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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

 「難波鉦異本」のもりもと崇が描く江戸を舞台とした愛すべき人々の短編集。

 この人の描く人々は心底江戸に生きている感じがする。江戸を別に詳しく知るわけもない私から見ても、もりもと崇がめちゃくちゃ時代考証に気合を入れていることや資料を調べまくっていることは伝わってくる。というのもやはり漫画ってのは小説と違ってごまかせないからだ。家や町並みから小物まで、小説だったら分からなくても描写しなかったら済むところも漫画だったらそうはいかない。もりもと崇にしろ杉浦日向子にしろ仕事の域を超えて江戸を愛してなきゃ出来ないよなぁ、こんな大変なこと…。だからこそこの人たちが描く江戸の臨場感や人々の活気は他とは桁が違うのだと思う。

 もりもと崇の絵は上手いとはちょっと言い難い気もする一方、ほのかな色気と思い切りの良い線には艶があって読んでいて気持ちがいい。遊郭を舞台としていた「難波鉦異本」同様、この短編集でもけっこうエロくてグロい場面が少なくないのに、そんな絵もあってかあんまり気にならない。むしろ何か微笑ましいと言ったら誤解されてしまいそうだけれど、どことなく人情味があって楽しいのだ。

 そしてまたお話作りが上手いんだよなぁ。ひどい扱いに憤った女郎達のちょっとした反抗が思わぬ盛り上がりにつながったり、スカトロエモンに悩む妾が骸芸人に弟子入りしたり、カタすぎて師匠に閉口される侍が少女に連れられてエロスポットを巡ったり…。なかなか江戸時代ものと聞いて想像もつかないような捻りの効いたストーリーが、偏執的なほどの時代考証の上に乗っかって語られていく。伝わってくるのは江戸の人々の食えなさであり、活気であり、意地だ。つまり最高におもしろい。

 表題作ののっぺら女房なんてまあ何とも奇抜な設定なのだけれども、昔話というか江戸時代の小話として全く違和感がないほどに作りこまれていてこの作品集の真骨頂じゃないかと思う。のどかで、毒のあるユーモアと愛があって、男は情けなくて女は強い。
 他にも生きるか死ぬかのシビアな世界に生きる女郎の恋を描いた佐渡太夫の話はとにかく泣けるし、実際の仮名草子を基にしたという水鳥記は心底馬鹿な話でとにかく楽しい。いつの時代の人々も変わらず馬鹿やってんだなぁとにやり。

 ということで煮ても食えない江戸の愛すべき人々を描いたこの短編集、もちろんおすすめ。読んだらきっと江戸が愛おしくなるはず。しかし今もりもと崇は漫画描いてるのかな…。これだけ素晴らしい作品描ける人なのでまたどこかで連載されることを期待してます。

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[投稿:2012-09-06 22:37:50] [修正:2012-09-06 22:37:50] [このレビューのURL]

9点 百物語

 久々に最近寝る前にこの百物語を読み返していたのだけれども、いやぁ止まらない。とりたててインパクトのあるわけではなくて、ただそこにあって身体の中を通り抜けていく怪奇。あと一話あと一話と思いながら、ついつい眠さに耐えられなくなるまで読み続けてしまった。

 百物語は杉浦日向子が紡いだ九十九の掌編からなる江戸怪奇集。当時の色んな百物語から杉浦日向子が選び抜き、仕立て直したとびっきりの江戸の不思議なお話が行灯の光にのせて語られていく。

 杉浦日向子の作品に総じて感じることだけれども、この人の想定読者って現代に生きる私達ではないのではないかと時に思ったりもする。何というか、言葉等が私達にも理解できるよう翻訳されている一方で、物語の感覚は江戸にあったものそのままなんじゃないかと。そのくらいの江戸への没入感。
 だからこそ、その異質さに戸惑ったりもする。例えば「ゑひもせす」では忠臣蔵の物語に打ちのめされながらも、個人的にはその世界には未だ馴染めていなかったりするわけで。でもこの百物語は一度慣れてしまえば、本当に江戸へとトリップできる。自分の感覚が江戸のそれになってしまったかのように思える。

