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 現在の科学技術は既に失われ、すでにロストテクノロジーとして発掘・利用されるようになった未来。地球は魔物や獣人などが跳梁跋扈する世界に成り果てていた。そんな世の中で、美人で無口で冷静で超強い武器商人に命を救われた少年ソーナが活躍するダークファンタジーということで。

 そういうファンタジーの世界観だけで見ると、全く目新しくない。ただ見せ方はかなりおもしろくて。
 武器商人はテンガロンハットを被り、馬車で移動する。馬車の上で撃ちあって、ナイフ投げ合って、でも馬はゾンビなんだよね。要はこれ、ファンタジーなんだけど、ロードムービー風味の西部劇なのだ。多分こういうファンタジーはあんまりなかった。

 武器商人のガラミィはソーナと共に街を巡る。彼らが目にするのは人間の暗部だ。街から街を巡るロードムービー。どんな街にたどり着いても、ソーナに見える世界はどうしようもなく腐っている。そして幻想文学に材をとった異形のものたちがいくら登場しても、何よりどうしようもないのは人間なのだ。
 そういう腐った世界で、唯一よりどころになるのが“契約”であるというのも上手く機能している。上でガラミィはソーナの命を救った、と書いたが、正確にはソーナは金で刀を買い、母親(の幻影)を斬ることで生きることを選ぶ。もう初っ端からこの漫画は、子どもに子どもであることを許さないし、人間が一人で立たないことを許さない。ここらへんはかなりえぐいし、その後を追っていってもやっぱりこの漫画はえぐい。奴隷市場のくだりなんか特に。

 でも怖いのも、弱いのも、そして時に強いのも、優しいのもやっぱり人間であって。そういう人間が描かれるからおもしろいし、それこそがダークファンタジーの肝なんだろう。久々に良質なダークファンタジー成分を補給できて満足した。

 ただその一方で、やはりこの手の漫画はベルセルクで描きつくされてるのかな、と改めて思わないでもなくて。多分私がダークファンタジーに求めてるのは、とにかく心を抉って欲しいってことなのだけれども。心を抉るってことは要は漫画の境界をどうにか踏み越えてほしいということで、その点でベルセルクの黄金時代編に及ぶものはないだろう。
 牙の旅商人は絵も語り口も格好良すぎて、そういう意味では抉る直前で上滑りしてしまった。私がこの漫画に期待しているのは、ヘルシング的な格好良さじゃないんだよなぁ。ただそんな格好良さが色んな所から材を採りすぎてぶれぶれな世界観をどうにかごまかしてんじゃないかというのはあって。その一方で、ロードムービーとしては世界がぶれまくってくれた方が楽しいなぁと思ったりして。

 そんな疑問もありつつ、ファンタジー好きにも、ちょっと甘いファンタジーは苦手かなという人にも十分おすすめできる漫画だった。おすすめ。

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[投稿:2012-03-31 00:36:13] [修正:2012-03-31 01:02:52]