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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

 入水自殺しようとしていた田坂伝八郎は、ちょうどその場面に出くわした江戸の浮世絵師・国芳に命を救われる。国芳の弟子「伝八」として浮き世を生き直す彼であったが、その背後には暗い過去が潜んでいるようで…。

 正直期待してたのとは違った作風で、あんまり心底生きている江戸を感じられたわけではなくて…。やはり杉浦日向子やもりもと崇に比べると、どこか表層をなぞっている感じ。
 何といっても皆キャラが立ち具合がものすごいよなあ。国芳は最高に男気に満ち溢れているし、パトロンの梅の屋の旦那は憎いほど出来る男だし、売れっ子大夫は女郎とは思えないほどの風格で、弟子達は皆しがらみなんてないとばかりに浮き世を楽しんでいる。あんまりにも誰もが格好良すぎてぼんくらな私には少々眩しかった。とはいえとても面白い作品だったことは確かで。

 結局この漫画が試みていたのは、国芳の世界を漫画の中で表現することだったんだろう。その豪胆で奇想に満ちた浮世絵の一端であったり、国芳のあけっぴろげな精神性が感じられる物語であったり…。とにかく浮き世を楽しみ、生きたいように生きる彼ら。それはファンタジーなのかもしれないけれど、確かに私が国芳の絵から感じたものがあったように思う。これが国芳なのだ。
 火消しの場面の壮大さや綿密に描かれた刺青の男には国芳の浮世絵の迫力が垣間見えるし、国芳が巨大な鯨とちっぽけな二天様を描く場面なんて物語の重なり方も含めて本当にしびれた。また岡田屋鉄蔵の描く男女は色っぽいよねぇ。このからっとした色気はやはり本業のBLゆえなんだろうか。

 そんな国芳ワールドを存分に楽しんだのだけれど、やはりここで終わるのは惜しいよなあ。いや、物語としてはきっちりケリはついているしここで終わるべきなのかもしれない。でも1巻のみにも関わらず、この少なくはない登場人物達にここまでキャラを立たせちゃってるのは罪深いですよ岡田屋先生笑。それゆえに、何か妙な消化不良感に悩まされることは保証します。

 あと私はこの漫画を読む前に国芳関連の画集等を2冊ほど読んだのだけれども、いやぁこの人はすごいよ。無残とか、エログロとか、奇想とか、そんな現代のサブカルに片足突っ込んだ人たちにはたまらないものがあると思う。というか多分そんなぼんくらな私たちの祖先の一人が国芳御大。「ひらひら」とセットでおすすめ。

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[投稿:2012-11-15 00:38:55] [修正:2012-11-15 00:40:09] [このレビューのURL]

 DCユニバースを再起動したクロスオーバーイベント、フラッシュポイントの関連タイトル。フラッシュポイント世界でのそれぞれのキャラクターに焦点を当てて、彼らに何が起きていたのかを描いている。この作品集に収められているのはその中でもバットマン、スーパーマン、アクアマンの3編。
 それにしても邦訳でこの手のタイインが刊行されるというのは珍しいよね。バットマンありきなのは否めないけれども。フラッシュポイントを楽しんだ人ならばこちらを読んで後悔はしないはず。誰もが思うだろうネタバレについては解説であれだけ気を使っていたのに、なぜこうなった…。

 「バットマン:ナイト・オブ・ベンジャンス」
 あの夜、凶弾に倒れたのはブルースだった。トーマス・ウェインがバットマンとなったFP世界ではバットマンの目はらんらんと赤く輝き、悪を止めるためには殺人も辞さない。そんないつもとは異なるバットマンの物語においても、やはりジョーカーの凶行は止まらないようで…。
 クロスオーバータイトルというより、IFものとして傑作。バットマンがブルースではないのにも関わらず、この世界のキャラクターの関係性のハマり方が尋常じゃない。こう来るかという驚きに留まってないんだよなぁ。トーマスがバットマンで、そして○○が○○なのによ、この世界がこれで完璧に調和しちゃってるという驚き。切れ味鋭い諧謔の感じられるオチも見事で、FPのラストとは真逆の意味で涙腺を持ってかれることになった。

