「boo」さんのページ

総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

 バットマン・アニメイテッドシリーズの傑作を二つ合本化したもの。バットマンに限らず日本ではあんまり紹介されている印象のないカートゥーンの魅力がたっぷりで、読んでいてとっても楽しい。ブルース・ティムの躍動感に溢れたアートはもちろん、「お約束」に守られた安心できる世界観は普段触れているバットマンのダークな色調とは全く違う。ほら、ドラえもんではのび太がいくら秘密道具を使って調子に乗っても最後はきっちり懲らしめられるでしょ。このシリーズではいくらジョーカーやトゥーフェイス等のヴィランが暴れまわっても、彼らの企みはバットマンによってきっちり防がれ、アーカムに送り込まれる。しかし何度アーカムに送り込まれようが、彼らは繰り返し脱獄し、バットマンと対峙するのだ。そんな箱庭的世界観は何とも言えない心地よさ。

 「マッドラブ」
 ジョーカーの愛人であり時に用心棒的な役割もこなすハーレイ・クインゼルのオリジン話。普通に考えたらけっこうひどい話だぜこれ。だってジョーカーに利用されるだけ利用されては何にも報いられずひどい扱いを受けて、それでもジョーカーを愛しちゃってるのがハーレイって女なのだ。まさにマッドなラブ。でもそんな女性は恐らく現実にもいるわけで…。そんな悲惨なハーレイを描ききった上で、とことん笑える活劇に仕上げてしまうのがポール・ディニの矜持なんだろう。すごいぞポール・ディニ!

 「ハーレイ&アイビー」
 ハーレイと植物を操るポイズン・アイビーのタッグを描いた快作。バットマン版「テルマ&ルイーズ」といった趣き。テルマ&ルイーズが男社会に抑圧されていた二人の女性が男共に反抗ののろしを上げる最高に爽快で、でも物悲しい映画だったように、ハーレイ&アイビーもとにかく好き放題暴れまわる。ジョーカーも、バットマンさえも歯牙にもかけない二人の冒険はすんばらしく気持ちよい。そしてハーレイとアイビーの友情にはほろっとね。この二人の間に男なんて入る余地はないのだ!

 で、この合本が気に入ったので読んでみたのが「Batman: Mad Love and Other Stories」。マッドラブに加えて9本の短編が収録されている。

 マッドラブほど抜きん出てはないものの、粒の揃った楽しめる短編が揃っている。ポール・ディニのフリークへの視線は悲しくも優しい。心が少しだけ狂ってしまった彼らは、否応なしにそういう風にしか生きられず、周りに理解されることもない。そんな切ないフリーク達を描き出すポール・ディニの目線は、ティム・バートンのそれと似通っている。せっかくアーカムを出所したのにも関わらず悪い女に利用されてしまう腹話術師や、男を拷問していたスケアクロウの哀れな人助けをバットマンが語る話なんて涙腺が…。特に整形によって傷のない顔に戻って出所したトゥーフェイスの恋愛とその悲劇的な顛末を描いた掌編は涙がちょちょぎれる。
 もちろんバットマンとヴィランたちが立ち回る活劇たっぷりなお話だって魅力的。ロキシーやバットガール、クレイフェイス、エトリガンなどあまり邦訳だけでは馴染みの薄いキャラクターたちが活躍するだけでも目新しくてとっても楽しい。バットガールがデパートの試着室であわててコスチュームに着替える場面なんて可愛いよね笑。

 英語はかなり簡単な部類だと思うので、合本の方を気に入った方はこちらもおすすめ。あんまり邦訳の売り上げよろしくないそうなのは本当に意外だよなぁ…。こんなに愉快なコミックは中々ないよ!

