「boo」さんのページ

総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

 ぱっと見て思うのは、これ本当に参加している漫画家が豪華だよなぁってことで。しかも単純に人気があるとかではなくて、面子を見れば分かると思うのだけれど、何と言うか少し通な漫画好きが好みそうな方々。これは目を惹かれる。
 
 この「長嶋有漫画化計画」はその名の通り、長嶋有の作品を様々な漫画家たちが漫画化しようという企画。萩尾望都というレジェンドを始めとして、人気作家から新人まで色んな漫画家が参加している。
 こういう企画ものに関しては意図はおもしろいと感じても、単体でみるとあんまりなぁ…という経験が多かったので期待しすぎないように、と思って読んでいたのだけれども。そんな舐めた考えは完璧に覆されてしまった。これは素晴らしいんじゃないか?

 小説であるものを漫画にする時、そこには何か意味がなければいけないはずで。長嶋有はこの作品集に編集として参加したそうだけれど、この企画の意義にはすごくこだわっていたのだと思う。だからだろうか、全ての作品から小説をただ単純に漫画に置き換えるのではなく、あくまで漫画としてしか表現できないものを作り出そうという意図が感じられる。長嶋有と漫画家がガチンコでぶつかり合って、共に新しい作品を作り出そうという気持ちが感じられる。
 多分この作品集にすごく読み応えがあるのは、そういう理由からだ。長嶋有の小説のおもしろさはそのままに、漫画としてのおもしろさも、担当している漫画家の個性も、全てが上手くブレンドされている。うん、漫画にしてくれて良かった。そして読者にそう思わせることが出来れば、この企画は成功なのだ。

 特にお気に入りの作品について少し。

 「猛スピードで母は」
 島田虎之介担当。長嶋有のデビュー作で、こちらは私も読んだことがあった。島田虎之介は物語る人、とよく言われる。物語るというのは、読者に何かを伝えられるということだ。羽海野チカのようにポエムを使う人もいるかもしれない。対してシマトラの作品では決して言葉数は多くない。でも読み込んでいくと、その空白は、誰にも増して雄弁に語る。時間はかかっても、それだけの価値のある漫画体験をさせてくれる。
 この作品において、小学生の慎から見る母はどれも微妙に異なる。母親であり、恋する女であり、格好良い女性でもある。シマトラは言葉に出さない。でもそんな母親に少しだけ戸惑う慎の気持ちはひしひしと伝わってくる、そして映画と見紛う猛スピードのラストシーンには、色んなことに揺れていても“強く”生きている母親の姿があり、そんな母親に憧れつつも自立を決意する慎がいる。これは確かに森嶋有の小説であり、シマトラの漫画でもあった。

 「噛みながら」
 よしもとよしとも担当。この人を参加させたのは森嶋有一番のファインプレイだった。何といっても漫画を発表したのは約8年ぶりらしい。ついでに「ねたあとに」で挿絵を担当してた高野文子もお願いしたかったが、それは高望みだね。青い車以来、久々にこの方の漫画を読んだのだけれど、やっぱり完成度とキレの良さに痺れます。
 どうしても変えられない自分を「まぁいいや。それがあたしだ。」と認められるようになった頼子。変えられることと変えられないこと、そしてその二つを見極める知恵を知りたい、というのはスローターハウス5や恥辱を読んでからずっと私の頭の中に巣くってる思いで。またそれが自分を知るってことなのか?なんて考えてもいて。だから頼子をちょっとだけ羨ましく感じつつも、心から彼女に喝采してしまったし、そんな自分の青さと作品がかなり共鳴しちゃったのか、少し気恥ずかしくなりつつも、かなりぐっと来た。よしともさん、もっと漫画描いて欲しいです…。

