「boo」さんのページ

総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

6点 泡日

 かなり作者がギリギリの位置に立っている短編集に思える。とは言っても「泡日」という作品集自体は高浜寛の他作品と比べてもかなり可笑しくて、ユーモラス。
 
 高浜寛は漫画家として決して楽な道のりを辿ってきた方ではないし、精神状態がかなり落ち込んでいた時期があるというのは色んな所で自身が語っている。泡日では高浜寛本人をモデルとした短編も描かれているが、やっぱりそこにおいても高浜寛は情緒不安定。
 でも現実においてどうかは知らないけれど、漫画において彼女は辛いことや馬鹿らしいことを笑い飛ばすことができる。それはやっぱり今までと変わらず“滑稽”で、生きていることを強く感じさせる。泡日は高浜寛作品の中でもとても可笑しい。しかし読んで笑いながらも、その裏に潜むものは決して明るいものではないことに気付いた時、何とも言えない気持ちになる。

 表題作「泡日」は中編ではあるものの、決して長くはないページ数の中でえっちゃんという人間はしっかりと浮かび上がっている。院長先生などの脇役だってそう。彼らは私達と同様に面倒くさい人生を生きている。だからこそ面倒くさいけれど、面倒くさいことを笑ってやろう、こちらまでそんな気分になるのだ。
 高浜寛の転落する一歩手前の瀬戸際で、それでも自分を笑い飛ばせる強かさ。それは決して悲壮な笑いではなくて、とっても前向きなものだ。すごい人。

 作品の多くは大まかにはラブストーリーになるだろう。でも高浜寛はもはや変わらない愛なんて、純愛なんて幻想を信じてはいない。現実にはごたごたが付いてくるわけで、ずっと高校生ではいられない。
 それでも高浜寛は愛という言葉を口にするんだよなぁ。何か恥ずかしそうに、手が届かないものであるかのように。“こんな時代に愛のある話じゃないか?”…本当にそうなのだ。やっぱりこれは大人のラブストーリー。しっかり地に足ついた人間の物語。

 やっぱり高浜寛の作品は良い。決して読みにくくはないのにしっかり現実とつながっているから読むのにエネルギーを使う。そしてそのエネルギーの分だけ良い物語を読んだ充実感を与えてくれる。一番地味な印象があるけれど、他の高浜寛作品を読んで気に入った方はこちらもおすすめ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-01-18 23:24:31] [修正:2012-01-18 23:24:31] [このレビューのURL]

 DCスーパーヒーローズはアレックス・ロスとポール・ディニに手がけられた作品が一つに集められたもの。スーパーマン、バットマン、ワンダーウーマン、キャプテン・マーベルの4人のヒーローそれぞれの中編に加え、DCの主だったヒーローのオリジンを描く「JLA:シークレット・オリジンズ」、JLAの未知のウイルスへの奮闘を描く「JLA:リバティ・アンド・ジャスティス」が収録されている。

 日本で初邦訳のものはワンダーウーマンとキャプテン・マーベルのものだけで、他はJIVEなどで個別に作品が刊行済み。しかし絶版によってとんでもないプレ値になっていたので、それらを持っていない私にとってはこの値段でさらに合本となると、まあありがたいことです。
 この調子で小プロにはバットマン:ブラック&ホワイトやマーヴルズあたりを再刊してもらえると、小プロのアメコミ邦訳中断期前の作品は大体揃うはず。ぜひぜひお願いしたい所。

 まず目を惹くのはやはりアレックス・ロスのアート。キングダム・カムをまだ読んでいない私はこれがロス初体験だったのだけれど、アメコミ界最高のペイント絵師の名に違わずすごい。特に力を入れている絵なんて本当に映画かと見紛うほど。巻末で解説されているように、わざわざモデルを使って描いているそうでとんでもないです。
 ただ写実という点で頂点に立つ絵師だろうなと思った一方、ロスの絵を見ると漫画的な絵が恋しくなっちゃうのも正直な所。実はあまり好みではなかったりするんですが、すごさは認めるしかないよなぁ。