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[投稿:2012-09-26 21:35:20] [修正:2012-09-26 21:35:20] [このレビューのURL]

 人生における節目・冠婚葬祭を描いた作品集。えすとえむといえば、ケンタウロスだったりうどんの女だったりと奇抜な設定が目立つ作家だと思うのだけれども、この作品集は比較的地味というか地に足のついた短編が揃っている。でも話の魅力はやっぱりいつものえすとえむ。

 冠婚葬祭といって普通想像するような物語とは一風違う。圧倒的にドラマチックではないしすごく話が盛り上がるわけでもない。ただドラマチックではないというのは、要は話に、そして登場人物に血が通っているからってことで…。結婚するからといって、幸せな気持ちだけに浸っているわけじゃない。人が死にそうな時に後悔が残らないわけもない。儀式の前と後では決定的に何かが変わってしまう通過儀礼の瞬間、だからこそ単純な気持ちではいられない瞬間、だからこそ普段は表に出ない感情が噴出する瞬間をえすとえむは鮮やかに切り取ってみせる。

 この作品集の短編がどれも自分に身近な話かというとそんなことはない。それでも物語が自分の身の回りの世界の延長線上にあるってことは強く感じてしまう。
 何というか、絶妙に間が抜けているんだよなぁ笑。結婚式で新郎が新婦に言う笑ってしまうような台詞だったり、何気ない顔でお見合いしている裏でしょうもない思考をしていたり、姉の告白に泣いてしまった妹の目がメイクが崩れて真っ黒になってしまったり、あの世に行くのに持たせるお金にパチンコの玉を書いてみたり、そこはかとなく滑稽で苦笑いしたくなる場面。でも自分の人生だって思い返せばそんな場面の連続だもの。キメたい所でキマりきらない情けなさはそういうもんだよなぁと苦笑いしながらも、だからこそえすとえむの漫画は温かい。

「草食。っていうか草?」
「性格よければいいって、顔がよければもっといい」
「このままじゃ室料もったいないから、何か歌いなさい」(悲惨な空気で終了した家族会議の後の父親の言葉)

 もちろんえすとえむらしいどことなくずれた台詞回し、表情と話のテンポもおもしろい。本当にアホらしいのだけれど、ずれてるのだけれど、やっぱりそういうものなのだ。ずれている人々はずれているからこそ、自分とどこかでつながっていて、ずれているからこそどこにでもありそうな物語が輝いて見える。ドラマチックじゃない普通の人生を際立たせてくれる。そんなちょっと読んでいると勇気が出るような短編集。やっぱりえすとえむは素敵な漫画を描く人ですよ。

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[投稿:2012-09-23 01:10:37] [修正:2012-09-23 01:10:37] [このレビューのURL]

 結婚式・葬式等の人生における節目を描く6編の短編集。

 書店員さんのツイッターで話題沸騰ということなのだけれども、それは何となく分かる気もする。そのくらい新人とは思えないほど漫画の描き方ががこなれている。見やすくも精緻な絵、洗練された構図とコマ割り、台詞なしに心情を浮かび上がらせる表情と間…物語自体は落ち着いていても漫画を読みなれている人ほどおっ!と思っちゃうようなセンスむんむんな雰囲気。もはや「新人」という枕詞が鼻につくくらい上手い。

 人生の節目を描いた漫画というと、えすとえむの「このたびは」を思い出す。ただ「このたびは」がそうであったように、この作品が私達の人生の一瞬を切り取っているかというと、それにしてはちょっとドラマチックにすぎるよな笑。こんなシチュエーションにしろ超常現象にしろ中々普通の人生では起こりえそうもないもの。そういう意味で、別にこの作品集の舞台が人生の節目である必要性は薄いように思ったりもする。
 じゃあこの作品の肝は何かというと、全編通してとにかく独特の視点がおもしろかった。どの短編にしろ、読み始めの内は登場人物の関係性や思いがぼかされたまま話が進むので、こちらとしてはわりともやもやした気分なのだけれども…。そんなもやもやがやがて鮮烈に解きほぐされる瞬間が訪れる。物語の景色がすっと開けて、登場人物たちの思いが一気にこちらにのしかかって来る。そんな一瞬に込められた熱量は半端じゃない。そして余韻までじっくり味あわせてくれるあたりこの作者は本当に隙がない。