 ここで詳しくは書かないけれど、他に印象的なものとして、萩尾望都やカラスヤサトシ、小玉ユキ、衿沢世衣子あたりの作品も好きだった。また新人枠のウラモトユウコにはちょっとびっくり。描線が素敵ですごく好みだし、小説の再構成も上手い。自身の単行本が出たら読んでみたい気持ちになった。
 ただ読んだ人に好きな漫画を聞いた時、どれが返ってきてもおかしくないくらい全般的にレベルの高い作品揃いだったと思う。厚いし、値段は普通の漫画に比べて高めだけれど、読み応えのある作品を求めてる人にはぜひおすすめ。

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[投稿:2012-04-15 21:15:46] [修正:2012-04-15 21:27:34] [このレビューのURL]

 つくづく早すぎた企画だなぁと思う…。これが刊行されたのが2005年というから、後のユーロマンガもそうだけれども、飛鳥新社の日本へのバンドデシネ普及の貢献は大きい。ありがたいです。

 JAPONは日本の作家8名、フランスの作家9名が手がけるアンソロジーコミック。日本からは松本大洋や谷口ジロー、高浜寛と海外でも知られるグローバルな個性を持つ漫画家が中心に選ばれている。フランスの作家もギベールやスクイテン&ペータース、クレシー、スファールと現在日本でも名が知れてきた作家がそろっている。
 ただ作品は何でもありというわけではなく、「日本」をテーマとしているのがポイント。日本の作家は自分が暮らしてきた日本という国をそれぞれのやり方で、フランスの作家はそれぞれ別の地方に一週間滞在してもらい、その地を舞台に漫画を描く。

 正直な話、個別の作品としてめちゃくちゃ優れている作品というのは多くない。特にフランス作家は絵に力を抜きすぎじゃないか?笑と感じるし、漫画家は古き良き日本的なのを前に押し出しすぎてあまり新鮮さはない。五十嵐大介とかはそれが当たり前かもしれないけどさ、もうちょいこう来たか!という日本も見たかった。
 ただそうそうたる面々ではあるので、彼らの新たな一面を見れるという点ではすごくおもしろい。BD作家はかなり日本を風刺した作品が多くて興味深いです。クレシーの“神々”とか笑うしかない。

 個人的なJAPONの一番の収穫は、高浜寛という作家を知れたこと。当ブログでもちょいちょい紹介してますが、JAPONを読んで速攻買いあさったくらいにこんな人がいたのか!と衝撃を受けた作家さん。

 最近だとスクイテンがそうですが、日本でも邦訳が進んでいるBD作家の作品も多いので話の種に読んでおくのも悪くないかと。今の所、絶版とはいえ安価ですが、これから先プレ値がつくとも限らないので早めに買っておくことをおすすめします。
 これから先に邦訳がされる作家も多分いるだろうしね。BDに興味がある人には間違いないはず。

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[投稿:2012-04-15 21:23:19] [修正:2012-04-15 21:23:19] [このレビューのURL]

 バットマンの息子・ダミアンが登場するこのバットマン・アンド・サン。本編に加え、ダミアンの元ネタである「サン・オブ・デーモン」も収録されています。こちらの出来はあまりよろしいのは言えないのだけれども、興味深くはあるし、小プロのサービス精神はありがたい。

 アンディ・キュバートの精緻で見やすいアートとは対照的に、モリソンのライティングはすごく居心地が悪い。シンプルな物語だったWE3とは異なり、モリソンが“癖の強い作家”であることがよく分かった。

 一つには、明確なヴィランが登場しないというのがあって。事件が起こり、それを解決するためにバットマンが調査、最終的に犯人を見つけてやっつけるというバットマンコミックの基本構造、これに全く当てはまらない。
 バットマン・アンド・サンで描かれるのは、母親に殺人術を仕込まれた我がままなクソガキ・ダミアンと、ダミアンの登場によって揺れるバットマンやロビン、そしてアルフレッドの姿だ。父親としてのブルース、ダミアンという実子の登場に不安を覚える養子のティム。親と子を軸にバットマンファミリーの人間関係の軋轢を描く…これは今までになかったおもしろみである気はする。まだこの作品だけでは判断できないのだけれども。