 内容面では何というか、味わいがすごく似ている作品が多い。どのヒーローも勝ち得ないものに立ち向かい、苦悩する。そして彼らはみんなあくまで“人間”なのだ。特にスーパーマンやワンダーウーマンの話は古いワインを新しい皮袋にじゃないけれど、やっていることは結局GL/GAと変わらない。
 似たテーマを扱っているからこその作品集なのだろうけど、正直色んな意味で相互が似ているし、新鮮味はあまりない気がする。キャプテン・マーベルやバットマンの話はわりと好きです。

 JLA:リバティ・アンド・ジャスティスに関しては、これまでJLA自体を見たことがなかったので、かなり新鮮に楽しんだ。特にジョン・ジョンズとか、DKRの時なんて特に謎に思っていたので助かります。
 でも特筆してこれ!っというのがあるかというとあまりなくて、単純にヒーロー同士の共演を楽しむ部分が強かったりする。これも“人間”を強く意識しているのは同様だけれども。

 テイストの近いDC作品やシークレット・オリジンズが収録されているというのもあって、DCを知るにはわりと良いんじゃないかと。これが典型かというと、多分そんなことはないけれど、どのヒーローがどんな感じかというのはそれなりに理解できる。
 そういう意味ですごい傑作というわけではないけれど、やはりDC好きなら必読の作品。DCキャラクター大辞典と併せてDC入門におすすめです。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-01-15 12:21:26] [修正:2012-01-15 12:21:26] [このレビューのURL]

 ショーン・タンのある少女の一日を描いた絵本。一コマ漫画。

 誰しも何となく憂鬱な日というのはあるだろう。誰も自分のことを考えてなくて、何にも素敵なことは起こらなくて、つまらないことばっかりが訪れる。そう、まるで世界に見放されたような…。ショーン・タンがそんな暗い何かに囚われてしまった少女を描いたのがこのレッドツリーだ。

 以前レッドツリーは同出版社から“希望まで360秒”という副題をつけられたものが刊行されていた。昨年日本でのショーン・タン人気の高まりを受けてか、あまり評判のよろしくなかった副題を取り除き、一回り大きなサイズの新装版が再び刊行されている。
 やっぱりショーン・タンの素敵な絵と魅力的なカラーリングは新装版の方がより際立って楽しめる。高いなと感じる方は英語はちょろっと絵に挟まれるくらいなので、洋書の方も選択旨に考えるとよいかもしれない。

 誰にも自分を分かってもらえない。窓の外を見ると、自分以外のみんなは楽しそうだ。そんな孤独感と寂しさをショーン・タンは奇抜だけれど、本当に私達の心の中を覗いているかのような想像力で絵に仕立て上げる。心の中には迷宮があり、怪物が巣くう。
 もちろん一枚の絵だけを見ても、素晴らしい。ただこれ程までに心に迫って、少女に深く共感してしまうのはやっぱり私にもこんな一日が訪れることはあるからだ。

 もちろん落ちることもあれば上がることもあるわけで、いつまでも沈んでばかりではいられない。最後には素敵な出会いが少女を、私達を待っている。

「時には、何も楽しみなことのない一日が始まることもある」

 そんな日にはレッドツリーを読むとちょっとだけ希望を分けてもらえるかもしれない。そして寝る前に読めば、明日はきっと何か良いことがあるはずだ、そんな気持ちにさせてくれる。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-01-15 11:49:12] [修正:2012-01-15 11:49:12] [このレビューのURL]

 これはすごい。ケンタウロスなのに、気付けば彼らに笑い涙しそうなのがすごい。ケンタウロスなのに…。

 ま、ケンタウロスって時点で大体の人はまともな漫画は期待してないじゃないかと思うわけで。だってケンタウロスですよ。これ以上ないクラスの色物ですよ。半人半馬ですよ。
 実際最初の話はそんな期待にしっかりと応えてくれる。会社員として働くケンタウロス、健太郎。もはやだって名前があれでしょ、笑わざるをえないでしょ。そんなこんなで良くこれだけ尽きないなと感心するような質の高いケンタウロスネタが続いて最高に盛り上がる。

