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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

 「森山中教習所」でデビューした真造圭伍の新作。

 過疎であった金山町は、火山の噴火とそれに伴って湧き出た温泉によって一瞬にして温泉の町へと生まれ変わる。そんな中、主人公の富山は変化した町の姿に釈然とせず、富山の友人の桜島は明るい青春を夢みて変化を歓迎するものの、その波には乗り切れずにいた。

 これはそんな二人の青春と友情を描いた物語なわけだけれども…。前作と同様「友情」や「青春」という言葉が似つかわしくないほど、真造圭伍の作品は青臭くない。むしろ洗練されている印象すら受けたりして。
 何というか、目線が一歩引いてるんだよなぁ。変化する町への違和感、変化しない自分への鬱屈、家族への苛立ち、前へ進めない焦り…そんなついついのめり込んでしまいそうなものが、むしろさらっと語られる。むしろ語られなかったりもする。絶妙な間とテンポ、そして達観した語り口はもはやデビューしたばかりの方とは思えない。

 じゃあ作品に入り込めないのかというと、そんなことはない。というか泣ける。泣いた。
 ただこの物語とキャラクターに対しての涙というのは、半分かなぁという気もする。残りの半分は、自分の思い出とリンクして泣いてしまっていたわけで。そして、それは真造圭伍がこの「青春」と「友情」という題材を消化しきっているおかげだ。だからこそ「ぼくらのフンカ祭」は富山と桜島の友情の物語であり、私の中の物語でもある。だからこそ二人がやった馬鹿は、おれらがやった馬鹿と重なった。今は中々会えない友人を思い出した。まあじーんと来ないわけがないよなぁ。

 だって後書きの「死ぬまで続くであろう友情を描きたかった。友達にしか分からない言葉、思い出、そういうのを大事にしたいです。」こんな恥ずかしい(失礼)言葉がすっと入ってくるんだぜ。つくづくこの人まだ20代とは思えない。

 森山中が気に入っている方はもちろん、何やら友達と馬鹿やった記憶がある人には特におすすめ。要はこの漫画、こんな青春を送りたい!ではなくて、自分もこんな青春送ったなぁと肯定的に思い出させてくれる漫画なのだ。もう一回言うけど、まあじーんと来ないわけがない。そして、そんな漫画を描ける人は中々いないよなぁ。最後の二人の笑顔が何とも印象的。やられました。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2012-08-08 22:58:57] [修正:2012-08-08 23:12:19] [このレビューのURL]

 人々のうまくいかない日常を描く、といえば確かにそうなのだけれども。そんな言葉に収まらないなかなか強烈な作品だった。今年の新人で今の所一番話題になってるのも分かる気がする。
 説明しにくいのだけれど、藤子先生の短編に近い。笑う一歩手前で背筋がぞっとしちゃうようなブラックコメディ。こんなバランス感覚を備えてる作家は珍しいし、才能がある方なのだろう。

 12Pほどの読みきりを集めた短編集で、それぞれの作品につながりはない。後々再登場することもあるということだけれど、この1巻ではまだそういう話はなかった。
 短いページ数ながら、変人奇人オンパレードのスピーディーで先の読めない展開は読み応えがあって引き込まれる。ここまで予定調和的でない話を描ける漫画家ってなかなかいない。

 話題になる漫画は何かしらの新しさを感じさせる漫画が多い。去年だったらグラゼニやうどんの女がそうだった。そして、この漫画もけっこう新しいんじゃないか?とは思った。ただその新しさを言葉にするのが難しくて。要は何故予定調和的でないのかと感じるのかってことなのだけれど。
 それは多分人情ものに行ってないからだ、て気はしてる。この漫画で描かれるような毒やマイノリティの苦しみっていうのは人情ものと食い合わせがとっても良い。だって傷つかなければ人情は生まれないのだ。多かれ少なかれこの手の漫画にはそういう一面があったし、それをお手本のようにやってのけたのが「大阪ハムレット」だった。でもこの漫画では、毒や苦しみは人のつながりによって救済されない。毒や妄想や苦しみを吐き出し続けて吐き出し続けて吐き出し続ける。そしてこの作者はそれを描くのが上手い。これは新しいな、と思った。

