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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

 バットマンの息子・ダミアンが登場するこのバットマン・アンド・サン。本編に加え、ダミアンの元ネタである「サン・オブ・デーモン」も収録されています。こちらの出来はあまりよろしいのは言えないのだけれども、興味深くはあるし、小プロのサービス精神はありがたい。

 アンディ・キュバートの精緻で見やすいアートとは対照的に、モリソンのライティングはすごく居心地が悪い。シンプルな物語だったWE3とは異なり、モリソンが“癖の強い作家”であることがよく分かった。

 一つには、明確なヴィランが登場しないというのがあって。事件が起こり、それを解決するためにバットマンが調査、最終的に犯人を見つけてやっつけるというバットマンコミックの基本構造、これに全く当てはまらない。
 バットマン・アンド・サンで描かれるのは、母親に殺人術を仕込まれた我がままなクソガキ・ダミアンと、ダミアンの登場によって揺れるバットマンやロビン、そしてアルフレッドの姿だ。父親としてのブルース、ダミアンという実子の登場に不安を覚える養子のティム。親と子を軸にバットマンファミリーの人間関係の軋轢を描く…これは今までになかったおもしろみである気はする。まだこの作品だけでは判断できないのだけれども。

 ダミアンが一端退場した後は、バットマンの衣装を着たモンスター警官の謎を巡る物語に話が移る。中途半端な所で話が切れるので、この作品だけでは(以下略)。そしてまた3人の精霊(警官)が出てきたのは、クリスマスキャロルのあれかな? やっぱりアメリカではメジャーな題材なのかもしれない。
 さらに最終章はダミアンがバットマンになっている未来の物語。この作品(以下略)。

 どんなシリーズものでもTPB単位では一端ある程度話を区切ってくれるのが一般的だと思うのだけれども。バットマン・アンド・サンは全体の一部分にすぎない趣き。消化不良感が尋常じゃない。
 この作品だけでは全く評価のしようがないよなぁ。今までに見たことのないバットマンコミックのスタイルであることは確かなので、この先どんどん盛り上がっていくことは期待してます。ゆえに、今の所なかなかおすすめしにくい気もしないでもない。

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[投稿:2012-04-13 00:52:29] [修正:2012-04-13 00:52:29] [このレビューのURL]

 高橋葉介といえば、怪奇幻想系の作家として有名な御方。なかなか触れる機会がなかったのだけれど、夜姫さまの新装版刊行を機に手に取ってみた。

 内容は、10人の暗黒お姫様による幻想譚。まるで絵巻物のような妖しく奇妙な話が綴られていく。

 本当に高橋葉介の絵と物語は素晴らしい。夜姫さまにおいて描かれるのは、粋を尽くした妖美・妖艶だ。文字通り、妖(あやかし)の美しさであり艶めかしさだ。やばいと分かっていても逃れられない魔の魅力だ。気付いたら読んでいる私まで深淵に吸い込まれているように、目が離せなかった。
 いやぁ、すごいよな。だって生首は確かに盗みたくなるほど美しいし、内臓は本当に美味しそうだもん。それを為さしめているのは断じて猟奇趣味などではなくて、高橋葉介の絵の魔力なのだ。

 特に個人的に惹かれたのは「猫姫さま」「闇姫さま」。「闇姫さま」なんて親にも友人にも虐げられている女の子の話なんだけどね。エログロで、ロリで、残酷で、でもやっぱり何とも素敵で美しい。これを素敵と感じちゃう辺りが物語を読む人間の残虐な業だな、と思いつつもおもしろいのだからしょうがない。
 また「夜姫さま」は小女性を描いた作品として、高野文子の「田辺のつる」を引き合いに出したくなるくらい素晴らしかった。やっぱり老いても永遠に女の子なんだなぁ。高橋葉介の筆致だと最後がほぼホラーになっちゃっているのだけれど、引き出しの広さがよく分かった。

 漫画では怪奇幻想系の気に入っている描き手があまりいなかったので、今さらながら出会えて本当に良かったと思う。次に手を出すとしたらやはり夢幻紳士だろうか。夢野久作や乱歩が好きな人などは特におすすめ。

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[投稿:2012-04-10 01:44:27] [修正:2012-04-10 01:51:12] [このレビューのURL]

