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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

 色んな意味ですごくだらだらした漫画。私が初めてこれを読んだのは高校生の頃だったと思うのだけれど、相も変わらず遅々とした刊行ペース。そして当初から一貫した生ぬるさ。

 主人公の男とヒロイン二人の関係性を軸に、その周囲のごたごたやら何やらが描かれていく。

 読んでいて感じるのは、とにかくモラトリアムな雰囲気。ただ別にこの漫画の舞台は大学というわけじゃない。榀子は教師として働いている。当初はフリーターだったリクオは就職することになるし、ハルだって喫茶店でバイトしている。社会的には誰もがもがいて頑張っているわけで…。
 なのにこの漫画から成長を拒否するようなモラトリアムを感じてしまうというのは、恐らく3人の関係性に大した変化がないということに尽きる。少なくない巻数にも関わらず、変わっていくのは周囲の人間だけなのだ。3人の三角関係自体は、崩れそうで絶対に崩れない。

 で、それには正直かなり違和感があったりもする。現実の時間が流れる社会の中に、漫画的な時の止まった恋愛関係を放り込んでいるのだから。この関係性のまま、もし後10年が経過したらどうか…と考えてみるとこの世界観の歪さがよく分かる。
 ただここらへんは作者も自覚的だとは思うんだよなぁ。時折「何にも変わってはいないんじゃないか…」みたいな独白が挟まれたりすることもあるわけで。でも時の止まった関係性をどう動かすかというのは作者自身も見えていないんじゃないか。というか終わらせることを志向していないし、読者の方も望んでいない気はする。

 だってやっぱりひたすら変化を拒むようなこの歪な関係性は何となく心地よいからだ。どことなく後ろ向きな心地よさではあるけれども、このだらだらに浸っていたくなる時間というのはある。

 しかし上でも書いたように、もし作中の時間で10年が経過してしまったらそれはさすがに歪すぎるということで、どこかで時の止まった恋愛関係を動かさなければいけないんだろう。いくら先延ばしにしても結局やらなければならなくなるというのは、いかにもモラトリアム的だよなぁ。
 ということで、その時が動かされる瞬間がいつか見れることを期待してこれからも読み続けていくつもり。別に急がなくてもいいのだけれど。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-09-08 02:25:45] [修正:2012-07-27 22:11:55] [このレビューのURL]

 人々のうまくいかない日常を描く、といえば確かにそうなのだけれども。そんな言葉に収まらないなかなか強烈な作品だった。今年の新人で今の所一番話題になってるのも分かる気がする。
 説明しにくいのだけれど、藤子先生の短編に近い。笑う一歩手前で背筋がぞっとしちゃうようなブラックコメディ。こんなバランス感覚を備えてる作家は珍しいし、才能がある方なのだろう。

 12Pほどの読みきりを集めた短編集で、それぞれの作品につながりはない。後々再登場することもあるということだけれど、この1巻ではまだそういう話はなかった。
 短いページ数ながら、変人奇人オンパレードのスピーディーで先の読めない展開は読み応えがあって引き込まれる。ここまで予定調和的でない話を描ける漫画家ってなかなかいない。

 話題になる漫画は何かしらの新しさを感じさせる漫画が多い。去年だったらグラゼニやうどんの女がそうだった。そして、この漫画もけっこう新しいんじゃないか?とは思った。ただその新しさを言葉にするのが難しくて。要は何故予定調和的でないのかと感じるのかってことなのだけれど。
 それは多分人情ものに行ってないからだ、て気はしてる。この漫画で描かれるような毒やマイノリティの苦しみっていうのは人情ものと食い合わせがとっても良い。だって傷つかなければ人情は生まれないのだ。多かれ少なかれこの手の漫画にはそういう一面があったし、それをお手本のようにやってのけたのが「大阪ハムレット」だった。でもこの漫画では、毒や苦しみは人のつながりによって救済されない。毒や妄想や苦しみを吐き出し続けて吐き出し続けて吐き出し続ける。そしてこの作者はそれを描くのが上手い。これは新しいな、と思った。