 もう一つおもしろいと感じたのはギャップ。絵柄はとことんコミカルなのに中身はけっこうシリアスで。コメディのように見えて刃がどこかに混じってる。やっぱりこの人のブラックなバランス感覚はおもしろい。
 ここまで書いて、第三話目の親子の話だけはあまりこの短編集にそぐわないな、と思った。何というか、色々と真っ当だよね。まあたまにああいうのもあると、反動でぐっとくる…かもしれない。

 今週刊連載でやっているということなので、ネタ切れにならなかったらいいなと思いつつ。一読してみる価値はあると思う。バキやバチバチやイカ娘の中にこれがあるチャンピオンの懐はなかなかに深いな。あまり刷られてないようなので(どうせ重版されるだろうが)、興味のある方は早めにどうぞ。

追記
2巻を読んで、この人は漫画で「奇妙な味」をやろうとしてるんだなということに思い至った。
破れるか破れないか沸点ぎりぎりのラインをさ迷う日常、異様な物語と奇想、そして不穏な読後感。
シャーリィ・ジャクスンやマシスンの短編集を髣髴とさせる。
阿部共実がすごいのは、絵柄と表現媒体を活かした漫画でしかやれない奇妙な味を実現していることにあると思う。
絵と物語のギャップは先の読めない奇妙な味を引き立てて、居心地の悪さを際立てることになる。

週刊でこのクオリティを維持どころか、上げていってるのは本当にすごい。
奇想好きにはたまらない作品。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2012-03-12 01:47:23] [修正:2012-07-21 01:08:57] [このレビューのURL]

 1976年のニカラグア、アメリカの支援を受けつつ独裁を続けるソモサ政権への反発からFLSN(サンディニスタ民族解放戦線)のゲリラ活動が盛んになり、ソモサ政権は国境警備隊を使ってFLSNを排除しようとしていた。
 若き修道士ガブリエルは、壁画の作成を依頼されニカラグアのとある村にやってくる。ガブリエルは宗教画を得意としていたが、村の神父ルーベンから“ものの表皮をめくる”ことを教えられ、村人たちを描くことを通して彼らと深くつながっていく。

 一つのライターの数奇な偶然によって物語は動き出す。村の女性から国境警備隊の男、さらにはFLSN、そしてガブリエルの元へと人々の手を移り続けるライターは当時のニカラグアではFLSNの象徴とされていた。FLSNと彼らを教会を通して支援するルーベン、ガブリエルは双方を国境警備隊の捜査から庇おうとする。しかしその企ては偶然ガブリエルの手元に渡ったライターから露見し、逆にガブリエルは拷問によってFLSNと教会のつながりを吐いてしまう。
 FLSNとルーベンへの裏切り、村の貧しい人々とは異なり政府の有力者の息子であるという罪悪感、実は同性愛者であるという背徳感…ガブリエルは両親の迎えから逃げ出し、革命に身を投じることになるのだった。

 うーん、これはすごい…。絵と物語がここまで高い質で両立してるとはねぇ。

 ガブリエルの抑圧された感情と身の上というのが一つの重要な要素になっていて。ニカラグアの革命を通してガブリエルの自己の変革、つまり大人になるための通過儀礼を描いた作品、と括ってしまうのは簡単なのだけれども。とあるライターを巡る凝りに凝った物語の導入、自己の変革へ至るまでの貪欲なまでのテーマの盛り込み方、そしてその多彩なテーマを一つにまとめきる作者の手腕にはただただ驚くばかり。

 FLSNの人々との出会いと別れ、人を殺すことと殺されること、辛い行軍、そして愛…ルパージュは人間の光と影を繊細に描き出す。そして積もりに積もった物語はガブリエルの解放に結実するのだ! 同性愛者としての自分も、政府の有力者としての自分も、裏切りを犯した自分も、自己を自己として認められるようになったガブリエル。そんな彼への感動とそこへ至るまでの圧倒的な説得力は、もうたまらない読み心地だった。
 また終わり方が良いんだよねぇ。大人になったガブリエルへの喝采に悲恋のほろ苦さが花を添える。同性愛の恋愛ものとしても秀逸な出来だったと思う。

