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 魔王を倒したその後の勇者と国々は?、人間に滅ぼされた魔王の正体とは?、ケンタウロスや天使、竜などの想像上の生物が現実にいたらどうなる?…九井諒子の現実と虚構を織り交ぜた奇妙で温かい短編集。

 えすとえむの作品といい邦訳されたシビルウォーといい、フィクションの世界を現実的に突き詰めて考える、という手法は最近の漫画のちょっとした流行かもしれない。元々ファンタジーの世界が現実世界のメタファーであることは珍しくないけれど、それをさらに強く押し出しているという点でこれらはなかなかに興味深い。
 
 作者の九井諒子は、WEB上や同人誌上で短編を発表し続けてきた人らしい。この短編集もそれらに修正を加えた上でまとめられたものということ。
 まだプロとなって日が浅いせいか、漫画の描き方がこなれていない印象を受ける。WEBにアップされている絵や短編の中でも力の入っているカットを見ると、画力はそれなりに高いはず。でも一つの作品としては、バランスが悪くて調和してないように思える。ただ漫画を描くのに慣れていった時に、絵柄の多彩さも含め、すごく楽しみな作家さんであることは間違いない。

 様々な短編が収録されている作品だけれど、私が一番気に入っているのはやはり表題作の「竜の学校は山の上」。よく練りこまれた世界観、竜の必要性、そして部長の「世の中にはな、二つのものしかない…」の台詞、希望を感じさせてくれる良い短編だった。
 ただ虚構が現実を侵食出来ていた作品は個人的にはこれだけかなぁ。どれも発想はおもしろいのだけれども、詰めがもう少し。特に馬人と猿人の短編「現代神話」は惜しかった。

 ただ「現代神話」に関しては、どうもえすとえむのはたらけ!ケンタウロスと無意識に比べてしまった部分があってあまり公正に見れなかった気が…。何で人とケンタウロスが結婚しうるのよ、とかケンタウロスはあの服だと一人で着れないよな、とか細かいリアリティが足りなかったためか物語に入り込めず。
 でもこの手の作品はいかにフィクションを現実に押し上げれるかが勝負なわけで、やはり惜しい。明らかにこの短編集は寓話として描かれている作品群だけれど、そのリアリティも示唆するものも私がおもしろいと感じたのは「竜の学校は山の上」くらいだった。

 でも寓話って本当に描くの難しい気がする。最近甥っ子に「泣いた赤鬼」を読んであげた時につくづくそう思った(泣いたよ…)。シンプルに、でもシンプルだからこそ寓話というのは大きなものが込められる。でも込め方が上手なのと込められたものが大人の鑑賞に堪えうるかというとそれはまた別の話で。
 この作品集は良い寓話になりうる原石がいっぱい詰まっている。まだそれらのほとんどは原石に過ぎないかもしれないけれど、これから先磨かれていったらどうなるかを楽しみにしています。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-12-25 22:29:20] [修正:2011-12-25 22:30:45]