 もう一つおもしろいと感じたのはギャップ。絵柄はとことんコミカルなのに中身はけっこうシリアスで。コメディのように見えて刃がどこかに混じってる。やっぱりこの人のブラックなバランス感覚はおもしろい。
 ここまで書いて、第三話目の親子の話だけはあまりこの短編集にそぐわないな、と思った。何というか、色々と真っ当だよね。まあたまにああいうのもあると、反動でぐっとくる…かもしれない。

 今週刊連載でやっているということなので、ネタ切れにならなかったらいいなと思いつつ。一読してみる価値はあると思う。バキやバチバチやイカ娘の中にこれがあるチャンピオンの懐はなかなかに深いな。あまり刷られてないようなので(どうせ重版されるだろうが)、興味のある方は早めにどうぞ。

追記
2巻を読んで、この人は漫画で「奇妙な味」をやろうとしてるんだなということに思い至った。
破れるか破れないか沸点ぎりぎりのラインをさ迷う日常、異様な物語と奇想、そして不穏な読後感。
シャーリィ・ジャクスンやマシスンの短編集を髣髴とさせる。
阿部共実がすごいのは、絵柄と表現媒体を活かした漫画でしかやれない奇妙な味を実現していることにあると思う。
絵と物語のギャップは先の読めない奇妙な味を引き立てて、居心地の悪さを際立てることになる。

週刊でこのクオリティを維持どころか、上げていってるのは本当にすごい。
奇想好きにはたまらない作品。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2012-03-12 01:47:23] [修正:2012-07-21 01:08:57] [このレビューのURL]

 犬のサルヴァトールはとても腕の良い自動車修理工。彼は「小さいやつ」と一緒に必要な部品を必死にかき集め、水陸両用の最先端の車を作る。そして、かつて親の都合で生き別れになったジュリーが住む南米へ赴こうとするのだった…。

 こんな感じのストーリー。しかも表紙のサルヴァトールは実に可愛らしい生き物のように見える。ゆえに、可愛い犬が愛を求めて愉快な冒険の旅に出る…とかそういう物語を想像するのが至極自然だと思うのだけれども。そこはクレシー先生ということで、一筋縄じゃいかない作品に仕上がっている。

 何といっても主人公のサルヴァトールの性格があんまりにも悪い。車を作るためなら泥棒やら騙しやら何でもござれ。パートナーの小さいやつに事あるごとに問題を押し付け、挙句の果てに南米に着いたら邪魔になるからと小さいやつを置き去りにしようとまで画策している。
 またサルヴァトールの裏で進行している二つの別ストーリー。豚のアマンディーヌと子豚たちのお話。そして出産時にアマンディーヌと生き別れになった子豚のフランソワを巡るお話。このアマンディーヌが視力が壊滅的に悪いだけではなくて、思考力の方もド近眼。フランソワを探していく内にすごい勢いでどつぼにはまっていくことに。

 基本的に読者は物語を読む上で主人公に感情移入していくものだと思うのだけれど、それにしてはひどく癖が強すぎるキャラクターたち。下手に感情移入してしまうと、色んな意味で苛々することは請け合いです。
 多分このサルヴァトールという作品を楽しむためには、キャラクターに近づき過ぎてしまっては駄目なのだ。ちょっと一歩引いて彼らを眺めてみる。すると、途端にこの不愉快なやつらの愉快な冒険が楽しくなってくる。

 サルヴァトールの腹黒い様々な試み。アマンディーヌの想像の斜め上を行く愚かさ。時折見せる小さいやつの素敵な笑顔。動物達が暮らす世界なのに、豚の切り身がスーパーに並び、牛は闘牛士に殺される。南米は近づくほどに遠くなっていく。物語は交差しそうで決して交差しない。JAPONでも見られたようなクレシーの実にブラックな文化批評。
 そんな一筋縄ではいかないひねた物語は、クレシーの可愛らしく味わい深い寓話調の絵に乗せて語られていく。時折描かれる活劇もとっても素敵だ。絵と物語はどこまでもアンバランス。というか全てがアンバランス。

