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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

 いきなり失踪してしまった幼馴染の早川さん。霊感のある主人公はなぜかその早川さんの霊に付きまとわれることになるのだった。

 で、そんなこんなで主人公はどんどん怪奇な事件に巻き込まれていくことになるのだけれども、内容としては新しいことをしてるわけではなくて。遊園地の幽霊だったり、秘教を崇拝している島であったり、そこはかとなく既視感を感じてしまう舞台設定。80年代に戻ったかのような直接的なスプラッタ描写や胡散臭いオカルティックな話はちょっと前のB級ホラーや怪奇漫画を想起してしまう。また少女漫画テイストな絵柄やその作風だって、伊藤潤二、高橋葉介、諸星大二郎といった大御所たちが背後に見える気もする。

 ただそれがまた安心するというか。怖いかというとあんまり怖くないのだけれども。こんな血まみれで逃げ回りまくりで無残に殺されるド直球なスプラッタだったり、苦笑すれすれのオカルトだったり、古典的な仕掛けのホラーが面白く読めるという喜び混じりの驚きがあって読んでいる時は本当に楽しかった。
 ひよどり祥子の面白さというのは、そういう古典的なホラー漫画だったり映画だったりのエッセンスを取り込んで、現代風にうまくリファインできる所にあると思う。とかいうのは簡単だけれど、めちゃくちゃセンスが良いよなあ。またとにかく女の子が可愛いもの。何しろ古来より美少女に適度な臓物成分さえあればそれだけで読めるというのは証明されているのだ。

 この作品集ではむしろ異色なのかもしれないけれど、随一で面白かったのは「いるのにいない同級生」。すっと同級生が薄くなるビジュアルは衝撃的。何より唯一といっていいほど怖い。奇想の意味でも実に好みだった。
 ひよどり祥子らしさは物語よりもむしろキャラクターの可笑しみにあるのかもしれない。やっぱり委員長のキャラは強烈だよなあ。この先どんなひどい目にあってもタフに生き延びていく強さは憧れざるをえない笑。そして当然のように全女子生徒の写真を持ってる友人。一見普通のようで、ちょっと頭のネジが外れちゃってるような主人公。怖いのか可笑しいのか分からない事件の数々。寝る前に読めちゃうくらいのぞくぞく感と楽しさは他ではなかなか得難いよなあ。

 大作家たちのホラー漫画の系譜ってこのまま途絶えていくんじゃないかとなんとなくにでも残念に思っていた人は多いと思うのだ。ホラーMだって休刊してしまってなおさら怪奇ものには世知辛さを感じてしまうわけで。応援コメントの豪華さにもある意味そんな危機感が現れているのかもしれない。そんな中でひよどり祥子はさっそうと現れた救世主ですよ。
 しかしまだ1巻とは書かれてないんだよなあ。連載は続いているみたいだけれど2巻の刊行はまだ決定してない模様。ということで皆さんぜひ応援しましょう! ホラー漫画好きなら後悔しないから。おすすめ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2012-12-20 00:25:31] [修正:2012-12-20 00:25:31] [このレビューのURL]

 モーニングツーに掲載された9篇を集めた宮崎夏次系の作品集。デビュー作ということで、西村ツチカ、九井諒子、市川春子なんて最近のニューウェーブ系の流れに位置づけられるのかもしれない。そう言う意味では、もはやこの手の絵柄だけでは新鮮なんて感じることはできないのだけれども。

 でもこの作品はそういう新鮮とか新鮮じゃないとかいう次元の話では全くないよなあ。久々に漫画を読む楽しさを存分に感じさせてもらった。
 というのもこの作品、ストーリーだけ説明しても全く面白さが伝わらないと思うのよ。とにかくシュールで、荒々しくて、理不尽で、荒唐無稽で、とことん馬鹿話。あらすじを伝えても困惑させるかもしくは失笑させる自信しかないもの。作品集の最後を飾る「紙村のさわやかな変体」なんてクライマックスでオムツが空に飛んでいってしまう。他の短編も概ねそんなテイスト。