 でもこれだけだったらこの漫画ってないようで、実はけっこうある一発ネタの漫画の範疇にすぎないのだけれども。いわゆるテルマエ・ロマエや聖おにいさんのような斜め上の発想とその鮮度をどれだけ保てるのか、という話になってくる。
 そう考えているとまた全然勘違いしていたことに気付かされてしまうわけで。要はえすとえむは本当にケンタウロスを現代社会に放り込みたかったのだ。現代社会に生きるケンタウロスを描きたかったのだ。健太郎の話から生まれる笑いというのは多分、それらの副次的な要素にすぎなかった。

 前半の健太郎シリーズが終了した後、笑いは控えめになる。読者が慣れてしまったということもあるのだけれど、多分慣れさせられてしまったのだ。もはやここはケンタウロスが実際に人間と共に働いている社会。
 異物ではなくて、異分子となったケンタウロスは急にピエロではなくて社会のマイノリティの様相を帯びてくる。ギャグではもうありえない。「Papa told me」のように、都会で寂しく生きる人々の気持ちを繊細に描いていく。彼らの生き様に、友情に魅せられ、涙する。

 でも読み終わってはっと気付く。ケンタウロスだよ!?半人半馬だよ!?…いや、なかなかない経験ですよこれは。ケンタウロス漫画と聞いて想像していたものがいつの間にか変質し、違うものになっていく。すごい才能のような、でも才能を全力でどぶに投げ捨てているような。でもとんでもない漫画であることは間違いない。

 ちなみにBL部分は時に“友情”部分が気になることもあるけれど、表立ってはいないので別に気にならないレベル。苦手な人でも大丈夫だと思います。
 色物なのか、そうではないのか、でも結局やっぱり色物だよなと思いつつ。これは一読をおすすめしたい漫画。ケンタウロスのとりこになるやもしれない。一応1巻完結のようだけれど、また別に描いてるようで、続きも出そうではあるのかな?出オチでは確実にないので、続刊がいつかでることを期待してます。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-12-11 00:48:52] [修正:2011-12-11 00:48:52] [このレビューのURL]

 バットマンの一年目を描いたミラーの有名作。

 クライシス後に仕切りなおしたバットマンの再出発を飾ったのがこのイヤーワン。DKRの流れを引き継いで、その後のバットマンの方向性を決定付けた傑作に星三つとは何ぞや?と怪訝に思われる方もいそうで戦々恐々ですが、これにはいくつか理由がありまして。
 
 実は私が読んだのはこのヴィレッジのイヤーワン/イヤーツーではなくて、さらに言うとジャイブのイヤーワンでもなくて、以前小プロから刊行されていたスーパーマン/バットマン。普通に買うよりこっちが安いし、スーパーマンのオリジンであるマン・オブ・スティールが読めるのはこれしかないし、こっちがお得じゃね?と思ったら一つだけ落とし穴があったのですよ。
 というのもジャイブ以降のものは今のアメコミの主流であるシックな色合いでリカラーリングされているのだけど、S/Bに収録されているものは昔のアメコミのイメージそのままのような原色の派手派手しいカラーリングになっちゃってる。00年代のアメコミ読みである自分にとっては、この良く言えば“味のある”カラーリングは正直辛いものがあって…。てか同年代のマーヴルクロスと比べてもこれのイヤーワンのカラーはかなり粗雑だと思う。

 じゃあ新しいのを買えばいいじゃん?と思われるかもしれないけれど、新しいのは絶版かつひどいプレ値になっているのだよ、アメコミ読みは周知の通り。しかしバットマン入門書として一番に勧められるであろうこの作品が絶版というのは不味いと思うんだ、うん。ヴィレッジが小プロに比べて規模が小さいのは分かった上で、これはアメコミの一つの入り口だからなぁ、頑張って欲しい。再販希望も多いだろうに。
 どうしても読みたい、でもあの値段は無理、という方はカラーリングが昔風というのは覚悟した上でスーパーマン/バットマンを買うと比較的安い。もしくはイヤーワンの原書か。ただ来年ダークナイト・ライジズが公開なので再販の可能性も高いとも思われるわけで…。保証はないので各自でご判断くださいな。