 作品との距離感をつかめるようになれば、サルヴァトールを読むのがぐんと楽しくなってくる。約束事が通用しない…というか約束事がどんどん置き換わっていくような世界は実におもしろい。
 だからまだ完結してないとは言っても、個人的には別に完結しなくても構わないなと思ったり。物語が交錯しそうで交錯せず、南米は近づくほどに遠のくのだから、結局ジュリーが登場しなくても良いのかもしれない。完結しそうで完結しなくても納得できるかもしれない。そんなこっちまでひねた気分になってしまうバンド・デシネ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-07-12 22:41:35] [修正:2012-07-12 22:41:35] [このレビューのURL]

 夢野久作×丸尾末広ですよ…! 恐らく乱歩と並んでこのタッグを待ち望んでいた人も多いはず。後は泉鏡花なんてどうでしょうか丸尾先生。

 本作は表題作である夢野久作の「瓶詰の地獄」以下4作が収録された丸尾末広の作品集。

 瓶詰の地獄は夢野久作の少なくはない短編の中でもベストオブベストの一つに挙げられると思う。事故により天国のような無人島に流れ着いた兄妹の禁忌と苦悩が3つの書簡を通して描かれていく。
 これはもうさすが丸尾末広という素晴らしさ。幸福な楽園であった島。しかし唯一の秩序であった聖書を信ずる心が内から芽生えた禁忌によって脅かされた瞬間、そこは地獄に変転する。丸尾末広はどこまでも美しく、どこまでも狂おしく内から楽園が崩壊していく様を象徴的に描ききる。圧倒的なビジュアルイメージにくらくら。

 瓶詰の地獄をより印象的な作品としているのが、色んな解釈の幅が残されていることに加えて、作中にいくらかの矛盾点が見られるというのがあって…。それらも突き詰めて考えていくと想像の地平にはキリがなくて、でもだからこそ掌編とは思えないほどこの作品は味わい深い。一つだけ文句があるとすれば、このコミカライズでは丸尾末広の解釈で新たな瓶詰の地獄の世界を読みたかった。再現性でいえばこれ以上のものはないだろうけれど、最後に読者にぶん投げてお茶を濁すのはどうだろうと思わないでもなかったり。

 一転してコミカルな「聖アントワーヌの誘惑」。こちらは絵は楽しいものの、今ひとつ自分の中のおもしろさにリンクせず。笑わせにきてるのかがあんまり確信できないままふわふわしてる感じというか。別に愉快でもないしなぁ。
 
 落語を原作としたとことん皮肉な諧謔に満ちた「黄金餅」。こちらはけっこうアレンジされているのだけれど、秀逸。落語の方は、善良な一般人ですらも金を手にするためならこうまでやるか…というものだったのに対して、丸尾版の登場人物はみんなストレートに強欲。そして強欲が強欲にどんどん食われていくその様。どうしても逃れられない人間の強欲さという業を強烈に感じるのは変わらない。

 とことんアンハッピーな「かわいそうな姉」。エドワード・ゴーリーの「不幸な子供」を意識しているのかと思うのだけれど、どうだろう。ゴーリーのような何かもう笑ってしまう程の芸術的な小気味よさで語られる不幸のオンパレードというわけではなくて、情念がこもってるだけにひたすら後味が悪い。難しいなぁ…あんまり好みではないかも。

 しかし時代時代の文化や風俗を一つのコマの中にさりげなく落とし込んで独自の世界を作ってしまえる丸尾末広はやっぱりすごい。話はそれぞれ好みが分かれるかもしれないけれど、絵を眺めるだけでも満足だったり。瓶詰の地獄や黄金餅は特にお気に入りです。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2012-07-10 23:32:20] [修正:2012-07-10 23:32:20] [このレビューのURL]