「boo」さんのページ

総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

 いきなり失踪してしまった幼馴染の早川さん。霊感のある主人公はなぜかその早川さんの霊に付きまとわれることになるのだった。

 で、そんなこんなで主人公はどんどん怪奇な事件に巻き込まれていくことになるのだけれども、内容としては新しいことをしてるわけではなくて。遊園地の幽霊だったり、秘教を崇拝している島であったり、そこはかとなく既視感を感じてしまう舞台設定。80年代に戻ったかのような直接的なスプラッタ描写や胡散臭いオカルティックな話はちょっと前のB級ホラーや怪奇漫画を想起してしまう。また少女漫画テイストな絵柄やその作風だって、伊藤潤二、高橋葉介、諸星大二郎といった大御所たちが背後に見える気もする。

 ただそれがまた安心するというか。怖いかというとあんまり怖くないのだけれども。こんな血まみれで逃げ回りまくりで無残に殺されるド直球なスプラッタだったり、苦笑すれすれのオカルトだったり、古典的な仕掛けのホラーが面白く読めるという喜び混じりの驚きがあって読んでいる時は本当に楽しかった。
 ひよどり祥子の面白さというのは、そういう古典的なホラー漫画だったり映画だったりのエッセンスを取り込んで、現代風にうまくリファインできる所にあると思う。とかいうのは簡単だけれど、めちゃくちゃセンスが良いよなあ。またとにかく女の子が可愛いもの。何しろ古来より美少女に適度な臓物成分さえあればそれだけで読めるというのは証明されているのだ。

 この作品集ではむしろ異色なのかもしれないけれど、随一で面白かったのは「いるのにいない同級生」。すっと同級生が薄くなるビジュアルは衝撃的。何より唯一といっていいほど怖い。奇想の意味でも実に好みだった。
 ひよどり祥子らしさは物語よりもむしろキャラクターの可笑しみにあるのかもしれない。やっぱり委員長のキャラは強烈だよなあ。この先どんなひどい目にあってもタフに生き延びていく強さは憧れざるをえない笑。そして当然のように全女子生徒の写真を持ってる友人。一見普通のようで、ちょっと頭のネジが外れちゃってるような主人公。怖いのか可笑しいのか分からない事件の数々。寝る前に読めちゃうくらいのぞくぞく感と楽しさは他ではなかなか得難いよなあ。

 大作家たちのホラー漫画の系譜ってこのまま途絶えていくんじゃないかとなんとなくにでも残念に思っていた人は多いと思うのだ。ホラーMだって休刊してしまってなおさら怪奇ものには世知辛さを感じてしまうわけで。応援コメントの豪華さにもある意味そんな危機感が現れているのかもしれない。そんな中でひよどり祥子はさっそうと現れた救世主ですよ。
 しかしまだ1巻とは書かれてないんだよなあ。連載は続いているみたいだけれど2巻の刊行はまだ決定してない模様。ということで皆さんぜひ応援しましょう! ホラー漫画好きなら後悔しないから。おすすめ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2012-12-20 00:25:31] [修正:2012-12-20 00:25:31] [このレビューのURL]

 40年後の日本を舞台にした岩岡ヒサエの新作。3R法が施行される徹底的にが無駄が排除された世の中で、東京の大学に通うために上京した初音。大学でのスタートは見事にコケるものの、ちょっと変人な彼女にはまた上をゆく変人な友達ができ、電器商店を経営するばあちゃんやその従業員とともに新しい生活を始めてゆく。

 未来とはいってもあくまで40年後の近未来ゆえかあんまり現実離れしたガジェットは出てこない。3Dの映像機器なんかはあったりするけれども、これだって確かに数十年すれば普及してもおかしくないような家電だよなあ。
 それよりも今と変わってしまったのは制度の方で…。3R法に代表される“作り過ぎず、再利用し、再資源化する”社会は少々窮屈だ。カメラが至る所に設置されて不法投棄を監視しているし、ゴミの処理費用は企業だけでなく一般人も自己負担しなければならない。作りたてのコロッケを提供するためとはいえ時間のたったものを大量に廃棄すれば私服警官に捕まり、紙できたチラシを配っても逮捕されかねない。

 そんな変わってしまったとはいえ現代と地続きの未来で描かれるなりひらばし。そもそも未来の下町というのがアンバランスで楽しいのだけれども。エコが徹底した未来でもその中で懸命に生きる人々から感じられるのは、やっぱり無駄なくしては生きてはいけないってこと。温かくもさりげなく私たちの価値観に疑問を突きつけてくる岩岡ヒサエやっぱりSFの素晴らしい描き手だよなあ。面白い!

