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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

5点 咲-Saki-

とりあえずこれを麻雀漫画として読むと痛い目を見ることは確か。

今まで麻雀漫画といえばアカギなど実際麻雀をある程度やってないと魅力が伝わらないニッチな面が強かったということで作品数の多さに関わらずメジャーな作品は少ない。
咲では
・この世界では麻雀は老若男女問わず万人に人気の競技。高校の全国大会も存在する。
・麻雀漫画の泥臭い絵のイメージを覆した美少女中心の萌え絵。
・麻雀をある程度知らないと分からないような演出が極力省かれている。サッカーでいうキャプつばのような現実ではありえない超人的な作風でかつジョジョ的な能力漫画の場合もある。
このように麻雀漫画では革新的な面が非常に多くかつ万人向けでそこがうまくヒットにつながったと思われる。
漫画としての方向性の問題なのでそんなうち方ありえないよとかそんな展開あるわけないとかいう突っ込みは無粋。
これはこれでありだと思うけど目新しさ以外で見ると残念ながら並みの漫画です。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-07-01 01:10:16] [修正:2011-10-27 17:59:22] [このレビューのURL]

いい漫画ですよね。
私が小さい時に姉の本棚にあったこれを読みふけっていたので、かなり思い入れがある作品。短編が連なっている構成で、起承転結がしっかりとしているのですごく読みやすいし読後感がいい。笑えて、泣けて、考えさせられてと括りは少女漫画だけど万人が楽しめると思う。

基本的には小5の拓也と幼児の実、それを見守る父親を中心としたホームドラマ。育児を中心としつつも色んなテーマが取り扱われており、全体的にかなり質が高い(銀行強盗の話だけは好きじゃないけど)。
脇を固める人物として拓也や実の同級生、ご近所さん、父親の同僚など大量の人物が登場するのだが、まあこいつらが揃いも揃ってあくが強い!羅川さんのすごい所はこの脇役達を暴走させずにうまく作品のテーマと絡めていった所だ。何気に大変だったと思う。後半は多少ネタが尽きたのかキャラ頼みの話も見られたが、それでも十分おもしろかった。特に藤井家絡みの話は鉄板ですね。

最終回は泣いた、確かに号泣しましたよ…
でも反則技というか安易というか納得しきれない部分はどうしてもあります。あまりにも唐突だったしありがちなのはこういう漫画の最終回が難しいからというのはあるのだろうけど、羅川さんならもう少しうまくやれた気がするんですよね。
ただ今まで育ててきたキャラだからこそあそこまで泣けたのであってそういう意味では最終回にふさわしくはあったのかもしれません。

誰もが楽しめて、気軽に読める良作品なので時間があればぜひ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-07-08 00:36:34] [修正:2011-10-27 17:51:39] [このレビューのURL]

こうの史代の作品にハズレはないなぁ。何でそんなに安定感があるのかと考えた時、核にあるのはさんさん録や長い道に分かりやすい温かみじゃないかと思う。

参平さんみたいな老後がいいなと思うのは別に家事がしたいとかではなくて、老いても何かしら存在意義を感じていられたら生きている喜びが感じられるのではないかなってこと。
そりゃまあ趣味に生きるのもいいのだけど、他人に必要とされるのは人として大事な気がする。孫の面倒を見るのだって何でもいい、生活に張りがあれば参平さんのようにそれなりに楽しくやっていける。

妻に先立たれた参平は息子に勧められるまま、息子夫婦とその小学生の娘との同居を開始する。成り行きで参平は家事全般を担当することに。妻のおつうが残した「奥田家の記録」を頼りに参平の主夫生活が始まった。

参平じいさんのどたばたな生活を見ているのは楽しい。家事を「奥田家の記録」から学ぶ参平、時には、いやかなり頻繁に勘違いをやらかす参平、かなり変人な孫との微笑ましい?交流、時にはどきどきするロマンスもあったりして参平さんの老後はなかなかに忙しい。
この忙しいというのがすごく幸せな忙しさに感じられる。老後の生活に張りがあるというのは多分こういうことだ。

