「景清」さんのページ

 2010/5/2 更に追記

 思い出とは甘美なものである。例えば、学生時代に部活の帰りなどによく立ち寄った地元のラーメン屋の味が楽しかった日々の思い出と共に過剰に美化されて心に残る、なんて事は多かれ少なかれある程度の年齢に達する人なら覚えがあるはずだ。ところが大人になって経済力が増し、それなりにうまいものも食べて舌が肥えた後にそういう思い出のラーメン屋に行ったりすると、懐かしさに感動する一方で「あれ?俺はこの程度のラーメンに昔は感動してたのか?」と気づきたくもない事実に気づいてしまう。

 ラーメンも現代漫画文化も、共に現在進行形で進化中であり文化としては比較的日が浅い。時代を超えて普遍的な価値のある品もある一方で、一時期は人気を博したが現在の感覚で味わおうとすると安っぽさや古臭さが鼻についてどうにも味わいにくい品も存在する。

 前置きは長くなったが、この「暁!!男塾」は、かつて大人気だったラーメン屋が21世紀のご時世に昔と変わらぬ味を狙って再起を図るも鳴かず飛ばずとなってしまったような作品である。一応「思い出補正」に支えられた昔からのファン層によって商売は成り立ってはいるが、新たな客層の開拓には結びついてはいない。そして主な客層である昔からのファンにしてみたところで、本作の味わいは決していいとは言いがたいのが現状である。

 理由は主に二つある。第1にお客の側の舌が昔より肥えてしまったことと、第2に商品の質そのものが全盛期と比べて劣化したことにより、ノリ的にはかつての名作「魁!!男塾」に似せてはいるがその味わい深さには雲泥の差がついてしまった。

 これは何も昔のファン層が成長して大人になったからとか作者の筆力が衰えたからというだけではなく、作品を取り巻く環境の劇的な変化…ネット社会の発達という要因も深く絡んでいる。

 現在は例えばラーメン屋にしたってネットでちょちょいと検索すればすぐにおいしい人気店を調べられるが、そういう世の中では男塾的なノリを素直に味わう事はかなり難しい。本作は20年来変わることの無いジャンプ黄金パターンという名の化調(化学調味料)に頼っているが、「友情努力勝利」「仲間が死んでお涙頂戴→人気キャラはすぐ復活」「倒した敵は仲間になる」、こういうパターン化された味わいの安っぽさそのものが時を経て露呈してしまったのだ。現在ではこういう化調だのみのラーメンはネット上での評価は総じて低いのである。

 かつての「魁!!男塾」ではそういう化調の安っぽさを補って余りある魔法の秘伝ソース「民明書房」があった。作中登場する様々な武術や奥義や武具、無論すべて実在しない大嘘だが、もっともらしくい引用されるこの民明書房刊の架空書籍群の放つ怪しげな香りは当時の子供たちを大いに魅了し、その語り口の本物っぽさもあって信じる者も少なくなかった。それはかつての少年向雑誌の持っていた怪しい大らかさであった。
 現在は、もう図書館を調べまわったりせずとも一発ググりさえすれば、民明書房が大嘘であることなど小学生でも気が付くことができる。昔のようにもっともらしい嘘をついても無駄だと割り切ってしまったからだろうか、本作「暁!!男塾」においてはこれらのネタの劣化は著しい。安易な駄洒落に頼った必殺技のネーミングも不愉快なら、何かにつけてすぐに「気」とか「念」とかそういう超能力に頼ってばかりなバトル描写も安っぽさに拍車をかけている。前作の末期にも見られた事だが、今ほど酷くは無かった。
 こうして秘伝のソースは秘伝では無くなり、魔法は解け、後には化調の配分を誤った安い味わいのスープが残ってしまった。恒常的に塩分や油分に囲まれるラーメン屋の店主の中には味覚が早々に衰える人も少なくないというが、作者の宮下あきらもそれと似たような状態に陥りつつあるのではと勘ぐってしまう。

 ただ、上述のように作品を取り巻く雰囲気は思い出だけではカバーしきれないほど劣化しているものの、商品として、漫画としては破綻してはいない。スープがまずくなった一方で麺は濃い見た目と裏腹に相変わらずの喉ごしの良さで、スルスルとストレスを感じることなく実にスムーズに味わうことができる。繰り返されるお約束も慣れてくると次第に快感に変わり、「来週どんな展開が待っているんだろう?」と余計な気をもむことも無く時間つぶしにはもってこい。漫喫で一気読みするにはうってつけの作品とも言える。

 聞くところによると宮下あきらはネームを描いたりせずに一気に原稿用紙に直筆で昔から漫画を描いてきたらしい。以前も民明書房の社長(え?)との対談の中で、小利口な作品の多くなった少年漫画界の現状に疑問をさし挟んだりもしていた。いずれにせよ「HUNTERxHUNTER」的なノリとは対極に位置するような作家姿勢だが、決して思い出のみに拠るわけではなく、真面目にそういう漫画のあり方も必要なのではないかと最近は思いつつある。
 原材料や製法に拘り、一杯千数百円、場合によっては数千円するようなラーメンが世間をにぎわすのを尻目に、全盛期と比べて味は落ちつつもそれでも早くて安くてそこそこうまいラーメンを作り続ける地元の店にも似た愛着を感じつつ、なんやかんやで今でもずっと読み続けている。


2010/04/09 以下追記

 色々とイヤミったらしい事を書いてしまったけれど、こういう作品に無邪気に酔いしれる事ができず、ネタとしてしか消化できなくなってしまった現状に寂しさを感じてもいる。誰かに頼まれたわけでも無くこういう事を書いている素人レビュアーが言える事でも無いかもしれないが。

2010/05/02 更に追記

 上記のような感想を書いた直後、本当に最終回を迎えてしまった。バトルに次ぐバトル、昨日の敵は今日の強敵(とも)、明らかに死んだ奴も設定リセットで何食わぬ顔して参観席に駆けつける男塾の卒業式。最後の最後まで男塾イズムを貫き通した潔い結末だった。今作が前作より優れていた部分は結末が打ち切りっぽくなく比較的きっちり描かれた事だろう。宮下先生、本当にお疲れ様でした。押忍、Gods and death!!

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-04-06 21:49:15] [修正:2010-06-10 23:26:09]