 作品自体とはちょった離れた話になってしまったので、話を戻す。
 
 名前の通り、イヤーワンはバットマンの一年目のお話。冒頭で述べたように、DKRの路線を引き継いだバットマンの作風となっている。シリアスで重厚な雰囲気とミラーお得意のハードボイルドなストーリー展開が格好良い。
 バットマンも各地で修行してきたとはいえ、まだまだ犯罪者と戦うのには慣れていない。手ひどいミスを犯し、大怪我を負うこともある。一方後の盟友、ゴードンもゴッサムの警察署に配属されたものの困難は多い。腐敗した警察署に戸惑い、立ち向かうものの孤立するゴードン。二人ともまだまだ若く青いが、それがまた妙に人間くさく、好感が持てるのはミラーの手腕ゆえ。ゴードンなんて浮気もしちゃうし。
 そう、これはバットマンの一年目だけではなくて、ゴードンの一年目でもある。バットマンが立ち上がる話でもあり、ゴードンが立ち上がる話でもある。そして彼らに少しだけではあるが、確かな絆が生まれるまでが描かれた作品なのだ。

 私はミラーのハードボイルドは大好物なのだけれども、イヤーワンに関してはどうしてもボーン・アゲインと比べてしまう部分がある。基本プロットが似てて、ボーン・アゲインの方があまりに素晴らしすぎる、となるとイヤーワンの感動が薄れてしまうのもしょうがないかなと思うわけで。
 ただ前述したように、カラーリングがあまり合わなかった部分もあるから一概には言えない。いつか復刊して改めてリカラー版を読み直したら、もう一度何かしら感想は書こうかなとは思ってる。

 しかし個人の好みは置いておいても、バットマンを読んでいく上で最重要級な作品であるのは間違いないのでつくづく絶版なのは残念だなぁ。「The Man Who Laughs」から、「ロングハロウィーン」のような忘れられたマフィアを拾ってきたものまで初期作品群につながる伏線はいくつもあるし、何といってもオリジン読まないと始まらないというのはあるわけで。
 しかしやはりそういう意味では、続編を作るのに広く幅を持たせた上で違和感なく物語を作り上げたミラーはすごいな。バットマン始まりの作品としては単体の質としても、その後の可能性を無数に示したという意味でもこれ以上が望めない傑作であることは間違いない。

 スーパーマン/バットマンの刊行が中途でストップしたため、イヤーツーは私も中途半端なところまでしか読んでいないから何とも言えない。どうやらイヤーワンに比べると小品というのが一般的な認識のようだけど。
 イヤーツーは現在なかったことにされてるっぽいしまあいいさ、っと書いてみて一応英語wikiで確認すると…おいおいゼロアワーでなかったことになってインフィニットクライシスでまた微妙にあったことになったらしい。呪われよ!

 現実世界でも何とかクライシスが起こって絶版とかS/Bの刊行ストップとか色々なかったことにならないかな、ついでに「A Death in the Family」につながるイヤースリーまで含まれた完全版が出ないかな、とかどうしようもないことを言ってオワル。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-12-09 02:30:32] [修正:2011-12-09 08:13:05] [このレビューのURL]

グリーンランタンは1940年代に生み出されたDC古参のヒーローの一人。なので当たり前だが、そのオリジナルのオリジンを知ろうと思えばかなーり初期の作品を読む必要がある。しかしあまりに絵も話も古すぎるのでなかなか手が伸びにくいよねぇ。
ということで、今の人向けにグリーンランタン(ハル・ジョーダン)の誕生を分かりやすく説明するための作品がこのシークレット・オリジン。スーパーマンやらジョーカーやらは複数回オリジンが語り直されているけれど、グリーンランタンは多分これだけかと。