 もちろん岩岡ヒサエの真骨頂ともいえる生き生きしたキャラクターは本当に魅力的。3Dを超えるほど迫力抜群でとことん食えないばあちゃんや、ちょっと変な初音を取り巻くさらに変人な友人、そして癖ありまくりな電器商店の店員たち。時に過剰なほどのデフォルメで描かれる彼らの表情は豊かすぎる笑。
 きっと土星マンションのように主人公を通してたくさんの人がつながっていくことになるんだろう。ただ土星マンションと決定的に異なるのは、初音がどうやら意識的に人とつながっていこうと考えているようということで。リングの掃除という仕事を通して様々な人々と出会っていったミツとはまた違った、初音の物語を楽しみに追っていきたいと思います。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-12-09 01:18:36] [修正:2012-12-09 01:18:36] [このレビューのURL]

 恋人マリアに裏切られ、自殺しようとしていたチカ。しかし彼女はその際で妙な男レオナルドに出会い、彼の言葉を受けて誰もが見える場所で“死ぬために”女闘牛士になることを決意するのだった…。

 自殺願望を持った女性が死ぬために女闘牛士になるというとけっこうとんでもないけれど、要はチカ(スペイン語で女の子の意)が自分の名前・居場所を見つけていく物語だ。そういう意味では闘牛という題材は脇に置いておくけば、決して珍しくない普遍的なお話だと思う。

 しかしそんな物語よりも、えすとえむのハッタリの力に惚れ惚れとしてしまった。
 元々この人は現実味があってなおかつ格好良い外国・外国人を描ける、何気に稀有な作家のように思う。そういう意味では絵柄が似通っているオノナツメや多くの少女漫画のような現実味の感じられないひたすらお洒落な外国の生活を描くわけではないということで。でもえすとえむの描く海外の暮らしには生活観が溢れているにも関わらず、最高に素敵で格好良い。

 そんなえすとえむが描く「闘牛」のその迫力と存在感にはちょっと酔いしれてしまった。私は多くの世間一般の人と同じように、闘牛について特に詳しい知識はなくて、年に何回かテレビのニュースで流しているのを見る程度。正直に言うとあまり興味があるわけでもなく、牛を見世物で殺すのは残虐のように感じたりもする。
 しかしえすとえむのフィルターを通すと、それがこんな風に見えるのかというのは本当に鮮烈な体験だった。目の前にいるのは私たちがいつも食べている牛とは思えない。一種神とも言える風格を醸し出す存在。そんな神の前に立ち、彼らと一体になり、そして最後には刺し殺す。そんな強烈な一体感と忘我の瞬間をえすとえむは鮮烈に切り取ってしまう。

 何気に登場人物だって大したことを言ってるわけじゃなかったりするのだ。ほら、同じ台詞でも本田やイチローみたいな人が言うと重みが違うじゃない。でもえすとえむは気持ちよく私たちを騙くらかしてくれる。気持ちを冷まさないように物語を読ませてくれる。そんなえすとえむのハッタリの名手っぷりが本当に心地よい。

 えすとえむはやっぱりすごい! 本当にこの人の作風は幅が広くてまだまだ底が見えないよなあ。また短編集も出してくれると良いのだけれど。もちろんおすすめ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-11-06 23:27:49] [修正:2012-11-06 23:27:49] [このレビューのURL]