 なんて書いたらすごく絶賛みたいになったけど、個人的にめちゃくちゃハマりきれたかというとそうでもなくて…。というか少なくとも巷で言われているほど涙腺は刺激されなかった。自分が何かしらの作品で泣く時は、大まかに分けると登場人物に共感して泣くか、作品から自分の思い出を喚起されて泣くかのどちらかだと思う。この作品において、登場人物に共感するには状況があまりに特殊すぎたし、自分の思い出からは遠すぎた。スーパーナチュラルな現象は置いておいても、自分には初恋をウン十年も引っ張り続ける気持ちは今ひとつぴんと来ないなぁと。

 あんまりエッジの効いた作風ではないのだけれど、この一瞬に込められた思いの熱量というのは読んでみる価値はあるように思う。熱量ぐわぁって感じではなくて、限られた熱をテクニックで最大限効率的にレーザービームみたいに圧縮してる印象。長編になったらどんな漫画を描くんだろうというのも少し楽しみ。

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[投稿:2012-09-23 01:09:42] [修正:2012-09-23 01:09:42] [このレビューのURL]

 ロリータ・ハードボイルドを謳うこの漫画、ちょっと購入を迷っていはいたもののこれが中々に幾原邦彦×中村明日美子のセンス大爆発の楽しい漫画でした。いやでもこれハードボイルドなのか?笑

 簡単にあらすじを説明すると、何やら逃亡中・カケオチ中のカップル、イタルとヒツジが結婚式を挙げようと通りがかった教会を訪れると変態神父に気絶させられ、さらには「燃えるキリン」の追っ手にヒツジが連れ去られてしまう。イタルはちょうど教会で告解中だったまろにえとみゆたんと共に脱出、ヒツジを救出する冒険の旅に出るのであった…みたいな。

 あらすじだけ説明しても何が何やら分からない。というか実際3巻まで読んできてもろくに何が何やら分かってないのよ。私はアニメに疎いので幾原邦彦という方はあまり知らないのだけれど、癖のある脚本を書くのはよく分かった。
 何というか、スポットを当てる所が普通の作品と圧倒的に違う。ここは力入れて物語るだろうって所で徹底的にぼやかす。世界が解き明かされそうな所で余裕のスルー。普通の作品が8割本筋2割遊びだとしたら、全くその逆を行っちゃってるとしか言いようがない。

 でもこれがけっこう楽しいんだよなぁ。物語が物語られず想像の斜め上に脱線していく感覚というか、もう何かわりとシリアスな話なのにも関わらず本筋どうでもいいというか、時に話が進んだらラッキーみたいな。何たってイタルがまろにえとみゆたんと共に、教会から脱出した後に向かうのはライブハウスなのだ。まろにえとみゆたんは「ハイデガー、ハイデガー」と白熱のライブを始め、それが何故かとっても楽しい。

 そういう癖のある脚本と台詞回しが幾原邦彦の素材だとすれば、やっぱりそれを食べやすく調理してくれているのは中村明日美子。大胆な画面構成と白と黒のゴシックロリータな格好良さはさすがだなぁと見惚れるばかり。この人かなり作品によって絵柄を使い分ける人だけれど、今作みたいなデフォルトを大胆に効かした絵まで描けるあたり本当に絵が達者だよなぁと思う。

 というわけでかなり癖のある作品ではあるのだけれど、原作作画どちらかのファンであれば楽しく読めると思う。絵も話も横道に一級品な素敵な漫画。

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[投稿:2012-09-17 16:36:25] [修正:2012-09-17 16:36:25] [このレビューのURL]

 小プロの最近人気の2000円シリーズ。正史ではなくパラレルワールドのスーパーマンのお話。いわゆるDCのエルスものというやつ。

 スーパーマンといえばアメリカのザ・ヒーロー的存在。とはいえあんまりにもテンプレートなイメージのあるヒーロー像が今一受けが悪いのか、日本では圧倒的にバットマン人気だよなぁ。まあアメリカでも最近はバットマンどころかグリーンランタンにさえ売り上げでは上を行かれているみたいだけれど。私もDCスーパーヒーローズ収録作とラストエピソード、スーパーマンの最期くらいしかスーパーマン関連の作品は読んだことがない。

