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 ロング・ハロウィーンはバットマンコミックの中でも90年代最高傑作とされる。映画好きの方ならノーランのダークナイトの原案となったと言った方が分かってもらえるかもしれない。
 そんな傑作にも関わらず、残念ながら上巻は絶版となっている。今年ノーランの手がけるバットマン最終章が公開されるということで再刊されそうではあるのかな。しかしプレ値を抜きにしても上下で7000円弱は高い。私は原書で読んだのだけれど、英語は比較的易しいし1800円と安いので選択旨に考えても良いかもしれない。
 
 本作はゴッサムシティに突如現れた謎の殺人鬼ホリデイの正体を巡るミステリーであり、フランク・ミラーのイヤーワンの後を引き継いだバットマン二年目のファルコーネファミリーの終焉の物語でもあり、またハービー・デントの失墜とトゥーフェイスの誕生譚でもある。
 ロングハロウィーン以前のバットマン二年目の話としてイヤーツーがあったが、こちらはロンハロの刊行とその後のイベントによってほぼ無かったことになってしまったそうで。

 ロングハロウィーンはまるでチャンドラーのような、ハードボイルド探偵小説の趣きを持ったバットマンコミックだ。まあバットマンはそもそも“闇夜の探偵”なんて言われるように、そういう面は強いシリーズなのだけれども。
 しかしこの作品はチャンドラーの名前を出したくなるくらいに素晴らしかった。「長いお別れ」を髣髴とさせる驚きの結末が待っていて、なおかつその結末は読み手を否が応にも感傷にひたらせる。

 単なるミステリーとして見てはちょっと楽しめないかもしれない。結局ホリデイが誰であったかということに完全な論理的解決は恐らく不可能だ。読者しか分からない材料が推理のヒントとなっている上に、殺害の手際やそれが露見しなかったのも偶然性が大きくリアリスティックに欠ける。祝日という制約が大きかったというのもあるだろう。しかしこの作品の見るべきところはそこではなくて…。

 ロングハロウィーンのテーマは恐らく“信頼”だと思う。ハービーを信じられるのか? ゴッサム・シティを、ゴッサムの住人が変われると信じられるのか? それはバットマンの自身への問いかけであり、かつ読者への問いかけでもある。そして各々の“信頼”がホリデイの真相を決めるのだ。
 これは本当にすごいと思った。重要なのはミステリーとしての真相じゃなくて、それぞれの思いが真相を決めること。ミステリーと物語がここまで完璧に融合した作品ってなかなかないよ。だからこそバットマンは信じたんだよなぁ。信じなければもはやバットマンではありえなかったのだ。でもそれはバットマンにとっての真実であって、読者にとっての真実ではない。どこまでハービーを、人間を信じるのか…。ホリデイの正体はミステリーの枠を超え、私達読む側がどこまで人間を信じられるかという人類の普遍的な問いかけにつながってくる。
 
 ハードボイルドをここまで引き上げたミステリーというのはやっぱりチャンドラーの作品以外に思いつかない。バットマン、ゴードン、そしてハービーの三人の屋上で結んだ絆は悲劇に終わり、三人はそれぞれの道を選ぶ。何度読んでも泣かずにはいられない。
 続編としては邦訳済みの「バットマン:ダークビクトリー」と未邦訳だが「Catwoman: When in Rome」がある。ロングハロウィーンだけでは分からなかった部分も多いので、ロンハロを気に入った方はこちらもぜひぜひ。

追記
Catwoman: When in Rome はまだ発売日未定ですが、小プロより刊行が決まったそうです。喜ばしきこと…なのだろうけど、原書読んだ直後にこのニュースを聞いたので複雑な気持ちなのであります。

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[投稿:2012-01-24 01:18:04] [修正:2012-02-18 16:43:36]