 もはや大人気と言っていい有名サッカー漫画。

 色んなスポーツを取り扱った漫画があふれている中で、何でこの漫画を読むとこんなに実際に足を運んで地元のクラブチームを応援したくなるんだろうねぇ。実際うちの姉貴などはこの漫画を読んだのがきっかけで、勤務先に近いというジュビロ磐田のプチサポーターになってしまったそうで、J加盟クラブすらない私の地元からすると実に寂しく思ったりする(でも今年はJ2上がれそう!)。

 この漫画について語られる時に、監督が主軸にすえられているということに言及されることは多いと思う。ただかといって、監督の力で弱小チームを成長させ、巧みな戦術で痛快に敵チームをやっつけるというのがこの漫画の一番の面白みかといえば少し違う気がする。いやもちろんそういう面もありはするのだけれども。

 何というか、読む側をめちゃくちゃ熱くさせようとはしていないんだよなあ。例えばORANGEはフロントやクラブのサポーター、J2の経営問題を物語に絡めた初めてのサッカー漫画だったかもしれない。ただその中でもやはりORANGEには武蔵という確固たる主人公に軸があったわけで。私たちはサブのキャラクターたちやストーリーに焦点が当てられる時があったとしても、大活躍する武蔵にこそ感情移入したし、熱くなった。

 しかしジャイアントキリングにおいては、監督である達美に感情移入することは驚くほど少ない。何しろ何を考えてるのかよく分からないのだ笑。そして代わりに私たちは、選手達でありサポーターでありフロントに感情移入することになる。もちろん彼らだって一様じゃない。ベテランがいれば若手がいる。試合に出る選手がいれば出られない選手もいる。移籍する選手もいれば移籍してくる選手もいる。現役ばりばりの若いサポーター集団がチームを支える一方ETUが強かった頃のサポーターだって戻ってくるし、ずっとスタジアムに通い続けているじいちゃんサポーターがいれば、小学生のサポーターもいる。社長、広報、スカウトといったフロントがいる。記者やスタジアムを管理するおっちゃんだっている。
 ここに脇役というのは存在しない。ETUという一つのクラブを巡って、選手からサポーターまで様々な立場の人々の視点で群像劇が少しずつ語られていく。しかし必ずしも彼らの物語が交差するわけじゃない。でも彼らはどこかでつながってETUというクラブを構成していく。

 一人に深く没入するわけじゃないので、ORANGEみたいにめちゃくちゃ熱くなれるわけではないのだけれど…。でもだからこそジャイアントキリングは、単一の視点ではなく様々な選手たちやサポーター、記者等たくさん視点でETUを眺めることで多角的に確固たる一つのプロサッカークラブの姿が浮かび上がらせることに成功している。そんなたくさんの視点が集まる試合だからこそ一つの試合であってもその重さと勝利する喜びが分かる。だからこそ実際に足を運んで地元のクラブチームを応援してみたくなる。

 サッカー好きはもちろん、特に興味のない人にもおすすめ。うちの姉貴みたいにサッカーの魅力に気付かされることになるかもしれない。要はサッカーの面白さというより、プロサッカークラブの面白さを分からせてくれる漫画なのだ。実はかなり新しいスポーツ漫画だと思うので読んでない方はぜひ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2008-07-22 22:53:44] [修正:2012-11-06 23:26:56] [このレビューのURL]

 去年「竜の学校は山の上」で話題になった九井諒子の新作。

 相も変わらず熱心に独自の世界を構築していこうとしている姿勢は変わっていなくて。とにかく愚直なまでに独自の世界を描き、その世界でしか物語れないものを紡ごうとしている印象。そしてファンタジーといえども、嫌味ならない程度に現実を想起させる世界と人々。
 ただ日常とファンタジーが入り混じった独自の世界観が作りこまれているからこそ、その世界と物語との間にギャップが生じた時にその隔たりは巨大なものになってしまうように思う。例えば今作であれば第一話「竜の小塔」は、世界が練りこまれているからこそ結末の安易さが気になってしょうがなかった。

