとラジカルなところにもある.それは,「もてない男」のための漫画として出発したはずの本作が,後半では「もてる男」へと変身してしまう点だった.いかにもトレンディドラマのような展開に,僕はリアリティーを感じなくなってしまった.オタクと仮想現実的なものの親和性を打ち砕いてしまったのも私は疑問だが,それよりも,「もてない男」がもてないままに恋愛をしようとする行為をスポイルして,すっかり普通の男になってしまったところに,この漫画の限界を見た.

絵はすばらしい.どんどん桂は描写を淡白にしてしまったのが昨今の自主規制なのだろうけれど,この頃はセックスのないヤング漫画のようなエロさがあって,視覚的にここちよかった.下着や胸,尻など,いわゆるフェティシズムの快楽をここに読むことができると思う.

ナイスレビュー: 0

[投稿:2006-03-27 23:13:20] [修正:2006-03-27 23:13:20] [このレビューのURL]

5点 珍遊記

『西遊記』の翻案漫画として誕生したのが『ドラゴンボール』なら,『珍遊記』は『西遊記』のパロディなのかもしれない.四方田犬彦のエッセイにも書いてあった.

だが,『珍遊記』を読むと,誰しも感じるが,画太郎の露骨な『ドラゴンボール』パロディにも見られるように,一つの作品へのパロディではなく,方向性は多岐に向かっているように思える.だがそれが,功を奏していないという感じは否定できない.『ドラゴンボール』を露骨にパロった章など,どう見ても笑えなかった.

本作を見て,笑おうとするなら,鼻水やよだれというものよりも,いきなり坊さんを爺さん婆さんが殴りつけたり,「じゅうまんえ〜ん」の台詞に見られるごとく,見開きをつかった唐突さに,現れている.結局,昔ながらの単純なギャグなのだ.たけし映画を観ていて,ギャグではないかと思うのは,たけし演じる刑事やヤクザが,いきなり相手を殴るようなシーンに現れていた.そういう意味では,単純ではあるけれども,暴力と笑いの親和性をつきつけている本作は,ギャグ漫画として悪くはない.

だが,この漫画は物語の構成力が破綻しており,ギャグも息切れが見られるため,それほど評価したくなるような漫画ではないと思っている.ギャグにちょっと光るものもあるが,最近の漫画などに比べると,やはり物語に粗が多すぎる.訳の分からない戦闘シーンとか,本屋の婆の暴力シーンとか,どこでどう笑うのだろうと首をかしげたくなるようなシーンが多すぎた.今再考されるべき漫画ではないだろう.

ナイスレビュー: 0

[投稿:2006-03-27 22:58:37] [修正:2006-03-27 22:58:37] [このレビューのURL]

吉田戦車との出会いは,ゲームオタクである僕にとっては,『はまり道』だった(知らない人は知らない漫画).そこで僕が読もうとしたのは,『はまり道』の漫画としての面白さというよりも,自分の知らないゲームをプレイして,咀嚼した漫画家の感性だった.だが,年齢があがるにつれ,『はまり道』の面白さに目覚めた僕は,遂に吉田の代表作『伝染るんです。』を手に取ることになる.

「不条理漫画」と一概に呼ばれることが多い本作だが,さっぱり僕にはこの呼称の意味がつかめない.「不条理」だろうか.不条理なものを笑うには芸術作品への高い親和性と知識を持っていないと読めないのだが,小学生の僕にさえ『伝染るんです。』の面白さは理解できた.

「四コマ漫画」といえば起承転結があるのだが,本作にはそれがない.それだけで僕には笑えたし,多くの読者もそうなのではないかと思われる.中には完結したモノもあるのだが,「えっこれで終わり?」という終わり方をしているモノが殆どだ.しかしその終わり方の唐突さが,今までにはないおかしさを読者に教えてくれたのではないかと思われる.それが不条理だというマスコミがいるのだが,終わりのない終わり方をしているモノを,不条理だと誤って換言したようにしか思えない.