 ルパージュの絵はただただ本当に美しい。アートとしての素晴らしさだけではなく、物語の展開やガブリエルの心情に沿ってルパージュは見開きごとに色彩を変える。ページをめくるごとに常に鮮やかで透明感のある絵が目に飛び込み、絵の表情はどんどん変化していく。
 人も自然もその時々によって、また見る側の心情や境遇によって受ける印象は異なってくる。ルパージュもまた単に上手いだけではなく、“ものの表皮をめくる”ことを徹底しているのだ。

 ニカラグア革命のある側面を描いただけではなく、エンターテイメントとしても非常に読み応えのあるおもしろい作品だった。ニカラグアの革命に自己の革命を重ね合わせ、それを一つの物語として結実させる。つくづく感嘆するしかない傑作です。おすすめ。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2012-04-30 01:58:07] [修正:2012-06-15 00:45:06] [このレビューのURL]

ちょっと違う。色んな意味で。

簡単に言うと草サッカーチームで天皇杯に出ようというお話。最近だと「修羅の門異伝 ふでかげ」もそんな話だし、まあよくあるストーリー。
ただ中身は相当違った切り口から攻め込んでいて、それがフットボールネーション(サッカー先進国)というタイトルにも表れている。要はサッカー先進国になるのに日本は何が足りないかという運動科学面から見た薀蓄マンガの側面を強く押し出している。で、何が足りないかというと基本的にインナーマッスル。

こういう薀蓄マンガ自体あまり好みではないのだけれども、そもそもサッカーとの食い合わせが著しく悪いように思える。っていうかメインに持ってくるのはさすがにやりすぎ。
というのも物語に説得力を与える部分にフットボールネーションはその独自の運動科学論を使用しているのだけれども、それが本当かどうか私達には分からないわけで。へぇー、と感じる部分もあるにしろそこをメインにやるなら論文なり文献なりできちんとデータを取って科学的に証明された正式な記事を読ませてくれる方が多分おもしろい。

だってここを鍛えているから試合に勝てるんだよって言われても…いやそういう側面もあるかもしれんけど、サッカーってそれだけじゃないだろと思ってしまうわけで。
一巻冒頭で日本に足りないのは名監督や戦術、ファンタジスタではなくて世界基準のフィジカルとセンスだ!的なことを言っていたのでやりたいことは分かる。でもどうも理論だけが先行しているようでね。

この物語でインナーマッスル云々ってやっぱりスパイスに過ぎないと思うのよ。でもそのスパイスがメインを食いつぶしているというかメインになっちゃっているという違和感があって。
例えばORANGEはスパイスのかけ方がめちゃくちゃ巧かった。種類は多様で量も絶妙、で、芯には一本太いのが通ってた。今まで薀蓄どうのこうのばかりについて書いてきたけど、それもフットボールネーションにはその芯が細すぎるからこそ。物語は貧弱で、キャラクターの魅力も薄い。画力も足りていない。

けっこう前に古武術の技を利用したなんば走りで注目された高校か中学校のバスケ部があった。全国大会でもかなり良い成績を残していたと覚えている。
でもテレビが話すのはなんば走りのことばかり。いやいやその効果もあったかもしれないけれども、それだけで勝てると思うなよ、というのはほぼフットボールネーションに言いたいことと同じ。今考えると当人達もなんば走りばっかりがクローズアップされるの嫌じゃなかったのかなとふと思う。

もし運動科学論はスパイスじゃなくてメインだよ、と言うならオーレ!みたいに違った描き方があったのではないかと思わざるをえないし、この形が一番適しているとは思えない。