 江戸の感覚、というのは常に怪奇が隣にあったということだ。死んだ父に出会っても、人魚や天狗を垣間見ても、それらは当然のようにそこに存在する。相当に奇妙な話にも関わらず、本当にあったかのように語られるのではなくて、本当にあったものとして語られる。他愛のないものも、ぞっとしてしまうものも、ひたすら不思議なものも、突如降りかかってくる災いというわけではなく、ただただそういうものとして人々に馴染んでいる。
 そんなこんなしていると、いつの間にか私自身が江戸の怪異を聞かされ、江戸の人々に出会ったような気がしてくる。聞かされた話を今度は自分が他の人に話してやりたくなってくる。多分そんな風にしてこれらの話も語り継がれて来たのだろう。

 特にお気に入りは「絵の女の話」「他人の顔の話」「長持の中の話」あたり。ただ特に印象に残っていない話でも、それはそれとして同じくらい愛すべき話であるように思う。ただそこにあるだけの話だからこそ。

 今さら私が言うまでもないのだけれど、百日紅と並ぶ杉浦日向子の名作なので読んでない方はぜひ。しかし名作という大仰な言葉はこの作品に似合わないな。怪奇が心を揺さぶるのではなくて、ただただ怪奇が寄り添ってくれる。そんな愛すべき怪奇集。

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[投稿:2012-08-18 00:33:21] [修正:2012-09-06 22:17:08] [このレビューのURL]

 犬のサルヴァトールはとても腕の良い自動車修理工。彼は「小さいやつ」と一緒に必要な部品を必死にかき集め、水陸両用の最先端の車を作る。そして、かつて親の都合で生き別れになったジュリーが住む南米へ赴こうとするのだった…。

 こんな感じのストーリー。しかも表紙のサルヴァトールは実に可愛らしい生き物のように見える。ゆえに、可愛い犬が愛を求めて愉快な冒険の旅に出る…とかそういう物語を想像するのが至極自然だと思うのだけれども。そこはクレシー先生ということで、一筋縄じゃいかない作品に仕上がっている。

 何といっても主人公のサルヴァトールの性格があんまりにも悪い。車を作るためなら泥棒やら騙しやら何でもござれ。パートナーの小さいやつに事あるごとに問題を押し付け、挙句の果てに南米に着いたら邪魔になるからと小さいやつを置き去りにしようとまで画策している。
 またサルヴァトールの裏で進行している二つの別ストーリー。豚のアマンディーヌと子豚たちのお話。そして出産時にアマンディーヌと生き別れになった子豚のフランソワを巡るお話。このアマンディーヌが視力が壊滅的に悪いだけではなくて、思考力の方もド近眼。フランソワを探していく内にすごい勢いでどつぼにはまっていくことに。

 基本的に読者は物語を読む上で主人公に感情移入していくものだと思うのだけれど、それにしてはひどく癖が強すぎるキャラクターたち。下手に感情移入してしまうと、色んな意味で苛々することは請け合いです。
 多分このサルヴァトールという作品を楽しむためには、キャラクターに近づき過ぎてしまっては駄目なのだ。ちょっと一歩引いて彼らを眺めてみる。すると、途端にこの不愉快なやつらの愉快な冒険が楽しくなってくる。

 サルヴァトールの腹黒い様々な試み。アマンディーヌの想像の斜め上を行く愚かさ。時折見せる小さいやつの素敵な笑顔。動物達が暮らす世界なのに、豚の切り身がスーパーに並び、牛は闘牛士に殺される。南米は近づくほどに遠くなっていく。物語は交差しそうで決して交差しない。JAPONでも見られたようなクレシーの実にブラックな文化批評。
 そんな一筋縄ではいかないひねた物語は、クレシーの可愛らしく味わい深い寓話調の絵に乗せて語られていく。時折描かれる活劇もとっても素敵だ。絵と物語はどこまでもアンバランス。というか全てがアンバランス。