 ただこの漫画が凄みはそんなストーリーがやはりシュールで、荒々しくて、理不尽で、荒唐無稽な絵柄や語り口と合わさった時に、オムツが空に飛んでいく場面で泣けてしまうってことで。漫画において、これだけ絵と物語が不可分な作品を作れる人がどれだけいるんだろう。デビュー作でこれだけのものを作り上げてしまえるんだから、本当にとんでもないよなあ。
 いやあ、でも本当に理不尽だぜこれ。だって自分でも何でこんなに感情を揺さぶられているのか分からないのだ。宮崎夏次系は心底理不尽に、突然に、鮮烈に、登場人物の激情を切り取ってしまう。そして訳も分からないうちに震えてしまう。泣かされてしまう。そんなに本当にわくわくする漫画体験。

 特に個人的なお気に入りは「水平線JPG」「娘の計画」「成人ボム 夏の日」「飛んだ車」。「飛んだ車」のまさに車が飛んだシーンなんて脳裏に焼きついて離れないもの。他にも「娘の計画」の“なんで”だったり、「成人ボム 夏の日」の凝縮された3分だったり…宮崎夏次系は一瞬の感情を鮮烈に切り取って、私たちの脳裏に焼き付けてしまう。

 この人がストーリーだけ提供しても絶対にこれほどまでに感情を揺さぶられることはないってことは確信できるもんなあ。漫画であることにひしひしと意味を感じさせてくれる人は松本大洋を始め、ひと握りしかいないと思うのだ。ということで間違いなく天才の類だと思うので、一読をおすすめ。特に短編好きはマスト!

ナイスレビュー: 1

[投稿:2012-12-13 00:13:27] [修正:2012-12-13 23:50:43] [このレビューのURL]

 40年後の日本を舞台にした岩岡ヒサエの新作。3R法が施行される徹底的にが無駄が排除された世の中で、東京の大学に通うために上京した初音。大学でのスタートは見事にコケるものの、ちょっと変人な彼女にはまた上をゆく変人な友達ができ、電器商店を経営するばあちゃんやその従業員とともに新しい生活を始めてゆく。

 未来とはいってもあくまで40年後の近未来ゆえかあんまり現実離れしたガジェットは出てこない。3Dの映像機器なんかはあったりするけれども、これだって確かに数十年すれば普及してもおかしくないような家電だよなあ。
 それよりも今と変わってしまったのは制度の方で…。3R法に代表される“作り過ぎず、再利用し、再資源化する”社会は少々窮屈だ。カメラが至る所に設置されて不法投棄を監視しているし、ゴミの処理費用は企業だけでなく一般人も自己負担しなければならない。作りたてのコロッケを提供するためとはいえ時間のたったものを大量に廃棄すれば私服警官に捕まり、紙できたチラシを配っても逮捕されかねない。

 そんな変わってしまったとはいえ現代と地続きの未来で描かれるなりひらばし。そもそも未来の下町というのがアンバランスで楽しいのだけれども。エコが徹底した未来でもその中で懸命に生きる人々から感じられるのは、やっぱり無駄なくしては生きてはいけないってこと。温かくもさりげなく私たちの価値観に疑問を突きつけてくる岩岡ヒサエやっぱりSFの素晴らしい描き手だよなあ。面白い!

 もちろん岩岡ヒサエの真骨頂ともいえる生き生きしたキャラクターは本当に魅力的。3Dを超えるほど迫力抜群でとことん食えないばあちゃんや、ちょっと変な初音を取り巻くさらに変人な友人、そして癖ありまくりな電器商店の店員たち。時に過剰なほどのデフォルメで描かれる彼らの表情は豊かすぎる笑。
 きっと土星マンションのように主人公を通してたくさんの人がつながっていくことになるんだろう。ただ土星マンションと決定的に異なるのは、初音がどうやら意識的に人とつながっていこうと考えているようということで。リングの掃除という仕事を通して様々な人々と出会っていったミツとはまた違った、初音の物語を楽しみに追っていきたいと思います。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-12-09 01:18:36] [修正:2012-12-09 01:18:36] [このレビューのURL]

 入水自殺しようとしていた田坂伝八郎は、ちょうどその場面に出くわした江戸の浮世絵師・国芳に命を救われる。国芳の弟子「伝八」として浮き世を生き直す彼であったが、その背後には暗い過去が潜んでいるようで…。