 このスーパーマン:レッドサンにおいて、そんなスーパーマンの宇宙船はアメリカではなくソ連に落ちることに。ソ連で育った彼はスターリンの跡を引き継ぎ、共産圏の幸福の支配を世界に推し進めていく。スーパーマンに対抗するはアメリカを率いるルーサー、そしてソ連内のテロリスト・バットマンであった…。

 アメコミとしてはもちろん、SF・世界改変ものとして傑作。ソ連に落ちたスーパーマンというアイデアに留まらず、平和を愛するスーパーマンはスーパーマンゆえに独裁者となり、スーパーマンゆえの悲哀に直面する。決して明るい物語ではないのだけれど、そんなスーパーマンにはヒーローの魅力が溢れていた。
 そしてやはりとことん「個」の人間であるバットマンとはどこまでも相容れず、ルーサーは謎めいた存在ながらもさすがスーパーマンの宿敵たる存在感。さらにはワンダーウーマンやグリーンランタンまでもが登場し、本来とは立場・関係性を異とする彼らが破滅に向かって突き進んでいくストーリーからは目が離せない。

 しかしオチの鮮烈さはもちろん、この世界の円環構造にはちょっと唸らされてしまった。単純に上手いというだけではなくて、巻頭の言葉を借りるならマーク・ミラーの“灰色”なセンスがものすごい。理想的な共産主義的な管理社会を推し進めていくと、その先に待っているのはユートピアのようなディストピア!というありがちな結末、ひいてはいかにもアメリカ的な資本主義万歳な結末をマーク・ミラーはラストで全てひっくり返してしまう。スーパーマンとルーサーの対決が決して正義と悪の闘いではなかったように、とことんまで曖昧になる善悪の境界と幸福の定義。痺れるよこれは!

 値段も比較的手ごろで、アメコミの知識がなくても読める一冊。SFの中でも特に世界改変ものが好きな方なら外さないはず。ぜひぜひおすすめ。

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[投稿:2012-09-17 16:33:46] [修正:2012-09-17 16:34:59] [このレビューのURL]

 「難波鉦異本」のもりもと崇が描く江戸を舞台とした愛すべき人々の短編集。

 この人の描く人々は心底江戸に生きている感じがする。江戸を別に詳しく知るわけもない私から見ても、もりもと崇がめちゃくちゃ時代考証に気合を入れていることや資料を調べまくっていることは伝わってくる。というのもやはり漫画ってのは小説と違ってごまかせないからだ。家や町並みから小物まで、小説だったら分からなくても描写しなかったら済むところも漫画だったらそうはいかない。もりもと崇にしろ杉浦日向子にしろ仕事の域を超えて江戸を愛してなきゃ出来ないよなぁ、こんな大変なこと…。だからこそこの人たちが描く江戸の臨場感や人々の活気は他とは桁が違うのだと思う。

 もりもと崇の絵は上手いとはちょっと言い難い気もする一方、ほのかな色気と思い切りの良い線には艶があって読んでいて気持ちがいい。遊郭を舞台としていた「難波鉦異本」同様、この短編集でもけっこうエロくてグロい場面が少なくないのに、そんな絵もあってかあんまり気にならない。むしろ何か微笑ましいと言ったら誤解されてしまいそうだけれど、どことなく人情味があって楽しいのだ。

 そしてまたお話作りが上手いんだよなぁ。ひどい扱いに憤った女郎達のちょっとした反抗が思わぬ盛り上がりにつながったり、スカトロエモンに悩む妾が骸芸人に弟子入りしたり、カタすぎて師匠に閉口される侍が少女に連れられてエロスポットを巡ったり…。なかなか江戸時代ものと聞いて想像もつかないような捻りの効いたストーリーが、偏執的なほどの時代考証の上に乗っかって語られていく。伝わってくるのは江戸の人々の食えなさであり、活気であり、意地だ。つまり最高におもしろい。