 作品との距離感をつかめるようになれば、サルヴァトールを読むのがぐんと楽しくなってくる。約束事が通用しない…というか約束事がどんどん置き換わっていくような世界は実におもしろい。
 だからまだ完結してないとは言っても、個人的には別に完結しなくても構わないなと思ったり。物語が交錯しそうで交錯せず、南米は近づくほどに遠のくのだから、結局ジュリーが登場しなくても良いのかもしれない。完結しそうで完結しなくても納得できるかもしれない。そんなこっちまでひねた気分になってしまうバンド・デシネ。

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[投稿:2012-07-12 22:41:35] [修正:2012-07-12 22:41:35] [このレビューのURL]

 真性死にたがり屋かつマゾヒストの弁護士の元に、彼を好きなゲイのヤクザが姪っ子をつれて訪れる。何やらやばい事情があって姪っ子をかくまってくれということで…。

 なかなかに入り込むのが難しい作品だった。ストーリーがまとまってるとかまとまってないとか、キャククターがしっかり描かれているとか描かれてないとかそういう部分ではなくて、読んでいるこちらの視点が定まらないというかね。うーん…。

 ヤマシタトモコ作品のおもしろみというのは、とにかくキャラウターが立ってるってことに加えて、そのキャラクターたちの絡みでキャラ同士の繊細な関係性、もしくはキャラ同士のぶっとんだ化学反応を見せてくれるということにある。
 死にたがり屋の弁護士や、弁護士に恋するゲイのヤクザ。さらにはそのヤクザに恋する極道筋の社長の息子。とかその他もろもろの濃すぎるほどのキャラクターたちがこの漫画には登場するし、あらすじから想像されるようなけっこうバイオレンスな作風だ。でも自身が後書きで『私にとっての「キャラ萌え漫画」でした。』と語っているように、やっぱりそのおもしろさというのはいつものヤマシタトモコと変わらない。

 でもこのシリアスで暴力的っていうのと、いつものヤマシタトモコのおもしろみというのは著しく食い合わせが悪かったんじゃないかと思うわけで。だってさ、個人的にヤクザがキャラ萌えにつながるというのが今一理解しがたいことは置いておいても、実際かくまわれている姪っ子の父親なんて借金のために殺されてしまってるんだぜ?

 そういうけっこうなハードさがあってのキャラ萌えというのは、私としてはちょっとすんなりとは飲み込みずらいなぁと。シリアスなストーリー展開の中でちょいちょいヤマシタトモコの「萌え」が挿入されるもんだから、どこを見ていいのか分からなくなってくる。
 女子高生に生きる意味を問うおっさん連中なんて構図はこれぞヤマシタトモコなんて素晴らしさなんだけどねぇ。実際部分部分でぐっと来る場面がけっこうあったわけで。ただそれだけに、個人的には惜しい漫画という印象だった。

 結局ヤマシタトモコには核となる作風があって、どんな設定の作品でもそれは変わらないんだろうと思う。羅川真里茂みたいに。そういう意味では器用に作風を変えていく中村明日美子や吉田秋生とは異なるってことで、今作に関しては上手く作風と作品構成がハマらなかった感じ。

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[投稿:2012-06-30 14:01:49] [修正:2012-06-30 14:01:49] [このレビューのURL]

 希代の大ぼら吹き、島田虎之介のデビュー作。
 初めて島田虎之介の作品を読んだ人はその作風に戸惑うかもしれない。泥臭いようでスタイリッシュ。漫画とは思えない独特なテンポで語られるストーリー。変な失調感と共に気付くことになる。これは今まで読んできた漫画とは違うものだ。

 在日米兵が残した「エルドラド」という黄金郷の名を冠したバイク。おならのせいで世界初の宇宙飛行士の座をガガーリンに奪われた男。チェルノブイリから唯一生還した消防士。晩年を迎えて日本に帰ってきたブラジル移民…。
 史実とシマトラが巧みに作り上げた虚構の歴史が、虚虚実実に組み合わされて物語られていく。影響を受けたというヴォネガットさながらの、実に見事な大ぼら。笑ってしまう一歩手前で心が動いてしまう物語の数々はそれだけで見てもおもしろい。

