「FSS」さんのページ

総レビュー数: 50レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年12月31日

[ネタバレあり]

作者の人間性や創作姿勢と作品の質は無関係という最典型例。

否定的な意見のほとんどは雑な仕事や休載の多さに対してのようだが、勘違いしてはいけないのは、「どんなに丁寧に描いて締め切りを遵守しようとも、作品として面白くなければ漫画や小説といったエンタメの世界では無価値」という事だ。

逆に言えば、下書きレベルでも多くの人間に「早く次が読みたい!」と思わせるほどの作品を描ければそれで良いのだ(画については単行本ではちゃんと加筆・修正されているし、現在のように定期的に休載を挟んでなら続けられるなら、それで何も問題は無いはず。ファンにとっても作家にとっても、もちろん出版社にとっても特にデメリットは無い。無理に連載を強要して駄作を描かれたり、描くこと自体に嫌気がさして連載そのものを止められるよりははるかにマシだろう。そもそも才能のある作家を潰すような殺人的連載ペースや、売れている間は作品の質を落としてでも引き伸ばしを強制する日本の漫画業界の体質にこそ問題がある)。何ならハンター休載中の十週間は有望な新人さんの読み切り作品や短編連載の発表の場として使っても良いだろう。

閑話休題。

ある意味でバトル漫画の最終進化形であり、もはやこの手の「能力バトル漫画」はジョジョと、このハンターが終わらせてしまったと言っても過言ではない(今後、新人漫画家が能力バトルをモチーフとした作品を出すにしても、よほど斬新な設定に推敲を重ねなければ、何をやっても「スタンドや念能力のパクり」と言われてしまうだろう。同時期の「ナルト」ですら「念能力の系統分け」をパクっているし、それでいてジョジョやハンターほど能力の相性や駆け引きを戦いに持ち込めていない)。

多分これ以上設定や駆け引きを緻密にしたら理屈っぽくなり過ぎて、良い意味での単純さを損なうだろうから、「バトルの爽快感」と「駆け引きの妙味」のバランスを考えたらこのくらいが漫画としてベストだろう。

内容的には色々と賛否両論あるだろうけど、バトルシーンだけでなく、特殊な環境で育ったキルアや復讐の事しか頭に無かったクラピカが、ゴンとの出会いで自我や友情に目覚めていく過程など、登場人物の丁寧な心理描写は下手な小説や映画など足元にも及ばないほどよく描けている。

他にもハンター試験や幻影旅団との戦い、ゲーム世界が舞台とされるG.I編などなど、変化に富んだエピソードが多く飽きさせない。特に旅団編はまさに神展開。相手が強すぎるから直接対決が少ない分、緻密な心理戦による駆け引きが多く、そのどれもが緊張感があり、しかも無理が無い。気の抜けない決死の尾行、アジトでのゴンの激しくも真っ直ぐな性格を表す腕相撲、暗闇のホテルでの柔軟な対応、そしてパクノダの死とゴンたちの救出によって復讐から開放されたクラピカ…。よくこんな展開を考えられると思う。

登場回数が少なくても印象に残る魅力的なキャラも多い。特に旅団のメンバーについては「外伝」や「過去編」として別に物語が読みたいほど。

とにかく下書きだろうが、長期休載しようが、最後まで続けて欲しいと思えるほどの漫画を描ける才能を素直に称賛したい。

ナイスレビュー: 11

[投稿:2008-05-31 23:18:46] [修正:2008-05-31 23:18:46] [このレビューのURL]

[ネタバレあり]

五十六億七千万年に及ぶ、騎士とファティマとモーターヘッドと人間と神々の壮大な群像SFファンタジー。

一見すると普通のロボットものにも思えるけど、さにあらず。もはやこの作品は、それこそ本物の神話やおとぎ話の域に達してる。なんといっても主人公が「神」で、その子供たち(やっぱり神々)が未来の世界から干渉して親を助けたり、さらに他にも全能神がいたり、作中のおとぎ話が物語の伏線になっていたり、主人公の城の封印から悪魔が出てきたり、次元回廊から千手観音(?)が出てきたり、時間が何千年も飛んだりと、もう良い意味で何でもアリなところが魅力。