 ただそんな風に感じてしまった部分は前作よりもはるかに少なくて…。世界と物語のすり合わせ方が上手くなったのか、私の感じ方が変わったのかは分からないのだけれど、今作では圧倒的に心にすっと物語が入ってきた。
 「人魚禁猟区」は人と異なるものとの触れあいを描くことを得意とする九井諒子の真骨頂で、甘くも苦い異種遭遇譚。母親による狼少年育児エッセイが組み合わされた「狼は嘘をつかない」はくすりと笑える入れ子構造がうまくハマっていて日常とファンタジーが入り混じる面白みを存分に感じられたし、超能力家族パロディ「犬谷家の家族」はとことん可笑しいコメディながらも現実味を感じられるオチが九井諒子らしくて実に良かった。

 ところで九井諒子の「線」って何でこんなに色気がないんだろうなあと不思議に思っていたのだけれども、そうじゃないんだということにようやく今作を読んで気付いた。ここまで意識的に線をコントロールしようとしている人もいないかもしれない。絵柄だけではなく、一つの短編の中でも線を描き分けることで世界を描き分けようとしているというか。
 魅力的な線を描ける人は絵に余白が多くても全く気にならないのだけれど、そうでないからこそ自分は描き込んでいるんだなんてことを語っていたのは確かわらいなくだったと思う。九井諒子の矜持は多彩な線が描けるということなんだろう。「わたしのかみさま」ではあえて無味乾燥なタッチでユーモアたっぷりに“かみさま”を描いているし、何より「金なし百祿」は絵師と筆で命を吹き込まれた絵たちが織り成す涙ほろりの物語はそんな九井諒子しか描けない傑作だった。

 ということで、前作よりもはるかに九井諒子の魅力が伝わりやすい作品集になっていると思う。前作を読んでもあんまりぴんと来なかった私のような人にもおすすめ。今読めば「竜の学校は山の上」もまた違った風に感じられるかもしれないなあ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-10-21 17:35:11] [修正:2012-10-21 17:41:10] [このレビューのURL]

 人生における節目・冠婚葬祭を描いた作品集。えすとえむといえば、ケンタウロスだったりうどんの女だったりと奇抜な設定が目立つ作家だと思うのだけれども、この作品集は比較的地味というか地に足のついた短編が揃っている。でも話の魅力はやっぱりいつものえすとえむ。

 冠婚葬祭といって普通想像するような物語とは一風違う。圧倒的にドラマチックではないしすごく話が盛り上がるわけでもない。ただドラマチックではないというのは、要は話に、そして登場人物に血が通っているからってことで…。結婚するからといって、幸せな気持ちだけに浸っているわけじゃない。人が死にそうな時に後悔が残らないわけもない。儀式の前と後では決定的に何かが変わってしまう通過儀礼の瞬間、だからこそ単純な気持ちではいられない瞬間、だからこそ普段は表に出ない感情が噴出する瞬間をえすとえむは鮮やかに切り取ってみせる。

 この作品集の短編がどれも自分に身近な話かというとそんなことはない。それでも物語が自分の身の回りの世界の延長線上にあるってことは強く感じてしまう。
 何というか、絶妙に間が抜けているんだよなぁ笑。結婚式で新郎が新婦に言う笑ってしまうような台詞だったり、何気ない顔でお見合いしている裏でしょうもない思考をしていたり、姉の告白に泣いてしまった妹の目がメイクが崩れて真っ黒になってしまったり、あの世に行くのに持たせるお金にパチンコの玉を書いてみたり、そこはかとなく滑稽で苦笑いしたくなる場面。でも自分の人生だって思い返せばそんな場面の連続だもの。キメたい所でキマりきらない情けなさはそういうもんだよなぁと苦笑いしながらも、だからこそえすとえむの漫画は温かい。

「草食。っていうか草?」
「性格よければいいって、顔がよければもっといい」
「このままじゃ室料もったいないから、何か歌いなさい」(悲惨な空気で終了した家族会議の後の父親の言葉)

 もちろんえすとえむらしいどことなくずれた台詞回し、表情と話のテンポもおもしろい。本当にアホらしいのだけれど、ずれてるのだけれど、やっぱりそういうものなのだ。ずれている人々はずれているからこそ、自分とどこかでつながっていて、ずれているからこそどこにでもありそうな物語が輝いて見える。ドラマチックじゃない普通の人生を際立たせてくれる。そんなちょっと読んでいると勇気が出るような短編集。やっぱりえすとえむは素敵な漫画を描く人ですよ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-09-23 01:10:37] [修正:2012-09-23 01:10:37] [このレビューのURL]