 「プロジェクト・スーパーマン」
 もしスーパーマンの乗っていた宇宙船が軍の研究所に回収されていたら…。研究所に幽閉される異星人と地球人の2人のスーパーマンの物語。ライターはリランチ後のライジングスターであるスコット・スナイダーで、ペンシラーは「トップ10」のジーン・ハ。スコット・スナイダーに関してはNEW52のスワンプシングとバットマンがそれぞれ素晴らしかったのでそちらで詳しく書こうと思う。
 このIF自体はかなり興味がそそられる設定だと思うのだけれども。うーん、ちょっと二人のスーパーマンのドラゴンボールよろしくな超人バトルに終わっちゃってる感があって不完全燃焼。この世界のスーパーマンはケント夫妻に育てられていないわけで、もちろんクラーク・ケントという名前すらない。だからこそ研究所にずっと幽閉され続けていた彼が何故スーパーマン足りえるのかというのを読みたかった。そして何故サブジェクト0がスーパーマン足りえないのかというのが読みたかった。ラストのあれでというのはちょっと理由が弱くないかい。

 「エンペラー・アクアマン」
 冷徹な海底の王となっていたこの世界におけるアクアマン。そんな彼の生い立ちそして、ワンダーウーマン率いるアマゾン族との抗争へ至った理由が語られていく。
 クロスオーバーの関連タイトルらしいといえば一番らしい。FP世界が戦争状態に至った経緯を知れるという意味では存在意義はあるだろうけれど、それ以上の価値は薄いよなぁ。そういやフラッシュポイント本編で弟君が健在だったのはただの間違いなのか、それともワンダーウーマンのタイトル等でさらに何かあったのかというのはちょっと気になる所。

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[投稿:2012-09-30 00:14:59] [修正:2012-09-30 00:23:15] [このレビューのURL]

 ロリータ・ハードボイルドを謳うこの漫画、ちょっと購入を迷っていはいたもののこれが中々に幾原邦彦×中村明日美子のセンス大爆発の楽しい漫画でした。いやでもこれハードボイルドなのか?笑

 簡単にあらすじを説明すると、何やら逃亡中・カケオチ中のカップル、イタルとヒツジが結婚式を挙げようと通りがかった教会を訪れると変態神父に気絶させられ、さらには「燃えるキリン」の追っ手にヒツジが連れ去られてしまう。イタルはちょうど教会で告解中だったまろにえとみゆたんと共に脱出、ヒツジを救出する冒険の旅に出るのであった…みたいな。

 あらすじだけ説明しても何が何やら分からない。というか実際3巻まで読んできてもろくに何が何やら分かってないのよ。私はアニメに疎いので幾原邦彦という方はあまり知らないのだけれど、癖のある脚本を書くのはよく分かった。
 何というか、スポットを当てる所が普通の作品と圧倒的に違う。ここは力入れて物語るだろうって所で徹底的にぼやかす。世界が解き明かされそうな所で余裕のスルー。普通の作品が8割本筋2割遊びだとしたら、全くその逆を行っちゃってるとしか言いようがない。

 でもこれがけっこう楽しいんだよなぁ。物語が物語られず想像の斜め上に脱線していく感覚というか、もう何かわりとシリアスな話なのにも関わらず本筋どうでもいいというか、時に話が進んだらラッキーみたいな。何たってイタルがまろにえとみゆたんと共に、教会から脱出した後に向かうのはライブハウスなのだ。まろにえとみゆたんは「ハイデガー、ハイデガー」と白熱のライブを始め、それが何故かとっても楽しい。

 そういう癖のある脚本と台詞回しが幾原邦彦の素材だとすれば、やっぱりそれを食べやすく調理してくれているのは中村明日美子。大胆な画面構成と白と黒のゴシックロリータな格好良さはさすがだなぁと見惚れるばかり。この人かなり作品によって絵柄を使い分ける人だけれど、今作みたいなデフォルトを大胆に効かした絵まで描けるあたり本当に絵が達者だよなぁと思う。

