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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

 入水自殺しようとしていた田坂伝八郎は、ちょうどその場面に出くわした江戸の浮世絵師・国芳に命を救われる。国芳の弟子「伝八」として浮き世を生き直す彼であったが、その背後には暗い過去が潜んでいるようで…。

 正直期待してたのとは違った作風で、あんまり心底生きている江戸を感じられたわけではなくて…。やはり杉浦日向子やもりもと崇に比べると、どこか表層をなぞっている感じ。
 何といっても皆キャラが立ち具合がものすごいよなあ。国芳は最高に男気に満ち溢れているし、パトロンの梅の屋の旦那は憎いほど出来る男だし、売れっ子大夫は女郎とは思えないほどの風格で、弟子達は皆しがらみなんてないとばかりに浮き世を楽しんでいる。あんまりにも誰もが格好良すぎてぼんくらな私には少々眩しかった。とはいえとても面白い作品だったことは確かで。

 結局この漫画が試みていたのは、国芳の世界を漫画の中で表現することだったんだろう。その豪胆で奇想に満ちた浮世絵の一端であったり、国芳のあけっぴろげな精神性が感じられる物語であったり…。とにかく浮き世を楽しみ、生きたいように生きる彼ら。それはファンタジーなのかもしれないけれど、確かに私が国芳の絵から感じたものがあったように思う。これが国芳なのだ。
 火消しの場面の壮大さや綿密に描かれた刺青の男には国芳の浮世絵の迫力が垣間見えるし、国芳が巨大な鯨とちっぽけな二天様を描く場面なんて物語の重なり方も含めて本当にしびれた。また岡田屋鉄蔵の描く男女は色っぽいよねぇ。このからっとした色気はやはり本業のBLゆえなんだろうか。

 そんな国芳ワールドを存分に楽しんだのだけれど、やはりここで終わるのは惜しいよなあ。いや、物語としてはきっちりケリはついているしここで終わるべきなのかもしれない。でも1巻のみにも関わらず、この少なくはない登場人物達にここまでキャラを立たせちゃってるのは罪深いですよ岡田屋先生笑。それゆえに、何か妙な消化不良感に悩まされることは保証します。

 あと私はこの漫画を読む前に国芳関連の画集等を2冊ほど読んだのだけれども、いやぁこの人はすごいよ。無残とか、エログロとか、奇想とか、そんな現代のサブカルに片足突っ込んだ人たちにはたまらないものがあると思う。というか多分そんなぼんくらな私たちの祖先の一人が国芳御大。「ひらひら」とセットでおすすめ。

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[投稿:2012-11-15 00:38:55] [修正:2012-11-15 00:40:09] [このレビューのURL]

 恋人マリアに裏切られ、自殺しようとしていたチカ。しかし彼女はその際で妙な男レオナルドに出会い、彼の言葉を受けて誰もが見える場所で“死ぬために”女闘牛士になることを決意するのだった…。

 自殺願望を持った女性が死ぬために女闘牛士になるというとけっこうとんでもないけれど、要はチカ(スペイン語で女の子の意)が自分の名前・居場所を見つけていく物語だ。そういう意味では闘牛という題材は脇に置いておくけば、決して珍しくない普遍的なお話だと思う。

 しかしそんな物語よりも、えすとえむのハッタリの力に惚れ惚れとしてしまった。
 元々この人は現実味があってなおかつ格好良い外国・外国人を描ける、何気に稀有な作家のように思う。そういう意味では絵柄が似通っているオノナツメや多くの少女漫画のような現実味の感じられないひたすらお洒落な外国の生活を描くわけではないということで。でもえすとえむの描く海外の暮らしには生活観が溢れているにも関わらず、最高に素敵で格好良い。

 そんなえすとえむが描く「闘牛」のその迫力と存在感にはちょっと酔いしれてしまった。私は多くの世間一般の人と同じように、闘牛について特に詳しい知識はなくて、年に何回かテレビのニュースで流しているのを見る程度。正直に言うとあまり興味があるわけでもなく、牛を見世物で殺すのは残虐のように感じたりもする。
 しかしえすとえむのフィルターを通すと、それがこんな風に見えるのかというのは本当に鮮烈な体験だった。目の前にいるのは私たちがいつも食べている牛とは思えない。一種神とも言える風格を醸し出す存在。そんな神の前に立ち、彼らと一体になり、そして最後には刺し殺す。そんな強烈な一体感と忘我の瞬間をえすとえむは鮮烈に切り取ってしまう。