 「森山中教習所」でデビューした真造圭伍の新作。

 過疎であった金山町は、火山の噴火とそれに伴って湧き出た温泉によって一瞬にして温泉の町へと生まれ変わる。そんな中、主人公の富山は変化した町の姿に釈然とせず、富山の友人の桜島は明るい青春を夢みて変化を歓迎するものの、その波には乗り切れずにいた。

 これはそんな二人の青春と友情を描いた物語なわけだけれども…。前作と同様「友情」や「青春」という言葉が似つかわしくないほど、真造圭伍の作品は青臭くない。むしろ洗練されている印象すら受けたりして。
 何というか、目線が一歩引いてるんだよなぁ。変化する町への違和感、変化しない自分への鬱屈、家族への苛立ち、前へ進めない焦り…そんなついついのめり込んでしまいそうなものが、むしろさらっと語られる。むしろ語られなかったりもする。絶妙な間とテンポ、そして達観した語り口はもはやデビューしたばかりの方とは思えない。

 じゃあ作品に入り込めないのかというと、そんなことはない。というか泣ける。泣いた。
 ただこの物語とキャラクターに対しての涙というのは、半分かなぁという気もする。残りの半分は、自分の思い出とリンクして泣いてしまっていたわけで。そして、それは真造圭伍がこの「青春」と「友情」という題材を消化しきっているおかげだ。だからこそ「ぼくらのフンカ祭」は富山と桜島の友情の物語であり、私の中の物語でもある。だからこそ二人がやった馬鹿は、おれらがやった馬鹿と重なった。今は中々会えない友人を思い出した。まあじーんと来ないわけがないよなぁ。

 だって後書きの「死ぬまで続くであろう友情を描きたかった。友達にしか分からない言葉、思い出、そういうのを大事にしたいです。」こんな恥ずかしい(失礼)言葉がすっと入ってくるんだぜ。つくづくこの人まだ20代とは思えない。

 森山中が気に入っている方はもちろん、何やら友達と馬鹿やった記憶がある人には特におすすめ。要はこの漫画、こんな青春を送りたい!ではなくて、自分もこんな青春送ったなぁと肯定的に思い出させてくれる漫画なのだ。もう一回言うけど、まあじーんと来ないわけがない。そして、そんな漫画を描ける人は中々いないよなぁ。最後の二人の笑顔が何とも印象的。やられました。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2012-08-08 22:58:57] [修正:2012-08-08 23:12:19] [このレビューのURL]

 人々のうまくいかない日常を描く、といえば確かにそうなのだけれども。そんな言葉に収まらないなかなか強烈な作品だった。今年の新人で今の所一番話題になってるのも分かる気がする。
 説明しにくいのだけれど、藤子先生の短編に近い。笑う一歩手前で背筋がぞっとしちゃうようなブラックコメディ。こんなバランス感覚を備えてる作家は珍しいし、才能がある方なのだろう。

 12Pほどの読みきりを集めた短編集で、それぞれの作品につながりはない。後々再登場することもあるということだけれど、この1巻ではまだそういう話はなかった。
 短いページ数ながら、変人奇人オンパレードのスピーディーで先の読めない展開は読み応えがあって引き込まれる。ここまで予定調和的でない話を描ける漫画家ってなかなかいない。

 話題になる漫画は何かしらの新しさを感じさせる漫画が多い。去年だったらグラゼニやうどんの女がそうだった。そして、この漫画もけっこう新しいんじゃないか?とは思った。ただその新しさを言葉にするのが難しくて。要は何故予定調和的でないのかと感じるのかってことなのだけれど。
 それは多分人情ものに行ってないからだ、て気はしてる。この漫画で描かれるような毒やマイノリティの苦しみっていうのは人情ものと食い合わせがとっても良い。だって傷つかなければ人情は生まれないのだ。多かれ少なかれこの手の漫画にはそういう一面があったし、それをお手本のようにやってのけたのが「大阪ハムレット」だった。でもこの漫画では、毒や苦しみは人のつながりによって救済されない。毒や妄想や苦しみを吐き出し続けて吐き出し続けて吐き出し続ける。そしてこの作者はそれを描くのが上手い。これは新しいな、と思った。