 ダミアンが一端退場した後は、バットマンの衣装を着たモンスター警官の謎を巡る物語に話が移る。中途半端な所で話が切れるので、この作品だけでは(以下略)。そしてまた3人の精霊(警官)が出てきたのは、クリスマスキャロルのあれかな? やっぱりアメリカではメジャーな題材なのかもしれない。
 さらに最終章はダミアンがバットマンになっている未来の物語。この作品(以下略)。

 どんなシリーズものでもTPB単位では一端ある程度話を区切ってくれるのが一般的だと思うのだけれども。バットマン・アンド・サンは全体の一部分にすぎない趣き。消化不良感が尋常じゃない。
 この作品だけでは全く評価のしようがないよなぁ。今までに見たことのないバットマンコミックのスタイルであることは確かなので、この先どんどん盛り上がっていくことは期待してます。ゆえに、今の所なかなかおすすめしにくい気もしないでもない。

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[投稿:2012-04-13 00:52:29] [修正:2012-04-13 00:52:29] [このレビューのURL]

 高橋葉介といえば、怪奇幻想系の作家として有名な御方。なかなか触れる機会がなかったのだけれど、夜姫さまの新装版刊行を機に手に取ってみた。

 内容は、10人の暗黒お姫様による幻想譚。まるで絵巻物のような妖しく奇妙な話が綴られていく。

 本当に高橋葉介の絵と物語は素晴らしい。夜姫さまにおいて描かれるのは、粋を尽くした妖美・妖艶だ。文字通り、妖(あやかし)の美しさであり艶めかしさだ。やばいと分かっていても逃れられない魔の魅力だ。気付いたら読んでいる私まで深淵に吸い込まれているように、目が離せなかった。
 いやぁ、すごいよな。だって生首は確かに盗みたくなるほど美しいし、内臓は本当に美味しそうだもん。それを為さしめているのは断じて猟奇趣味などではなくて、高橋葉介の絵の魔力なのだ。

 特に個人的に惹かれたのは「猫姫さま」「闇姫さま」。「闇姫さま」なんて親にも友人にも虐げられている女の子の話なんだけどね。エログロで、ロリで、残酷で、でもやっぱり何とも素敵で美しい。これを素敵と感じちゃう辺りが物語を読む人間の残虐な業だな、と思いつつもおもしろいのだからしょうがない。
 また「夜姫さま」は小女性を描いた作品として、高野文子の「田辺のつる」を引き合いに出したくなるくらい素晴らしかった。やっぱり老いても永遠に女の子なんだなぁ。高橋葉介の筆致だと最後がほぼホラーになっちゃっているのだけれど、引き出しの広さがよく分かった。

 漫画では怪奇幻想系の気に入っている描き手があまりいなかったので、今さらながら出会えて本当に良かったと思う。次に手を出すとしたらやはり夢幻紳士だろうか。夢野久作や乱歩が好きな人などは特におすすめ。

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[投稿:2012-04-10 01:44:27] [修正:2012-04-10 01:51:12] [このレビューのURL]

 変な作品だし変な作家だよなぁ、とつくづく思う。水木しげるやいましろたかしを思い起こさせる絵柄に星真一や藤子・F・不二雄を髣髴とさせる読み心地。そのような作風は生まれてくる時代を間違ったような気もするけれど、その一方で少し新しい感じもして、しかし島田虎之介のようにレトロモダンとまでは言い切れない。

 この作品は、そんな異才・笠辺哲のデビュー作である短編集。本当に変で、そして本当におもしろい。短編好きの私としても、たまらない作品だった。
 
 事故って船ごとアパートに突っ込んできた宇宙人とそこに居合わせた子ども、未来予知装置を開発した博士と実験台になった記者、タイムトンネルになっているロッカーを使って未来過去貿易する男たち、というようなSFチックなお話を中心に、少しずれた現代のお話まで多彩な物語が収録されている。
 紹介してみようと書き出して困ったのは、簡潔なストーリーを見ても全くこの作品のおもしろさが伝わらないってことで。だから買って読め!…ではあんまりなのでもう少し頑張ってみる。