 何気に登場人物だって大したことを言ってるわけじゃなかったりするのだ。ほら、同じ台詞でも本田やイチローみたいな人が言うと重みが違うじゃない。でもえすとえむは気持ちよく私たちを騙くらかしてくれる。気持ちを冷まさないように物語を読ませてくれる。そんなえすとえむのハッタリの名手っぷりが本当に心地よい。

 えすとえむはやっぱりすごい! 本当にこの人の作風は幅が広くてまだまだ底が見えないよなあ。また短編集も出してくれると良いのだけれど。もちろんおすすめ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-11-06 23:27:49] [修正:2012-11-06 23:27:49] [このレビューのURL]

 もはや大人気と言っていい有名サッカー漫画。

 色んなスポーツを取り扱った漫画があふれている中で、何でこの漫画を読むとこんなに実際に足を運んで地元のクラブチームを応援したくなるんだろうねぇ。実際うちの姉貴などはこの漫画を読んだのがきっかけで、勤務先に近いというジュビロ磐田のプチサポーターになってしまったそうで、J加盟クラブすらない私の地元からすると実に寂しく思ったりする(でも今年はJ2上がれそう!)。

 この漫画について語られる時に、監督が主軸にすえられているということに言及されることは多いと思う。ただかといって、監督の力で弱小チームを成長させ、巧みな戦術で痛快に敵チームをやっつけるというのがこの漫画の一番の面白みかといえば少し違う気がする。いやもちろんそういう面もありはするのだけれども。

 何というか、読む側をめちゃくちゃ熱くさせようとはしていないんだよなあ。例えばORANGEはフロントやクラブのサポーター、J2の経営問題を物語に絡めた初めてのサッカー漫画だったかもしれない。ただその中でもやはりORANGEには武蔵という確固たる主人公に軸があったわけで。私たちはサブのキャラクターたちやストーリーに焦点が当てられる時があったとしても、大活躍する武蔵にこそ感情移入したし、熱くなった。

 しかしジャイアントキリングにおいては、監督である達美に感情移入することは驚くほど少ない。何しろ何を考えてるのかよく分からないのだ笑。そして代わりに私たちは、選手達でありサポーターでありフロントに感情移入することになる。もちろん彼らだって一様じゃない。ベテランがいれば若手がいる。試合に出る選手がいれば出られない選手もいる。移籍する選手もいれば移籍してくる選手もいる。現役ばりばりの若いサポーター集団がチームを支える一方ETUが強かった頃のサポーターだって戻ってくるし、ずっとスタジアムに通い続けているじいちゃんサポーターがいれば、小学生のサポーターもいる。社長、広報、スカウトといったフロントがいる。記者やスタジアムを管理するおっちゃんだっている。
 ここに脇役というのは存在しない。ETUという一つのクラブを巡って、選手からサポーターまで様々な立場の人々の視点で群像劇が少しずつ語られていく。しかし必ずしも彼らの物語が交差するわけじゃない。でも彼らはどこかでつながってETUというクラブを構成していく。

 一人に深く没入するわけじゃないので、ORANGEみたいにめちゃくちゃ熱くなれるわけではないのだけれど…。でもだからこそジャイアントキリングは、単一の視点ではなく様々な選手たちやサポーター、記者等たくさん視点でETUを眺めることで多角的に確固たる一つのプロサッカークラブの姿が浮かび上がらせることに成功している。そんなたくさんの視点が集まる試合だからこそ一つの試合であってもその重さと勝利する喜びが分かる。だからこそ実際に足を運んで地元のクラブチームを応援してみたくなる。

 サッカー好きはもちろん、特に興味のない人にもおすすめ。うちの姉貴みたいにサッカーの魅力に気付かされることになるかもしれない。要はサッカーの面白さというより、プロサッカークラブの面白さを分からせてくれる漫画なのだ。実はかなり新しいスポーツ漫画だと思うので読んでない方はぜひ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2008-07-22 22:53:44] [修正:2012-11-06 23:26:56] [このレビューのURL]