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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

6点 BABEL

 全ての情報がビブリオテックという電子図書館に集積・循環される近未来。ビブリオテックは人々の知的創造の場としてなくてはならぬ場であった。しかし、ビブリオテックの電子図書にはパランセプトという原因不明の不具合が表れる。
 主人公・オレッセンはビブリオテックの修復に従事するようになり、かつて父親の“消失”に関わった一つの書物の謎に迫っていくことになって…。

 かつて人々は同じ一つの言語を話していた。人々がバベルの塔という天まで届く塔を建て、神に挑戦しようとしたことが原因で、神は人々に違う言葉を話させるようにした。というのがバベルの塔の大体のあらすじ。
 想像するに、“かつてバラバラになった宇宙の全ての断片(情報)をビブリオテックに集めてしまえば、再び一つであったもの(アカシックレコード?)を復元できるのではないか? それは神へと至る道なのではないか? しかしそれではもう一度神の怒りに触れることにならないか?”…そんな期待と逡巡に満ちた人々のまなざしがこのBABELというタイトルからは感じられる。

 私達は莫大なメッセージを送り続ける一方で、伝えられなかった思いは何処へ行くのだろう。記録されなかった情報の行方は?

 まだまだ1巻は多くの示唆に満ちたプロローグに過ぎないのだけれども、圧倒的におもしろそうな匂いがぷんぷんしているわけで。新しくてなおかつ独創的。SF好きはもちろん、本好きをも惹き付ける神話と現代を上手く融合させた非常に魅力的なストーリーになる予感。
 独創的とは言っても奇想を狙っているのではなくて、重松成美には物語りたくてしょうがないものがあるんだろうと思う。前作は「製本」の物語だったのだけれど、製本から一転して近未来の電子図書を扱うこのBABELにも変わらない気持ちが感じられる。本を読むこと・読み解くことへの強い思い、本に込める心、紙の本への郷愁を。

 テーマや舞台設定からはサイバーパンク寄りになるのかなと思っていたら、ファンタジーの色が強いのには正直面食らった。現実の延長戦上の世界観が強いだけに。
 少しデッサン調で精緻な絵柄なのでファンタジーとの相性も良さそうなのだけれど、この期待感と言うのは紛れもないSFのものなわけで。でも神話とSFを結びつけるのにはかなりの脚本の力が必要とされるだろうなぁとも思うわけで。理論立てたSFになるのか、肌で感じるファンタジーになるのかは分からないけれど、そこらへんの折り合いをどのようにつけていくのかもこれからの楽しみな所。

 と色々書いたけれど、まだ期待感が先行しているというのが正直な所で。でも1巻でここまで期待させてしまえるというのはやはり物語りたいことのある人の強さだよなぁ。後はそれがどんな脚本で、どんな語り口で語られるのか…。イティハーサのように新たな神話が作られるんじゃないかと最高にわくわくしています。

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[投稿:2012-05-31 12:17:49] [修正:2012-05-31 12:19:11] [このレビューのURL]

 ようやくの完結! 後はこの調子で呼出し一の続きもぜひ!

 ビルから飛び降りた謎の女「朱」。彼女とつながりのあった作家・溝呂木は事情聴取のため警察に呼び出される。そんな彼の前に現れたのは朱の双子を名乗る、彼女に瓜二つの女「三木桜」だった…。

 中村明日美子が描くサイコ・サスペンス。とは言っても1巻時点ではあんまりサスペンスやミステリー的な魅力は感じられなくて…。何といっても作品を彩る要素が派手すぎた。
 瓜二つの美少女を巡る謎。初老の渋い作家。罪の匂い。退廃的な愛。中村明日美子は痴人の愛のナオミのような魔性の女、ファムファタールを具現化しようとしているのだと思った。自分のものにするためならどこまで堕ちてしまっても構わないといったような女を。彼女の描く圧倒的な白と黒の魅力にはそれを可能にする力があったわけで、サスペンスなど脇になってしまうくらいウツボラの美少女たちは耽美だった。精神の不均衡を伺わせるような病的な瞳には気付けば吸い込まれてしまっていた。

 しかし完結巻である2巻では一転して、サスペンス性が強くなる。一読では頭の中がこんがらがってしまう複雑なプロット。説明は最低限なので自分で考えていく謎解きの楽しさはもちろん、謎を解いていくことが謎の女や溝呂木たちの素顔を明らかにしていく仕組みなのがおもしろい。
 しかしここで気付いたのは、ファムファタールを描くこととサスペンスとしての物語のおもしろさは決して両立しないということで。魔性の女とは心の内が読めないからこそ魔性なのだ。複雑な謎がどんどん解かれていく内に彼女達は底を見せ始める。耽美は少しずつ薄れていき、魔性の女はただの女に近づいていく。