 とにかく慣れるまではめちゃくちゃに読みづらい。少なくとも手塚治虫が言うストーリー漫画ではないと思う。
 映像体験としては、よく言われるように映画的。でも読み心地としては、(まさにヴォネガットのような)海外文学的。長嶋有が「文学と 映画の面白さを漫画で駆使する男」と島田虎之介を評していたけれども、まさにそんな印象。日本の漫画が今までやろうとしてこなかった領域に足を踏み入れている感じがする。

 シマトラが物語るのは、華々しい20世紀の歴史の裏に生きていたはずの人間の話だ。もしかしたらこうなっていたかもしれない、もしくはこうなって欲しかったという20世紀への哀愁と惜別に満ちた偽史だ。そういう物語られなかったものの物語。歴史の裏に潜んだありえたかもしれない歴史や人間の物語。
 そんなものを描こうとしたら本来この10倍のページ数があっても足りないはずで…。それをシマトラをこの1冊の中に詰め込んでしまう。だからこそ一見淡々と語られていくように見えても、その密度と情報量は尋常じゃない。何度も繰り返し読まないとおもしろさは見えてこないし、行間を読むとかいう言葉では伝わらないくらい想像することを強いられる。

 そんな物語の数々がクライマックスでは、美しく一つに収束されていく。決して華々しい生涯を生きたわけではない登場人物たちの物語は死んでもなお、人知れずまた他の人々へつながっていき、また一つ物語られない物語が誕生した所でラスト・ワルツは幕を閉じる。歴史の裏だったはずの物語がありえないほど劇的に救われていき、20世紀の影もまた21世紀に引き継がれていく。とにかくすごい。

 ここで語られる真実は全て嘘だ。分かってもいいし、分からなくてもいい。でもこのシマトラの作品の読み心地は映画でも文学でも、他のどの漫画を読んでも得られないよなぁ。漫画に読み応えを求めている人には、全力でおすすめ。

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[投稿:2012-06-27 00:46:56] [修正:2012-06-30 13:53:24] [このレビューのURL]

 内藤泰弘の劇場版トライガン番外編に加え、Boichi・石黒正数・水上悟志・Ark Performance・竹山祐右・高内優向・相模映らの作品を加えたトライガンアンソロジー(石黒正数はイラストのみ)。
 昨年は映画に加え、完全版の刊行やパチンコにまでなったりして完結後もトライガンの盛り上がりを感じさせた年だった。その残り火と言ったら失礼かもしれないけれど、トライガンファンの私としてはこれは嬉しい。

 漫画好きには著名な作家から、このアンソロジーがデビューという作家まで様々な方が様々な作品を寄せている。作品としての質は高くないというのが正直な所で、設定を借りてきた二次創作の域を過ぎていない。ファン以外が楽しめるかといえば否だろう。
 でもこの手のアンソロジーって多分それで良いのだ。ファン以外が読む必要もないしファンが楽しめればそれでいい。私?…もちろんヴァッシュやウルフウッド、メリル達にもう一度出会えて歓喜でしたよ。

 ただ一つ共通するのはトライガンへの溢れる愛。作品を掲載している漫画家はもちろん、寄せ書きのみの方ももう皆さんトライガンが大好きなんだねと。それが一番大事だよね。
 こんな作品集を出せることからも分かるように、内藤先生自身も愛されているのでしょう。作品から良くも悪くも人柄が透けて見えてくることはあるけれど、内藤先生は人間的に魅力的な感じがするもんなぁ。

 そしてこの弾丸たちを読むと、本編をもれなく読み返したくなるのだった。最高にしびれるアクションと人間賛歌。やっぱりこんな作品は内藤泰弘にしか描けない。本編ともどもしつこく読ませていただきます。
 
 ファンは言うまでもなく必読。そうじゃない方はトライガンを読んでファンになる所から始めよう。ポロリもあるよ?!!。

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[投稿:2012-04-15 21:14:56] [修正:2012-06-15 00:46:01] [このレビューのURL]