吉田の描く「顔」は,非常に面白い.線で描けるような適当な絵だが,それがコマに出てくるだけで笑ってしまう.女の子は意外とかわいいのが,そのギャップになって笑える.そういう意味では,笑われるキャラは,不条理なのかもしれないが,ギャグ漫画とはえてしてそういうものなので,やはり同意できない.「顔」で笑わせることのできる漫画家は,吉田戦車と古谷実だけだと思う.古谷は『稲中』で有名だが,今でもヤング誌を見ていると,古谷の「顔」を真似している三流漫画を見る.エピゴーネンも続きすぎると鼻につくのだが,オリジナルはやっぱり凄い.吉田も,彼自身が現在では,エピゴーネンになってしまって残念だが,オリジナルの『伝染るんです。』は良い.

ナイスレビュー: 0

[投稿:2006-03-27 22:44:15] [修正:2006-03-27 22:44:15] [このレビューのURL]

 この漫画を楽しむにはいくつかの条件が必要だ。一つには吉田戦車の漫画が好きであること。一つには家庭用ゲームが好きであること。一つにはレトロゲームについての経験ないし知識があること。

 これらを全て満たした人はこの漫画を手にとってみることをお薦めする。四コマ漫画であるが、吉田戦車の代表作『伝染るんです。』を楽しめる読者ならば、むしろ四コマという体裁にこそそそられるものがあるだろうと思う。

 『伝染るんです。』で人気があったキャラクター「かわうそ」や「かっぱ」、「かえる」、「斎藤」などが、この漫画においては、ゲームキャラクターがその役を担っている。マリオ、ルイージ、リンク、ピーチ姫、『DQ?后戮亮膺邑覆匹?吉田戦車の絵によって、”かわうそ化”しているということ。また、起承転結自体が存在しているとはいえ、どこか不条理な感覚を読者に与える吉田の漫画が、おなじみのゲームキャラクターによって、読者に読み直しを迫っている。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2005-09-06 23:09:48] [修正:2005-09-06 23:09:48] [このレビューのURL]

[ネタバレあり]

 江戸川乱歩とコナン・ドイルという、日本と西洋を代表する推理作家の名前をもらった主人公「江戸川コナン」が、難事件を解決するという物語。

 そのキャッチフレーズの如く、緻密な謎を解いていく本格推理漫画である。しかもそれが、小学生で、『ドラえもん』バリの道具を用いて体格に差のある犯人たちに対峙するという設定はなかなか読者をひきつけるものがあった。作品の単行本の裏表紙に書いてある通り、作者青山剛昌が推理ファンであることから来る精緻な犯罪のロジックと、少年漫画ならではの奇抜なアイテムの多用がこの漫画をエンターテインメントたらしめているのだろう。

 個々の事件も読者を飽きさせないように、コナンなら分かるが、読者にはなるだけ分からない奇抜なトリックで構成されているのが目を引く。ここらあたりは、江戸川乱歩が名前を借りた、あのエドガー・アラン・ポーなどとは違ってくる。この作品では、コナンが、小学生のスターである、という演出で描かれているから、この奇抜なトリックを、短時間で解いてしまい、誰もが気付かない盲点をついてくるという設定があるから、この奇抜さは必要なのだろう。

 それにしても、20巻程度ならまだしも、50巻とは長すぎるといわざるを得ない。短編というだけではなく、コナンを小学生の体にした黒組織との闘いなども、何度かその片鱗を見せながらも、絶対的な解決に至らないというのは、遅い。長編ではないが、時系列的な部分もあることだし、小学生コナンが、周りの同級生に正体を知られないままずっと漫画が続いていくというのは、読者にはイライラを残すと思う。

 あとは、子供向けの漫画にしては、非常に残酷なシーンが多いのも気にかかる。描写の暴力さはもう少し何とかならないものか。殺人事件という殺伐な物語であるだけに、仕方がないのではあるが、これも世相かとも思うけれど、素直には喜べないものがある。キャラクターの白けた顔も、あまり好ましくない。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2005-08-14 20:33:09] [修正:2005-08-14 20:33:09] [このレビューのURL]

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