「とろっち」さんのページ

若い女性の主人公が、男性優位・経験重視の伝統的な陶芸の世界に飛び込み、
経験や苦労を重ねながらも成長していく様を本格的に描いた作品。

古来から焼物大国として栄え、大陸の文化を吸収し独自の文化に昇華させてきた歴史を有する日本。
そんな土への郷愁、窯元の師弟制度、アマとプロの違いと厳しさ、新人や無名陶芸家の辛苦や困窮、
例えば1個300円の湯呑み茶碗を売ることがどれだけ難しいか。
その辺りが綿密な取材に基づく膨大な量の薀蓄とともにしっかりと描かれています。

同じ食べ物でも発泡スチロールの器で食べるのと陶器の器で食べるのとでは感じが全く違いますし、
陶器のジョッキで飲むビールはグラスとはまた違った旨さがあります。
旨い食事と見事な器は切っても切り離せない、言わば「表と裏」の対等な関係。
この作品は萩が舞台なので主に萩焼について触れていますが、備前焼、丹波焼、無名異焼など
代表的な陶器ももちろん登場。 各地の土によってこんなにも性質が違うものなのかと勉強になります。

ただ、私なんてこれを読むまでは陶器と磁器の具体的な違いすらよくわからないど素人だったので、
もうちょっとわかりやすく描いてくれれば良かったかなと思ってしまいました。
不満というほどでもないですが、説明も注釈もあるもののどうも全体的にわかりづらい気がします。
まあ現在の親切丁寧な作りの業界漫画ならもっとわかりやすい構成になっているのでしょうが、
この当時としてはこんなものでしょうか。

あと惜しむらくは展開がちょっと(時々かなり)安っぽいところ。
そもそもこの作品は、萩近辺在住で焼物に没頭していた原作者がある日「夏子の酒」を読んで感動し、
自分でもこんな話を作ってみたいと思ったのがきっかけとのことですが、ジャンルこそ違えど、
やっぱり夏子の酒の二番煎じという評は自分の中で覆せなかったですね。
美咲が独立するまでは話がかなり練り込まれていて面白かったんですが、そこからは料理漫画のように
勝負や対決なんかも多くなり、突拍子もない展開などもたまに出てくるようになってきます。
もっと深い部分まで切り込んで描けたのではないかとも思えますが、陶芸ビギナー層を取り込むために
浅く分かりやすい話に特化したのか、全体的に話の厚みが足りない印象を受けます。
より一層深くて良い作品になり得ただけに非常に惜しい感じ。

とまあ色々書きましたが、少なくとも本作を読んで焼物の世界に興味を持てたのは間違いないです。
これまで食事のときには皿の上のもの(=料理)のみを注目してきましたが、これからは皿自体にも
目を移して楽しむことができるようになったかな、と。
奥が深いなどという言葉では表しきれないほどの伝統を誇る陶芸の世界なだけに、この漫画だけで
語り尽くすのは当然ながら不可能なんですが、入門編としては申し分ない作品だと思います。
萩にも実際に行きたくなりましたね。
ちなみに続編は美咲が青磁を追い求めて世界各地を駆け巡ったりする話。 あんまり萩は出てきません。

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[投稿:2011-11-05 01:25:18] [修正:2011-11-05 01:51:48]