 正直期待してたのとは違った作風で、あんまり心底生きている江戸を感じられたわけではなくて…。やはり杉浦日向子やもりもと崇に比べると、どこか表層をなぞっている感じ。
 何といっても皆キャラが立ち具合がものすごいよなあ。国芳は最高に男気に満ち溢れているし、パトロンの梅の屋の旦那は憎いほど出来る男だし、売れっ子大夫は女郎とは思えないほどの風格で、弟子達は皆しがらみなんてないとばかりに浮き世を楽しんでいる。あんまりにも誰もが格好良すぎてぼんくらな私には少々眩しかった。とはいえとても面白い作品だったことは確かで。

 結局この漫画が試みていたのは、国芳の世界を漫画の中で表現することだったんだろう。その豪胆で奇想に満ちた浮世絵の一端であったり、国芳のあけっぴろげな精神性が感じられる物語であったり…。とにかく浮き世を楽しみ、生きたいように生きる彼ら。それはファンタジーなのかもしれないけれど、確かに私が国芳の絵から感じたものがあったように思う。これが国芳なのだ。
 火消しの場面の壮大さや綿密に描かれた刺青の男には国芳の浮世絵の迫力が垣間見えるし、国芳が巨大な鯨とちっぽけな二天様を描く場面なんて物語の重なり方も含めて本当にしびれた。また岡田屋鉄蔵の描く男女は色っぽいよねぇ。このからっとした色気はやはり本業のBLゆえなんだろうか。

 そんな国芳ワールドを存分に楽しんだのだけれど、やはりここで終わるのは惜しいよなあ。いや、物語としてはきっちりケリはついているしここで終わるべきなのかもしれない。でも1巻のみにも関わらず、この少なくはない登場人物達にここまでキャラを立たせちゃってるのは罪深いですよ岡田屋先生笑。それゆえに、何か妙な消化不良感に悩まされることは保証します。

 あと私はこの漫画を読む前に国芳関連の画集等を2冊ほど読んだのだけれども、いやぁこの人はすごいよ。無残とか、エログロとか、奇想とか、そんな現代のサブカルに片足突っ込んだ人たちにはたまらないものがあると思う。というか多分そんなぼんくらな私たちの祖先の一人が国芳御大。「ひらひら」とセットでおすすめ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-11-15 00:38:55] [修正:2012-11-15 00:40:09] [このレビューのURL]

 恋人マリアに裏切られ、自殺しようとしていたチカ。しかし彼女はその際で妙な男レオナルドに出会い、彼の言葉を受けて誰もが見える場所で“死ぬために”女闘牛士になることを決意するのだった…。

 自殺願望を持った女性が死ぬために女闘牛士になるというとけっこうとんでもないけれど、要はチカ(スペイン語で女の子の意)が自分の名前・居場所を見つけていく物語だ。そういう意味では闘牛という題材は脇に置いておくけば、決して珍しくない普遍的なお話だと思う。

 しかしそんな物語よりも、えすとえむのハッタリの力に惚れ惚れとしてしまった。
 元々この人は現実味があってなおかつ格好良い外国・外国人を描ける、何気に稀有な作家のように思う。そういう意味では絵柄が似通っているオノナツメや多くの少女漫画のような現実味の感じられないひたすらお洒落な外国の生活を描くわけではないということで。でもえすとえむの描く海外の暮らしには生活観が溢れているにも関わらず、最高に素敵で格好良い。

 そんなえすとえむが描く「闘牛」のその迫力と存在感にはちょっと酔いしれてしまった。私は多くの世間一般の人と同じように、闘牛について特に詳しい知識はなくて、年に何回かテレビのニュースで流しているのを見る程度。正直に言うとあまり興味があるわけでもなく、牛を見世物で殺すのは残虐のように感じたりもする。
 しかしえすとえむのフィルターを通すと、それがこんな風に見えるのかというのは本当に鮮烈な体験だった。目の前にいるのは私たちがいつも食べている牛とは思えない。一種神とも言える風格を醸し出す存在。そんな神の前に立ち、彼らと一体になり、そして最後には刺し殺す。そんな強烈な一体感と忘我の瞬間をえすとえむは鮮烈に切り取ってしまう。