 機械のような演奏をすることで知られていた元天才ピアノ少年が、自由奔放な天才美少女ヴァイオリニストに出会う。そしてもう一度演奏家達の世界へ!…というボーイ・ミーツ・ガールもの。

 まあ上手い。超絶上手い。めちゃくちゃ上手い。前作「さよならフットボール」からさらに進化して、新川直司は盛り上げる技術に関してはもう今の漫画界でも随一くらいのレベルに達してんじゃないかくらいに思った次第。
 だってもはやこの人、話を盛り上げるのに大した物語を必要としてないわけで。例えば、かつて主人公・有馬がコンクールに出場していた時に彼の影に隠れていたライバル二人のお話。当時有馬が全く自分達のことを見ていなかったこと…この単純な“思い”だけで、新川直司はいきなり登場した二人の演奏を下手な漫画のクライマックスくらいの勢いで盛り上げてしまえる。しかもたった三話でだぜ? とんでもない。

 ぱらっとページをめくってみるだけで、執拗に過去のフラッシュバックやモノローグが何度も挿入されているし、視点は一人称で進んだりまた複数の視点が同時進行したりところころと変わるのが分かる。そして何よりもすごいのは、それだけ凝りに凝ってかつスピーディーに技術を詰め込んでいるのに至極読みやすいんだよなぁ。だから上がって上がりきったキメの場面ではぞわっと鳥肌がたってしまう。

 また明らかなボーイ・ミーツ・ガールものなのに、少年とヒロインがあんまり恋愛の方に進まなさそうというのはおもしろい所。多分二人は恋愛とは違う所でつながっていくのだろう。「君は君だよ」というヒロインの台詞で救われた少年の思いは分かる。じゃあヒロインの少年への思いは何なのだろう…。
 主人公の過去へのトラウマとか、ヒロインの病気とか、幼馴染との関係性とか鉄板な設定を詰め込んでいる一方で、「四月は君の嘘」という意味深なタイトルや闊達さに似合わずヒロインの謎めいた雰囲気はミステリーとしても中々におもしろくなりそうな気配。だって未だにヒロインが何故こんなに主人公にこだわるのか分からないのだ。読ませるなぁ。

 ただ今の所、まだ技術的には凝りに凝ってる作者が物語の方にその気持ちを傾けられるかはよく分からない。大した物語がなくとも瞬間的には沸騰させてしまえる人だけになおさら不安な気がしないでもなくて。しかし物語が上手く折り重なって、そこに新川直司の技術が乗ってくればどんなにカタルシスが得られるのか…楽しみに待ってます。

追記
・「君は君だよ」の“君”って何だよとか多少意地悪な突っ込みもしたくなる部分も多いのだけれど、そこはあくまで少年漫画だからしょうがないとも思う。
・そういう意味では自分探しものとしてやっぱりモテキのあくまで前向きでしかもはっきりとしたラストは秀逸だったよなぁと今さら。

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[投稿:2012-06-11 00:38:22] [修正:2012-06-15 00:43:59] [このレビューのURL]

6点 BABEL

 全ての情報がビブリオテックという電子図書館に集積・循環される近未来。ビブリオテックは人々の知的創造の場としてなくてはならぬ場であった。しかし、ビブリオテックの電子図書にはパランセプトという原因不明の不具合が表れる。
 主人公・オレッセンはビブリオテックの修復に従事するようになり、かつて父親の“消失”に関わった一つの書物の謎に迫っていくことになって…。

 かつて人々は同じ一つの言語を話していた。人々がバベルの塔という天まで届く塔を建て、神に挑戦しようとしたことが原因で、神は人々に違う言葉を話させるようにした。というのがバベルの塔の大体のあらすじ。
 想像するに、“かつてバラバラになった宇宙の全ての断片(情報)をビブリオテックに集めてしまえば、再び一つであったもの(アカシックレコード?)を復元できるのではないか? それは神へと至る道なのではないか? しかしそれではもう一度神の怒りに触れることにならないか?”…そんな期待と逡巡に満ちた人々のまなざしがこのBABELというタイトルからは感じられる。

 私達は莫大なメッセージを送り続ける一方で、伝えられなかった思いは何処へ行くのだろう。記録されなかった情報の行方は?