 変な作品だし変な作家だよなぁ、とつくづく思う。水木しげるやいましろたかしを思い起こさせる絵柄に星真一や藤子・F・不二雄を髣髴とさせる読み心地。そのような作風は生まれてくる時代を間違ったような気もするけれど、その一方で少し新しい感じもして、しかし島田虎之介のようにレトロモダンとまでは言い切れない。

 この作品は、そんな異才・笠辺哲のデビュー作である短編集。本当に変で、そして本当におもしろい。短編好きの私としても、たまらない作品だった。
 
 事故って船ごとアパートに突っ込んできた宇宙人とそこに居合わせた子ども、未来予知装置を開発した博士と実験台になった記者、タイムトンネルになっているロッカーを使って未来過去貿易する男たち、というようなSFチックなお話を中心に、少しずれた現代のお話まで多彩な物語が収録されている。
 紹介してみようと書き出して困ったのは、簡潔なストーリーを見ても全くこの作品のおもしろさが伝わらないってことで。だから買って読め!…ではあんまりなのでもう少し頑張ってみる。

 「まっ、色々と教訓がありそうだけど、よくわかんない話だね」

 この短編集に対する印象を上手く表している作中の台詞だ。ほとんど漫画の中には、その作家の主張なり価値観なりが透けて見えてくる。しかし笠辺哲の作品には全くそんなものは感じられない。
 要はこの人、とことんおもしろい漫画を作ろうとしているわけで。少しだけグロくて、少しだけコミカルで、少しだけSFで、そしてひたすらにブラックで先の読めない漫画。そんな漫画は最高におもしろいでしょ? ある意味で笠辺哲は広い漫画界でも最上級のエンターテイナーだ。だってこんなに純粋におもしろい漫画を作ろうとしている人はいないもん。

 どの短編も悪趣味で、ひたすらにくだらなくて。でも笠辺哲の飄々とした雰囲気にくるまれると、それこそがおもしろいし中毒になっちゃうんだよなぁ。
 というか、エログロとか悪趣味とかくだらなさとか、そういうものがやっぱりエンタメの一つの本質なんだろうと思う。それをここまで実感させてくれる漫画家はなかなかいないし、だからこそ笠辺哲は本物なのだ。

 短編好きにはもちろん、漫画をとにかく楽しみたい人はぜひ。かなり広く受け入れられる素地はあると思うのだけれど、そんなに売れてなさそうなのはやっぱり変な漫画家ゆえか。手に取ってみれば後悔はしないはず。

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[投稿:2012-04-04 23:09:21] [修正:2012-04-04 23:11:03] [このレビューのURL]

 京都のとある路地にある、若い芸術家たちが集う長屋を舞台にしたオムニバス形式の恋愛もの。

 good!アフタヌーンで恋愛ものをやるってのがまず珍しいなと思うわけで。アフタ系列は基本的に読者は男性を想定しているだろうし、男向けのラブストーリーを描く作家がそもそも少ないので当然ではあるのだけれども。何故少ないのかというと、女性に比べると男は恋愛関係のどろどろが苦手、というのが恐らくあって。だってさ、多分そのどろどろこそがおもしろみなのに、それがひたする面倒くさいだもん。
 決して恋愛ものが苦手なのではなくて、恋愛漫画にありがちなどろどろが苦手なんだよなぁ。そんな私だから、高浜寛の凪渡りやくらもちふさこの天然コケッコー、など恋愛ものとしては多くの少女漫画とは一線を画したものを好んできた。映画や小説だとそんなことはないし、漫画にももっとアダルトな恋愛ものが多くても良いよなぁなんて思っていたりもして。

 路地恋花はgood!アフタヌーンで連載していることからも分かるように、私のようにどろどろな恋愛ものが苦手な方でも問題なく読める。というのも、基本的にこの漫画では恋する側と恋される側の2人しか登場しない。多分恋愛もののどろどろな煩雑さというのは、恋愛に付随してくる人間関係の面倒くささだ。そういう面倒くささがないだけで、こんなにさっくりと読みやすくなるのか!というのは中々新鮮な驚きだった。

 この漫画が読みやすい、というのはそれだけではなくて。何というか、恋愛をした時に直面する自らの内面のどろどろとかね、そういう読み手が引きずられてダウナーな気分になりかねない感情は全く描かれない。みんな基本的に幸せに生きてるし、それなりに成功してもいる。何気にここまで悪い意味でなく、一貫してライトに恋愛を描くという発想はあんまりなかったと思う。
 そういうどろどろに比重を置かない代わりに、長屋暮らしの芸術家達の技術や生活は丁寧に描かれるし、所々ユーモアを挟みつつも一ひねりした物語が綴られていく。京都のふんわりとした雰囲気は魅力的だし、絵もそつがなくて読みやすい。