 「まっ、色々と教訓がありそうだけど、よくわかんない話だね」

 この短編集に対する印象を上手く表している作中の台詞だ。ほとんど漫画の中には、その作家の主張なり価値観なりが透けて見えてくる。しかし笠辺哲の作品には全くそんなものは感じられない。
 要はこの人、とことんおもしろい漫画を作ろうとしているわけで。少しだけグロくて、少しだけコミカルで、少しだけSFで、そしてひたすらにブラックで先の読めない漫画。そんな漫画は最高におもしろいでしょ? ある意味で笠辺哲は広い漫画界でも最上級のエンターテイナーだ。だってこんなに純粋におもしろい漫画を作ろうとしている人はいないもん。

 どの短編も悪趣味で、ひたすらにくだらなくて。でも笠辺哲の飄々とした雰囲気にくるまれると、それこそがおもしろいし中毒になっちゃうんだよなぁ。
 というか、エログロとか悪趣味とかくだらなさとか、そういうものがやっぱりエンタメの一つの本質なんだろうと思う。それをここまで実感させてくれる漫画家はなかなかいないし、だからこそ笠辺哲は本物なのだ。

 短編好きにはもちろん、漫画をとにかく楽しみたい人はぜひ。かなり広く受け入れられる素地はあると思うのだけれど、そんなに売れてなさそうなのはやっぱり変な漫画家ゆえか。手に取ってみれば後悔はしないはず。

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[投稿:2012-04-04 23:09:21] [修正:2012-04-04 23:11:03] [このレビューのURL]

 京都のとある路地にある、若い芸術家たちが集う長屋を舞台にしたオムニバス形式の恋愛もの。

 good!アフタヌーンで恋愛ものをやるってのがまず珍しいなと思うわけで。アフタ系列は基本的に読者は男性を想定しているだろうし、男向けのラブストーリーを描く作家がそもそも少ないので当然ではあるのだけれども。何故少ないのかというと、女性に比べると男は恋愛関係のどろどろが苦手、というのが恐らくあって。だってさ、多分そのどろどろこそがおもしろみなのに、それがひたする面倒くさいだもん。
 決して恋愛ものが苦手なのではなくて、恋愛漫画にありがちなどろどろが苦手なんだよなぁ。そんな私だから、高浜寛の凪渡りやくらもちふさこの天然コケッコー、など恋愛ものとしては多くの少女漫画とは一線を画したものを好んできた。映画や小説だとそんなことはないし、漫画にももっとアダルトな恋愛ものが多くても良いよなぁなんて思っていたりもして。

 路地恋花はgood!アフタヌーンで連載していることからも分かるように、私のようにどろどろな恋愛ものが苦手な方でも問題なく読める。というのも、基本的にこの漫画では恋する側と恋される側の2人しか登場しない。多分恋愛もののどろどろな煩雑さというのは、恋愛に付随してくる人間関係の面倒くささだ。そういう面倒くささがないだけで、こんなにさっくりと読みやすくなるのか!というのは中々新鮮な驚きだった。

 この漫画が読みやすい、というのはそれだけではなくて。何というか、恋愛をした時に直面する自らの内面のどろどろとかね、そういう読み手が引きずられてダウナーな気分になりかねない感情は全く描かれない。みんな基本的に幸せに生きてるし、それなりに成功してもいる。何気にここまで悪い意味でなく、一貫してライトに恋愛を描くという発想はあんまりなかったと思う。
 そういうどろどろに比重を置かない代わりに、長屋暮らしの芸術家達の技術や生活は丁寧に描かれるし、所々ユーモアを挟みつつも一ひねりした物語が綴られていく。京都のふんわりとした雰囲気は魅力的だし、絵もそつがなくて読みやすい。