参平の家族も本当にいい家族。ちょっと現代的なライトさもありつつも優しい息子、もはやこうの作品常連とも言える天然な可愛い奥さん、そして気持ち悪いもの好きの変な孫。それぞれにとても愛おしい。

ちょっと興味深いなと思ったのは参平さんが常に妻・おつうを意識している所。参平さんは彼女に恥ずかしくない行いはしまいと思って生活している。
これってアメリカの「常に神は見ている」精神にすごく似ている。人の目はもちろん誰だって気にする。でもアメリカ人は誰も見ていなくても神が見ているからという意識はすごく大きいらしい。別に宗教に限らず、何かに恥じない生き方というのは一つの理想かもしれない。窮屈とも言えるかもしれないけれど。

こうの史代といえば夕凪の街 桜の国やこの世界の片隅にという名作のイメージが強いと思う。でもやっぱり何度も読み返して楽しい気分になれるさんさん録のような作品だってすごくいい。
本当にこんな老後を送りたいと思わせてくれた。まだ私はそんな年じゃないけど、羨ましいなぁ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-10-25 00:37:33] [修正:2011-10-25 00:38:14] [このレビューのURL]

ごく普通の男の子がコスチュームを着てヒーローになろうとするとこんな凄惨なことになってしまうのね。

いやー、本当に血みどろ。バイオレンス。
内臓とかそういうのはないからそこまでグロくはないけどなかなかにえぐい。アメリカは日本よりかなり表現規制が厳しいんじゃなかったかな?よくパス出来たなぁと思いつつ読めるのはありがたいです。

私達が生きる現代の世の中、コミックオタクの少年デイヴはこう思った。”これだけヒーローコミックがあふれているのに、なぜ誰一人本当にヒーローを目指そうとしないんだ?”
何となく分からなくもない気もする。そう思うだけならね。
しかしこのデイヴの一味違う所は、いくら現実に不満で、現実と向き合いたくなかったとしても、本当にヒーローになろうとしてしまう所だ・・・そう、キック・アスに!

デイヴに超人的な力なんてない。というかコミックオタクでスポーツをしているわけでもない彼のことだから恐らく平均的な高校生より運動能力は低いだろう。コスチュームだってブルース・ウェインのように金持ちではないからウェットスーツに自作の改造を施しただけのものだ。
そんなデイヴが街の自警団として不良やマフィアに立ち向かった時にどうなるのか、そして彼は殺し屋少女ヒット・ガールに出会って何に巻き込まれていくのか・・・という物語。

最高に刺激的で、素直に楽しめる作品。最初から最後まで興奮しっぱなしですよ。
アメコミは作家の思想性が強く出てて、しかも文字数が多いから比較的日本の漫画に比べて読むのに時間がかかる作品が多い。でもこのキック・アスはエンタメ性が強くてすごく読みやすい上に、それでいてマーク・ミラーの工夫だったり新しいヒーローものの形の模索というのは上手く表現されているからもう脱帽するしかない。さすがは現代アメコミ界希代のヒットメーカー。
そもそも冒頭から話にすごく引付けられる上にその後の展開もおもしろいんだよなぁ。やっぱり先が読めないって大事だよ。すごく楽しいしわくわくする。ヒットガール登場あたりからはもう一気にぐわぁぁーーとね。

普段あまりアメコミを読まない方にも自信を持っておすすめできる作品。
上に書いたように非常に読みやすい上に、わりと日本の漫画に近いと思うから。美少女(幼女か?)が悪人を銃や剣で殺戮するというのもそこはかとなく日本的だよなぁ。ということでヒットガールはもちろん私のお気に入り。何とも可愛くて、凄惨で、悲しきヒーロー。

しかし何気にオタクに対して相当手厳しい気がする。デイヴは結局強くなるわけでもないし、大きく成長した様子は見せない。オタクはずっとオタクで、ヒーローはずっとヒーローだ。それは当たり前だけど、何となくさびしい。