 表題作ののっぺら女房なんてまあ何とも奇抜な設定なのだけれども、昔話というか江戸時代の小話として全く違和感がないほどに作りこまれていてこの作品集の真骨頂じゃないかと思う。のどかで、毒のあるユーモアと愛があって、男は情けなくて女は強い。
 他にも生きるか死ぬかのシビアな世界に生きる女郎の恋を描いた佐渡太夫の話はとにかく泣けるし、実際の仮名草子を基にしたという水鳥記は心底馬鹿な話でとにかく楽しい。いつの時代の人々も変わらず馬鹿やってんだなぁとにやり。

 ということで煮ても食えない江戸の愛すべき人々を描いたこの短編集、もちろんおすすめ。読んだらきっと江戸が愛おしくなるはず。しかし今もりもと崇は漫画描いてるのかな…。これだけ素晴らしい作品描ける人なのでまたどこかで連載されることを期待してます。

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[投稿:2012-09-06 22:37:50] [修正:2012-09-06 22:37:50] [このレビューのURL]

9点 百物語

 久々に最近寝る前にこの百物語を読み返していたのだけれども、いやぁ止まらない。とりたててインパクトのあるわけではなくて、ただそこにあって身体の中を通り抜けていく怪奇。あと一話あと一話と思いながら、ついつい眠さに耐えられなくなるまで読み続けてしまった。

 百物語は杉浦日向子が紡いだ九十九の掌編からなる江戸怪奇集。当時の色んな百物語から杉浦日向子が選び抜き、仕立て直したとびっきりの江戸の不思議なお話が行灯の光にのせて語られていく。

 杉浦日向子の作品に総じて感じることだけれども、この人の想定読者って現代に生きる私達ではないのではないかと時に思ったりもする。何というか、言葉等が私達にも理解できるよう翻訳されている一方で、物語の感覚は江戸にあったものそのままなんじゃないかと。そのくらいの江戸への没入感。
 だからこそ、その異質さに戸惑ったりもする。例えば「ゑひもせす」では忠臣蔵の物語に打ちのめされながらも、個人的にはその世界には未だ馴染めていなかったりするわけで。でもこの百物語は一度慣れてしまえば、本当に江戸へとトリップできる。自分の感覚が江戸のそれになってしまったかのように思える。

 江戸の感覚、というのは常に怪奇が隣にあったということだ。死んだ父に出会っても、人魚や天狗を垣間見ても、それらは当然のようにそこに存在する。相当に奇妙な話にも関わらず、本当にあったかのように語られるのではなくて、本当にあったものとして語られる。他愛のないものも、ぞっとしてしまうものも、ひたすら不思議なものも、突如降りかかってくる災いというわけではなく、ただただそういうものとして人々に馴染んでいる。
 そんなこんなしていると、いつの間にか私自身が江戸の怪異を聞かされ、江戸の人々に出会ったような気がしてくる。聞かされた話を今度は自分が他の人に話してやりたくなってくる。多分そんな風にしてこれらの話も語り継がれて来たのだろう。

 特にお気に入りは「絵の女の話」「他人の顔の話」「長持の中の話」あたり。ただ特に印象に残っていない話でも、それはそれとして同じくらい愛すべき話であるように思う。ただそこにあるだけの話だからこそ。

 今さら私が言うまでもないのだけれど、百日紅と並ぶ杉浦日向子の名作なので読んでない方はぜひ。しかし名作という大仰な言葉はこの作品に似合わないな。怪奇が心を揺さぶるのではなくて、ただただ怪奇が寄り添ってくれる。そんな愛すべき怪奇集。

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[投稿:2012-08-18 00:33:21] [修正:2012-09-06 22:17:08] [このレビューのURL]