 まだまだ1巻は多くの示唆に満ちたプロローグに過ぎないのだけれども、圧倒的におもしろそうな匂いがぷんぷんしているわけで。新しくてなおかつ独創的。SF好きはもちろん、本好きをも惹き付ける神話と現代を上手く融合させた非常に魅力的なストーリーになる予感。
 独創的とは言っても奇想を狙っているのではなくて、重松成美には物語りたくてしょうがないものがあるんだろうと思う。前作は「製本」の物語だったのだけれど、製本から一転して近未来の電子図書を扱うこのBABELにも変わらない気持ちが感じられる。本を読むこと・読み解くことへの強い思い、本に込める心、紙の本への郷愁を。

 テーマや舞台設定からはサイバーパンク寄りになるのかなと思っていたら、ファンタジーの色が強いのには正直面食らった。現実の延長戦上の世界観が強いだけに。
 少しデッサン調で精緻な絵柄なのでファンタジーとの相性も良さそうなのだけれど、この期待感と言うのは紛れもないSFのものなわけで。でも神話とSFを結びつけるのにはかなりの脚本の力が必要とされるだろうなぁとも思うわけで。理論立てたSFになるのか、肌で感じるファンタジーになるのかは分からないけれど、そこらへんの折り合いをどのようにつけていくのかもこれからの楽しみな所。

 と色々書いたけれど、まだ期待感が先行しているというのが正直な所で。でも1巻でここまで期待させてしまえるというのはやはり物語りたいことのある人の強さだよなぁ。後はそれがどんな脚本で、どんな語り口で語られるのか…。イティハーサのように新たな神話が作られるんじゃないかと最高にわくわくしています。

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[投稿:2012-05-31 12:17:49] [修正:2012-05-31 12:19:11] [このレビューのURL]

 ようやくの完結! 後はこの調子で呼出し一の続きもぜひ!

 ビルから飛び降りた謎の女「朱」。彼女とつながりのあった作家・溝呂木は事情聴取のため警察に呼び出される。そんな彼の前に現れたのは朱の双子を名乗る、彼女に瓜二つの女「三木桜」だった…。

 中村明日美子が描くサイコ・サスペンス。とは言っても1巻時点ではあんまりサスペンスやミステリー的な魅力は感じられなくて…。何といっても作品を彩る要素が派手すぎた。
 瓜二つの美少女を巡る謎。初老の渋い作家。罪の匂い。退廃的な愛。中村明日美子は痴人の愛のナオミのような魔性の女、ファムファタールを具現化しようとしているのだと思った。自分のものにするためならどこまで堕ちてしまっても構わないといったような女を。彼女の描く圧倒的な白と黒の魅力にはそれを可能にする力があったわけで、サスペンスなど脇になってしまうくらいウツボラの美少女たちは耽美だった。精神の不均衡を伺わせるような病的な瞳には気付けば吸い込まれてしまっていた。

 しかし完結巻である2巻では一転して、サスペンス性が強くなる。一読では頭の中がこんがらがってしまう複雑なプロット。説明は最低限なので自分で考えていく謎解きの楽しさはもちろん、謎を解いていくことが謎の女や溝呂木たちの素顔を明らかにしていく仕組みなのがおもしろい。
 しかしここで気付いたのは、ファムファタールを描くこととサスペンスとしての物語のおもしろさは決して両立しないということで。魔性の女とは心の内が読めないからこそ魔性なのだ。複雑な謎がどんどん解かれていく内に彼女達は底を見せ始める。耽美は少しずつ薄れていき、魔性の女はただの女に近づいていく。

 そして虚飾が剥かれて剥かれて剥かれた後に残ったもの。それはむき出しの作家の業の深さであり、女の業の深さだった。
 何よりも才能を欲しながらも才能の枯渇に脅えるもの。どんなことをしてでも愛を求めるもの。その二つの業がせめぎあう様にはもう圧倒されるしかなかった。そして遺された二つのものには心を抉られるしかなかった。