とまあかなり否定してしまったのだけれど、新しいことに挑戦しようとしている作者さんの姿勢は良いと思う。とか言ったらかなり上から目線だけれど、本当にそれは思う。
とりあえず物語の本筋にもう少しだけでも力を入れてもらえれば(そちらもきな臭そうな感じは既にしているけれども…)、個人的にはもう少し楽しく読めるかな。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2011-11-29 09:41:53] [修正:2011-11-29 09:41:53] [このレビューのURL]

8点 Sunny

もう何かたまらんなあと思う。
どこまで進化するんだよ松本大洋。

親元で暮らせない子供達のための施設「星の子学園」。そこに生きる子供たちを描く物語。

松本大洋自身、かつてこういう施設で暮らしていたそうで、だからこそデビュー当初から温めていた作品だったらしい。でも自分の中の体験となかなか折り合いがつかなくて、ようやく40代になった今描くべき物語と感じて執筆に至ったと。
まさにこの作品は松本大洋の少年期への落とし前なのだ。

学校に来る子どもは彼らにとって2種類に分かれる。「施設の子」と「家の子」だ。施設に暮らす彼らは決して不幸ではない。施設の運営する人々は優しいし、ここではみんなが家族だ。

でも、それでも決して割り切れないものがある。家の子を認めたくなかったり、どうしても羨ましく思ってしまったり、施設にいる自分を認めたくなかったり、色んなやつの色んな思いがひしひしと伝わってくる。
彼らの思いを体現するのがSunnyだ。Sunnyとは星の子学園の敷地内にある今は使われない廃車。どうしようもなくなった時彼らはここに来る。彼らはSunnyで旅に出る。何とも切なくてたまらない夢。これこそが本当のファンタジーなのかもしれない。

ピンポン以降、松本大洋は革新的な表現技法や二つとない物語でたくさんの傑作を生み出してきた。
でもこのSunnyには装飾が全くない。松本大洋らしさはあっても平々凡々な物語。でもだからこそ松本大洋の核が見えてくる。いつも彼の作品の根底にあったのは心の奥底に訴えかけてくる力。今までにないほどそれははっきりとしていて強い力を持っている。
本当に泣ける、というのはこういうことだ。

また絵柄は少し変化した。過去の情景を思い出しているような、少しぼやけてかすれた叙情的な絵。日本の作家でここまで多彩な線やトーンに頼らない黒を突き詰めているのはこの人くらいじゃないかな。
いつまで松本大洋は進化し続けるのだろう。止まらないからこそ彼やくらもちふさこはここ数十年漫画界のトップを走ってきた。本当にすごいよ。

めちゃくちゃ切なくて愛おしい少年達、彼らはどこへ向かうのか。
松本大洋の新たなる代表作の誕生、見逃すのはもったいない。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2011-10-03 00:35:15] [修正:2011-10-03 01:09:54] [このレビューのURL]

7点

山岳救助漫画なのだが、新人とは思えないほど一話一話のクオリティーが高い。何の装飾もなく描かれる遭難者たちは、あるときは救出され、またあるときは間に合わず死んでしまう。

助かるか、死んでしまうかの割合は半々くらいで、中々重い話も多いのだが、死んでも何かを残していくというのがほとんどであるので素直に感動できる。ラストの三歩の「また山においでよ」という言葉によってうまくしまって読後感はすっきりとしたものだ。

択一というエピソードが個人的には一番好き。すごく切ないです。今後ますます知名度上がると思われるので、今のうちに読んでおくことをすすめます。

【追記】
9点から7点に変更。
岳も10巻過ぎてきてマンネリ化が否定できない。以前の評価は4巻時点で、このあたりはまだ鮮烈な印象を受けていたからこその評価だったわけで…。
基本的に話が2パターンしかないのが見えてきてしまった。人が亡くなったら、近親者や友人がそれを受け入れるまでの話。そうじゃなければ、悩みを持った人が山に来ることで新たな光明を見出す話。
これから新境地を開拓してくれれば良いとして、このままの調子で続けるなら5巻くらいで終わるべきだったなとは思う。阿久津やナオタ、おばちゃん辺りの話で試行錯誤をしているのは感じるのでまだ希望はあるんじゃないか?
まだぎりぎりで良作。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2007-09-16 22:21:42] [修正:2011-09-01 15:33:03] [このレビューのURL]