ちなみにマーク・ミラーはキック・アス2を描いているらしいです。映画の続編も決まったことだし、その公開と併せて邦訳が出てくれることを切に期待します。
ヒットガールは出るのか?、レッドミストはどうするのか?、わくわくは尽きない。

【追記】
書き忘れてたけど、映画も傑作。同じ素材でも調理によってここまで違う料理になるのかと。セットで読むとよりおもしろいのでおすすめです。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-10-01 01:59:52] [修正:2011-10-09 16:09:09] [このレビューのURL]

読んでない人は人生を損してる、なんて本気で思う唯一の作品。

とりあえず代表的な作品を一つ挙げろと言われた時に、アメリカ映画ならショーシャンクの空に、アメリカ文学ならグレート・ギャツビーを挙げる人が多いと思う(違ったら申し訳ない)。ではアメリカン・コミックなら?…間違いなくこのWATCHMENだ。

アメコミを変革し、それ以降もアメコミ史上最高傑作の地位は揺るがない。
というかもはやアメコミの中で、なんて枠を飛び越えて漫画や映画、小説などの表現媒体を超えて評価できる限られた作品とすら思えるし、実際そのことは色んな賞や人の感想が証明していて今さら言う必要もないことかもしれない。

「だれが見張りを見張るのか?」

アラン・ムーアが、現実社会にヒーローがいたらどうなるのか?、という単純な疑問を偏執的なほどに膨らませた結果WATCHMENは生まれた。

この作品では一人を除いてヒーローもまた普通の人間に過ぎない。かつては人気だったヒーロー達だが、1977年に制定されたキーン条例によって政府から認められた者以外の自警活動は禁止される。ヒーローのおかげでアメリカはベトナム戦争に勝利した。唯一超常的な力と頭脳を持つDR.マンハッタンはアメリカの軍事力であり他国への抑止力となっている。
ここはムーアが妄想したヒーロー達が実在する世界。冒頭でヒーローの一人、コメディアンが殺される場面からこの物語は始まる。このコスチュームを着たヒーローが変態扱いされる時代に(実際いたとしてもそうなるよ笑)、現役もしくは元ヒーロー達は何を思い、何を見つけ、どこへ至るのか。

理想の漫画とは何だろう?
私は何度読んでも飽きが来ない、おもしろさが薄れない漫画だと思う。WATCHMENはその理想に限りなく近い。私はこの作品がどんなことを描いているかを書くことができない。何をどれほど描いていると言っても、それ自体は正しいかもしれないがそれでこの作品を完全に表すことはできないように思える。惹きつけられる金鉱がたくさんあって、掘り尽くしたと思ってもまだまだ次が待ち構えているとでも言えば分かってもらえるだろうか。
それほど重層的な作品かつ情報量が膨大なので読むたびに新しい発見がある。ダブルミーニングやトリプルミーニングなんて当たり前、背景の壁の落書きや各章の間に挟まれた作中での新聞記事や評論まで世界の構築に一役買っているほどだから読み進めるのにかつてない時間がかかるし、だからこそ読むその時々によって受け取り方や解釈が違ってくることが珍しくない。それほどWATCHMENは魅力的に”揺れて”、最高の読書体験を味あわせてくれる。

WATCHMENは下手な文学が裸足で逃げ出すほどのストーリー性の高さとムーアの革新的(偏執的とも言う)表現技法が相まって傑出した名作に仕上がった。
私はこの作品なら軽く3日語り続けられる自信がある。それは完璧なのに揺るがないことが何一つないという奇跡的なコミックだからだ。例えばロールシャッハを酒の肴に誰かと飲めたらどんなに楽しいことだろう。
ここに色んな部分について私の解釈を書きたいという強い衝動には駆られるもののそんなことをするとすでに長い文が書き終わらなくなるほどになってしまうし、何よりも誰かの考えに縛られてこの作品を読んで欲しくないのでやめておくことにする。