そして、この作品の凄さは、その「何でもアリ」な世界観でありながら、マニアックなまでに考え込まれた設定の細かさと、それゆえに多様な伏線の数々が矛盾無く機能し、作品に血肉を与えているという事。

ファティマや騎士の細かなスペック、モーターヘッドの外観や内部構造、各国家の成り立ちと関係性、前世紀の星団史の謎、果ては多次元宇宙や神々の世界に至るまで、よくアイデアが尽きないなと感心させられるほど(もちろん後付け設定も多いけど、それがマイナスにならず、むしろ作品の奥深さを加速させている)。

その設定や伏線の多様さ、細かさはファンとの共同幻想を成立させるに足るだけの情報量を有している。こんな作品はちょっと他に無い。まさか一巻で完全なる「やられ役」として出ているデコースが、後々、重要なキャラとして物語に関わってくるとは思ってなかったし(笑)。めちゃくちゃ多くのキャラが出てきては消えていく作品なのに、印象に残るキャラの使い方や動かし方が上手い(特に十年越しの<パルセット>のエピソードにはこちらも号泣)。

はっきり言って単行本を漫然と読んでいるだけでは、この作品の一割も面白さを理解できないと思う。巻末の「年表」を頭に入れておくのは基本として、色々と出ている設定資料を読んだり、ネットの用語解説サイトなどを参考にして、色々と自分なりに謎を解釈したりして物語に血肉を与えるのが楽しい。それが出来るのも、この作品に付与された設定や伏線といった情報が膨大なものだからだ。

ただ「エヴァンゲリオン」などもそうだが、多様な情報から物語の補完をするのが苦手な人や、積極的に作品の解釈をしたりする知的好奇心の無い人には、残念ながらお奨め出来ない。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2008-03-16 23:31:31] [修正:2008-03-16 23:31:31] [このレビューのURL]

私が影響を受けた漫画のひとつ。

とにかく凄いのは、もう三十年近くも前から続いている漫画でありながら、初期の頃からセンスがほとんど変わっていない事。今、一巻辺りを読んでも、物語やギャグに古さを感じない。当時の漫才やドリフのコントなどが現代では通用しなくなっているのと比較すると、「パタリロ!」の持つギャグセンスがいかに普遍的かつ不変的であるかが分かる。

最近でこそ当初のようなストーリー性や耽美性は影を潜めたが、基本にあるギャグ漫画としての一貫性は保っている。魔夜氏のギャグセンスの高さを示す例のひとつに、パタリロが「誰にも分からないモノマネ」をして、「それが誰なのか分からなくても、そういう人がいるんだなあと想像する事で笑いになるんだ」というような解説をするシーンがあるが、これなどは最近の「細かすぎて伝わらないモノマネ」の笑いそのもの。他にも「ボケの放置」や「意図的なギャグの繰り返し」、「ノリツッコミ」、掛け合いの絶妙な間やテンポの良さなど、どれも当時から現代でも通用するレベルに達している。

つまりそれだけ最初から漫画としてのギャグやオリジナリティが高いレベルで完成されている事の証左であり、だからこそこれだけ続いているのだろう。

それでいて作中に登場するメインキャラに至っては、パタリロ、バンコラン、マライヒ、タマネギ(部隊)の、事実上4キャラのみ。そこにゲストやサブキャラが入る程度なのに、これだけ長期に亘って飽きさせずに話を作れるというのが凄い。もはや「永遠のマンネリズム」を追求しても良い立場にある。

とにかく漫画として、笑いあり、涙あり、耽美あり、ミステリーあり、オカルトあり、SFあり、冒険ありと、良い意味で何でもありの稀代の傑作。

ナイスレビュー: 4

[投稿:2008-03-12 23:13:49] [修正:2008-03-12 23:13:49] [このレビューのURL]