 もう一つおもしろいと感じたのはギャップ。絵柄はとことんコミカルなのに中身はけっこうシリアスで。コメディのように見えて刃がどこかに混じってる。やっぱりこの人のブラックなバランス感覚はおもしろい。
 ここまで書いて、第三話目の親子の話だけはあまりこの短編集にそぐわないな、と思った。何というか、色々と真っ当だよね。まあたまにああいうのもあると、反動でぐっとくる…かもしれない。

 今週刊連載でやっているということなので、ネタ切れにならなかったらいいなと思いつつ。一読してみる価値はあると思う。バキやバチバチやイカ娘の中にこれがあるチャンピオンの懐はなかなかに深いな。あまり刷られてないようなので(どうせ重版されるだろうが)、興味のある方は早めにどうぞ。

追記
2巻を読んで、この人は漫画で「奇妙な味」をやろうとしてるんだなということに思い至った。
破れるか破れないか沸点ぎりぎりのラインをさ迷う日常、異様な物語と奇想、そして不穏な読後感。
シャーリィ・ジャクスンやマシスンの短編集を髣髴とさせる。
阿部共実がすごいのは、絵柄と表現媒体を活かした漫画でしかやれない奇妙な味を実現していることにあると思う。
絵と物語のギャップは先の読めない奇妙な味を引き立てて、居心地の悪さを際立てることになる。

週刊でこのクオリティを維持どころか、上げていってるのは本当にすごい。
奇想好きにはたまらない作品。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2012-03-12 01:47:23] [修正:2012-07-21 01:08:57] [このレビューのURL]

 犬のサルヴァトールはとても腕の良い自動車修理工。彼は「小さいやつ」と一緒に必要な部品を必死にかき集め、水陸両用の最先端の車を作る。そして、かつて親の都合で生き別れになったジュリーが住む南米へ赴こうとするのだった…。

 こんな感じのストーリー。しかも表紙のサルヴァトールは実に可愛らしい生き物のように見える。ゆえに、可愛い犬が愛を求めて愉快な冒険の旅に出る…とかそういう物語を想像するのが至極自然だと思うのだけれども。そこはクレシー先生ということで、一筋縄じゃいかない作品に仕上がっている。

 何といっても主人公のサルヴァトールの性格があんまりにも悪い。車を作るためなら泥棒やら騙しやら何でもござれ。パートナーの小さいやつに事あるごとに問題を押し付け、挙句の果てに南米に着いたら邪魔になるからと小さいやつを置き去りにしようとまで画策している。
 またサルヴァトールの裏で進行している二つの別ストーリー。豚のアマンディーヌと子豚たちのお話。そして出産時にアマンディーヌと生き別れになった子豚のフランソワを巡るお話。このアマンディーヌが視力が壊滅的に悪いだけではなくて、思考力の方もド近眼。フランソワを探していく内にすごい勢いでどつぼにはまっていくことに。

 基本的に読者は物語を読む上で主人公に感情移入していくものだと思うのだけれど、それにしてはひどく癖が強すぎるキャラクターたち。下手に感情移入してしまうと、色んな意味で苛々することは請け合いです。
 多分このサルヴァトールという作品を楽しむためには、キャラクターに近づき過ぎてしまっては駄目なのだ。ちょっと一歩引いて彼らを眺めてみる。すると、途端にこの不愉快なやつらの愉快な冒険が楽しくなってくる。

 サルヴァトールの腹黒い様々な試み。アマンディーヌの想像の斜め上を行く愚かさ。時折見せる小さいやつの素敵な笑顔。動物達が暮らす世界なのに、豚の切り身がスーパーに並び、牛は闘牛士に殺される。南米は近づくほどに遠くなっていく。物語は交差しそうで決して交差しない。JAPONでも見られたようなクレシーの実にブラックな文化批評。
 そんな一筋縄ではいかないひねた物語は、クレシーの可愛らしく味わい深い寓話調の絵に乗せて語られていく。時折描かれる活劇もとっても素敵だ。絵と物語はどこまでもアンバランス。というか全てがアンバランス。