 めちゃくちゃ良い!と絶賛するつもりはないのだけれど、それは別に作者自身も望んでないんじゃないかな。心を強く揺さぶることは決してないけれど、マイナスの感情を抱かせることも決してなくて、ひたすらに軽くて軽くて少しだけ温かい読み心地。そういう漫画を麻生みことは描きたいのだろうし、その試みは確実に成功している。そしてそんな漫画は実は決して多くはないのだ。
 
 良い意味で時間をつぶしたいと思った時や疲れている時におすすめしたい漫画。プラスにもマイナスにも心を揺さぶられたくない時ってけっこうあるもんだし、需要は少なくないと思う。ただし、そのライトさと引き換えに一度読めば満足しちゃう感じはあるのだけれど…そういう漫画です。

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[投稿:2012-04-01 01:01:31] [修正:2012-04-01 01:01:31] [このレビューのURL]

 現在の科学技術は既に失われ、すでにロストテクノロジーとして発掘・利用されるようになった未来。地球は魔物や獣人などが跳梁跋扈する世界に成り果てていた。そんな世の中で、美人で無口で冷静で超強い武器商人に命を救われた少年ソーナが活躍するダークファンタジーということで。

 そういうファンタジーの世界観だけで見ると、全く目新しくない。ただ見せ方はかなりおもしろくて。
 武器商人はテンガロンハットを被り、馬車で移動する。馬車の上で撃ちあって、ナイフ投げ合って、でも馬はゾンビなんだよね。要はこれ、ファンタジーなんだけど、ロードムービー風味の西部劇なのだ。多分こういうファンタジーはあんまりなかった。

 武器商人のガラミィはソーナと共に街を巡る。彼らが目にするのは人間の暗部だ。街から街を巡るロードムービー。どんな街にたどり着いても、ソーナに見える世界はどうしようもなく腐っている。そして幻想文学に材をとった異形のものたちがいくら登場しても、何よりどうしようもないのは人間なのだ。
 そういう腐った世界で、唯一よりどころになるのが“契約”であるというのも上手く機能している。上でガラミィはソーナの命を救った、と書いたが、正確にはソーナは金で刀を買い、母親(の幻影)を斬ることで生きることを選ぶ。もう初っ端からこの漫画は、子どもに子どもであることを許さないし、人間が一人で立たないことを許さない。ここらへんはかなりえぐいし、その後を追っていってもやっぱりこの漫画はえぐい。奴隷市場のくだりなんか特に。

 でも怖いのも、弱いのも、そして時に強いのも、優しいのもやっぱり人間であって。そういう人間が描かれるからおもしろいし、それこそがダークファンタジーの肝なんだろう。久々に良質なダークファンタジー成分を補給できて満足した。

 ただその一方で、やはりこの手の漫画はベルセルクで描きつくされてるのかな、と改めて思わないでもなくて。多分私がダークファンタジーに求めてるのは、とにかく心を抉って欲しいってことなのだけれども。心を抉るってことは要は漫画の境界をどうにか踏み越えてほしいということで、その点でベルセルクの黄金時代編に及ぶものはないだろう。
 牙の旅商人は絵も語り口も格好良すぎて、そういう意味では抉る直前で上滑りしてしまった。私がこの漫画に期待しているのは、ヘルシング的な格好良さじゃないんだよなぁ。ただそんな格好良さが色んな所から材を採りすぎてぶれぶれな世界観をどうにかごまかしてんじゃないかというのはあって。その一方で、ロードムービーとしては世界がぶれまくってくれた方が楽しいなぁと思ったりして。

 そんな疑問もありつつ、ファンタジー好きにも、ちょっと甘いファンタジーは苦手かなという人にも十分おすすめできる漫画だった。おすすめ。

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[投稿:2012-03-31 00:36:13] [修正:2012-03-31 01:02:52] [このレビューのURL]

 ディケンズのクリスマスキャロルをモチーフにしたということで、他のバットマンものとはかなり趣が違う。実はジェフ・ローブもハロウィンスペシャルで同様のことをやっているので、アメリカではわりとメジャーな手法ではあるのかもしれない。