 「森山中教習所」でデビューした真造圭伍の新作。

 過疎であった金山町は、火山の噴火とそれに伴って湧き出た温泉によって一瞬にして温泉の町へと生まれ変わる。そんな中、主人公の富山は変化した町の姿に釈然とせず、富山の友人の桜島は明るい青春を夢みて変化を歓迎するものの、その波には乗り切れずにいた。

 これはそんな二人の青春と友情を描いた物語なわけだけれども…。前作と同様「友情」や「青春」という言葉が似つかわしくないほど、真造圭伍の作品は青臭くない。むしろ洗練されている印象すら受けたりして。
 何というか、目線が一歩引いてるんだよなぁ。変化する町への違和感、変化しない自分への鬱屈、家族への苛立ち、前へ進めない焦り…そんなついついのめり込んでしまいそうなものが、むしろさらっと語られる。むしろ語られなかったりもする。絶妙な間とテンポ、そして達観した語り口はもはやデビューしたばかりの方とは思えない。

 じゃあ作品に入り込めないのかというと、そんなことはない。というか泣ける。泣いた。
 ただこの物語とキャラクターに対しての涙というのは、半分かなぁという気もする。残りの半分は、自分の思い出とリンクして泣いてしまっていたわけで。そして、それは真造圭伍がこの「青春」と「友情」という題材を消化しきっているおかげだ。だからこそ「ぼくらのフンカ祭」は富山と桜島の友情の物語であり、私の中の物語でもある。だからこそ二人がやった馬鹿は、おれらがやった馬鹿と重なった。今は中々会えない友人を思い出した。まあじーんと来ないわけがないよなぁ。

 だって後書きの「死ぬまで続くであろう友情を描きたかった。友達にしか分からない言葉、思い出、そういうのを大事にしたいです。」こんな恥ずかしい(失礼)言葉がすっと入ってくるんだぜ。つくづくこの人まだ20代とは思えない。

 森山中が気に入っている方はもちろん、何やら友達と馬鹿やった記憶がある人には特におすすめ。要はこの漫画、こんな青春を送りたい!ではなくて、自分もこんな青春送ったなぁと肯定的に思い出させてくれる漫画なのだ。もう一回言うけど、まあじーんと来ないわけがない。そして、そんな漫画を描ける人は中々いないよなぁ。最後の二人の笑顔が何とも印象的。やられました。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2012-08-08 22:58:57] [修正:2012-08-08 23:12:19] [このレビューのURL]

 色んな意味ですごくだらだらした漫画。私が初めてこれを読んだのは高校生の頃だったと思うのだけれど、相も変わらず遅々とした刊行ペース。そして当初から一貫した生ぬるさ。

 主人公の男とヒロイン二人の関係性を軸に、その周囲のごたごたやら何やらが描かれていく。

 読んでいて感じるのは、とにかくモラトリアムな雰囲気。ただ別にこの漫画の舞台は大学というわけじゃない。榀子は教師として働いている。当初はフリーターだったリクオは就職することになるし、ハルだって喫茶店でバイトしている。社会的には誰もがもがいて頑張っているわけで…。
 なのにこの漫画から成長を拒否するようなモラトリアムを感じてしまうというのは、恐らく3人の関係性に大した変化がないということに尽きる。少なくない巻数にも関わらず、変わっていくのは周囲の人間だけなのだ。3人の三角関係自体は、崩れそうで絶対に崩れない。

 で、それには正直かなり違和感があったりもする。現実の時間が流れる社会の中に、漫画的な時の止まった恋愛関係を放り込んでいるのだから。この関係性のまま、もし後10年が経過したらどうか…と考えてみるとこの世界観の歪さがよく分かる。
 ただここらへんは作者も自覚的だとは思うんだよなぁ。時折「何にも変わってはいないんじゃないか…」みたいな独白が挟まれたりすることもあるわけで。でも時の止まった関係性をどう動かすかというのは作者自身も見えていないんじゃないか。というか終わらせることを志向していないし、読者の方も望んでいない気はする。