ムーアはWATCHMENでヒーローを徹底的に解体した結果、ヒーローを救いようのないものにしてしまった。
だからこそ浮かび上がってくる「ヒーローとは?」の答え。
グリーンランタン/グリーンアローでハルはこんなことを言う。「正義とは悪とは何なのか。もはや政府でさえ正しいとはいえない時代だ。」
外に答えを求めることができない以上、自分の倫理観や信念に絶対的に従って行動が出来る人間がヒーローと言えるのかもしれない。例えば”たとえ世界が滅んでも俺は妥協しない”という人間なんてね。しかしその結果独裁者みたいなのができかねないとあってはそれはヒーローなのかな? そういう人間こそが世界を変えることが出来るのだろうけど…。

作中に登場するヒーローの一人のロールシャッハという名前はもちろんインクの染みを見せてその解釈を問うあの精神分析に由来する。WATCHMENはまさにこのように、読む人やその人の状況によって作品やその作中ヒーローへの感想解釈が異なってくるコミックだ。
ナウシカのレビューで、ナウシカが終盤でとった行動に対して是非が分からないという方達がいたと思う。そんな人にこそぜひ読んでいただきたい。そのエッセンスを100倍も濃縮した要素がこの作品にはあるし、どんなに小汚くともロールシャッハとナウシカは本質的には同じ人間だから。もしかするとオジマンディアスさえも。

ヒーローとは何なのか?何が正しくて何が悪いのか?世界の、人間の意味とは? 繰り返される疑問符。読むたびに私の脳はびんびんに活性化される。痛いほどに刺激的な読書体験。この作品に飽きる時なんてくるのだろうか。

もう1回言う。読んでない人は人生を損してる。

【追記】
ウォッチメンは異形の文学作品としての傑作であって、例えば少年漫画の王道として傑作であるスラムダンクとは全く趣が異なります。
膨大な情報量と構成を自分の中で消化する、もしくは消化しようとする作業をページを行きつ戻りつしながら楽しむ作品です。読みにくいのは当然なわけで、漫画は軽く読めるから好き、なんて人は絶対相容れないでしょう。少し値の張る作品なのでそこをしっかりと考えてから購入を決めることをおすすめします。映画に否定的な意見が多いのはこの内容を2時間半に詰め込んだことと映画の読み返せず消化する時間を与えてもらえないという特質ゆえだと思う。原作を読んでからだとかなり印象が違います。
ただし同ページの小説を読むよりはるかに時間がかかる、というか時間をかけて読まないとおもしろさが分からないので決して高くはないはずです。私のようにかけがえのない漫画の一つともなればなおさらね。

しかしレビューを読み直すとあまりにもハードルを上げてしまった気がする。その人にとって本当に楽しめる作品ならそんなのは軽く飛び越えていくからまあいいか。あまりに期待しすぎて…なんて言われたら何も言えないですが。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-09-23 03:40:55] [修正:2011-09-25 00:21:25] [このレビューのURL]

9点 RED

日本ではあまり見られない西部劇(当たり前か…)、復讐譚。ロードムービー的な側面もあるので恐らくアメリカの西部劇なんかに影響を受けたんだろう。そこはかとなく洋画っぽさを感じる作品だ。

村枝賢一入魂の一作というのに相応しい。憎悪、愛、虚無感、嫉妬、友情、様々な感情が読む人の心を抉らずにはいられない。
魅力的なキャラクターがそのハードな物語を中和して、かなり読みやすくしてくれる部分もあるだろう。レッド、イエロー、ホワイト、ゴールド、グレイ、そしてブルー。読んでいて思うのは彼らには確かな色があったということ。レッドが主人公と言えど、それに塗りつぶされることのない一級品の群像劇に仕上がっている。

REDの白眉は復讐劇に村枝賢一なりの答えが示されていることだ。
復讐のために殺した。これは全く同じ論理、正当性で復讐者に跳ね返ってくる。だからこそ途中でオーエンやその妻の話が挟まれ、結果ブルーとのたった32ページに凝縮されたあの戦いがある。復讐者は幸せになり得ない、これを村枝賢一、そして誰よりもレッド自身が知っていた…。

