「boo」さんのページ

総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

 いきなり失踪してしまった幼馴染の早川さん。霊感のある主人公はなぜかその早川さんの霊に付きまとわれることになるのだった。

 で、そんなこんなで主人公はどんどん怪奇な事件に巻き込まれていくことになるのだけれども、内容としては新しいことをしてるわけではなくて。遊園地の幽霊だったり、秘教を崇拝している島であったり、そこはかとなく既視感を感じてしまう舞台設定。80年代に戻ったかのような直接的なスプラッタ描写や胡散臭いオカルティックな話はちょっと前のB級ホラーや怪奇漫画を想起してしまう。また少女漫画テイストな絵柄やその作風だって、伊藤潤二、高橋葉介、諸星大二郎といった大御所たちが背後に見える気もする。

 ただそれがまた安心するというか。怖いかというとあんまり怖くないのだけれども。こんな血まみれで逃げ回りまくりで無残に殺されるド直球なスプラッタだったり、苦笑すれすれのオカルトだったり、古典的な仕掛けのホラーが面白く読めるという喜び混じりの驚きがあって読んでいる時は本当に楽しかった。
 ひよどり祥子の面白さというのは、そういう古典的なホラー漫画だったり映画だったりのエッセンスを取り込んで、現代風にうまくリファインできる所にあると思う。とかいうのは簡単だけれど、めちゃくちゃセンスが良いよなあ。またとにかく女の子が可愛いもの。何しろ古来より美少女に適度な臓物成分さえあればそれだけで読めるというのは証明されているのだ。

 この作品集ではむしろ異色なのかもしれないけれど、随一で面白かったのは「いるのにいない同級生」。すっと同級生が薄くなるビジュアルは衝撃的。何より唯一といっていいほど怖い。奇想の意味でも実に好みだった。
 ひよどり祥子らしさは物語よりもむしろキャラクターの可笑しみにあるのかもしれない。やっぱり委員長のキャラは強烈だよなあ。この先どんなひどい目にあってもタフに生き延びていく強さは憧れざるをえない笑。そして当然のように全女子生徒の写真を持ってる友人。一見普通のようで、ちょっと頭のネジが外れちゃってるような主人公。怖いのか可笑しいのか分からない事件の数々。寝る前に読めちゃうくらいのぞくぞく感と楽しさは他ではなかなか得難いよなあ。

 大作家たちのホラー漫画の系譜ってこのまま途絶えていくんじゃないかとなんとなくにでも残念に思っていた人は多いと思うのだ。ホラーMだって休刊してしまってなおさら怪奇ものには世知辛さを感じてしまうわけで。応援コメントの豪華さにもある意味そんな危機感が現れているのかもしれない。そんな中でひよどり祥子はさっそうと現れた救世主ですよ。
 しかしまだ1巻とは書かれてないんだよなあ。連載は続いているみたいだけれど2巻の刊行はまだ決定してない模様。ということで皆さんぜひ応援しましょう! ホラー漫画好きなら後悔しないから。おすすめ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2012-12-20 00:25:31] [修正:2012-12-20 00:25:31] [このレビューのURL]

 モーニングツーに掲載された9篇を集めた宮崎夏次系の作品集。デビュー作ということで、西村ツチカ、九井諒子、市川春子なんて最近のニューウェーブ系の流れに位置づけられるのかもしれない。そう言う意味では、もはやこの手の絵柄だけでは新鮮なんて感じることはできないのだけれども。

 でもこの作品はそういう新鮮とか新鮮じゃないとかいう次元の話では全くないよなあ。久々に漫画を読む楽しさを存分に感じさせてもらった。
 というのもこの作品、ストーリーだけ説明しても全く面白さが伝わらないと思うのよ。とにかくシュールで、荒々しくて、理不尽で、荒唐無稽で、とことん馬鹿話。あらすじを伝えても困惑させるかもしくは失笑させる自信しかないもの。作品集の最後を飾る「紙村のさわやかな変体」なんてクライマックスでオムツが空に飛んでいってしまう。他の短編も概ねそんなテイスト。

