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 1976年のニカラグア、アメリカの支援を受けつつ独裁を続けるソモサ政権への反発からFLSN(サンディニスタ民族解放戦線)のゲリラ活動が盛んになり、ソモサ政権は国境警備隊を使ってFLSNを排除しようとしていた。
 若き修道士ガブリエルは、壁画の作成を依頼されニカラグアのとある村にやってくる。ガブリエルは宗教画を得意としていたが、村の神父ルーベンから“ものの表皮をめくる”ことを教えられ、村人たちを描くことを通して彼らと深くつながっていく。

 一つのライターの数奇な偶然によって物語は動き出す。村の女性から国境警備隊の男、さらにはFLSN、そしてガブリエルの元へと人々の手を移り続けるライターは当時のニカラグアではFLSNの象徴とされていた。FLSNと彼らを教会を通して支援するルーベン、ガブリエルは双方を国境警備隊の捜査から庇おうとする。しかしその企ては偶然ガブリエルの手元に渡ったライターから露見し、逆にガブリエルは拷問によってFLSNと教会のつながりを吐いてしまう。
 FLSNとルーベンへの裏切り、村の貧しい人々とは異なり政府の有力者の息子であるという罪悪感、実は同性愛者であるという背徳感…ガブリエルは両親の迎えから逃げ出し、革命に身を投じることになるのだった。

 うーん、これはすごい…。絵と物語がここまで高い質で両立してるとはねぇ。

 ガブリエルの抑圧された感情と身の上というのが一つの重要な要素になっていて。ニカラグアの革命を通してガブリエルの自己の変革、つまり大人になるための通過儀礼を描いた作品、と括ってしまうのは簡単なのだけれども。とあるライターを巡る凝りに凝った物語の導入、自己の変革へ至るまでの貪欲なまでのテーマの盛り込み方、そしてその多彩なテーマを一つにまとめきる作者の手腕にはただただ驚くばかり。

 FLSNの人々との出会いと別れ、人を殺すことと殺されること、辛い行軍、そして愛…ルパージュは人間の光と影を繊細に描き出す。そして積もりに積もった物語はガブリエルの解放に結実するのだ! 同性愛者としての自分も、政府の有力者としての自分も、裏切りを犯した自分も、自己を自己として認められるようになったガブリエル。そんな彼への感動とそこへ至るまでの圧倒的な説得力は、もうたまらない読み心地だった。
 また終わり方が良いんだよねぇ。大人になったガブリエルへの喝采に悲恋のほろ苦さが花を添える。同性愛の恋愛ものとしても秀逸な出来だったと思う。

 ルパージュの絵はただただ本当に美しい。アートとしての素晴らしさだけではなく、物語の展開やガブリエルの心情に沿ってルパージュは見開きごとに色彩を変える。ページをめくるごとに常に鮮やかで透明感のある絵が目に飛び込み、絵の表情はどんどん変化していく。
 人も自然もその時々によって、また見る側の心情や境遇によって受ける印象は異なってくる。ルパージュもまた単に上手いだけではなく、“ものの表皮をめくる”ことを徹底しているのだ。

 ニカラグア革命のある側面を描いただけではなく、エンターテイメントとしても非常に読み応えのあるおもしろい作品だった。ニカラグアの革命に自己の革命を重ね合わせ、それを一つの物語として結実させる。つくづく感嘆するしかない傑作です。おすすめ。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2012-04-30 01:58:07] [修正:2012-06-15 00:45:06]