 何気に登場人物だって大したことを言ってるわけじゃなかったりするのだ。ほら、同じ台詞でも本田やイチローみたいな人が言うと重みが違うじゃない。でもえすとえむは気持ちよく私たちを騙くらかしてくれる。気持ちを冷まさないように物語を読ませてくれる。そんなえすとえむのハッタリの名手っぷりが本当に心地よい。

 えすとえむはやっぱりすごい! 本当にこの人の作風は幅が広くてまだまだ底が見えないよなあ。また短編集も出してくれると良いのだけれど。もちろんおすすめ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-11-06 23:27:49] [修正:2012-11-06 23:27:49] [このレビューのURL]

 もはや大人気と言っていい有名サッカー漫画。

 色んなスポーツを取り扱った漫画があふれている中で、何でこの漫画を読むとこんなに実際に足を運んで地元のクラブチームを応援したくなるんだろうねぇ。実際うちの姉貴などはこの漫画を読んだのがきっかけで、勤務先に近いというジュビロ磐田のプチサポーターになってしまったそうで、J加盟クラブすらない私の地元からすると実に寂しく思ったりする(でも今年はJ2上がれそう!)。

 この漫画について語られる時に、監督が主軸にすえられているということに言及されることは多いと思う。ただかといって、監督の力で弱小チームを成長させ、巧みな戦術で痛快に敵チームをやっつけるというのがこの漫画の一番の面白みかといえば少し違う気がする。いやもちろんそういう面もありはするのだけれども。

 何というか、読む側をめちゃくちゃ熱くさせようとはしていないんだよなあ。例えばORANGEはフロントやクラブのサポーター、J2の経営問題を物語に絡めた初めてのサッカー漫画だったかもしれない。ただその中でもやはりORANGEには武蔵という確固たる主人公に軸があったわけで。私たちはサブのキャラクターたちやストーリーに焦点が当てられる時があったとしても、大活躍する武蔵にこそ感情移入したし、熱くなった。

 しかしジャイアントキリングにおいては、監督である達美に感情移入することは驚くほど少ない。何しろ何を考えてるのかよく分からないのだ笑。そして代わりに私たちは、選手達でありサポーターでありフロントに感情移入することになる。もちろん彼らだって一様じゃない。ベテランがいれば若手がいる。試合に出る選手がいれば出られない選手もいる。移籍する選手もいれば移籍してくる選手もいる。現役ばりばりの若いサポーター集団がチームを支える一方ETUが強かった頃のサポーターだって戻ってくるし、ずっとスタジアムに通い続けているじいちゃんサポーターがいれば、小学生のサポーターもいる。社長、広報、スカウトといったフロントがいる。記者やスタジアムを管理するおっちゃんだっている。
 ここに脇役というのは存在しない。ETUという一つのクラブを巡って、選手からサポーターまで様々な立場の人々の視点で群像劇が少しずつ語られていく。しかし必ずしも彼らの物語が交差するわけじゃない。でも彼らはどこかでつながってETUというクラブを構成していく。

 一人に深く没入するわけじゃないので、ORANGEみたいにめちゃくちゃ熱くなれるわけではないのだけれど…。でもだからこそジャイアントキリングは、単一の視点ではなく様々な選手たちやサポーター、記者等たくさん視点でETUを眺めることで多角的に確固たる一つのプロサッカークラブの姿が浮かび上がらせることに成功している。そんなたくさんの視点が集まる試合だからこそ一つの試合であってもその重さと勝利する喜びが分かる。だからこそ実際に足を運んで地元のクラブチームを応援してみたくなる。

 サッカー好きはもちろん、特に興味のない人にもおすすめ。うちの姉貴みたいにサッカーの魅力に気付かされることになるかもしれない。要はサッカーの面白さというより、プロサッカークラブの面白さを分からせてくれる漫画なのだ。実はかなり新しいスポーツ漫画だと思うので読んでない方はぜひ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2008-07-22 22:53:44] [修正:2012-11-06 23:26:56] [このレビューのURL]