 めちゃくちゃ良い!と絶賛するつもりはないのだけれど、それは別に作者自身も望んでないんじゃないかな。心を強く揺さぶることは決してないけれど、マイナスの感情を抱かせることも決してなくて、ひたすらに軽くて軽くて少しだけ温かい読み心地。そういう漫画を麻生みことは描きたいのだろうし、その試みは確実に成功している。そしてそんな漫画は実は決して多くはないのだ。
 
 良い意味で時間をつぶしたいと思った時や疲れている時におすすめしたい漫画。プラスにもマイナスにも心を揺さぶられたくない時ってけっこうあるもんだし、需要は少なくないと思う。ただし、そのライトさと引き換えに一度読めば満足しちゃう感じはあるのだけれど…そういう漫画です。

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[投稿:2012-04-01 01:01:31] [修正:2012-04-01 01:01:31] [このレビューのURL]

 現在の科学技術は既に失われ、すでにロストテクノロジーとして発掘・利用されるようになった未来。地球は魔物や獣人などが跳梁跋扈する世界に成り果てていた。そんな世の中で、美人で無口で冷静で超強い武器商人に命を救われた少年ソーナが活躍するダークファンタジーということで。

 そういうファンタジーの世界観だけで見ると、全く目新しくない。ただ見せ方はかなりおもしろくて。
 武器商人はテンガロンハットを被り、馬車で移動する。馬車の上で撃ちあって、ナイフ投げ合って、でも馬はゾンビなんだよね。要はこれ、ファンタジーなんだけど、ロードムービー風味の西部劇なのだ。多分こういうファンタジーはあんまりなかった。

 武器商人のガラミィはソーナと共に街を巡る。彼らが目にするのは人間の暗部だ。街から街を巡るロードムービー。どんな街にたどり着いても、ソーナに見える世界はどうしようもなく腐っている。そして幻想文学に材をとった異形のものたちがいくら登場しても、何よりどうしようもないのは人間なのだ。
 そういう腐った世界で、唯一よりどころになるのが“契約”であるというのも上手く機能している。上でガラミィはソーナの命を救った、と書いたが、正確にはソーナは金で刀を買い、母親(の幻影)を斬ることで生きることを選ぶ。もう初っ端からこの漫画は、子どもに子どもであることを許さないし、人間が一人で立たないことを許さない。ここらへんはかなりえぐいし、その後を追っていってもやっぱりこの漫画はえぐい。奴隷市場のくだりなんか特に。

 でも怖いのも、弱いのも、そして時に強いのも、優しいのもやっぱり人間であって。そういう人間が描かれるからおもしろいし、それこそがダークファンタジーの肝なんだろう。久々に良質なダークファンタジー成分を補給できて満足した。

 ただその一方で、やはりこの手の漫画はベルセルクで描きつくされてるのかな、と改めて思わないでもなくて。多分私がダークファンタジーに求めてるのは、とにかく心を抉って欲しいってことなのだけれども。心を抉るってことは要は漫画の境界をどうにか踏み越えてほしいということで、その点でベルセルクの黄金時代編に及ぶものはないだろう。
 牙の旅商人は絵も語り口も格好良すぎて、そういう意味では抉る直前で上滑りしてしまった。私がこの漫画に期待しているのは、ヘルシング的な格好良さじゃないんだよなぁ。ただそんな格好良さが色んな所から材を採りすぎてぶれぶれな世界観をどうにかごまかしてんじゃないかというのはあって。その一方で、ロードムービーとしては世界がぶれまくってくれた方が楽しいなぁと思ったりして。

 そんな疑問もありつつ、ファンタジー好きにも、ちょっと甘いファンタジーは苦手かなという人にも十分おすすめできる漫画だった。おすすめ。

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[投稿:2012-03-31 00:36:13] [修正:2012-03-31 01:02:52] [このレビューのURL]