 というわけでかなり癖のある作品ではあるのだけれど、原作作画どちらかのファンであれば楽しく読めると思う。絵も話も横道に一級品な素敵な漫画。

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[投稿:2012-09-17 16:36:25] [修正:2012-09-17 16:36:25] [このレビューのURL]

 色んな意味ですごくだらだらした漫画。私が初めてこれを読んだのは高校生の頃だったと思うのだけれど、相も変わらず遅々とした刊行ペース。そして当初から一貫した生ぬるさ。

 主人公の男とヒロイン二人の関係性を軸に、その周囲のごたごたやら何やらが描かれていく。

 読んでいて感じるのは、とにかくモラトリアムな雰囲気。ただ別にこの漫画の舞台は大学というわけじゃない。榀子は教師として働いている。当初はフリーターだったリクオは就職することになるし、ハルだって喫茶店でバイトしている。社会的には誰もがもがいて頑張っているわけで…。
 なのにこの漫画から成長を拒否するようなモラトリアムを感じてしまうというのは、恐らく3人の関係性に大した変化がないということに尽きる。少なくない巻数にも関わらず、変わっていくのは周囲の人間だけなのだ。3人の三角関係自体は、崩れそうで絶対に崩れない。

 で、それには正直かなり違和感があったりもする。現実の時間が流れる社会の中に、漫画的な時の止まった恋愛関係を放り込んでいるのだから。この関係性のまま、もし後10年が経過したらどうか…と考えてみるとこの世界観の歪さがよく分かる。
 ただここらへんは作者も自覚的だとは思うんだよなぁ。時折「何にも変わってはいないんじゃないか…」みたいな独白が挟まれたりすることもあるわけで。でも時の止まった関係性をどう動かすかというのは作者自身も見えていないんじゃないか。というか終わらせることを志向していないし、読者の方も望んでいない気はする。

 だってやっぱりひたすら変化を拒むようなこの歪な関係性は何となく心地よいからだ。どことなく後ろ向きな心地よさではあるけれども、このだらだらに浸っていたくなる時間というのはある。

 しかし上でも書いたように、もし作中の時間で10年が経過してしまったらそれはさすがに歪すぎるということで、どこかで時の止まった恋愛関係を動かさなければいけないんだろう。いくら先延ばしにしても結局やらなければならなくなるというのは、いかにもモラトリアム的だよなぁ。
 ということで、その時が動かされる瞬間がいつか見れることを期待してこれからも読み続けていくつもり。別に急がなくてもいいのだけれど。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-09-08 02:25:45] [修正:2012-07-27 22:11:55] [このレビューのURL]

 機械のような演奏をすることで知られていた元天才ピアノ少年が、自由奔放な天才美少女ヴァイオリニストに出会う。そしてもう一度演奏家達の世界へ!…というボーイ・ミーツ・ガールもの。

 まあ上手い。超絶上手い。めちゃくちゃ上手い。前作「さよならフットボール」からさらに進化して、新川直司は盛り上げる技術に関してはもう今の漫画界でも随一くらいのレベルに達してんじゃないかくらいに思った次第。
 だってもはやこの人、話を盛り上げるのに大した物語を必要としてないわけで。例えば、かつて主人公・有馬がコンクールに出場していた時に彼の影に隠れていたライバル二人のお話。当時有馬が全く自分達のことを見ていなかったこと…この単純な“思い”だけで、新川直司はいきなり登場した二人の演奏を下手な漫画のクライマックスくらいの勢いで盛り上げてしまえる。しかもたった三話でだぜ? とんでもない。

 ぱらっとページをめくってみるだけで、執拗に過去のフラッシュバックやモノローグが何度も挿入されているし、視点は一人称で進んだりまた複数の視点が同時進行したりところころと変わるのが分かる。そして何よりもすごいのは、それだけ凝りに凝ってかつスピーディーに技術を詰め込んでいるのに至極読みやすいんだよなぁ。だから上がって上がりきったキメの場面ではぞわっと鳥肌がたってしまう。