 去年「竜の学校は山の上」で話題になった九井諒子の新作。

 相も変わらず熱心に独自の世界を構築していこうとしている姿勢は変わっていなくて。とにかく愚直なまでに独自の世界を描き、その世界でしか物語れないものを紡ごうとしている印象。そしてファンタジーといえども、嫌味ならない程度に現実を想起させる世界と人々。
 ただ日常とファンタジーが入り混じった独自の世界観が作りこまれているからこそ、その世界と物語との間にギャップが生じた時にその隔たりは巨大なものになってしまうように思う。例えば今作であれば第一話「竜の小塔」は、世界が練りこまれているからこそ結末の安易さが気になってしょうがなかった。

 ただそんな風に感じてしまった部分は前作よりもはるかに少なくて…。世界と物語のすり合わせ方が上手くなったのか、私の感じ方が変わったのかは分からないのだけれど、今作では圧倒的に心にすっと物語が入ってきた。
 「人魚禁猟区」は人と異なるものとの触れあいを描くことを得意とする九井諒子の真骨頂で、甘くも苦い異種遭遇譚。母親による狼少年育児エッセイが組み合わされた「狼は嘘をつかない」はくすりと笑える入れ子構造がうまくハマっていて日常とファンタジーが入り混じる面白みを存分に感じられたし、超能力家族パロディ「犬谷家の家族」はとことん可笑しいコメディながらも現実味を感じられるオチが九井諒子らしくて実に良かった。

 ところで九井諒子の「線」って何でこんなに色気がないんだろうなあと不思議に思っていたのだけれども、そうじゃないんだということにようやく今作を読んで気付いた。ここまで意識的に線をコントロールしようとしている人もいないかもしれない。絵柄だけではなく、一つの短編の中でも線を描き分けることで世界を描き分けようとしているというか。
 魅力的な線を描ける人は絵に余白が多くても全く気にならないのだけれど、そうでないからこそ自分は描き込んでいるんだなんてことを語っていたのは確かわらいなくだったと思う。九井諒子の矜持は多彩な線が描けるということなんだろう。「わたしのかみさま」ではあえて無味乾燥なタッチでユーモアたっぷりに“かみさま”を描いているし、何より「金なし百祿」は絵師と筆で命を吹き込まれた絵たちが織り成す涙ほろりの物語はそんな九井諒子しか描けない傑作だった。

 ということで、前作よりもはるかに九井諒子の魅力が伝わりやすい作品集になっていると思う。前作を読んでもあんまりぴんと来なかった私のような人にもおすすめ。今読めば「竜の学校は山の上」もまた違った風に感じられるかもしれないなあ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-10-21 17:35:11] [修正:2012-10-21 17:41:10] [このレビューのURL]

 久正人による世界中の異形を集めたクロスオーバーコミック。

 米軍によって集められ、隔離された世界中の異形を集めた街であるエリア51。そんな危険な街で探偵家業をこなす真鯉徳子は河童の相棒キシローと共に様々な事件をハチャメチャに解決していく。そしてどうやら徳子にはエリア51にやって来た壮絶な理由があるようで…。

 この世界中の異形ってのが実に便利な言葉で、神話から民話から怪奇からもう何でもありなのだからいやはや好みの人には実にたまらない漫画。アマテラスとネッシーとサンタクロースと河童と白雪姫が同じ世界に存在してるんだからもう最高なわけである。アマテラスはもちろん引きこもってるわけである。
 ここらへんのわくわく感はアメコミのクロスオーバーのまさにそれ。アラン・ムーアの「リーグ・オブ・エクストラ・オーディナリー・ジェントルメン」+「トップ10」といった趣で、最近だと屍者の帝国を楽しんだ人ならこの感覚は何となく分かると思う。もしくは平野耕太のドリフターズでもアベンジャーズでも何でも良いけれど、ありえない世界が交差する感覚はとっても楽しい。

 そして前作ジャバウォッキーと同様、久正人に異形溢れるこの手の伝奇ものを描かせるとめっぽう上手い。例えば現在連載中のものだと月光条例なんてエリア51と非常に近い構造を持つ漫画なのだけれど、そのわくわく感はエリア51とは比にならないと私は思う。
 とにかく久正人による既存のキャラクターの料理の仕方と絡ませ方がめちゃくちゃにおもしろいのだ。しかもハチャメチャなキャラクターの改変の中でもその本質はしっかりと感じられるわけで…。だってサンタクロースがチリソース大好きなリトルグレイに服を盗まれるなんてユーモア溢れる物語が、あの子供心を揺さぶられる涙ほろりなオチに帰結するんだぜ。そうなんだよなあ、子供がプレゼントを受け取る時サンタはもういないんだよなあ…。また白雪姫と人魚姫のクロスオーバーなんてスノーホワイトが裸足で逃げ出すくらい素晴らしい白雪姫の語り直しだった。