 作品との距離感をつかめるようになれば、サルヴァトールを読むのがぐんと楽しくなってくる。約束事が通用しない…というか約束事がどんどん置き換わっていくような世界は実におもしろい。
 だからまだ完結してないとは言っても、個人的には別に完結しなくても構わないなと思ったり。物語が交錯しそうで交錯せず、南米は近づくほどに遠のくのだから、結局ジュリーが登場しなくても良いのかもしれない。完結しそうで完結しなくても納得できるかもしれない。そんなこっちまでひねた気分になってしまうバンド・デシネ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-07-12 22:41:35] [修正:2012-07-12 22:41:35] [このレビューのURL]

 夢野久作×丸尾末広ですよ…! 恐らく乱歩と並んでこのタッグを待ち望んでいた人も多いはず。後は泉鏡花なんてどうでしょうか丸尾先生。

 本作は表題作である夢野久作の「瓶詰の地獄」以下4作が収録された丸尾末広の作品集。

 瓶詰の地獄は夢野久作の少なくはない短編の中でもベストオブベストの一つに挙げられると思う。事故により天国のような無人島に流れ着いた兄妹の禁忌と苦悩が3つの書簡を通して描かれていく。
 これはもうさすが丸尾末広という素晴らしさ。幸福な楽園であった島。しかし唯一の秩序であった聖書を信ずる心が内から芽生えた禁忌によって脅かされた瞬間、そこは地獄に変転する。丸尾末広はどこまでも美しく、どこまでも狂おしく内から楽園が崩壊していく様を象徴的に描ききる。圧倒的なビジュアルイメージにくらくら。

 瓶詰の地獄をより印象的な作品としているのが、色んな解釈の幅が残されていることに加えて、作中にいくらかの矛盾点が見られるというのがあって…。それらも突き詰めて考えていくと想像の地平にはキリがなくて、でもだからこそ掌編とは思えないほどこの作品は味わい深い。一つだけ文句があるとすれば、このコミカライズでは丸尾末広の解釈で新たな瓶詰の地獄の世界を読みたかった。再現性でいえばこれ以上のものはないだろうけれど、最後に読者にぶん投げてお茶を濁すのはどうだろうと思わないでもなかったり。

 一転してコミカルな「聖アントワーヌの誘惑」。こちらは絵は楽しいものの、今ひとつ自分の中のおもしろさにリンクせず。笑わせにきてるのかがあんまり確信できないままふわふわしてる感じというか。別に愉快でもないしなぁ。
 
 落語を原作としたとことん皮肉な諧謔に満ちた「黄金餅」。こちらはけっこうアレンジされているのだけれど、秀逸。落語の方は、善良な一般人ですらも金を手にするためならこうまでやるか…というものだったのに対して、丸尾版の登場人物はみんなストレートに強欲。そして強欲が強欲にどんどん食われていくその様。どうしても逃れられない人間の強欲さという業を強烈に感じるのは変わらない。

 とことんアンハッピーな「かわいそうな姉」。エドワード・ゴーリーの「不幸な子供」を意識しているのかと思うのだけれど、どうだろう。ゴーリーのような何かもう笑ってしまう程の芸術的な小気味よさで語られる不幸のオンパレードというわけではなくて、情念がこもってるだけにひたすら後味が悪い。難しいなぁ…あんまり好みではないかも。

 しかし時代時代の文化や風俗を一つのコマの中にさりげなく落とし込んで独自の世界を作ってしまえる丸尾末広はやっぱりすごい。話はそれぞれ好みが分かれるかもしれないけれど、絵を眺めるだけでも満足だったり。瓶詰の地獄や黄金餅は特にお気に入りです。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2012-07-10 23:32:20] [修正:2012-07-10 23:32:20] [このレビューのURL]

<<前の10件
1234567