 また明らかなボーイ・ミーツ・ガールものなのに、少年とヒロインがあんまり恋愛の方に進まなさそうというのはおもしろい所。多分二人は恋愛とは違う所でつながっていくのだろう。「君は君だよ」というヒロインの台詞で救われた少年の思いは分かる。じゃあヒロインの少年への思いは何なのだろう…。
 主人公の過去へのトラウマとか、ヒロインの病気とか、幼馴染との関係性とか鉄板な設定を詰め込んでいる一方で、「四月は君の嘘」という意味深なタイトルや闊達さに似合わずヒロインの謎めいた雰囲気はミステリーとしても中々におもしろくなりそうな気配。だって未だにヒロインが何故こんなに主人公にこだわるのか分からないのだ。読ませるなぁ。

 ただ今の所、まだ技術的には凝りに凝ってる作者が物語の方にその気持ちを傾けられるかはよく分からない。大した物語がなくとも瞬間的には沸騰させてしまえる人だけになおさら不安な気がしないでもなくて。しかし物語が上手く折り重なって、そこに新川直司の技術が乗ってくればどんなにカタルシスが得られるのか…楽しみに待ってます。

追記
・「君は君だよ」の“君”って何だよとか多少意地悪な突っ込みもしたくなる部分も多いのだけれど、そこはあくまで少年漫画だからしょうがないとも思う。
・そういう意味では自分探しものとしてやっぱりモテキのあくまで前向きでしかもはっきりとしたラストは秀逸だったよなぁと今さら。

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[投稿:2012-06-11 00:38:22] [修正:2012-06-15 00:43:59] [このレビューのURL]

6点 BABEL

 全ての情報がビブリオテックという電子図書館に集積・循環される近未来。ビブリオテックは人々の知的創造の場としてなくてはならぬ場であった。しかし、ビブリオテックの電子図書にはパランセプトという原因不明の不具合が表れる。
 主人公・オレッセンはビブリオテックの修復に従事するようになり、かつて父親の“消失”に関わった一つの書物の謎に迫っていくことになって…。

 かつて人々は同じ一つの言語を話していた。人々がバベルの塔という天まで届く塔を建て、神に挑戦しようとしたことが原因で、神は人々に違う言葉を話させるようにした。というのがバベルの塔の大体のあらすじ。
 想像するに、“かつてバラバラになった宇宙の全ての断片(情報)をビブリオテックに集めてしまえば、再び一つであったもの(アカシックレコード?)を復元できるのではないか? それは神へと至る道なのではないか? しかしそれではもう一度神の怒りに触れることにならないか?”…そんな期待と逡巡に満ちた人々のまなざしがこのBABELというタイトルからは感じられる。

 私達は莫大なメッセージを送り続ける一方で、伝えられなかった思いは何処へ行くのだろう。記録されなかった情報の行方は?

 まだまだ1巻は多くの示唆に満ちたプロローグに過ぎないのだけれども、圧倒的におもしろそうな匂いがぷんぷんしているわけで。新しくてなおかつ独創的。SF好きはもちろん、本好きをも惹き付ける神話と現代を上手く融合させた非常に魅力的なストーリーになる予感。
 独創的とは言っても奇想を狙っているのではなくて、重松成美には物語りたくてしょうがないものがあるんだろうと思う。前作は「製本」の物語だったのだけれど、製本から一転して近未来の電子図書を扱うこのBABELにも変わらない気持ちが感じられる。本を読むこと・読み解くことへの強い思い、本に込める心、紙の本への郷愁を。

 テーマや舞台設定からはサイバーパンク寄りになるのかなと思っていたら、ファンタジーの色が強いのには正直面食らった。現実の延長戦上の世界観が強いだけに。
 少しデッサン調で精緻な絵柄なのでファンタジーとの相性も良さそうなのだけれど、この期待感と言うのは紛れもないSFのものなわけで。でも神話とSFを結びつけるのにはかなりの脚本の力が必要とされるだろうなぁとも思うわけで。理論立てたSFになるのか、肌で感じるファンタジーになるのかは分からないけれど、そこらへんの折り合いをどのようにつけていくのかもこれからの楽しみな所。