 クリスマスキャロルといえば超有名な古典なので、大体の方が大まかなストーリーは知っていると思う。傲慢、冷酷、強欲、愛や慈悲に欠けた男スクルージの前に、過去現在未来の3人の精霊が現れ、改心したスクルージは自分と未来を変えようと決意するのであった…。というあれです。
 私も子どもの頃に読んだことはあって、ただけっこう前のことなので内容は忘れかけていたのだけれども。ノエルを読めば読むほどにああ、こんな話だったな、と思い出していった。要はモチーフというか、基本プロットはほぼクリスマスキャロルそのままってことで。

 読んでいて巧いな!って思ったのは過去の精霊であるキャットウーマンの章。バットマンオリジナルコミックを読んだ人は分かると思うのだけれど、ミラーのDKRがバットマンを変えたというのは決して大げさな言葉じゃなくて。ペンギンが傘で空を飛んでたり、スーパーマンがヘリに吊るされて滝にうたれたりという時代があったわけです。そしてそのオリジナルコミックの中には確かにキャットウーマンとバットマンが仲良く追いかけっこしていた話もあった。マスク以外の服と武器をとりあげ、バットマンを猛獣に追いかけさせるという衝撃の話が。
 「昔は違った。昔のあなたはこうじゃなかった。」…ゴールデンエイジへの郷愁と現在の重苦しいバットマンコミックへの複雑な気持ちを感じさせる、なかなかにぐっとくるお話だった。

 ただ現在と未来の章に関しては、うーむ…。
 ベルメホの、色んなバットマンコミックがあって良いと言う言葉にはもろ手を挙げて賛成するし。クリスマスキャロルを意識してか、バットマンやゴードン、アルフレッドといったキャラクターのイメージがかなり他作品と乖離しちゃってるのも構わない。ただし、そうであるべき確たる理由が感じられればってことで。個人的にはあまりクリスマスキャロルにバットマンをそのまま当てはめる意図を読み取れなかった。ゴッサムという街であっても、ボブやブルースでさえも幸せになりうるのかもしれない。しかし違和感のせいかバットマンのお話としてすっと心に入ってこない。
 
 ベルメホのアートには全く文句のつけようがない。この人のペイントは、写実的でありながらも、陰影のつけ方や光の取り入れ方絶妙で、何とも言えない魅力的な雰囲気を醸し出す。絵が濃いので多少好みは別れるかもしれないけれど、本当に素晴らしい。

 多少疑問に思う点もあるけれども、バットマンの可能性を感じさせる良作だった。値段もアメコミにしては控えめなので興味がある人はぜひ。

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[投稿:2012-03-27 18:59:15] [修正:2012-03-27 18:59:15] [このレビューのURL]

 岩岡ヒサエは土星マンションが初めてだったのだけれど、これは好きだった。
 完結後に一気読みしちゃって、連載中にゆっくり読んでいきたかったなぁとちょっと後悔したりして。本当はもっとかみ締めるように読んだ方が良いような、そんな作品。

 人々は地球に住むことを許されず、地球を囲う上中下層に分かたれたリングシステムで暮らすようになっていた。リングの下層住民ミツは、事故で亡くなった父親と同じく、リングの窓拭きとして働くようになって…。

 いわゆるラリー・ニーヴンのリングワールドの世界。一応SFということにはなるのだけれど、土星マンションで描かれるのはあくまでリングに生きる人々だ。隣家の住人、窓拭きの組合の仲間たち、ミツが依頼を受ける上層の住人たち…ミツの世界は少しずつ広がっていく。

 優しいSF人情劇。みんなまっすぐなんだよなぁ。捻くれた真でさえも、まっすぐに捻くれていて。また数少ない悪人(この言い方もしたくないけど)にだって、感じるのは嫌悪ではなく人間の業に対する痛々しさだ。良いお話が良いお話としてすっと入ってくる素晴らしさを存分に味わった。
 岩岡ヒサエが描くリングで囲まれた世界にはブレがない。多分この人、自分の頭の中には確実にその世界が存在しているのだ。それを覗いて絵にしているんじゃないか、とさえ思ったりして。またフリーハンドで構築された世界は物語に対して感じる印象と同じく、素朴で優しい。絵と物語がぴったりと調和している。