 ただこの漫画が凄みはそんなストーリーがやはりシュールで、荒々しくて、理不尽で、荒唐無稽な絵柄や語り口と合わさった時に、オムツが空に飛んでいく場面で泣けてしまうってことで。漫画において、これだけ絵と物語が不可分な作品を作れる人がどれだけいるんだろう。デビュー作でこれだけのものを作り上げてしまえるんだから、本当にとんでもないよなあ。
 いやあ、でも本当に理不尽だぜこれ。だって自分でも何でこんなに感情を揺さぶられているのか分からないのだ。宮崎夏次系は心底理不尽に、突然に、鮮烈に、登場人物の激情を切り取ってしまう。そして訳も分からないうちに震えてしまう。泣かされてしまう。そんなに本当にわくわくする漫画体験。

 特に個人的なお気に入りは「水平線JPG」「娘の計画」「成人ボム 夏の日」「飛んだ車」。「飛んだ車」のまさに車が飛んだシーンなんて脳裏に焼きついて離れないもの。他にも「娘の計画」の“なんで”だったり、「成人ボム 夏の日」の凝縮された3分だったり…宮崎夏次系は一瞬の感情を鮮烈に切り取って、私たちの脳裏に焼き付けてしまう。

 この人がストーリーだけ提供しても絶対にこれほどまでに感情を揺さぶられることはないってことは確信できるもんなあ。漫画であることにひしひしと意味を感じさせてくれる人は松本大洋を始め、ひと握りしかいないと思うのだ。ということで間違いなく天才の類だと思うので、一読をおすすめ。特に短編好きはマスト!

ナイスレビュー: 1

[投稿:2012-12-13 00:13:27] [修正:2012-12-13 23:50:43] [このレビューのURL]

 40年後の日本を舞台にした岩岡ヒサエの新作。3R法が施行される徹底的にが無駄が排除された世の中で、東京の大学に通うために上京した初音。大学でのスタートは見事にコケるものの、ちょっと変人な彼女にはまた上をゆく変人な友達ができ、電器商店を経営するばあちゃんやその従業員とともに新しい生活を始めてゆく。

 未来とはいってもあくまで40年後の近未来ゆえかあんまり現実離れしたガジェットは出てこない。3Dの映像機器なんかはあったりするけれども、これだって確かに数十年すれば普及してもおかしくないような家電だよなあ。
 それよりも今と変わってしまったのは制度の方で…。3R法に代表される“作り過ぎず、再利用し、再資源化する”社会は少々窮屈だ。カメラが至る所に設置されて不法投棄を監視しているし、ゴミの処理費用は企業だけでなく一般人も自己負担しなければならない。作りたてのコロッケを提供するためとはいえ時間のたったものを大量に廃棄すれば私服警官に捕まり、紙できたチラシを配っても逮捕されかねない。

 そんな変わってしまったとはいえ現代と地続きの未来で描かれるなりひらばし。そもそも未来の下町というのがアンバランスで楽しいのだけれども。エコが徹底した未来でもその中で懸命に生きる人々から感じられるのは、やっぱり無駄なくしては生きてはいけないってこと。温かくもさりげなく私たちの価値観に疑問を突きつけてくる岩岡ヒサエやっぱりSFの素晴らしい描き手だよなあ。面白い!

 もちろん岩岡ヒサエの真骨頂ともいえる生き生きしたキャラクターは本当に魅力的。3Dを超えるほど迫力抜群でとことん食えないばあちゃんや、ちょっと変な初音を取り巻くさらに変人な友人、そして癖ありまくりな電器商店の店員たち。時に過剰なほどのデフォルメで描かれる彼らの表情は豊かすぎる笑。
 きっと土星マンションのように主人公を通してたくさんの人がつながっていくことになるんだろう。ただ土星マンションと決定的に異なるのは、初音がどうやら意識的に人とつながっていこうと考えているようということで。リングの掃除という仕事を通して様々な人々と出会っていったミツとはまた違った、初音の物語を楽しみに追っていきたいと思います。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-12-09 01:18:36] [修正:2012-12-09 01:18:36] [このレビューのURL]