 と色々書いたけれど、まだ期待感が先行しているというのが正直な所で。でも1巻でここまで期待させてしまえるというのはやはり物語りたいことのある人の強さだよなぁ。後はそれがどんな脚本で、どんな語り口で語られるのか…。イティハーサのように新たな神話が作られるんじゃないかと最高にわくわくしています。

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[投稿:2012-05-31 12:17:49] [修正:2012-05-31 12:19:11] [このレビューのURL]

 グラント・モリソンの月刊バットマン第三弾。今回はヒーロークラブの会合で起こった殺人事件と、バットマン・アンド・サン直接の続編である3人の偽バットマンについての物語が描かれる。そしてどうやら双方の裏にはブラックグローブという悪の秘密結社が関わっているようで…。

 まずは前半のヒーロークラブのお話。50年代のバットマンコミックから色々引っ張ってきたものらしく、その元ネタはおまけとして本書の最後に収録されている。こちらは総じてとっつきやすい素直に楽しめる作品。

 孤島という隔絶された空間で起きる殺人事件。「そして誰もいなくなった」を筆頭としたミステリーの王道といえるジャンルにモリソンはバットマンとロビン、そしてバットマンにインスパイアされた世界各国のC級ヒーローたちを放り込む。謎解きという面ではありふれてはいるものの、とにかくアイデアがおもしろいのでぐいぐい読まされる。
 またアートも非常に良い。安穏としていた時代である50年代のヒーローたちの中に現れる殺伐とした現代のバットマン。その異質・異様な雰囲気が巧みに表現されている。モリソンのテクニカルな演出やコマ割りも多少分かりにくい部分もあったものの上手く機能していた。

 そして後半の、前作から続く3人の偽バットマンのお話。モリソンの癖の強さが全面に発揮された趣向。
 
 現実と幻想。生と死。過去と未来。催眠と瞑想。目まぐるしく様々な世界が行き来する。モリソンの真骨頂とも言える魔術的で意味深なライティング。夢幻のようにこれまでの伏線は回収され、さらなる謎が散りばめられていく。ブラックグローブとは何者なのか?

 「お前はもうすぐ死ぬ」

 バットマンに何が起こるのか? 未来に何が待っているのか? その未来ではダミアンがバットマンになるのだろうか? 万華鏡のように色んな面が移り変わり、世界は混迷を深める。…盛り上げるぜグラント・モリソン!

 ただ、やっぱり私はモリソンとはあんまり相性良くないかもなぁ。もう一つぐっと来ない。幻想の描き手としてアラン・ムーアと比べてしまっている部分もあるのかも。
 モリソンはムーアと同様魔術師を名乗っているだけあって、ムーアと同じく色んな所から設定やらモチーフを借りてくるのは得意にしている。ただムーアとモリソンの決定的な違いは、ムーアはヒーローやら切り裂きジャックやらクトゥルフやら借りたものを完膚なきまでに自らの世界に沿って作り変え、利用しつくしてしまう所で。あくまで象徴主義的な範囲に留まっているモリソンは独自のサーガを作り出す魔術師という点で、今の所物足りない部分は感じないでもなかったり。

 まあでも何だかんだ言って、モリソンのライティングに今ひとつ馴染めないのは浦沢直樹に原因がある気がしないでもない。だってさ、ここ最近ずっと浦沢直樹の作品では、壮大かつ意味深に黒幕を引っ張って引っ張って結末に進むにつれてあれ?…みたいなのが繰り返されてきたわけじゃないですか。
 そういう意味で、浦沢作品と共通点のあるモリソンのライティングには事前に免疫みたいなのが反応しちゃってんじゃないかなと。R.I.P.には、そんな浦沢作品の負の遺産をぶち壊してくれる第一部のエンディングを期待してます。しかしまだまだ引っ張られるんじゃないかという予感。

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[投稿:2012-05-16 23:41:13] [修正:2012-05-17 11:00:53] [このレビューのURL]

6点 prism

 普段あんまり百合を読む機会ってないのだけれども、ツイッターのTL上で評判が良かったのでついつい買ってしまった漫画。ぱっと思いつく印象的な百合は、志村貴子「青い花」や中村明日美子の短編くらいという百合初心者未満の戯言と思って読んでやってください。