もちろんこれは唯一の回答ではなくて、村枝賢一の答え。
イーストウッドの”許されざる者”と比べてみるとよりおもしろい。あれは許されない罪を犯したものがそれでも生きるなら…という作品なんだけど、極端に言うと開き直って生きるか世を捨てるかのどちらかしかないと示唆している。朝がまたくるからの孝なんて明らかに後者。インディアンを大量殺戮したアメリカは、クリーブランドはどちらを選んだのか…言うまでもないですね。それにしてもイーストウッドかっけぇ!

こういう硬派というか作者の美学を感じさせる作品が私は映画や漫画を問わず大好きだ。漫画では珍しいだけにREDに出会えて本当に良かった。

1つ文句を言いたいのはネイティブ・アメリカンの虐殺問題の扱い方。日本では馴染みのない問題なので取り上げたこと自体はすばらしい。世界史の教師はフロンティアが消えた年代は覚えさせてもその裏に潜む意味を教えはしない。
しかしそれならブルー小隊が凶悪ゆえに彼らを虐殺したなんて捉えられかねない書き方をすべきではなかった。この先住民族の95%が白人に虐殺されている。オーエンのような普通の人が当たり前のように殺し、奴隷扱いしていた時代であったこと、ここにもっとスポットを当てて欲しかった。

そういう意味ではブルー小隊が凶悪である必要はなく、レッドがブルー小隊の面々を殺した理由がその凶悪さでごまかされているのは村枝賢一の甘さが出たと思う。誤解を恐れず言うなら、レッドは善良な普通の人であるオーエンをこそ、スタージェスをこそ殺すべきだった。ブルー小隊が凶悪だから殺すのではなくてあくまで復讐のために殺すのだから。
ブルー小隊が基本的に凶悪な上にあちらから襲い掛かってくるもんだから勧善懲悪、正当防衛に見えかねないんだよなぁ。仇を殺した時に当たり前というかすかっとしてしまう所は大きくマイナスだし、レッドの罪をもっと強調しないと話の筋が通りにくい。ここさえなければ本当に大傑作と言えるのだけど。

点数の1点減とレビューの修正
途中脇道にそれた面があるように感じたのと上に述べた部分で1点減。群像劇ゆえに難しいだろうが、もう少し纏まっていたら間違いなく10点だった。ついでに最初書いたのがかなり前だったので書き直し。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2008-05-03 10:47:57] [修正:2011-09-03 03:57:33] [このレビューのURL]

この漫画を一言で表すと「ハッタリのインフレーション」。

いつからだろう、ハッタリを利かせた方が勝つようになったのは。
幼年編でオーガが地震を自身のパンチで止めたという自負心に始まり、闘技場編の想像の力を刃牙が持ち出したのを経て、花山vsスペックの「まだやるかい?」で個人的には最高潮に達した。

ベルセルクを見れば明らかだが、最高潮に達した後の盛り上げ方は難しい。じゃあハッタリ以外で勝負すればいいじゃんと言うのは多分浅はかで、実際やってしまうと盛り下がるのは目に見えている。もう後には退けないってやつだ。
その結果カマキリを皮切りに迷走が始まってしまった。後はいわゆる色物マンガ的な扱いを受けちゃってるわけで、小学生の時に闘技場編をわくわくしながら読んでいた身とすれば悲しいなぁ。いや、私もネタにしてますけどね。

板垣先生にがんばって原点回帰して欲しいという思いはあるにはあるが、無理だろう。残念ながら。
でもここまで来たら最後まで読みます。 

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-09-01 19:24:25] [修正:2011-09-02 03:25:17] [このレビューのURL]