シークレット・オリジンでは地球最初のグリーンランタン、ハル・ジョーダンがグリーンランタンになるまでの経緯と彼がランタンとなった理由が描かれている。
また後のブラッケストナイトへ至る伏線もふんだんに盛り込まれており、まさにジェフ・ジョーンズが手がけるグリーンランタンシリーズに相応しい序章と言えるだろう。

現在のグリーンランタンというのはDCでも非常に人気のあるキャラクターで、DCの代名詞であるバットマンやスーパーマンと肩を並べるくらいの勢いがあるらしい。読めばその理由は何となく理解できる。

というのも、非常に分かりやすくてポジティブなヒーローなのだ、このグリーンランタンは。
DKRやウォッチメン以降、ヒーローものには小難しい話や暗い話が増えてきた。それがメインストリームになってきたと言ってもいい。でも本来私がヒーローものに求めていたのって、爽快感や痛快さだったはずなんだよなぁとも思うわけで。

スーパーマンみたいに初めから力を持っているわけでも、バットマンみたいに強迫観念に取りつかれているわけでもない。ハルは私達と同じような一般人で、力をふっとわいたように与えられる。
そこにグリーンランタンのおもしろさがある。要はハルは私達のような普通の人に非常に近い。彼には当初ヒーローとしての自覚はない。だから軽率な行動はとるしあまりに無鉄砲だったりする。

でもそれって当たり前じゃないか?ハルは普通の人なのだから。急に世界に責任を持てるわけもない。
無鉄砲でありでも軽率な行動もとる、だからこそ読んでいて彼に親しみを、共感を覚える。一般人出身のヒーローとしても、人間としても。
オリジンで最重要であろう、ハルがグリーンランタンになる理由も非常にシンプルなもの。ただ自分の力で“飛びたい”、というシンプルで、でも非常に強い願望。

そして、その意志の力がグリーンランタンの力となる。何気にこの“意志”が力になるというのも巧いなと思うわけで。
というのも日本の漫画でも土壇場で覚醒みたいなのって嫌がられるよね。でもグリーンランタンというヒーローは気合で勝つというのを自然に出来ちゃう。少年漫画的なノリを大人の人間ドラマの中で違和感なく実現できるのだ。そりゃ熱いさ!そりゃ人気出るさ!

もちろんグリーンランタンをここまでの人気シリーズにしたのはライターのジェフ・ジョーンズの手腕があってこそ。よくもここまでシンプルに練り上げたもんだ。

オリジンとしては過不足無しの良作。
今邦訳で読めるものだと、シークレットオリジン→GR/GA→リバースと読んでいくとわりかし分かりやすい。リバースが色々ふっ飛ばしすぎなのでそれでも面食らうけど。
グリーンランタンに関しては、日本の漫画読みでも楽しく読めると思うのでおすすめ。良質な大人向けの少年漫画といった感じの痛快なシリーズなのでまずはぜひここから!

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-09-20 01:41:08] [修正:2011-12-04 23:08:02] [このレビューのURL]

沙村広明の大迷作(もちろん褒め言葉)ハルシオン・ランチを読んでから、作中の台詞がすごく気になっていた。
「じじいのアップが絵になるのはオノナツメの漫画だけ・・・」

そうなのか、やたら最近名前を聞くオノナツメはそんなにいい感じにじじいを描ける人なんだ、そりゃ読まんとなぁなんて思っていたわけ。
で、読んだ。…沙村広明の言うとおり、じじいを描くスキルがやばい。

リストランテ・パラディーゾ(天国)はその名の通り、天国のようなレストランなのだけれど、誰にとって天国かというと間違いなく女性。女性が紳士に酔うレストラン。この漫画のターゲットも多分女性、でも男性でも十分楽しめる。

というのもここで言う天国は二種類あるから。
一つは既に述べたように紳士に酔うレストランということ。1巻という短い中で、オノナツメは容姿から中身まで多種多様の紳士を魅力的に描いている。しかしまじで名人芸だな。森薫なんかと同様に自らのフェティシズムを表現するのが巧みだからこその技。実際そうとは感じさせないけど上品なホストクラブみたいなもんだよねここ。

