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 人生における節目・冠婚葬祭を描いた作品集。えすとえむといえば、ケンタウロスだったりうどんの女だったりと奇抜な設定が目立つ作家だと思うのだけれども、この作品集は比較的地味というか地に足のついた短編が揃っている。でも話の魅力はやっぱりいつものえすとえむ。

 冠婚葬祭といって普通想像するような物語とは一風違う。圧倒的にドラマチックではないしすごく話が盛り上がるわけでもない。ただドラマチックではないというのは、要は話に、そして登場人物に血が通っているからってことで…。結婚するからといって、幸せな気持ちだけに浸っているわけじゃない。人が死にそうな時に後悔が残らないわけもない。儀式の前と後では決定的に何かが変わってしまう通過儀礼の瞬間、だからこそ単純な気持ちではいられない瞬間、だからこそ普段は表に出ない感情が噴出する瞬間をえすとえむは鮮やかに切り取ってみせる。

 この作品集の短編がどれも自分に身近な話かというとそんなことはない。それでも物語が自分の身の回りの世界の延長線上にあるってことは強く感じてしまう。
 何というか、絶妙に間が抜けているんだよなぁ笑。結婚式で新郎が新婦に言う笑ってしまうような台詞だったり、何気ない顔でお見合いしている裏でしょうもない思考をしていたり、姉の告白に泣いてしまった妹の目がメイクが崩れて真っ黒になってしまったり、あの世に行くのに持たせるお金にパチンコの玉を書いてみたり、そこはかとなく滑稽で苦笑いしたくなる場面。でも自分の人生だって思い返せばそんな場面の連続だもの。キメたい所でキマりきらない情けなさはそういうもんだよなぁと苦笑いしながらも、だからこそえすとえむの漫画は温かい。

「草食。っていうか草?」
「性格よければいいって、顔がよければもっといい」
「このままじゃ室料もったいないから、何か歌いなさい」(悲惨な空気で終了した家族会議の後の父親の言葉)

 もちろんえすとえむらしいどことなくずれた台詞回し、表情と話のテンポもおもしろい。本当にアホらしいのだけれど、ずれてるのだけれど、やっぱりそういうものなのだ。ずれている人々はずれているからこそ、自分とどこかでつながっていて、ずれているからこそどこにでもありそうな物語が輝いて見える。ドラマチックじゃない普通の人生を際立たせてくれる。そんなちょっと読んでいると勇気が出るような短編集。やっぱりえすとえむは素敵な漫画を描く人ですよ。

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[投稿:2012-09-23 01:10:37] [修正:2012-09-23 01:10:37]