太田垣康男原作、村田雄介作画って聞いたらもう読むしかないですよね。これはある意味ドリームタッグじゃね?と思った。

内容はといえば、王道な青春もの。思わず読んでるこっちが恥ずかしくなるほどの直球具合。
働きながら大学進学を目指す苦学生(学生ではないけど)が、何の苦労もない(ように思える)大学生たちと一悶着ありつつもソーラーカー作りを手伝うことになって…という太田垣先生らしからぬ内容なので当然といえば当然なのだが。

太田垣康男原作、しかも短期集中連載で2巻に纏まっているので破綻は全くなく、結末まで気持ちよく読めた。型どおりではあるんだけどその分安心して見れる。
起承転結がこれだけ明確な作品は他に記憶にないなぁ。どこまでが起でどこからが承かはっきり分かる。それだけにスムーズ過ぎる、小奇麗に纏まり過ぎているとも言えるわけだけど。

この2人だからこそのおもしろい漫画を作りたい、というよりお互い1人では出来ない内容を2人で組めばできるんじゃないかという気持ちが伝わってくる。漫画家としての幅を広げたいというような。
太田垣康男は青春ものが書きたかったし、村田雄介はアイシールドのような派手な作品以外もやってみたかったのだろう。この作品が成功したかはともかく、今後の作風に影響を与えうる作品ではあると思う。特に村田先生は一般人を魅力的に描けないといくら絵が上手くてもやばい気が…。

はっきり言うと、スケールは小さいけど完成度は高いという類の作品なので高い点数はつけ難い。しかしまっすぐで爽やかな作風と一定の質は保たれているということで誰でもそれなりに楽しめると思う。

方向性を持った熱い青春ものが好きな人におすすめしたい良作。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2011-08-30 22:23:33] [修正:2011-08-30 22:53:03] [このレビューのURL]

これは半端ない。
漫画に関しては日本が1番だと思っているけどこういうのをみるとアメリカの懐の深さを感じざるをえないし、認めざるをえない。
この手のサスペンスでは羊達の沈黙を読んだ時以来の鮮烈な読書体験。

読書体験と言ったのは比喩ではない。このフロム・ヘルは漫画ではなく「グラフィック・ノベル」だ。あくまでノベル。
初めて読んだ時あまりの読みにくさに驚いた。ページもコマ割りも左から右に読んでいかなければならないし、日本と見せ方が違いすぎる。
日本はやはり手塚治虫から抜け出せてないのかとかそういうことも思ったのだけど、本質はそこではなくてやはりこれはノベルなんだなということ。
日本のように絵で魅せることはほとんどなくて、あくまで物語を補完することが目的。映画的、もしくは台詞以外の小説の文を絵が担っていると言っても良いだろう。

フロム・ヘルで描かれているのは19世紀末のロンドンとそこに生きた人々だ。
そこに暗躍した”切り裂きジャック”の狂気と幻想だ。

アラン・ムーアは切り裂きジャックの資料と当時のイギリスの風俗を綿密に調べ上げた。だからこそロンドンとその住人は間違いなく生きている。だからこそ事実と創作した部分は矛盾しない。
アラン・ムーアは実際に19世紀末のロンドンに行ったことなどもちろんなく、この切り裂きジャックは彼の創作だ。しかしこれは限りなく本物に近い域にまで昇華されている。

読者は切り裂きジャックの「解体」を追体験することになる。肉を切り、手に血が滴るのを感じる。その匂いまでも。
ここでもアラン・ムーアは猟奇殺人の資料をあさったそうだ。誇張ではなく、本気で吐きそうになるのを我慢した。徹底した調査による想像は比類なきリアリティをもたらす。