 これは作家でありなおかつ女であるからこそ描けたのだろう。しかも一時期にしろ筆を折っていた中村明日美子の影を裏にひしひしと感じないわけにはいかなくて。作るものの落ち込む深淵の深さを一端にでも覗いたように思えて鳥肌がたった。

 復帰後に初めて読んだのがウツボラの2巻なのだけれども、やっぱり中村明日美子はすごい! 文句なしの傑作。もちろんおすすめ。

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[投稿:2012-05-25 23:18:49] [修正:2012-05-26 16:32:55] [このレビューのURL]

 去年より、DCが今までの設定等をリセットして歴史を新たに語りなおそうとしている所というのはアメコミ好きなら周知の通り。そんな大事件の発端となったのが、このジェフ・ジョーンズとアンディ・キュバートというトップ同士のコンビ手がけるフラッシュポイント。まあそこらへんの経緯はあまり詳しくないし、色んな所で詳細に説明されているので省略させてもらうことにして…。

 ある日居眠りから目覚めたフラッシュことバリー・アレン。しかし彼の周りの世界は決定的に変わっていたのだった。元の世界に戻るために、元の世界に戻すために、奮闘するフラッシュを中心としたDC世界改変のきっかけとなったクロスオーバー!…ということで。

 あんまり同意はされないだろうけど、ジェフ・ジョーンズは中村明日美子(特に短編における)に似ていると密かに思っていて。要はどちらも質の高い娯楽を提供してくれる一流の通俗作家ということなのだけれども。話の筋がとにかくおもしろくて、落とすべき所にばっさり落としてくれる。
 さらにジェフジョンのすごみというのは、その仕事のクオリティが本当に安定しているということで。ミラーやムーアのようにジャンルを横断する凄みはないにしても、逆に言えば限られたジャンルの中で最大限の仕事が出来る。

 このフラッシュポイントにしても、うまいこと歴史の改変に繋げていかなければならないわけだから相当ストーリーは制約されているはずなんだよね。しかしジェフ・ジョーンズはそこはあっさりクリアした上で、単体の多元宇宙ものとしてもいい出来に仕上げてしまえる。繰り返しだけれど、話の筋がとにかくおもしろくて、落とすべき所にばっさり落としてくれるのだ。決して新しいことや難しいことをしているわけではないのだけれど、ツボを絶対に外さない。

 とにかくもう「彼」を裏の主人公として登場させたというのがね…。それが全て。これ今まで誰も思いついてなかったのが不思議なくらい素晴らしいアイデアだったわけで、ここから全ての話が動き出す。
 決して叶うはずのなかった願いが叶う、というのは「フィールド・オブ・ドリームス」のようにそれだけで泣ける話ではあって。ただそれをこの多元宇宙の世界を利用して、しかも重要人物にも関わらずこれまでほとんど内面が描かれてこなかったあの人でやっちゃうというのがね…これは泣ける。泣かないわけがない。

 これ、ジェフ・ジョーンズはハルやブルースでもグリーンランタン(特に「Revenge of the Green Lanterns」)において実は似たようなアイデアを使っているのだけれど、語り口と物語の運び方の巧みさのためかあまりそうとは感じなかった。
 読み終わった後に最初の一人語りを読み直してもまたほろっとね。やっぱりジェフジョンは落とし所が最高に上手いなぁ。

 というわけで大満足のクロスオーバーでした。今夏に刊行予定というタイインも今から何が収録されているのかわくわくしてます。月並みだけれど、バットマンやスーパーマンは読みたいなと。

追記
・やはりフラッシュ:リバースくらいは読んでおいた方がよりフラッシュに感情移入できて良かったかも
・アクアマンやワンダーウーマンと違って、スーパーマンやハルは歴史が変化してもやはりヒーローであり続けるというのはやはりジェフ自身が手がけてきた贔屓目もあったのか?w

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[投稿:2012-05-22 20:02:26] [修正:2012-05-22 20:07:01] [このレビューのURL]