 とりあえず読んでみて思ったのは、ちょっと驚くくらい全く抵抗感がないなってことで。まあでもそれは当たり前なのかもしれない。結局自分の性とは異なるわけだから、男同士がいちゃいちゃしてるのに幻想は抱けなくても、女の子同士がいちゃいちゃしてるのに幻想は抱ける。実際、百合ってジャンルはBLと比べるとかなり男が占める割合は大きいんだろうと思うし。

 高校に入学した恵は、今度こそ絶対いい恋をするんだ!!と決意していた。彼女は小五の夏休み、海で出会った子との初恋が忘れられず、なかなか恋が出来ないでいた。そんな恵だが、入学式でその初恋相手、光と奇跡的に再会を果たす。ただし光は男の子ではなく、綺麗な女の子だった…。

 「放浪息子」や「きのう何食べた」のようにマイノリティの苦しみも作中に盛り込む方向性ではなく、どうやら「青い花」のように繊細な女の子同士の感情や関係性の変化を中心に描く作品になるようだ。女の子同士の付き合い(百合ップルと言うらしい笑)が露見しても、そんなに拒否反応も起こさずに皆さん理解してくれているみたいだし。
 
 物語自体に目立つ部分はそんなにない。光と恵がお互いを好きになって、付き合うことになり、イチャイチャしたりする…そんな取り立てて特筆することもないお話がこの一巻では瑞々しく語られていく。
 ただし、東山翔は物語の語り口がべらぼうに上手い。女の子同士の魅力的な会話に、ここぞという時の透明感のあるナレーション、恵と光の心の距離感の変化を繊細かつスピーディーに魅せる構成、細かい視線や表情で心情を語る描写力、全てがありふれたお話をきらきらに変える。

 また決して画力が高いわけではないんだけど、すごくイチャイチャが官能的。ここらはやはりエロ方面でも活躍している作家ゆえか、匠の仕事です。
 胸を描くのが上手い作家(鶴田謙二とか)やお尻を描くのが上手い作家(桂正和とか)はそれなりにいるけど、ここまでキスを描くのが上手い作家は記憶にないなぁ。植芝理一や森薫のようなフェティッシュなエロさでもなく、高浜寛の切ない大人のエロさでもなく、心をぎゅっと掴まれる官能的なエロさ。これは見る価値はある。

 これをきっかけに百合に耽溺するつもりはないけれど、十二分に満足させてもらった。全然一般の方でも大丈夫だと思う。けっこうゆっくり連載しているみたいなので、今くらいのテンポでさくさく進んでくれるのを期待してます。百合にちょっと興味がある方は特におすすめ。
 しかし結局百合って何なんだろう、とちょっと気になってる私は実は百合にはまりかけている気がしないでもない。

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[投稿:2012-04-25 00:55:19] [修正:2012-04-25 00:55:35] [このレビューのURL]

 ヤマシタトモコの短編はおもしろい。少ないページ数の中でぱっと惹きつけて、クスっと笑わせて、ばっさりと終わる。短い時間でもしっかり楽しませてくれて、なおかつ後に引きずらない。私が短編漫画に求めていることが過不足なく揃っている気がする。

 そんなヤマシタトモコのピリっとした鋭さは、このミラーボール・フラッシング・マジックでも存分に発揮されていた。

 特に表題作の「ミラーボール・フラッシング・マジック」が秀逸。一つのミラーボールを巡る連作ものなのだけれども、まさにミラーボールのようにギラっと光っては回転し、新たな面に光が当てられていく。その一瞬の光がとにかく強烈で、でも一瞬後には何も残らない。そのくらいスピード感のある鮮烈な読み心地。
 またオチが素晴らしくくだらなくてねぇ。そして手法的にも巧いのに、巧い!とは言いたくない絶妙にしょぼい雰囲気が良い感じ。素敵な奇跡の話でした。