 そんな濃すぎるほどの世界観の中で、マッコイという可愛くもハードボイルドな主人公が図抜けて魅力的なのも何気にすごいよね。彼女もまた相当悲惨な過去を背負っているようで、色んな事件と関わりあいながら本筋も少しずつ進んでいく。アメコミの皮を被った浪花節なストーリーテリングは実に切ないし、合間合間に挟まれる「メェェェリィィィィィクリスマス!」なサンタクロースや最速のモンスター決定戦グレート・ゴールド・ラン・レース(我が日本からはターボババアが出場笑)なんてコメディも素敵で楽しい。そしてくとぅるんや荒野の七人ver七人の小人のような膨大な小ネタの数々…。いやぁ、これはたまらない!
 また久正人はアメコミにも造形の深い人で、マイク・ミニョーラよろしくな絵柄(本人によるとフランク・ミラーのパクリらしいが笑)と切れ味鋭い表現はちょっとシビれる格好良さ。ジャバウォッキーの時よりも絵柄はさらに簡略化されていて、より白と黒のコントラストは鮮烈になっている。

 そういう絵柄や物語の作り方等、他の漫画では体験できない作品だと思うので一読をおすすめ。好きな人は強烈にハマるはず。そもそも小説書く人含めて日本でこういう伝奇クロスオーバーに長けてる人なんてめったにいないよなあ。アメコミ好き、屍者の帝国のような歴史再編SF好き、ラヴクラフトのような怪奇好き、ここらへんの嗜好をお持ちの方々はぜひどうぞ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2012-10-21 17:33:10] [修正:2012-10-21 17:33:31] [このレビューのURL]

 4巻で完結してしまいましたねぇ。前にレビューした時にはけっこう批判的なことを適当に書き散らしたような記憶があるので、完結によせてちょっと整理した上でもう一回書き直しておきたいなと。

 「星を継ぐもの」というタイトルさえついてはいるものの、実際に星野之宣がやっているのはJ・P・ホーガンの星を継ぐものを含む3部作を再構成したコミカライズ。ちょっと間が空いて発表された3部作の続編である「内なる宇宙」は含まれていないと思う(これは読んでないので自信はない)。

 古いSFというのもあってかこのシリーズには矛盾点や少々科学的考証がおかしい部分が多々あるのだけど、そういう所を星野之宣は上手く再構成してさらに物語の流れをスムーズに追いやすくしてくれている。ここはさすがベテランの腕の見せ所ということで、ちょっと驚くくらいに読みやすい。
 ただスムーズに流れが追えると言うのは原作の楽しさと矛盾する点でもあるわけで。特に「星を継ぐもの」「ガニメデの優しい巨人」で最高にわくわくさせてもらった私としてはちょっと残念な気がするんだよなあ…。要はこの2作におけるチャーリーの謎、そして人類の起源を解き明かしていくミステリーのおもしろさというのは実際に自分がディスカッションに参加しているようなわくわく感なのだ。こうでもないああでもないと言いながら議論しあうからこそ、議論が紛糾した場面でここぞとばかりにハントが発想を飛躍させる場面は最高に痛快だし、ダンチェッカーがシニカルに論理を進めていく姿は奥深い。またガニメアンのデザインは秀逸なのだけれども、ガニメアンとの交流の場面が大部分端折られているために、“善き人々”である彼らの姿が少々薄っぺらく感じてしまうなんてこともあった。物語がスムーズに追えるというのは一方で、原作が持つセンス・オブ・ワンダーを損ねてしまっている。

 かといって主に4巻部分における「巨人たちの星」パートだってけっこう扱いはおざなりだよなあ…。この巻は論理を深めていく物語であった前二作と打って変わってハントのロマンスだったりスパイアクションまであったりして、また違ったおもしろさのある作品なのだけれども。このコミカライズにおいて、星野之宣はここらのパートはどうでも良いよとばかりにすっ飛ばしていくので、その分と物語としては駆け足かつ薄味さが際立っていたように思う。