 そんなユートピアのような世界でも、時は動いていく。窓拭きを辞める人もいれば、新しく入ってくる人もいる。永遠じゃないからこそ、よりこの世界とここに住む人々が愛おしかった。
 土星マンションで一貫して描かれ続けるのは、人のつながりの大切さだ。ミツを通してつながってつながってつながった絆は、ラストに結集される。仁さんだけではなく、みんなが叫んでいるのだ。
 
 「どこにいたって、一人きりになんてさせねーからな。」

 シンプルで、でも人が忘れやすいもの。それが素直に心に染み入ってくるのは良い作品ですよ。リングシステムであっても、確かに人間は生きていた。SF好きにもそうじゃない人にも、おすすめ。

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[投稿:2012-03-27 18:58:29] [修正:2012-03-27 18:58:29] [このレビューのURL]

 役者を目指していた主人公が、甘い話に騙され多額の借金を負うことに。彼が高利貸しに紹介されたバイトは死体を運ぶ「運送屋」だった…。

 真鍋昌平といえば「ウシジマくん」の漫画家さん。スマグラーはデビュー作らしいのだけど、映画化を機に新装版が刊行されたということで。
 もちろんデビュー作なので、現在と比べると絵も話も少し粗い部分も正直あって。でも真鍋作品の陰鬱さとそういう粗さの相性は決して悪くはなかった。そしてウシジマくんと根底に流れるものはやはり同じように思える。

 ウシジマくんを読んだ人なら分かると思うのだけれど、この人の作品は本当に陰鬱。拷問シーンのようなエグい場面や人間のどうしようもなさをこれ程までかとぶち込んでくるので、読んでいるとどうしても落ち込まざるをえない。
 エログロナンセンスとかそういう良い意味での悪趣味ではないんだよなぁ。ただただ糞ったれな人生を生きている糞ったれな奴らの姿を見せられて。それが面白いのかというと、正直分からない。でもスマグラーを読んでいて目が離せないのは、確実にその糞ったれな奴らと自分につながる部分があるからだ。下手をすれば自分だってこんな糞ったれな人生に転落しうるというリアリティがあるからだ。だからこそ他の漫画にはない生々しい嫌悪感を感じてしまう。

 香港マフィアや日本のヤクザはいかにも…って感じなんだけどね。極め付きに中国の殺し屋二人組みまで登場しちゃう。ここらへんザ・漫画なのだけど、それでも独特の雰囲気を醸し出していて決してリアリティは失われない。ウシジマくんにも共通する変なバランス感覚は相変らずだなと思ったりして、なかなかおもしろかった。

 真鍋昌平が描く人間は本当にどうしようもないのだけど、どうしようもないだけでは終わっていない。どうしようもないなりにどう生きるのか…この人の人間へのまなざしは決して虚無的ではないし、結末にも作者のそういう部分は表れていたように思う。
 ただそんな物悲しいハッピーエンドもあまりに生々し過ぎる嫌な空気を払拭できたかというとそうではなくて。これを刺激と捉えられる人にはたまらない作品なのかもしれないけれど、あまりに生々し過ぎて個人的には難しかった。ただ同時に作者は刺激とは感じて欲しくないんだろうな、とも思った。悪趣味なだけという作品では絶対ないので興味がある人は一読をおすすめ。

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[投稿:2012-03-10 00:27:57] [修正:2012-03-10 00:28:57] [このレビューのURL]

 中村明日美子は今でこそ少女漫画やらサスペンスやら果ては相撲まで幅広く描いているのだけれど、元々はBLで有名な作家だった人。彼女の少女漫画、そして一般向けの初の単行本がこの片恋の日記少女になる。
 しかし少女漫画の定義が曖昧なのは置いておいても、一般的に言う少女漫画とはかなりずれているなぁと思うわけで。これは多分生粋の少女漫画家には描けない。

 何かもう目の付け所と話の展開が絶対的に違うなと。ゲイもの、ロリ、出会い系、シスコン…など表だけ見てもそうだし、端々にも普通の少女漫画にはないエグみを感じた。
 よしながふみの対談本で、よしながふみが「BL界というのは今の少年漫画にも少女漫画にも青年漫画にも居場所がない作家が行き着く場所なんです」的なことを言っていたのだけれど、中村明日美子がそこから出てきたというのはすごく納得できる。独特の嗜好って意味でもそうだし、圧倒的に自由な所からしか出てこない才能なのだろう。