今見ても絵やギャグにほとんど古さが感じられない。これが80年代の初頭に描かれたものなのだから、やはりこのセンスはズバ抜けている。漫才ブームとほぼ同時期と言うことを考えれば、当時の漫才がすでに古臭くなってしまっているのに対して、「ひばりくん」の世界はまったく色褪せていないのだから、いかに普遍的かつ不変的なセンスを持っていたかが分かるというもの。

作者が文庫版のあとがきで、「時代の意志とか気分とか、何か大きな力で動かされた。自分の力だけで創られたものじゃない」というような事を書いているが、まさにそんな評価がふさわしい。

「マカロニほうれん荘」や「うる星やつら」もそうだが、計算だけじゃなく、その時代の雰囲気とか価値感、作者の年齢といったものの相乗効果による化学変化があって始めて作り出される奇跡的な作品のひとつなのだと思う。80年代という時代の中だからこそ創られた漫画と言える。

今でも続編希望の声は多いだろうが、たぶん、今、作者がやる気を出しても、若さや青さを含んだ「未完成であるがゆえの勢い」とか、当時の「空気感」まで再現することは不可能だろう。

以下、作者あとがきからの引用。

ひばりくんはそんな僕を見下しもせず、買いかぶりもせず、いつも超然とそこにいて「描けるんだったら描けば。ボクはいつでもいいよ」。ひばりくんはいつも僕にそう言って、凛とした笑顔をたたえているのです。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2008-02-02 17:29:53] [修正:2008-02-02 17:29:53] [このレビューのURL]

これだけ精神的に病んでいる主人公というのも珍しい。それだけに拒否反応が出る人も多いだろうが、こんな作品は多様で柔軟な感性を必要とする漫画文化を持つ日本でしか作られないだろうし、日本の漫画の中でも類例が無い。少し前の漫画とは言え、このご時勢によく出ていると思うし、それゆえに薄甘い事なかれ主義に対するカウンターウェイトとしての意味も持っていると思う。

たしかに強烈な残酷表現が多く、その怒涛の展開に終始圧倒されるが、「のぞき屋」の頃から常に人間の持つ精神の「暗部」に光を当てる作者の人間描写には一貫性があり、今作も始まりから終わるべくして終わる物語としての「必然性」を内包している。

異常と正常は常に表裏の関係。誰の中にも異常性は潜んでいるし、その定義すら相対的である事に自覚的でないとちょっと危険。それだけに表面的な残酷表現にばかり気を取られてしまい、その異常性の持つ「普遍性」を理解しないと、現実世界でもちょっとした事でバランスを崩してしまう事になるかも知れない。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2008-06-06 22:45:05] [修正:2008-06-06 22:45:05] [このレビューのURL]

一見するとよくあるコメディ漫画のように思えるが、日常の生活を題材として、そこから日常の意味について敷衍し、「日常の大切さ」を考えさせる事こそがテーマの根底にある事に気づく。見慣れた事象を必要以上に非日常化することなく、「日常の持つ魅力」を抽出、描写する作者の力量は並ではない。

それでいて過ぎ去った過去を懐かしむ郷愁や、あえて死や別れを匂わせる事で「限りある命」や「出会いの大切さ」を意識させようとするシニカルな描写が多いのも特徴的だ。

「それでも町は廻っている」というタイトルが示すように、この作品からは「人の思いに拘らず時は流れていくもの」という、作中人物に対してだけでなく、メタ視点においては作者が自らの存在すら客体化しているような、どこか冷徹で達観している視点が垣間見える。そしてその視線は読者である我々に対しても向けられている。作者の後書きでも「日常を保つ事の意味」についての言及があるように、やはり自覚的な視点を持っている事がよく分かる。

この「それでも」という言葉に込められているニュアンスの中にこそ、作者が伝えようとしているテーマが凝縮されている。そこに気付ける程度に鋭敏な感性を持っていない人は、この作品をよくある単純なコメディ漫画として見てしまい、低評価になりがちだろう。