 そして虚飾が剥かれて剥かれて剥かれた後に残ったもの。それはむき出しの作家の業の深さであり、女の業の深さだった。
 何よりも才能を欲しながらも才能の枯渇に脅えるもの。どんなことをしてでも愛を求めるもの。その二つの業がせめぎあう様にはもう圧倒されるしかなかった。そして遺された二つのものには心を抉られるしかなかった。

 これは作家でありなおかつ女であるからこそ描けたのだろう。しかも一時期にしろ筆を折っていた中村明日美子の影を裏にひしひしと感じないわけにはいかなくて。作るものの落ち込む深淵の深さを一端にでも覗いたように思えて鳥肌がたった。

 復帰後に初めて読んだのがウツボラの2巻なのだけれども、やっぱり中村明日美子はすごい! 文句なしの傑作。もちろんおすすめ。

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[投稿:2012-05-25 23:18:49] [修正:2012-05-26 16:32:55] [このレビューのURL]

 去年より、DCが今までの設定等をリセットして歴史を新たに語りなおそうとしている所というのはアメコミ好きなら周知の通り。そんな大事件の発端となったのが、このジェフ・ジョーンズとアンディ・キュバートというトップ同士のコンビ手がけるフラッシュポイント。まあそこらへんの経緯はあまり詳しくないし、色んな所で詳細に説明されているので省略させてもらうことにして…。

 ある日居眠りから目覚めたフラッシュことバリー・アレン。しかし彼の周りの世界は決定的に変わっていたのだった。元の世界に戻るために、元の世界に戻すために、奮闘するフラッシュを中心としたDC世界改変のきっかけとなったクロスオーバー!…ということで。

 あんまり同意はされないだろうけど、ジェフ・ジョーンズは中村明日美子(特に短編における)に似ていると密かに思っていて。要はどちらも質の高い娯楽を提供してくれる一流の通俗作家ということなのだけれども。話の筋がとにかくおもしろくて、落とすべき所にばっさり落としてくれる。
 さらにジェフジョンのすごみというのは、その仕事のクオリティが本当に安定しているということで。ミラーやムーアのようにジャンルを横断する凄みはないにしても、逆に言えば限られたジャンルの中で最大限の仕事が出来る。

 このフラッシュポイントにしても、うまいこと歴史の改変に繋げていかなければならないわけだから相当ストーリーは制約されているはずなんだよね。しかしジェフ・ジョーンズはそこはあっさりクリアした上で、単体の多元宇宙ものとしてもいい出来に仕上げてしまえる。繰り返しだけれど、話の筋がとにかくおもしろくて、落とすべき所にばっさり落としてくれるのだ。決して新しいことや難しいことをしているわけではないのだけれど、ツボを絶対に外さない。

 とにかくもう「彼」を裏の主人公として登場させたというのがね…。それが全て。これ今まで誰も思いついてなかったのが不思議なくらい素晴らしいアイデアだったわけで、ここから全ての話が動き出す。
 決して叶うはずのなかった願いが叶う、というのは「フィールド・オブ・ドリームス」のようにそれだけで泣ける話ではあって。ただそれをこの多元宇宙の世界を利用して、しかも重要人物にも関わらずこれまでほとんど内面が描かれてこなかったあの人でやっちゃうというのがね…これは泣ける。泣かないわけがない。

 これ、ジェフ・ジョーンズはハルやブルースでもグリーンランタン(特に「Revenge of the Green Lanterns」)において実は似たようなアイデアを使っているのだけれど、語り口と物語の運び方の巧みさのためかあまりそうとは感じなかった。
 読み終わった後に最初の一人語りを読み直してもまたほろっとね。やっぱりジェフジョンは落とし所が最高に上手いなぁ。

 というわけで大満足のクロスオーバーでした。今夏に刊行予定というタイインも今から何が収録されているのかわくわくしてます。月並みだけれど、バットマンやスーパーマンは読みたいなと。

追記
・やはりフラッシュ:リバースくらいは読んでおいた方がよりフラッシュに感情移入できて良かったかも
・アクアマンやワンダーウーマンと違って、スーパーマンやハルは歴史が変化してもやはりヒーローであり続けるというのはやはりジェフ自身が手がけてきた贔屓目もあったのか?w

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[投稿:2012-05-22 20:02:26] [修正:2012-05-22 20:07:01] [このレビューのURL]