天才が全力を尽くせば、これだけの仕事が出来るのだ。
彼は切り裂きジャックの謎を解くことで19世紀末のイギリス、ひいては世界を描こうとした。そのとんでもない試みがほとんど成功しているあたりが彼のこの作品に対する自信の表れなんだろう。

後に残るものなんて何もない。すごいものを見たい人、頭をぶん殴られるような衝撃を感じたい人にだけおすすめしたい。ただし覚悟はすること。
値段が張るので購入を迷う人もいるだろう。それなりの大きさの図書館ならあると思うので探してみるといいかもしれない。
4章までは非常に読みにくいので我慢。後はジェットコースター式に話は進む。けっこうな長さだが止まらない。読み終えたら後ろの作者による補講(これめちゃくちゃ詳しくて長い)と併せてもう一度読むと分からなかった所の理解もある程度進むと思うのでおすすめ。

地獄はあまりに深く、暗い。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2011-08-25 15:12:33] [修正:2011-08-28 04:09:23] [このレビューのURL]

ほのぼのしながら楽しく読めました。宇仁田先生の優しい絵とほんわかした温かい物語(途中までは)がとてもマッチしていて良かったですね。

1部は育児もの。育児ものにはパパトールドミーや赤僕など名作も多いものの、うさぎドロップ独特の切り口も多くておもしろかった。りんは可愛かったし、ダイキチはかっこよかった。
2部になってかなり色が変わったのには戸惑った人も多いはず。りんの思春期特有の面倒くさい人間関係やぐだぐだな恋愛についての悩みを描こうとしているのかな?、でも迷走してるよなーと思っていたら最終巻を読んでなるほどだったでござる。

評価は分かれるであろう最終巻。倒錯的な恋愛自体は現実的にも少なくないし私も嫌いではないから置いといても、その過程の説得力が足りなさすぎた。これでは結局ダイキチが光源氏になっちゃっただけな気がする。
2部をまるまる使ってりんの気持ちはしっかり描写されていたのでどうしてそうなったかというのは十分理解できた。問題はダイキチの方だよね。どう考えても娘としか思っていなかったようなのに時間がいきなり飛んで受け入れて終了ってのはないよ。もしこの普通ならありえないであろう気持ちの変化の過程が説得力を持って描けてたら、私の中でうさぎドロップは名作(怪作か?)になっていたかもしれないと思うとかなり残念。

個人的には2部が惜しいなと思うものの最終巻が気に入れば楽しめるでしょう。1部は誰が読んでもOKです。
宇仁田先生他の作品に普通のホームドラマを描いた作品もあるようなのでそっちも読んでみようかな。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2011-07-30 15:07:06] [修正:2011-07-30 15:22:41] [このレビューのURL]

魔力を分解し再構築することで様々なものに変換するマテリアルパズルという魔法がこの漫画での戦闘手段になる。要は能力漫画だけど、このパズルという設定をわりかし上手く使っている。

シリアスな戦闘シーンの中にこれでもか、とギャグを入れてくるのがこの漫画の特徴。元々ギャグ漫画家なのでかなりおもしろいが、TPOを無視して挟んでくるので苛々する人もいるだろう。ここは人を選ぶ。

基本的には世界滅亡の際に主人公3人に起こった謎を解いていく物語に能力バトルやギャグ、ミカドの成長を絡めた少年漫画。
無駄なストーリーがなく、伏線の張り方、回収の仕方が上手。このストーリー展開は構成力に長けているからこそだろう。
ハンターハンターの影響も感じるが、この作者には本格的な頭脳戦を書ける才能はないようで惜しい。キャラの強さも相性次第で勝敗が読みにくいので戦闘はおもしろいのは確か。しかしどうしても故意にずらした感が出てて、そういう所でもやはり戦闘ではなくて物語を楽しめる人向けと言える。

絵は致命的に下手なのだが、そこで敬遠するのはもったいない作品。漫画書くのはうまい作者だと思うので。

現在0章としての位置づけのゼロクロイツが連載中。しかしやっぱり本編が早く読みたいな。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2007-10-06 20:31:25] [修正:2011-07-23 19:48:37] [このレビューのURL]

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