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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

星の王子さまといえば言わずと知れたフランス児童文学の名作。私も小学校の頃何度も何度も繰り返し読んでいた。この星の王子さまやミヒャエル・エンデのモモ、はてしない物語なんかがこの頃の私のお気に入りの海外小説だったことを思い出して、少し懐かしくなる。

数年前に日本では版権が切れたということで、色んな出版社から星の王子さまが訳者やタイトルを微妙に変えて刊行されている。そんな中に漫画もいくつかあったのだけれども、残念ながら質が高い作品とは言えなかった。
今回のバンドデシネ版はどうかというと、そもそもまだフランスでは版権が切れていないわけで、絵も話も考え抜かれ、練り上げられた上での刊行、まさに原作者の遺族も認める世界で唯一の公式コミックというのにふさわしい仕上がりとなっている。

BD化の執筆を任されたジョアン・スファールはバンド・デシネ界でも若手のホープの一人で、映画監督もこなす人。
私は「JAPON」で彼の日本を風刺した奇妙な短編を読んだ時は、正直そんなに印象に残っていなかった。で、今回改めて彼の作品に触れてみて…おい、JAPONの時は本気出してなかったな笑。というかスクイテンもだけれど、白黒だと普段カラーで絵を描いている作家の真髄は見れないのかもしれない。

スファールが描く王子さまはサン=テグジュペリの挿絵に見られる細身で儚げな王子さまとは一風違う。目は大きく見開かれ、活発で好奇心豊かな男の子。
王子さまが訪れる様々な星の住人もスファールの解釈によって読むまでは想像もしえなかった奇妙な姿に描かれる。でもそれらは決して突飛ではなくて、彼が考え抜いた結果出来上がったもの。だから最初は驚いても、その後は深く納得するしかないのだ。

よくよく考えてみると、フランス生まれの星の王子さまがフランスのアーティスティックな、そして絵本よりの感性を持ったBD作家によって描かれる、とこれ以上のものはないわけで。
実際出来上がったものを見れば、最高の作品だと理解できるだろう。ジョアン・スファールの仕事は素晴らしいし、何より相性がぴったりだった。

ちなみに私が星の王子さまを読んだのは小学校の時以来10年ぶりくらいになる。
当時私は少し不思議なファンタジーとして、この作品を読んでいたのだけど、大人になってみると180度変わってしまったことに気付かされる。以前私は王子さまの、子どもの側にいた。でも今の私は大事なものを失ってしまった者であって、王子さまが奇妙に思う“大人”の一員になってしまった。
しかしその物語は今も昔も私の胸を打ち、別れの場面では涙がこぼれる。ひしひしと伝わってくるのは“つながり”の大切さ。

子どもが強く惹きつけられる世界を持ち、大人が無視することができない声がある。今だからこそ、星の王子さまが名作とされる理由が理解できる。

「ものは心で見る。肝心なことは目では見えない」

キツネの言葉は昔読んだものとはほんの少しだけ変わって、でも同じくらい私の心に突き刺さる。

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[投稿:2011-12-01 01:39:04] [修正:2011-12-02 21:00:11] [このレビューのURL]

「凪渡り ― 及びその他の短篇」は高浜寛の短編集。エロい短編集。

高浜寛はラヴ・ストーリーの描き手として、ちょっと他に似た人がいない。
漫画におけるラヴ・ストーリー、その大多数は恋に夢見る少女漫画的なもので、なかなかアダルトな恋愛を見せてくれる作品は少ない。数少ないそれらでさえ質の高いものは限られていて、少女漫画の延長線上にあるものがほとんどだ。
高浜寛のラヴ・ストーリーを見ても甘酸っぱくはならない。アダルトな、成熟されたものに甘酸っぱさなんてあるはずもなくて、代わりにため息が出る。

私が気に入っている手塚治虫の言葉に次のようなものがある。

「君たち、漫画から漫画の勉強するのはやめなさい。一流の映画をみろ、一流の音楽を聞け、一流の芝居を見ろ、一流の本を読め。そして、それから自分の世界を作れ。」

近頃の多くの作家が似たように感じられるのはやっぱり漫画から漫画の勉強してんだろうなという気はする。ジョジョがいくらおもしろいとは言ってもこれほどまでにその劣化コピーが多いというのも私がそう思う要因の一つなのだけれども。

そんな中で荒木飛呂彦はもちろん、高浜寛はまさに手塚治虫の言葉を実践してきた作家の一人。
荒木飛呂彦は日本の漫画に加えて洋画(特にホラーやB級)やバンド・デシネが大好きな人だし、高浜寛は漫画より文学の影響が大きいとのこと。ちなみに彼女が漫画で一番影響を受けたのはジョジョらしいのだけれど、しかもその影響を受けた所というのが鼻の描き方というから、まあ推して知るべし。そのジョジョだってどこかの1話しか読んでないらしいしね。でも確かにジョジョの鼻はチャーミング笑。

高浜寛は好きな作家にレイモンド・チャンドラーや大江健三郎を挙げている。作中には百年の孤独の名前が見られたりもする。
そのような他の漫画家とかなり違った成分で高浜寛という作家は出来ている。だからこそ彼女は手塚治虫の言う確固とした“自分の世界”を作れている稀有な作家であり、人間の“滑稽”、つまり人間の素顔を描くことにおいて他の漫画家と比肩できない。というか漫画家でこれを描けている人がそもそも高浜寛以外にいない、残念なことに。

この短編集において高浜寛の視線は“エロ”に向けられているのだけれども、そのエロさだって大人のエロさということ。少年誌や青年誌でよく見られるような扇情的な、あざといエロさとは全く違う。
まず絵が素晴らしい。こんな色気のあるタッチで描ける人を私はこの人くらいしか知らない。光の処理の上手さから生まれる白黒とは思えない豊かな色彩や構図の独特さも相まってこの人の絵は何気ない表情がそれだけでエロい。それだけでエロいのにこの短編集では直接的なシーンがたっぷりあるわけで、まあ尋常じゃないエロさ。しかも高浜寛の描く女性の裸って、この人しか描けないものなんだよなぁ。女性ゆえだろうか、映画で女優のベッドシーンを見ているみたいというか、とにかくエロい。

絵もエロければ話もエロい。
この短編集では総じて物事がうまくいっていない抑圧された状態の男女が描かれる。高浜寛はそんな人々の心が凪いだ瞬間、そして心と心が繋がった瞬間を巧みに捉える。少女と中年男が、不倫が原因で男と別れた女性と彼女がエッチする音を隣の部屋で盗み聞きしていた男が、彼らはほんの一瞬だけ繋がる。高浜寛が描く女性の裸はもちろんエロいけど、心の裸をも少しだけ見せてくれる。
そう、高浜寛の作品がお洒落で終わらない所は、その物語が現実を切り取っているから。絵がエロいだけじゃないんだよ、人間を描いているからこそエロいのだ。

甘酸っぱい恋なんて今までいっぱい読んできた。少年の、少女の気持ちを思い出すのもいいけれど、大人ならこんなアダルトな作品を読んでもいい。今までラヴ・ストーリーが苦手だと思っていた人、世界が変わりますよ?
こんなにエロいなんて言葉を使ったことはないし、これから使うこともないだろう。それくらいエロい、エロくて切なくて、ぐっとくる短編集。

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[投稿:2011-11-27 02:50:22] [修正:2011-12-02 20:59:11] [このレビューのURL]

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