 近藤聡乃という作家は、最近のいわゆるガロ系の代表格の一人になるのだろう。幻想的な物語と美しい線、そして奔放な絵。紛れもない天才なんだけど、届く人を選ぶというのが私の印象だった。
 しかし「うさぎのヨシオ」で彼女が見せるのはこれまでと異なる全く新しい魅力だ。しかも何と四コマ漫画なのだからねぇ、いやはや恐れ入る。これはより広い人の心に届く、嬉しい近藤聡乃の新境地。

 つげ義春に憧れ、喫茶メリィでバイトをしながら漫画家を目指すうさぎのヨシオ。漫画を描いたり、恋をしたり、悩んだり…愉快な仲間に囲まれながらヨシオはまんが道という青春を歩んで行くのです!

 おもしろい会話を描ける漫画家はセンスがあるというのはまあ間違いのないことで。軽妙洒脱なテンポの小気味良いやり取りというわけでもなく、すんごくゆるーい雰囲気にも関わらず、この漫画では会話が不思議とおもしろい。
 一つには、会話がすごく自然なのだ。実際音読してみれば分かるように、なかなか漫画の台詞って芝居がかっちゃうものなのだけれども、この作品ではほとんど違和感がない。冗談のどやっ!みたいな感じも含めて、なさそうでありそうな感じ。だからこそ、けっこうな台詞の多さにも関わらずすらすらと読まされる。

 そんな会話が楽しめるのも、ヨシオくんはもちろん、バイト仲間のメリィさんやミカちゃんなどのキャラクターの造形が素敵だからこそ。しかしまさか近藤聡乃の漫画で、会話の妙や素敵なキャラに魅せられるなんてね…。百年の孤独の次の一冊に101回目のプロポーズのノベライズ版を勧めるセンスは素晴らしい笑。

 ヨシオに関してはどの程度かは分からないけれど、近藤聡乃自身が重ねあわされているのだろう。それもかなり意図的に。これ、近藤聡乃流のメタな手法だと思うのだけれど、巧いよなぁ。
 つげ義春に憧れるヨシオ、つげ義春の影響を受けて奇をてらったあたりがありきたりだねと言われるヨシオ、ストーリーの弱さを気にするヨシオ…読む側はどうしてもその裏に近藤聡乃の影を見てしまう。そんな影が、実はヨシオのまんが道としての物語を一段上に押し上げているわけで。つくづくおもしろい。

 また相も変わらず、近藤聡乃の絵は良い。四コマということで、これまでよりかなりライトで見やすい画風になっているからこそシンプルな描線の美しさが際立つ。やっぱり漫画で大事なのは一枚絵としての美しさじゃないんだよなぁ。連続したコマの美しさをこれ程までかと魅せてくれる点で、「うさぎのヨシオ」には漫画の醍醐味がぎゅっと詰まっている。

 今までの近藤聡乃の漫画は個人的に好きではあっても、なかなか人に勧める気にはなれなかった。届く人を選ぶからこその良さだと思っていたし。
 でもこの「うさぎのヨシオ」で近藤聡乃は彼女の良さはそのままに、読者の側にぐっと寄ってくる。簡単なように見えて、奇跡的な離れ業。また改めてその才人っぷりにほとほと感嘆しました。だからこそ多くの人に読んで欲しいし、より広い人の心に届くであろう四コマ漫画。おすすめ。

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[投稿:2012-05-13 14:14:32] [修正:2012-05-20 22:54:27] [このレビューのURL]

9点 WOMBS

 白井弓子といえば、天顕祭が同人作品として初めて文化メディア庁芸術祭マンガ部門で奨励賞を受賞したことで有名になりました。天顕祭を読んだ時は、やろうとしていることはすごくおもしろそうなのに漫画としてこなれてないなぁなんて印象を持っていて。独特の絵柄と壮大な作品の構想に、語り口や見せ方が追いついてないというか。もちろんプロの第三者の目線が入らない同人作品ゆえということもあったのだろうけれど。

 そんな白井弓子の商業誌初の連載作品がこのWOMBS(ウームズ)。訳すると、子宮たち、という妊婦SF。

 碧王星という地球とは異なる惑星。漂流した末にたどり着き、星を開拓した第一次移民(ファースト)と第二次移民(セカンド)の間で激しい戦争が繰り広げられている。セカンドは、ニーバスという異生物を子宮に移植することで“飛ぶ”力・転送能力を得た女性だけの転送兵部隊を利用することによって軍事力で優るファーストに対抗しようとするのだった。