 また身も蓋もないことを言ってしまうと、あんまりホーガンの作品を映像化する意義を感じないんだよね。ホーガンSFのセンス・オブ・ワンダーはあくまで物語に感じるもので、読み取れる世界観自体はかなり無機質なものだから。そういう意味では星野之宣とホーガンは似ているとは思うのだけれども、似ているからこそ星を継ぐものの世界は私の想像を超えるものではなかった。
 例えばヴァンスやオールディスみたいな、色彩豊かに異世界を描き出すSFこそを漫画で読んでみたいな。貴志祐介の新世界よりの漫画化が期待はずれだっただけに(アニメは1話だけ見たけど中々良さそう)、市川春子あたりがこの手のSFを漫画化してくれないかななんて妄想しているのだけれどどうだろう。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-11-19 23:44:07] [修正:2012-10-14 17:11:19] [このレビューのURL]

 DCユニバースを再起動したクロスオーバーイベント、フラッシュポイントの関連タイトル。フラッシュポイント世界でのそれぞれのキャラクターに焦点を当てて、彼らに何が起きていたのかを描いている。この作品集に収められているのはその中でもバットマン、スーパーマン、アクアマンの3編。
 それにしても邦訳でこの手のタイインが刊行されるというのは珍しいよね。バットマンありきなのは否めないけれども。フラッシュポイントを楽しんだ人ならばこちらを読んで後悔はしないはず。誰もが思うだろうネタバレについては解説であれだけ気を使っていたのに、なぜこうなった…。

 「バットマン:ナイト・オブ・ベンジャンス」
 あの夜、凶弾に倒れたのはブルースだった。トーマス・ウェインがバットマンとなったFP世界ではバットマンの目はらんらんと赤く輝き、悪を止めるためには殺人も辞さない。そんないつもとは異なるバットマンの物語においても、やはりジョーカーの凶行は止まらないようで…。
 クロスオーバータイトルというより、IFものとして傑作。バットマンがブルースではないのにも関わらず、この世界のキャラクターの関係性のハマり方が尋常じゃない。こう来るかという驚きに留まってないんだよなぁ。トーマスがバットマンで、そして○○が○○なのによ、この世界がこれで完璧に調和しちゃってるという驚き。切れ味鋭い諧謔の感じられるオチも見事で、FPのラストとは真逆の意味で涙腺を持ってかれることになった。

 「プロジェクト・スーパーマン」
 もしスーパーマンの乗っていた宇宙船が軍の研究所に回収されていたら…。研究所に幽閉される異星人と地球人の2人のスーパーマンの物語。ライターはリランチ後のライジングスターであるスコット・スナイダーで、ペンシラーは「トップ10」のジーン・ハ。スコット・スナイダーに関してはNEW52のスワンプシングとバットマンがそれぞれ素晴らしかったのでそちらで詳しく書こうと思う。
 このIF自体はかなり興味がそそられる設定だと思うのだけれども。うーん、ちょっと二人のスーパーマンのドラゴンボールよろしくな超人バトルに終わっちゃってる感があって不完全燃焼。この世界のスーパーマンはケント夫妻に育てられていないわけで、もちろんクラーク・ケントという名前すらない。だからこそ研究所にずっと幽閉され続けていた彼が何故スーパーマン足りえるのかというのを読みたかった。そして何故サブジェクト0がスーパーマン足りえないのかというのが読みたかった。ラストのあれでというのはちょっと理由が弱くないかい。

 「エンペラー・アクアマン」
 冷徹な海底の王となっていたこの世界におけるアクアマン。そんな彼の生い立ちそして、ワンダーウーマン率いるアマゾン族との抗争へ至った理由が語られていく。
 クロスオーバーの関連タイトルらしいといえば一番らしい。FP世界が戦争状態に至った経緯を知れるという意味では存在意義はあるだろうけれど、それ以上の価値は薄いよなぁ。そういやフラッシュポイント本編で弟君が健在だったのはただの間違いなのか、それともワンダーウーマンのタイトル等でさらに何かあったのかというのはちょっと気になる所。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-09-30 00:14:59] [修正:2012-09-30 00:23:15] [このレビューのURL]

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