その名の通り、中央アジアの「若い嫁さん」、「美しい嫁さん」についての話。

1巻と2巻では12歳のカルルクに20歳のアミルが嫁ぎ、絆を深め合っていく話が主に描かれている。年の差や実家とのトラブルなど多少の弊害はありつつも順調に他人から夫婦へとなっていくのは派手じゃないですがほのぼのして良いですね。エマみたいに世間の常識や身分の差を乗り越えて良くも悪くも周りを巻き込む激しい恋愛とは真逆で、あくまでも当時の中央アジアの常識に則した恋愛を意識しているような感じ。
前作と同様恋愛に主軸が置かれてはいますが、エマを読んで疲れた人にはこちらの方をすすめときます。

また中央アジアの文化・風習を紹介してくれる漫画でもあって、皆さんが仰るように森先生の愛に満ち溢れた絵を楽しむことが出来る。刺繍・彫刻・民族料理と、好き好き好きと言うようなもはや引いちゃうくらいのクオリティは見る価値ありです。異なる風習・考えを正確に調べて描くのは難しいと思うのだが、風俗描写は丁寧に調べられており興味深い。説明臭くならないようスミスさんを通しての解説もうまいし、何気に細かい目線や表情まで意図してるところが多いようで何度も読み返せる。

また森さんの、現在の私達の常識で善悪を判断せずに一歩引いて物語を書く姿勢がかなり好印象。父権制度が分かりやすい例だと思いますが、今の私達からすると悪い印象のことでも当時の中央アジアでは当然あります。しかし森薫はそれを自分の、今の価値観で勝手に裁くようなことはしません。作中では当たり前のこととして描かれています。とはいえ私達からするとおかしいだろ、と思ってしまうのは致し方ないのでそこの緩衝材に私達と考えが近い外部の人間であるスミスがなっているのも巧いです。
要するに恋愛の形にしろ、風習や考え方にしろ文化や時代で異なっていても良い悪いの問題ではなくてただ違いがあるだけということなんでしょう。絵だけでなく、このように構成は細部まで驚くほどによく練られているし森さんの愛ゆえかの気遣いがみてとれます。

三巻で気づいた方も多いでしょうが、副題を良く見るとThe Bride’s Storiesとなっています。そう、これはアミル達を中心としつつも様々な乙嫁たちの話になるのだろう。

最後に…パリヤさんが結婚できるのを祈っています。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-06-25 22:59:30] [修正:2011-08-13 23:53:57] [このレビューのURL]

8点 NOiSE

BLAME世界の数千年前と「災厄」の発端が描かれる。BLAMEの前日譚。

これを読めばBLAMEの世界観に対する理解がかなり進む。しかしそれだけじゃない。単体としてもすさまじい。
スピード感にあふれるストーリー展開。ほらほら分かるやつだけ見ろよ、分からないなら見んなと言わんばかりの硬派なSFです。SF好きにしか絶対薦められないけど好きなやつは絶対好き。
相変わらずの巨大建造物のド迫力と退廃的な世界は健在。知らない世界に連れて行かれるような酩酊感に浸れます。
意味が分からないと思われる部分が多いかもしれませんが、大方のストーリーは必死に考えれば分かります。無論分からない所も多いですが。

知的好奇心をびんびんに煽るこの作品、たまりません。もはやSF好きにはBLAMEとセットで聖書です。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-08-08 16:56:20] [修正:2011-08-08 16:58:24] [このレビューのURL]

宮崎駿の漫画史に残るであろう名作ファンタジー。何度も何度も読み返した漫画だが、この作品にはそれだけ深く、多面的な魅力を持っている。

・純粋なファンタジーとしてのおもしろさ
ファンタジーの王道ともいえる世界の謎を解き明かしていく物語。この点でナウシカは他の同ジャンルの漫画のどれよりも傑出している。腐海の意味、人類の成り立ち、謎が新たな謎を呼び、最終的に驚くべき真実にたどり着く。わくわくするしかないでしょう。
魔法的なそういう意味でのファンタジックな世界ではないにしろ世界の仕組みにこれ程興味を惹かれた物語はなかった。うまく構築されているというだけでなく、それが直接宮崎駿の思想を表現するものであることは奇跡的ですらあるように思う。