 子宮が物語に関わってくるSFやファンタジーというのは決して珍しいわけではなくて。例えばお馴染みの人工子宮もの。もしくはこのWOMBSのように、“無”から“有”を生み出す器官として異世界とのゲートとして利用されるもの。
 ベルセルクのクシャーンやトロールのくだりなんて印象的だろうが、子宮は特に後者の場合、SFやファンタジーにおいてどちらかというと抑圧・利用される象徴であって女性の強さを感じさせるものではなかったように思う。漫画小説問わず、子宮を食い破って化け物が生まれる場面をこれまで数多く見てきた。
 しかし白井弓子は子宮を戦う理由に変える。異生物を子宮の中に移植するというグロテスクな行為…しかし、彼女らは女性であっても、いや女性だからこそ、国や家族のために戦うのだ。
 

 またWOMBSの舞台である軍隊。これまた女性が認められない場所、というか細やかな気配りや優しさ等の女性らしさが排除された組織。
 そんな軍隊において、女性だからこそ戦える転送兵を描くことで、この作品はジェンダーSFの側面まで帯びてくる。日本ほど女性が戦うフィクションの多い国もないだろうけれど、この作品ほど女性が戦う説得力を持つ作品はないだろう。だからこそ圧倒的に感じるのは、女性の強さだ。

 本当に欲張りに感じるくらい盛りだくさんな要素があって。転送兵が異世界の座標にアクセスする所なんて、電脳空間ではないにしても確実にサイバーパンクなわけだし。でもそれらが生まれたのは一つの設定からなんだよなぁ。だからこそ複雑な世界設定も自分の中で確実に消化できるし、その消化する作業が楽しい。
 これは結局、異世界ものを描くのに一番理想的な、世界を語ることが物語を語ることになっているということで。結果、この世界の構造とそこに住む人間が薄皮を剥ぐように少しずつ、しかしとてもクリアに見えてくる。天顕祭に比べると驚くほどに語り口が進化している。

 ということで、大絶賛。SF好きなら読まないと損くらいの作品だと思う(とか言って私も読んだの最近だけれど)。知らない世界と知らない物語を読める喜び。最高にセンス・オブ・ワンダーに満ちた傑作です。

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[投稿:2012-05-19 23:54:58] [修正:2012-05-20 11:10:35] [このレビューのURL]

 グラント・モリソンの月刊バットマン第三弾。今回はヒーロークラブの会合で起こった殺人事件と、バットマン・アンド・サン直接の続編である3人の偽バットマンについての物語が描かれる。そしてどうやら双方の裏にはブラックグローブという悪の秘密結社が関わっているようで…。

 まずは前半のヒーロークラブのお話。50年代のバットマンコミックから色々引っ張ってきたものらしく、その元ネタはおまけとして本書の最後に収録されている。こちらは総じてとっつきやすい素直に楽しめる作品。

 孤島という隔絶された空間で起きる殺人事件。「そして誰もいなくなった」を筆頭としたミステリーの王道といえるジャンルにモリソンはバットマンとロビン、そしてバットマンにインスパイアされた世界各国のC級ヒーローたちを放り込む。謎解きという面ではありふれてはいるものの、とにかくアイデアがおもしろいのでぐいぐい読まされる。
 またアートも非常に良い。安穏としていた時代である50年代のヒーローたちの中に現れる殺伐とした現代のバットマン。その異質・異様な雰囲気が巧みに表現されている。モリソンのテクニカルな演出やコマ割りも多少分かりにくい部分もあったものの上手く機能していた。

 そして後半の、前作から続く3人の偽バットマンのお話。モリソンの癖の強さが全面に発揮された趣向。
 
 現実と幻想。生と死。過去と未来。催眠と瞑想。目まぐるしく様々な世界が行き来する。モリソンの真骨頂とも言える魔術的で意味深なライティング。夢幻のようにこれまでの伏線は回収され、さらなる謎が散りばめられていく。ブラックグローブとは何者なのか?

 「お前はもうすぐ死ぬ」

 バットマンに何が起こるのか? 未来に何が待っているのか? その未来ではダミアンがバットマンになるのだろうか? 万華鏡のように色んな面が移り変わり、世界は混迷を深める。…盛り上げるぜグラント・モリソン!