 これに限らず、コメディカルな話に関してはさすが今ノリに乗ってるヤマシタトモコという感じで。「エボニーオリーブ」なんて、女3人のぐだぐだなガールズトークがこうまでおもしろい物語に仕上がってしまうんだからお見事というしかない。
 対して、愛とか恋とか女とか、そっち系をメインにした話は正直あまり乗りきれなかったりして。どんどん一人称の語りで物語が進んでいくので、登場人物に興味もなく共感も出来なかった自分にとってはなかなかに厳しいものがあった。

 またヤマシタトモコがこの短編集で描く女性はいつもにまして、生々しいので気持ち悪いと感じる人もいるかもしれない。女教師のわき毛を妄想する話があったり、描かれる身体が微妙にたるんでいたり、乳に静脈が浮かんでいたり…。私はそんな微妙にフェティッシュな感じがけっこう気に入っているのだけれども。

 「ドントクライ、ガール」と比べると、テイストが色々なので正直好き嫌いが分かれると思う。私自身、短編によってかなり印象が違うし。
 ただ何といっても、後に引きずらないので気軽に読めて楽しめるのがありがたい。意外にそんな漫画は少ないものだよね。また新しい短編集を出してくれたるのを楽しみにしてます。

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[投稿:2012-04-17 01:25:37] [修正:2012-04-17 01:25:37] [このレビューのURL]

 現在の科学技術は既に失われ、すでにロストテクノロジーとして発掘・利用されるようになった未来。地球は魔物や獣人などが跳梁跋扈する世界に成り果てていた。そんな世の中で、美人で無口で冷静で超強い武器商人に命を救われた少年ソーナが活躍するダークファンタジーということで。

 そういうファンタジーの世界観だけで見ると、全く目新しくない。ただ見せ方はかなりおもしろくて。
 武器商人はテンガロンハットを被り、馬車で移動する。馬車の上で撃ちあって、ナイフ投げ合って、でも馬はゾンビなんだよね。要はこれ、ファンタジーなんだけど、ロードムービー風味の西部劇なのだ。多分こういうファンタジーはあんまりなかった。

 武器商人のガラミィはソーナと共に街を巡る。彼らが目にするのは人間の暗部だ。街から街を巡るロードムービー。どんな街にたどり着いても、ソーナに見える世界はどうしようもなく腐っている。そして幻想文学に材をとった異形のものたちがいくら登場しても、何よりどうしようもないのは人間なのだ。
 そういう腐った世界で、唯一よりどころになるのが“契約”であるというのも上手く機能している。上でガラミィはソーナの命を救った、と書いたが、正確にはソーナは金で刀を買い、母親(の幻影)を斬ることで生きることを選ぶ。もう初っ端からこの漫画は、子どもに子どもであることを許さないし、人間が一人で立たないことを許さない。ここらへんはかなりえぐいし、その後を追っていってもやっぱりこの漫画はえぐい。奴隷市場のくだりなんか特に。

 でも怖いのも、弱いのも、そして時に強いのも、優しいのもやっぱり人間であって。そういう人間が描かれるからおもしろいし、それこそがダークファンタジーの肝なんだろう。久々に良質なダークファンタジー成分を補給できて満足した。

 ただその一方で、やはりこの手の漫画はベルセルクで描きつくされてるのかな、と改めて思わないでもなくて。多分私がダークファンタジーに求めてるのは、とにかく心を抉って欲しいってことなのだけれども。心を抉るってことは要は漫画の境界をどうにか踏み越えてほしいということで、その点でベルセルクの黄金時代編に及ぶものはないだろう。
 牙の旅商人は絵も語り口も格好良すぎて、そういう意味では抉る直前で上滑りしてしまった。私がこの漫画に期待しているのは、ヘルシング的な格好良さじゃないんだよなぁ。ただそんな格好良さが色んな所から材を採りすぎてぶれぶれな世界観をどうにかごまかしてんじゃないかというのはあって。その一方で、ロードムービーとしては世界がぶれまくってくれた方が楽しいなぁと思ったりして。

 そんな疑問もありつつ、ファンタジー好きにも、ちょっと甘いファンタジーは苦手かなという人にも十分おすすめできる漫画だった。おすすめ。

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[投稿:2012-03-31 00:36:13] [修正:2012-03-31 01:02:52] [このレビューのURL]

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