これだけだと女性限定になってしまうかもしれない。しかしここにはもう一つの天国がある。それは自分をみんなが見てくれているということ。自分が頑張っている部分を周りのみんなが見て、認めて、裏表なく応援してくれる。自分のすることで世界は少しでも動いていく。
こんな世界最高でしょ?、まあありえないから天国なのだけれども。

紳士に酔うという点では「娚の一生」もなかなかのものなのだけど、あれは現実を一緒に受け止めてくれる紳士への欲望漫画(と勝手に断定)だからまた色が異なる。そもそも娚の一生に関しては、その現実の書き方が好みではなかったわけで。

対してリストランテ・パラディーゾは現実を見つめていない。でも天国だからいいんだよ。
この漫画に救われる人はいないかもしれない、でもたまーに逃げ出したくなるときに読むとちょっとだけ心が癒される。

うん、これは良いじじい達と天国みたいなレストラン。沙村さん、紹介どもです。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-11-28 01:39:25] [修正:2011-11-28 01:39:25] [このレビューのURL]

「マウス」で著名なアート・スピーゲルマンが描く9.11。

スピーゲルマンは9.11の時、世界貿易センタービルの近くにいたそうだ。
「マウス」で見せた人を動物として描く手法、寓意に満ちた物語、そして付録にもなっている黎明期のコミックストリップから引用した多彩な絵柄、これらの様々な技法が駆使されて、彼の見た当時のニューヨークとその後のアメリカの姿が描かれる。

最初はマウスのように客観性を突き詰める作品なのかと思っていた。もしかすると最初はそのつもりだったのかもしれない。しかしページが進むごとに筆者の心の傷と“置き換え”に代表されるような政府(特にブッシュ)への怒りが内からほとばしってきて、読んでいてどうにもくらくらした。
それでも最低限の客観性が保たれていたのはやはり上で挙げた技法ゆえだろうか。明らかに本物ではないものを使って事件を描くことで、真実が捻じ曲げられることは防がれる。

正直に言うと私には9.11についてはニュースで知っている以上の知識はあまりなくて、でもだからこそ読んで良かった。スピーゲルマンがアメリカ国民を代表しているとは思わない。しかし少なくとも一人の生の声を聞き、日本メディアの画一的な視点以外から9.11を見ることも出来た。
そして事件を体験した人の万分の一かそれ以下であろうとも、これは本当に起こったことなのだという実感があった。

今さら…と思われる人もいるかもしれないけれど、読むのに遅すぎる時はないと思う。上で述べたことに少しでも価値があると感じた人はぜひ。
ただ厚い紙でフルカラーとはいえ値段があれなので、お金に余裕がない人は図書館など覗いてみるといいかもしれない。この作品を出した出版社は素晴らしいと思うが、40ページで4000円はちょっとなぁ…。

点数をつけれる作品ではないので仮に6点で。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-11-18 00:22:06] [修正:2011-11-18 00:22:06] [このレビューのURL]

このような邪道と形容されそうな野球漫画というと、思いつくのはやはりワンナウツだろうか。
しかしグラゼニに関して言えば、実は一番地に足がついている気がする。エースでも一流の打者でもないプロ野球選手としてぎりぎりの位置にいる選手を主人公とする発想…確かに野球漫画としては王道ではないかもしれない。ただプロにいる選手の多くはそういう立場であって、業界漫画としては至極まっとうだ。

「グラウンドには銭が埋まっている」
スパイダースに所属する凡田夏之介は、希少な左サイドスローという特殊性とコントロールの良さを武器とする八年目の中継ぎ投手。地味な立場である彼の年俸は1800万円という26歳という全盛期の選手としては微妙な金額で、プロを引退してからのことを考えると不安もよぎる。一軍で与えられた仕事をこなし、年俸を少しでも上げるために夏之介は必死で投げる。

