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 ぱっと見て思うのは、これ本当に参加している漫画家が豪華だよなぁってことで。しかも単純に人気があるとかではなくて、面子を見れば分かると思うのだけれど、何と言うか少し通な漫画好きが好みそうな方々。これは目を惹かれる。
 
 この「長嶋有漫画化計画」はその名の通り、長嶋有の作品を様々な漫画家たちが漫画化しようという企画。萩尾望都というレジェンドを始めとして、人気作家から新人まで色んな漫画家が参加している。
 こういう企画ものに関しては意図はおもしろいと感じても、単体でみるとあんまりなぁ…という経験が多かったので期待しすぎないように、と思って読んでいたのだけれども。そんな舐めた考えは完璧に覆されてしまった。これは素晴らしいんじゃないか?

 小説であるものを漫画にする時、そこには何か意味がなければいけないはずで。長嶋有はこの作品集に編集として参加したそうだけれど、この企画の意義にはすごくこだわっていたのだと思う。だからだろうか、全ての作品から小説をただ単純に漫画に置き換えるのではなく、あくまで漫画としてしか表現できないものを作り出そうという意図が感じられる。長嶋有と漫画家がガチンコでぶつかり合って、共に新しい作品を作り出そうという気持ちが感じられる。
 多分この作品集にすごく読み応えがあるのは、そういう理由からだ。長嶋有の小説のおもしろさはそのままに、漫画としてのおもしろさも、担当している漫画家の個性も、全てが上手くブレンドされている。うん、漫画にしてくれて良かった。そして読者にそう思わせることが出来れば、この企画は成功なのだ。

 特にお気に入りの作品について少し。

 「猛スピードで母は」
 島田虎之介担当。長嶋有のデビュー作で、こちらは私も読んだことがあった。島田虎之介は物語る人、とよく言われる。物語るというのは、読者に何かを伝えられるということだ。羽海野チカのようにポエムを使う人もいるかもしれない。対してシマトラの作品では決して言葉数は多くない。でも読み込んでいくと、その空白は、誰にも増して雄弁に語る。時間はかかっても、それだけの価値のある漫画体験をさせてくれる。
 この作品において、小学生の慎から見る母はどれも微妙に異なる。母親であり、恋する女であり、格好良い女性でもある。シマトラは言葉に出さない。でもそんな母親に少しだけ戸惑う慎の気持ちはひしひしと伝わってくる、そして映画と見紛う猛スピードのラストシーンには、色んなことに揺れていても“強く”生きている母親の姿があり、そんな母親に憧れつつも自立を決意する慎がいる。これは確かに森嶋有の小説であり、シマトラの漫画でもあった。

 「噛みながら」
 よしもとよしとも担当。この人を参加させたのは森嶋有一番のファインプレイだった。何といっても漫画を発表したのは約8年ぶりらしい。ついでに「ねたあとに」で挿絵を担当してた高野文子もお願いしたかったが、それは高望みだね。青い車以来、久々にこの方の漫画を読んだのだけれど、やっぱり完成度とキレの良さに痺れます。
 どうしても変えられない自分を「まぁいいや。それがあたしだ。」と認められるようになった頼子。変えられることと変えられないこと、そしてその二つを見極める知恵を知りたい、というのはスローターハウス5や恥辱を読んでからずっと私の頭の中に巣くってる思いで。またそれが自分を知るってことなのか?なんて考えてもいて。だから頼子をちょっとだけ羨ましく感じつつも、心から彼女に喝采してしまったし、そんな自分の青さと作品がかなり共鳴しちゃったのか、少し気恥ずかしくなりつつも、かなりぐっと来た。よしともさん、もっと漫画描いて欲しいです…。

 ここで詳しくは書かないけれど、他に印象的なものとして、萩尾望都やカラスヤサトシ、小玉ユキ、衿沢世衣子あたりの作品も好きだった。また新人枠のウラモトユウコにはちょっとびっくり。描線が素敵ですごく好みだし、小説の再構成も上手い。自身の単行本が出たら読んでみたい気持ちになった。
 ただ読んだ人に好きな漫画を聞いた時、どれが返ってきてもおかしくないくらい全般的にレベルの高い作品揃いだったと思う。厚いし、値段は普通の漫画に比べて高めだけれど、読み応えのある作品を求めてる人にはぜひおすすめ。

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[投稿:2012-04-15 21:15:46] [修正:2012-04-15 21:27:34]