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ヒトラー出生に関する秘密文書を巡って、アドルフの名を冠する二人の少年による数奇な運命を綴った戦中譚。

第二次大戦下のドイツと日本を舞台に、ヒトラー出生に関する秘密文書を巡って人間がひたすらに「すれ違う」様は、もどかしくも滑稽で、数奇な運命の連鎖が読者を飽きさせない最大の仕掛けとなっている。あたかも「めぞん一刻」で五代君と響子さんの想いがすれ違い続けたように―。このモチーフの上に複数の小さなサスペンスや恋愛ドラマが折り重なりつつ、タイトル「アドルフに告ぐ」という名どおりの終結に向かって見事にストーリーが収束していく様は圧巻だ。

手塚治の晩期に非漫画雑誌で連載された本作。手塚作品の中でも異彩を放つ。同時期のブラックジャックの絵柄は、画線の「ブレ」が露見されるが、本作では、比較的しっかりとした筆跡を感じられる。それだけ作者の格別な思いが詰まっているということか。

なお、史実との関係については、秘密文書の存在も含め、多分にフィクションが混在していることに留意したい。しかし、ユダヤ人の迫害と彼らが世界の経済界・学界等で大きな存在感を示す現実の裏に何があるのか、人はなぜ人種差別をするのか等、歴史上の本質的問題について思索に耽るには十分すぎる歴史「小説」だといえるだろう。

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[投稿:2013-03-03 18:05:27] [修正:2013-03-03 18:13:02]