 そして中村明日美子のすごさは、そのエグみと短編一つ一つのクオリティの高さが完璧に融合しちゃってる所で。この人の短編は本当におもしろいのだ。長編の延長線上で短編を描く漫画家とは根本的に違い、中村明日美子は短編を短編としてしっかり描ける人。私の短編読みたいなって気持ちを完全に満足させてくれる。

 例えば「父と息子とブリ大根」では、東京でオカマちゃんになった満が家に帰ってくると、息子を訪ねてきた親父が何と部屋の中に。親父は息子がオカマになったとは知らず、女の格好をしている満を息子の彼女と勘違いしてしまう。こんなとんでもない冒頭が、捻りに捻った話に魅せられ、父の憎めないキャラに笑った挙句、最後は“父と息子”の心温まる話に帰結する。
 このように、どの話もかなり突拍子もなくて作者の独特の性的な嗜好も伺える短編なのだけれど、最後にはかなりぐっと心が動いてしまう。本当に構成と語り方が素晴らしい。特にお気に入りは「父と息子…」、「とりかへばやで出会いましょう」あたり。ただどれも珠玉と言ってよいくらいのクオリティ。

 また絵も達者だよなぁ。綺麗で見やすい絵を描けるのはもちろん、デフォ絵も上手いのだけれども、それだけではなくて。例えば前述のオカマは美人なのに、あくまで美人なオカマなのだ。また「娘の年ごろの娘」なんてロリっぽいとかじゃなくて見事なまでにロリ。ここらへんは絵が達者すぎてちょっとやばい匂いがするくらいに。

 中村明日美子は本当に短編好きにはたまらない作家ですよ。「曲がり角のボクら」、「鉄道少女漫画少女」とそれぞれ違った味で楽しめる。特にこの作品はエグみが強いので、少女漫画好きな方だとかなり新鮮な気持ちで読めると思う。おすすめです。

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[投稿:2012-03-08 00:38:21] [修正:2012-03-08 00:38:21] [このレビューのURL]

 フェローズの企画ものを中心に、福島聡との共作やら普通の読みきりやら森薫のここ10年弱ほどの短編が収められています。まあ短編は6割ほどで残りはイラストやらサイン会ペーパーなどの諸々。とは言ってもおまけであろうここらへんにも気合入りまくりなので見応えは相当なもの。裏の第何刷とか書いてる所にイラスト載ってるのはこの人の作品くらいだと思う笑。

 森薫という漫画家さんはそもそもフェティシズム色の強い作家なわけですが、短編ともなると物語性が少なくなる分、森薫のフェティシズムがより抽出された内容になっています。相も変わらず、(悪い意味ではなく)強烈に自身の性癖を押し付けてくるもんだから、こちらも有耶無耶のうちに首肯してしまうというか。こちらが好きって言うまでしつこく「好き?好きでしょ?好きだよね?」と聞かれ続ける感じというか。
 十八番のメイドものはもちろん、水着、眼鏡、バニー、ぶかぶかの制服…などなどそのテーマも多彩。ここらへんは個人の嗜好によって好きなのはかなり変わってくると思う。私が特に好きなのは「昔買った水着」と「見えるようになったこと」あたり。水着と畳にはやられました。後者は森薫の貴重な現代もの。

 またこの作品集を読んでて感じたのは本当に上品だなってことで。これだけ押し付けがましくて強烈なパワーなのに、上品なフェティシズム。これは最近BL系出身の作家にも感じることだけど、森薫は他と隔絶してると思う。もはや気品が漂っちゃってるあたりがすごい。女性ゆえなのかとも思ったけれど、岡本倫あたりを考えてもそれだけではないんだろう。変だけど、やっぱりすごい人だ。

 サイン会ペーパーやらイラストやらも読んでて楽しいです。正直コルセットや暖炉なんか微塵も興味はないんですよ。でもこれだけ愛に溢れてれば、魅力的に見えてきて困ったもの。本当に“好きこそものの上手なれ”を地でいく人だなぁと。またペーパーの後書きネタは爆笑しました。まあぶっちゃけこの作品集も後書きの方が…っていうのは多分嘘。

 ということで森薫の魅力を存分に堪能させてもらいました。森薫好きなら買って損はないです。短編以外もおもしろいので迷ってる方はぜひぜひ。
 後シャーリーの新しい短編が収録されてないってことは2巻が出るってことですよね?期待して良いんですよね森先生? 楽しみに待たせて頂きます!

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[投稿:2012-02-28 23:57:03] [修正:2012-02-29 23:53:39] [このレビューのURL]