 ただ、やっぱり私はモリソンとはあんまり相性良くないかもなぁ。もう一つぐっと来ない。幻想の描き手としてアラン・ムーアと比べてしまっている部分もあるのかも。
 モリソンはムーアと同様魔術師を名乗っているだけあって、ムーアと同じく色んな所から設定やらモチーフを借りてくるのは得意にしている。ただムーアとモリソンの決定的な違いは、ムーアはヒーローやら切り裂きジャックやらクトゥルフやら借りたものを完膚なきまでに自らの世界に沿って作り変え、利用しつくしてしまう所で。あくまで象徴主義的な範囲に留まっているモリソンは独自のサーガを作り出す魔術師という点で、今の所物足りない部分は感じないでもなかったり。

 まあでも何だかんだ言って、モリソンのライティングに今ひとつ馴染めないのは浦沢直樹に原因がある気がしないでもない。だってさ、ここ最近ずっと浦沢直樹の作品では、壮大かつ意味深に黒幕を引っ張って引っ張って結末に進むにつれてあれ?…みたいなのが繰り返されてきたわけじゃないですか。
 そういう意味で、浦沢作品と共通点のあるモリソンのライティングには事前に免疫みたいなのが反応しちゃってんじゃないかなと。R.I.P.には、そんな浦沢作品の負の遺産をぶち壊してくれる第一部のエンディングを期待してます。しかしまだまだ引っ張られるんじゃないかという予感。

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[投稿:2012-05-16 23:41:13] [修正:2012-05-17 11:00:53] [このレビューのURL]

 高畠エナガがどのような経歴の方なのかがあんまりはっきりしないのだけれど、どうやらWEBや同人誌を中心に活躍をしてきた人のようで。九井諒子がそうであったように、そういう所からこれからは新しい才能がたくさん出てくるのかもしれない。

 青年とアンドロイド、亜人と妖精、人に変身する猫又たちと下宿人、天使と悪魔…違うものたちが心を通わせる異種交流譚4編が収録された短編集。

 異種交流譚、さらには人間とアンドロイドの恋愛だと聞いては、SF好きの心がくすぐられないわけはないぜ!…なんて思ってましたが、正直SFとしては評価しがたい作品だったりする。友情にしろ恋愛にしろ、この手の異種交流譚では“違い”を乗り越える姿こそに魅せられる。だからこそ姿だけでなく、何がどう違い、それをどう乗り越えるのかを作中で見せて欲しかったのだ。
 例えば、表題作「Latin」における青年とアンドロイドのラテン。ラテンはそもそも人間と変わらない感情を持っていて、温かみだってあるし、涙だって自然に流す。見た目以外は人と遜色ない存在。その時点で、果たしてラテンがアンドロイドである意味はあるのだろうか、と思ってしまうわけで。そういう意味では、似た物語であり、さらには人と機械の違いを深くえぐった岡崎二郎の「マイ・フェア・アンドロイド」とは全く趣が違った。
 
 

 要は表題作「Latin」に限らず、違うもの同士の理解や交流がテーマになっているにも関わらず、多くの短編では両者が違うものである意義が薄いわけで。別に人とアンドロイドじゃなくとも、天使と悪魔じゃなくとも話は成り立っちゃう。だからこそ、どうしてもSF的な読み心地や感動は物足りない。また物語としても傑出しているとは言いがたい。

 結局何が良いかって、キャラクターの表情が抜群に良い。とにかくよく笑ってよく泣く。とにかく心の内をさらけ出す。物語が凡庸でも、その直情さには心が打たれてしまうのだ。
 デビュー作ということもあって、絵も話も荒削り。でも、その荒削りな勢いがこの短編集にはよく似合っている。一方で、さすがに天使と悪魔のお話「reversi」までいくと、心情を全て一人で語りまくる芸のなさに辟易したのも事実なのだけれども。ここらへんの語り口の稚拙さからも分かるように、最近のニューウェーブ系の漫画家さんとは良くも悪くも一線を画す方なのだと思う。

 ちょっと感じたのは、高畠エナガのSFやファンタジーの源流は、スレイヤーズに代表されるような少し前のライトノベルから来てるんじゃないかってことで。この古臭いエルフやら魔法やらのばたばたな雰囲気は、昔姉の本棚で触れたものにそっくりだ。
 ただ決して懐古趣味が新しく感じられるわけではなく、高畠エナガは絵柄も含め上手く現代風にリファインしようとしているのは伝わってくる。だからこそ「猫又荘の食卓」のように違うことが切なくも温かい物語だって作り出すことが出来るのだ。

 絵柄と表情にはとにかく力があってほとほと感嘆しました。これにおもしろい物語を作る力と語り口が身につけばどんな傑作を生み出すことができるのだろう。次の作品を楽しみに待っています。

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[投稿:2012-05-08 20:33:22] [修正:2012-05-08 21:46:15] [このレビューのURL]