とにかく話の角度がおもしろい。こんな方向から見た野球をあったのね、という。
主人公が絶対的な選手ではないからか、その視点だって自然と小市民的になる。よってライバルに勝つとか絶対優勝するとかそういう話になるはずもない。年俸、外国人選手、中継ぎ投手と先発投手の違い、グラゼニはプロ野球という現実の職場に身を置く者の話だ。全てが何というか見に染みる。選手の価値で年俸が決まるプロ野球の厳しさ、これは紛うことなき仕事なんだよなぁ。当然ながら食うためにプレイしているわけで。
特にセカンドキャリアの話なんてJリーグではようやく話題になり始めたものの、プロ野球でさえこれなんだから夢も希望もあったものじゃない。例えあったとしてもピラミッドの頂点の人間だけのものなのだろう。

しかし熱さがないかというと、そんなこともなくて、日々プロとして生き抜くために知恵と体を振り絞って投げる夏之介は全力で応援したくなる。
ただやっぱりプロ野球を見て興奮する熱さとは少し異なる。英雄を見て興奮するのではなく、自分と同じように何とか現実を生きているものとして憧れるとでも言えばいいか。

私としては夏之介の印象がほぼそのまんまこの作品の印象だったりする。大物にはなれそうにはないけれど、良い仕事をしている漫画。1番手ではないにしても、4番手5番手としてしっかり楽しませてくれる。
将来的にもモーニングの看板にはなれないかもしれないが、まずまずの位置は確保しているような、そんな漫画。

小粒ながら良品であることは保証します。夏之介が、そして作品自体も願わくば大投手にならんことを。まあ間違いなくそうはならないんだろうな笑。
ネタが切れた時が少し心配な作風ではあるものの、引き際は心得てんだろうなという信頼はある。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-11-15 01:56:26] [修正:2011-11-15 11:02:11] [このレビューのURL]

もはや足の踏み場のないほど荒らされちゃったんじゃないかと思っていた織田信長というキャラクター、まだまだ色んな見せ方があるもんだと驚いた。やはり作者の腕次第ということで、いい仕事してます。

現代から戦国時代へ高校生がタイムスリップして信長になるというありがちなお話なのだけど、何だろうな、もはやタイムパラドックスお構いなしな感じが開き直ってて潔い。資料とつき合わせて矛盾なく作者オリジナルの史実を作るのでも一つの平行世界とするのでもなく、おもしろければいいさとかなりアバウトな姿勢に思える。
それでいて歴史にはすごく精通しているみたいで不思議だなと。歴史の解釈は独自にかなり吟味されているようなのに、タイムパラドックスにはほとんど配慮されてないのよ。というかタイムスリップさせる絶対的理由も今のところ感じられなくて、やはり本能寺の変まで待たされるのかね。

基本的に史実どおりに物語は進む。高校日本史までの知識しかないからあまり自信はないが、多分。
だから先はある程度読める。でも読めることが全く話の興味を削いでいなくて、というのも結果ではなくて過程が気になるのだ。信長自身はもちろん、臣下の人物造形もかなり目新しいものばかりで今まで考えていたのとかなり異なった道のりを辿って同じ所に行き着くのがおもしろい。特に猿は秀逸。

それにしてもこの人のテンポの良さは異常。信長が入れ替わる所なんて本当に一瞬。戦闘描写も最低限切り詰められていて、いや確かにこの漫画の見せたいものはそこではなくて必要かそうでないかというと多分要らないのは分かる。でもここまで徹底できるのも一つの才能。
ただあまりにさくさく進むので、年月の経過が実感しにくかったりもする。これには恐らく作者の絵もついていけてなくて、家康なんかはともかくとして信長はほぼ顔が変わってないわけで。

絵は独特の泥臭さがよく戦国時代とマッチしている。女性的であるようなそうでないような、微妙さがおもしろい。洗練された小山ゆう、というと少し違うか。

今の所烈火のような感情は見せず、常に飄々としている信長さん、今後どのような道のりを進めば比叡山を焼いたり、何より本能寺の変が起こったりするのだろうか。
どういう結末を迎えるかすごく気になる。とりあえず夢オチだけは勘弁してよということで、まったりと興味深く読ませていただきます。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-11-08 00:00:47] [修正:2011-11-08 00:00:47] [このレビューのURL]