 だってやっぱりひたすら変化を拒むようなこの歪な関係性は何となく心地よいからだ。どことなく後ろ向きな心地よさではあるけれども、このだらだらに浸っていたくなる時間というのはある。

 しかし上でも書いたように、もし作中の時間で10年が経過してしまったらそれはさすがに歪すぎるということで、どこかで時の止まった恋愛関係を動かさなければいけないんだろう。いくら先延ばしにしても結局やらなければならなくなるというのは、いかにもモラトリアム的だよなぁ。
 ということで、その時が動かされる瞬間がいつか見れることを期待してこれからも読み続けていくつもり。別に急がなくてもいいのだけれど。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-09-08 02:25:45] [修正:2012-07-27 22:11:55] [このレビューのURL]

 人々のうまくいかない日常を描く、といえば確かにそうなのだけれども。そんな言葉に収まらないなかなか強烈な作品だった。今年の新人で今の所一番話題になってるのも分かる気がする。
 説明しにくいのだけれど、藤子先生の短編に近い。笑う一歩手前で背筋がぞっとしちゃうようなブラックコメディ。こんなバランス感覚を備えてる作家は珍しいし、才能がある方なのだろう。

 12Pほどの読みきりを集めた短編集で、それぞれの作品につながりはない。後々再登場することもあるということだけれど、この1巻ではまだそういう話はなかった。
 短いページ数ながら、変人奇人オンパレードのスピーディーで先の読めない展開は読み応えがあって引き込まれる。ここまで予定調和的でない話を描ける漫画家ってなかなかいない。

 話題になる漫画は何かしらの新しさを感じさせる漫画が多い。去年だったらグラゼニやうどんの女がそうだった。そして、この漫画もけっこう新しいんじゃないか?とは思った。ただその新しさを言葉にするのが難しくて。要は何故予定調和的でないのかと感じるのかってことなのだけれど。
 それは多分人情ものに行ってないからだ、て気はしてる。この漫画で描かれるような毒やマイノリティの苦しみっていうのは人情ものと食い合わせがとっても良い。だって傷つかなければ人情は生まれないのだ。多かれ少なかれこの手の漫画にはそういう一面があったし、それをお手本のようにやってのけたのが「大阪ハムレット」だった。でもこの漫画では、毒や苦しみは人のつながりによって救済されない。毒や妄想や苦しみを吐き出し続けて吐き出し続けて吐き出し続ける。そしてこの作者はそれを描くのが上手い。これは新しいな、と思った。

 もう一つおもしろいと感じたのはギャップ。絵柄はとことんコミカルなのに中身はけっこうシリアスで。コメディのように見えて刃がどこかに混じってる。やっぱりこの人のブラックなバランス感覚はおもしろい。
 ここまで書いて、第三話目の親子の話だけはあまりこの短編集にそぐわないな、と思った。何というか、色々と真っ当だよね。まあたまにああいうのもあると、反動でぐっとくる…かもしれない。

 今週刊連載でやっているということなので、ネタ切れにならなかったらいいなと思いつつ。一読してみる価値はあると思う。バキやバチバチやイカ娘の中にこれがあるチャンピオンの懐はなかなかに深いな。あまり刷られてないようなので(どうせ重版されるだろうが)、興味のある方は早めにどうぞ。

追記
2巻を読んで、この人は漫画で「奇妙な味」をやろうとしてるんだなということに思い至った。
破れるか破れないか沸点ぎりぎりのラインをさ迷う日常、異様な物語と奇想、そして不穏な読後感。
シャーリィ・ジャクスンやマシスンの短編集を髣髴とさせる。
阿部共実がすごいのは、絵柄と表現媒体を活かした漫画でしかやれない奇妙な味を実現していることにあると思う。
絵と物語のギャップは先の読めない奇妙な味を引き立てて、居心地の悪さを際立てることになる。

週刊でこのクオリティを維持どころか、上げていってるのは本当にすごい。
奇想好きにはたまらない作品。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2012-03-12 01:47:23] [修正:2012-07-21 01:08:57] [このレビューのURL]