 ディケンズのクリスマスキャロルをモチーフにしたということで、他のバットマンものとはかなり趣が違う。実はジェフ・ローブもハロウィンスペシャルで同様のことをやっているので、アメリカではわりとメジャーな手法ではあるのかもしれない。

 クリスマスキャロルといえば超有名な古典なので、大体の方が大まかなストーリーは知っていると思う。傲慢、冷酷、強欲、愛や慈悲に欠けた男スクルージの前に、過去現在未来の3人の精霊が現れ、改心したスクルージは自分と未来を変えようと決意するのであった…。というあれです。
 私も子どもの頃に読んだことはあって、ただけっこう前のことなので内容は忘れかけていたのだけれども。ノエルを読めば読むほどにああ、こんな話だったな、と思い出していった。要はモチーフというか、基本プロットはほぼクリスマスキャロルそのままってことで。

 読んでいて巧いな!って思ったのは過去の精霊であるキャットウーマンの章。バットマンオリジナルコミックを読んだ人は分かると思うのだけれど、ミラーのDKRがバットマンを変えたというのは決して大げさな言葉じゃなくて。ペンギンが傘で空を飛んでたり、スーパーマンがヘリに吊るされて滝にうたれたりという時代があったわけです。そしてそのオリジナルコミックの中には確かにキャットウーマンとバットマンが仲良く追いかけっこしていた話もあった。マスク以外の服と武器をとりあげ、バットマンを猛獣に追いかけさせるという衝撃の話が。
 「昔は違った。昔のあなたはこうじゃなかった。」…ゴールデンエイジへの郷愁と現在の重苦しいバットマンコミックへの複雑な気持ちを感じさせる、なかなかにぐっとくるお話だった。

 ただ現在と未来の章に関しては、うーむ…。
 ベルメホの、色んなバットマンコミックがあって良いと言う言葉にはもろ手を挙げて賛成するし。クリスマスキャロルを意識してか、バットマンやゴードン、アルフレッドといったキャラクターのイメージがかなり他作品と乖離しちゃってるのも構わない。ただし、そうであるべき確たる理由が感じられればってことで。個人的にはあまりクリスマスキャロルにバットマンをそのまま当てはめる意図を読み取れなかった。ゴッサムという街であっても、ボブやブルースでさえも幸せになりうるのかもしれない。しかし違和感のせいかバットマンのお話としてすっと心に入ってこない。
 
 ベルメホのアートには全く文句のつけようがない。この人のペイントは、写実的でありながらも、陰影のつけ方や光の取り入れ方絶妙で、何とも言えない魅力的な雰囲気を醸し出す。絵が濃いので多少好みは別れるかもしれないけれど、本当に素晴らしい。

 多少疑問に思う点もあるけれども、バットマンの可能性を感じさせる良作だった。値段もアメコミにしては控えめなので興味がある人はぜひ。

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[投稿:2012-03-27 18:59:15] [修正:2012-03-27 18:59:15] [このレビューのURL]

 岩岡ヒサエは土星マンションが初めてだったのだけれど、これは好きだった。
 完結後に一気読みしちゃって、連載中にゆっくり読んでいきたかったなぁとちょっと後悔したりして。本当はもっとかみ締めるように読んだ方が良いような、そんな作品。

 人々は地球に住むことを許されず、地球を囲う上中下層に分かたれたリングシステムで暮らすようになっていた。リングの下層住民ミツは、事故で亡くなった父親と同じく、リングの窓拭きとして働くようになって…。

 いわゆるラリー・ニーヴンのリングワールドの世界。一応SFということにはなるのだけれど、土星マンションで描かれるのはあくまでリングに生きる人々だ。隣家の住人、窓拭きの組合の仲間たち、ミツが依頼を受ける上層の住人たち…ミツの世界は少しずつ広がっていく。

