「景清」さんのページ

総レビュー数: 62レビュー(全て表示) 最終投稿: 2005年10月17日

 今年2012年に連載の始まった作品としては最大級の話題作であり、先日11月に発売された単行本第1巻はマッハ20の速度で160万部売れたという。作者はジャンプ史に残る異様な傑作『魔人探偵脳噛ネウロ』で多くの読者に忘れがたい印象を残した松井優征。前作『ネウロ』が万人受けはしなかったことを考えると今作『暗殺教室』の大ヒットはファンとして素直に喜ばしくもあるが意外でもあった。今回はこの『暗殺教室』の魅力に迫ってみたいと思う。

 何の前触れもなしに夜空に浮かぶ月が七割がた蒸発し三日月型になってしまうという異常事態と前後し、名門中学校の落ちこぼれ学級に突如現れたタコのような外観の奇妙な触手超生物。

「はじめまして。私が月を爆(や)った犯人です。来年には地球も爆る予定です。君達の担任になったのでどうぞよろしく。」

 ツカミは完璧、第1話早々読者の度肝を抜いた超展開である。こうして1年後に地球を滅ぼすと予告する超生物教師“殺(ころ)せんせー”(殺せない先生)と地球のため己の命のためそして政府からの成功報酬100億円のために先生暗殺の使命を与えられた落ちこぼれ学級3年E組の生徒たちとの奇妙な学園生活を描くというのがおおまかなストーリーの骨子だ。

 ジャンプ作品としても一般的な少年漫画の典型からも大きく逸脱した世界観だが、こういう「年端もいかぬ少年少女に世界の運命を背負わせて戦わせる」「学園などの限定空間を舞台に銃刀などで武装した若者がゲーム感覚で殺しあう」というモチーフはゼロ年代前後から現在を見渡し多くのマンガやアニメ、小説等で描かれてきた、今となっては割とありふれたものでもあった。(実際、殺せんせーのあのニヤニヤと世界のすべてを舐めくさったような不敵な笑顔を見ると『ぼくらの』のコエムシや『魔法少女まどか・マギカ』のQBなどを連想した読者も多かったことだろう。)
 『暗殺教室』が面白いのは、地球の破滅を担保とした1年限りの暗殺学生生活という物騒極まる設定にも関わらず、物語の雰囲気がとてもコミカルで万人が楽しめる学園コメディになっている点だろう。従来の教師マンガの教師は『GTO』の鬼塚のような不良であったり、『鈴木先生』のようにマジメだがどこか頭のネジが吹っ飛んでいたりと癖の強い教師が多かったが、それら変人教師の中でも群を抜いた奇怪さを誇る我らが殺せんせーは、困ったことにとてつもなく優秀な良い教師だった。授業内容は生徒個々の学力に合わせた的確さでユーモアのセンスもあり、そして何より生徒達から自身に向けられる殺意すら正面から受け止める度量の広さを併せ持つのだから。生徒たちも生徒たちで、落ちこぼれの烙印を押された少年少女たちが先生暗殺(成功報酬100億円)という目標に向かい、仲間たち(及び暗殺対象である殺せんせー)と切磋琢磨し合いながら実に活き活きと学業と暗殺を両立させていく様が無駄にハートウォーミングに描かれ、読者に混乱と感動のないまぜになった実に独特な読後感を与えている。このギャップはおそらく作者が狙ったものだろう。

 『ネウロ』でならした作者の持ち味である時事ネタを織り交ぜたブラックユーモアな小ネタも健在で、地球を破壊する優秀教師vs地球を守る落ちこぼれ学生というある意味究極のブラックジョークな物語設定とも合わせ他の漫画では代替の効かない味わいにあふれている。そこに前述の無駄なハートウォーミングさも加わってますます無二の魅力を高めているのだ。前作からの画力の向上、更に磨きのかかったコマ割り・ページ構成を駆使した的確な演出もあり、細かいことを抜きにして単純に漫画としてレベルの高い面白さを現時点で毎回安定させており、作者の“進化”をファンとして嬉しく思う限りである。主役の殺せんせーもジャンプにおいては異端とも言えるとんでもない色物キャラだが、どこか藤子不二雄など往年の名作漫画に多く登場した人外キャラを彷彿とさせるのも良い。

 ところで、どうして本作はあえて「未成年が暗殺に挑む」などという物騒なテーマをあえて少年漫画で描こうとしているのだろうか。きっとそこには第1巻の巻頭の挨拶にもあるように、「命の価値」に対する作者なりの問いかけがあるからだと思われる。

 中学高校でいじめ事件が起こる。被害者の生徒は自殺する。加害者は家裁に送られ公から姿を消す。教育委員会は口をつぐむ。校長は緊急の全校集会で「命の大切さ」とやらを説く。見飽きた光景である。世の良識は「人の命は地球より重い」と言うが、それならば一体毎日何個の地球がこの世から消滅しているのかというのか。
 実際の所、人命など紙のように軽い。命は代替が効く。しかしそれでも個々の人生それぞれは如何に凡庸であろうと代替の効くものではない。ましてや、それら個々の営みすべてを内包した地球そのものの運命など…。

 命の軽さと命の重さ、こうした命の価値を教えるため、(批判も多いが)豚などを飼育して1年後に生徒で屠殺して食べさせるなどの「命の授業」の試みもあると聞くが、殺せんせーと生徒たちが繰り広げる地球の命運をかけたこの『暗殺教室』は、体を張った究極の「命の授業」となる予感がする。暗殺とは本作においては理系文系から保健体育に美術まで全てを動員する総合学習の意味を持つのだ。
殺せんせーが何故先生を演じるのか、何故1年後に地球を破壊するのか、そもそも殺せんせーとは何者なのか、それらの謎は今後少しずつ明かされていくことになるのだろうが、その「命の授業」の成り行きを自分もまた一生徒として見守って行きたい気持ちで一杯だ。

 前作『ネウロ』が見事な物語構成で綺麗に完結したこともあり作者のストーリーテリングの手腕を疑うものではないが、今後に向けて不安な点も無いではない。
 一つに殺せんせーがあまりにいい教師過ぎる点である。生徒たちは早くも殺せんせーの魅力(実際すごくいいキャラだが)に感化されつつあり、このままでは「もう地球の運命なんかどうでもいいから先生と楽しく過ごすんだ」みたいな雰囲気になりかねない。今後も第1話や第13話で見せつけたように殺せんせーの不気味な怪物性を強調し「やっぱりこいつは殺さなければ」と生徒にも読者にも納得させるような描写は定期的に入れられねばならないだろう。
 また、皮肉な話だが本作が予想外に人気が出て看板マンガとなりつつあるため、前作のような中堅どころゆえ可能だった冒険がしにくくなる危険性も否定できない。そこはぜひジャンプ編集部の裁量を信じたいところだ。

 話題性も抜群なためこれから本作を楽しもうという皆さんには、ぜひ単行本だけでなくジャンプ本誌で読むこともおすすめしたい。

「日本よ これが触手だ!」

「一本飲ん毒?」

「おいでやす 京都ニュルルン滞在記」→「不良たちにぃ出会ったぁ」(下條アトム風に)

 こんな素敵なアオリ文句が楽しめるのは本誌だけ!!

ナイスレビュー: 2

[投稿:2012-12-30 22:04:39] [修正:2012-12-31 17:43:15] [このレビューのURL]