「景清」さんのページ

総レビュー数: 62レビュー(全て表示) 最終投稿: 2005年10月17日

6点 犬夜叉

漫画史にその名を残すであろう天才の高橋留美子が挑んだ初の本格長編バトルファンタジー漫画は、商業的にはともかく作品的にはお世辞にも成功したとは言いがたかった。

既に多く語られているように、とにかく無駄に展開が長く、描写の淡泊さも相まって冗長なイメージの作品になってしまい、「うる星やつら」や「らんま1/2」以来の古参のファンからは駄作であると見なされる事も多い。実際自分も読んでる途中で飽きが来て作品からしばらく離れることも多かったし、全体を通してこれはという印象的なシーンを思い出せないことも多い。
しかし、それでもこの作品は高橋留美子の長いキャリアの中でも重要な位置を最終的には占める事になったと思う。そう感じたのは、最終回があまりにも従来の高橋作品の雰囲気からは異質であり、同時に一つの到達点をも感じさせるものだったからだ。

これまでの高橋作品は「終わらない青春という名のワンダーランド」を描いてきた。登場キャラ達は年を取らずに何度もループする永遠の少年少女達であり、作品内でキャラ同士が思いを育みあっていっても「結婚」や「卒業」といった断絶は描かれない。ラブコメの金字塔「めぞん一刻」ではキャラはリアルに年を取って主人公とヒロインはラストで結ばれるが、それでも最終回に互いの青春ドラマの舞台であったアパートの一刻館に戻っており、やはり明確な断絶とはなっていない。
ところがシリアス路線で描かれた本作「犬夜叉」は違った。現代生まれのヒロインのかごめは現代日本(日常)と物語の舞台となる魑魅魍魎のはびこる戦国時代を自在に行き来するが、彼女の持つ二つの世界は本質的に相容れはしない。家族のいるこの世と愛する男(犬夜叉)のいるあちら、二つの世界のどちらかをいずれは選択を迫られることは物語当初から予感させられていたが、最終回で彼女がとった行動とは…。

最終回。現代日本に帰還し、家族や友人達と平穏な日々をしばし送った後、かごめは愛する家族に別れを告げて犬夜叉のいる戦国の世へ自らの意志で”嫁いで”いったのである。
作中明言こそされていないが、残された家族の表情から察するに、二度と戻れないことはおそらく承知の上で。

かつて嫁入りとは女が自分を育ててくれた家族に別れを告げて夫の家の一員となることを意味していた。下手すれば二度と実家の敷居をまたがない覚悟が問われたのである。勿論こんな結婚観はフェミニズムの見地からも現代は崩れつつあるが、かつてあれほど軽妙なラブコメを描いてきた高橋留美子が少年詞向け作品でこのような「嫁入り」を描いたことは特筆に値する。(「炎トリッパー」というささやかな前例もあるけどね。)
そしてこの嫁入りが昔のそれと違っていたのは、決して家同士の決めごとによるものではなく、ヒロインであるかごめの強い想いと決意に基づいて行われたという事実。

高橋作品で昔から描かれてきたテーマに「戦って勝ち取る恋」「受け身じゃない強い女性」というものがあった。特に彼女の描くアグレッシブで強い女性キャラが漫画界に与えた影響は良くも悪くも計り知れないだろう。
かごめもそんな系譜に属するヒロインだったが、二度と住み慣れた日常に戻れぬことを覚悟して貧しく危険な戦国の世で愛する男と沿い遂げることを最終的に選択して恋を成就させた彼女の精神的な強さは、これまでの高橋作品の女性のみならずその他の寸止めラブコメ諸作品のそれと比較しても、際だって強い。
正直に言って、この最終回だけでこれまでのグダグダが全てどうでもよくなるほどの何にも言いがたい感慨に包まれた。

全体的に見ても傑作とは言いがたい部分が多いが、これまでの、そしてこれからの高橋留美子を考える上で重要な作品となったには違いないのだ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2009-11-28 23:47:29] [修正:2009-11-29 01:41:08] [このレビューのURL]

かつて週刊少年マガジンの創刊号の表紙を飾ったのが名横綱の大鵬であったように、力士は強さの象徴、男の子のあこがれだった時代が確かにあった。しかし、少年マンガの世界においては相撲をテーマにした漫画の成功例は少ない気がする。これは決して相撲人気そのものの低迷だけが原因ではないだろう。

まず第一に大相撲の世界はスポーツ・格闘技であると同時に神事でもあるので、そのあたりの伝統や習慣も描かなければならないところが面倒である。第二に世俗を超越した厳しい世界なので、その辺をリアルに描こうとするとどうしても陰惨になってしまうせいもあるだろう。(傑作「うっちゃれ五所瓦」は高校相撲を舞台にすることでその辺の問題を解決していた。)
なにより、ビジュアルの問題がある。いかに美化しようとも、ちょんまげ結ってふんどし締めたデブ同士が熱い抱擁を交わすという画の暑苦しさはいかんともしがたい。華麗な打撃技や蹴り技の応酬もないし「気」とかの使用などもってのほかである。

このように正攻法で描くことが非常に難しい題材のため、近年の少年向け相撲漫画というと、たとえば主人公の見た目をおもいっきりコミカルにしたりホモっ気のある変態にしたり、現役大関と弱小高校生の心と体が入れ替わっちゃったり等等、どちらかとうと正攻法とは違う絡め手なアプローチから相撲を描く作品が多かった印象がある。

ところが今年になってチャンピオンで始まった本作「バチバチ」は、「こざいくむよう タフすぎてそんはない」といわんばかりのど直球ストレートな相撲漫画である。そしてそれがかえって新鮮にすら感じた。

この漫画、本当に新奇なことはなにもしていない。物語はかつて不遇の死を遂げた大関を父に持つ息子が因縁渦巻く大相撲の世界へ殴り込みをかけるという王道なもので、相撲部屋での厳しい体育会系的シゴキもむろん手心加えず描かれる。登場する力士の多くはまだ幕下ということもあって細身のアスリート体型が多いが、じきに見た目暑苦しい巨漢がおおくうごめく世界となるだろう。主人公の性格もよく言えば愚直な不器用で、コミカルさなどみじんもない。

だが、ここが重要なのだが、それほどオースドックスな作りに関わらず、作者の力量によるものだろうがとにかく手に汗を握るほどに面白い。大ゴマの使い方も良い意味で堂に入っており、登場人物の表情の描き分けも実にうまい。テレビでは一瞬に見える相撲の取り組みの一挙一投足も豪快かつ緻密に描かれており、見ていて格好いいのだ。決して勢いに任せて描かれただけの作品ではないのである。「死んで生きれるか!」に象徴される不器用だがアツい台詞の数々もいい。

このように連載開始早々から非常に勢いのよい作品だが、それゆえに不安もある。まだ物語は始まったばかりで主人公はまげすら結っていない状態なので、そんな序盤からこんなにテンションMAXで先がもつのかというやや贅沢な不安を拭いきれないが、今後も安定した取り組みを続けていってくれることを願ってやまない。

それと、数は少ないが女の子キャラがとてもカワイイのも忘れてはいけないポイントである。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2009-11-10 23:07:45] [修正:2009-11-10 23:27:37] [このレビューのURL]