 優しいSF人情劇。みんなまっすぐなんだよなぁ。捻くれた真でさえも、まっすぐに捻くれていて。また数少ない悪人(この言い方もしたくないけど)にだって、感じるのは嫌悪ではなく人間の業に対する痛々しさだ。良いお話が良いお話としてすっと入ってくる素晴らしさを存分に味わった。
 岩岡ヒサエが描くリングで囲まれた世界にはブレがない。多分この人、自分の頭の中には確実にその世界が存在しているのだ。それを覗いて絵にしているんじゃないか、とさえ思ったりして。またフリーハンドで構築された世界は物語に対して感じる印象と同じく、素朴で優しい。絵と物語がぴったりと調和している。

 そんなユートピアのような世界でも、時は動いていく。窓拭きを辞める人もいれば、新しく入ってくる人もいる。永遠じゃないからこそ、よりこの世界とここに住む人々が愛おしかった。
 土星マンションで一貫して描かれ続けるのは、人のつながりの大切さだ。ミツを通してつながってつながってつながった絆は、ラストに結集される。仁さんだけではなく、みんなが叫んでいるのだ。
 
 「どこにいたって、一人きりになんてさせねーからな。」

 シンプルで、でも人が忘れやすいもの。それが素直に心に染み入ってくるのは良い作品ですよ。リングシステムであっても、確かに人間は生きていた。SF好きにもそうじゃない人にも、おすすめ。

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[投稿:2012-03-27 18:58:29] [修正:2012-03-27 18:58:29] [このレビューのURL]

 役者を目指していた主人公が、甘い話に騙され多額の借金を負うことに。彼が高利貸しに紹介されたバイトは死体を運ぶ「運送屋」だった…。

 真鍋昌平といえば「ウシジマくん」の漫画家さん。スマグラーはデビュー作らしいのだけど、映画化を機に新装版が刊行されたということで。
 もちろんデビュー作なので、現在と比べると絵も話も少し粗い部分も正直あって。でも真鍋作品の陰鬱さとそういう粗さの相性は決して悪くはなかった。そしてウシジマくんと根底に流れるものはやはり同じように思える。

 ウシジマくんを読んだ人なら分かると思うのだけれど、この人の作品は本当に陰鬱。拷問シーンのようなエグい場面や人間のどうしようもなさをこれ程までかとぶち込んでくるので、読んでいるとどうしても落ち込まざるをえない。
 エログロナンセンスとかそういう良い意味での悪趣味ではないんだよなぁ。ただただ糞ったれな人生を生きている糞ったれな奴らの姿を見せられて。それが面白いのかというと、正直分からない。でもスマグラーを読んでいて目が離せないのは、確実にその糞ったれな奴らと自分につながる部分があるからだ。下手をすれば自分だってこんな糞ったれな人生に転落しうるというリアリティがあるからだ。だからこそ他の漫画にはない生々しい嫌悪感を感じてしまう。

 香港マフィアや日本のヤクザはいかにも…って感じなんだけどね。極め付きに中国の殺し屋二人組みまで登場しちゃう。ここらへんザ・漫画なのだけど、それでも独特の雰囲気を醸し出していて決してリアリティは失われない。ウシジマくんにも共通する変なバランス感覚は相変らずだなと思ったりして、なかなかおもしろかった。

 真鍋昌平が描く人間は本当にどうしようもないのだけど、どうしようもないだけでは終わっていない。どうしようもないなりにどう生きるのか…この人の人間へのまなざしは決して虚無的ではないし、結末にも作者のそういう部分は表れていたように思う。
 ただそんな物悲しいハッピーエンドもあまりに生々し過ぎる嫌な空気を払拭できたかというとそうではなくて。これを刺激と捉えられる人にはたまらない作品なのかもしれないけれど、あまりに生々し過ぎて個人的には難しかった。ただ同時に作者は刺激とは感じて欲しくないんだろうな、とも思った。悪趣味なだけという作品では絶対ないので興味がある人は一読をおすすめ。

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[投稿:2012-03-10 00:27:57] [修正:2012-03-10 00:28:57] [このレビューのURL]