・独創的な世界観
飛行機、腐海、虫、食べ物、服装など細部に至るまで工夫された宮崎駿の造形物たち。創造力がすごすぎる。精密な絵も相まってナウシカ独特の世界観を創りあげています。美しいものと醜いものが同居するナウシカの世界、気づけば魅力的な物語の中に入り込んでしまう。

・メッセージ性の強さ
映画版のメインテーマだった環境との共生は原作では序盤で軽く触れられるのみに留まる。そもそも映画版での環境が環境の外に人間があるという認識だったのに対し、原作での環境とは私達人間が生命の輪の中に組み込まれたものになっている。腐海やオームの成り立ちも含めた人間の干渉込みでそれもまた環境だよという大きな意味で捉えられている時点で共生という言葉が成立しない。私達もその一部なんだから。
原作でのメインテーマは宮崎駿の思想論・生命論だろうか。連載が長期に渡ったためか途中よく分からない所もあるためラスト付近について考えてみる。

ナウシカは作中の多くの場面で葛藤する。
ナウシカは墓所の主への言葉のように清濁合わせ持つ世界、闇の中に光のある世界を肯定し、墓所の主のような、神聖皇帝のような一つのルールを押し通すようなやり方を否定する。しかしナウシカは彼らを否定するために結局多くの兵士や墓所の主を殺し、自分のルールを押し通してしまう。この矛盾のためにナウシカを嫌う人もいるだろう。しかし考え、葛藤し、矛盾を受け入れながら生きて行く姿勢が大事だと私は思う(ここは銃夢にも共通する所)。
作中でナウシカが唯一の神を否定し、一枚の葉や一匹の虫にも神は宿っているというように多くの価値観を受け入れた生き方が示唆されているのかもしれない。

宮崎駿の生命についての考え方も興味深い。
神聖皇帝は治世の最初は名君だったものの、政治のために利用した神に彼自身が囚われることになる。ただ生きることに意味が見出せなくなり、神によって命に価値を与えられることになってしまうのだ。墓所の主も同様、次世代の清浄さに耐えうる人間のつなぎとしてのみ今の人類に意味を見出している。しかしナウシカはただ生きるというだけで価値があるのだという。例え組み替えられたり、造られた命であっても生きてきたことに意味があり、変化し続けていくのだと。

神や墓所の主のような他者によって自分の命に価値を与えられるのではなく、自分で生きる意味を見出すこと。多くの価値観を受け入れること。言うのは簡単ですが、弱く流されやすい人間にとっては非常に難しいことです。だからこそ強く、全てを受容する優しさを持つナウシカは聖母なのだと思います。

人間の卵をナウシカがどう考えて壊したかということは気になる所。生命と考えてなかったのか、それとも人間が生存するためとはいえ違うものに変質することが生きることと思えなかったのか…。ここらへんは宮崎駿の「生きる」とはどういうことなのかという考えを見れておもしろい。最終的に人間をどう変化させるつもりだったかは明かして欲しかった。音楽と詩を愛するニュータイプの人間の素材に今の人間を使うという感じなのか?…

母神のようなナウシカにはなれずともその生き方に価値を見出すことはできます。最後に少しだけ衣が青くなったジィ達のように少しでも近づくことは出来るはずです。

長くなりましたが、もちろんこれは私の解釈です。読む人によって思う所が異なり、読むたびに新しい発見がある風の谷のナウシカは時の審判に耐え、後に長く残る作品だと思います。
欠点といえば難解、かつマルクス主義や哲学的な知識が散りばめられていて非常に読みにくく、疲れること。また漫画的な演出はいまひとつかもしれない。
紙質とインクの悪さなど違う部分で気になる面もありつつもそれらを補って余りありすぎる魅力がある作品です。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-08-03 02:38:09] [修正:2011-08-04 16:00:02] [このレビューのURL]