何にしても5点以下はあり得ない作品。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2008-04-19 10:47:19] [修正:2008-04-19 10:47:19] [このレビューのURL]

[ネタバレあり]

この漫画を読む人なら誰もが思うように、「黄金時代」から「鷹の団全滅」までなら間違い無く神漫画だった。10点でも足りないくらい。

それが半強制的な長期連載による引き延ばしのせいで、ダラダラと着地点を見失ってしまっているのが現在の状況(まあ、ピークを過ぎてしまったとは言え、それでも全体の評価として5点以下はあり得ない作品だが)。

ただ、連載当初はたぶん作者自身もここまで人気が出るとは想定しておらず、「ガッツの復讐劇」という基本設定を除けば、「鷹の団全滅」以降の事は、ほとんど考えていなかった可能性がある。

「人」でしかないガッツが、「人にあらざる者」たちに対して血反吐を吐きながらも「人のまま立ち向かう」というテーマこそが大事なはずだが、普通の使途なら何とか戦えても、さすがに生身のままではゴッドハンドとは戦えない。その彼我の差を埋めるために、最近では「狂戦士の甲冑」とか「喚び水の剣」なんて便利アイテムが出てくるが、あまり超常的な能力による変なパワーアップは止めて欲しい。

その辺の困難と矛盾をどう消化し、納得の行く決着を付けられるかが今後の課題。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2008-02-17 21:13:55] [修正:2008-02-17 21:13:55] [このレビューのURL]

[ネタバレあり]

ある意味、エッセイ漫画の最終進化形と言っても過言ではないかも。まさに心身を削って描いている。

日記形式やノンフィクションである事が大前提であっても、必ずしも実際にあった事を正直に描いているとは限らない、もしくは作品として客体化した地点で作者の真実からも離れていく、という点が、漫画や小説だけに限らず、受け手と送り手の双方が抑えておくべきポイントであり、そういう意味において、この作品における「現実と物語(虚構性)との重ね合わせ」の手法は非常に独特で興味深いものがある。

そうして現実の人間関係や自分の身の周りの出来事をカリカチュアライズする事で、現実の中に見え隠れする真実をより強烈に浮かび上げる事に成功してる。それこそ自分の心身を削るような思いで描いているがゆえに強烈に訴えかけてくるものがある。

しかし、この作品の面白さと危うさは、これまでのシリーズ(?)の経緯や作者の性格などを知っていて、かつまた、そんな作者自身の煩悶や自己否定などに感情移入できる程度に大人の読者でないと、たぶん伝わらないのが惜しい。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2008-02-11 11:17:22] [修正:2008-02-11 11:17:22] [このレビューのURL]

この作品に対しても漫画としての見方を無視して、無意味な突っ込みをする人が多いが、注意すべきなのはリアルとリアリティは違うという点だ。

異種格闘技やストリートファイトを描く漫画の肝は「ロマン」であり、そこに必要とされるものは「リアリティ」であって「リアル」ではない。逆に言えばリアルに拘ってもロマンが出る訳ではないのだ。作者の格闘理論もネット上で批判されているほどおかしい部分は無いし、仮に現実世界では実現が困難な技でも作中で説得力を感じられるならそれは「あり」。

この手の漫画に対してよくある反論として、「体格で優っていて、顔面打撃の経験もある人間が、顎を引いて打たれる覚悟で前に出てくるのをジャブ(作中ではフリッカーなど)で止めるのは無理、それが出来たら総合に出る打撃屋は誰も苦労しない」というような突っ込みをする人がいるが、それなら作中で「打撃でタックルに対処出来ないヘタレ主人公」なんかを出して、それで漫画として面白くなるのかと言いたい。そんなにリアルに拘りたいなら現実の総合格闘技の試合を見ていれば良いではないか。だが、そんな総合格闘技がつまらなくなっていったのは、リアルであるが故に技術体系が均一化して、戦い方に個性の入り込む余地が無くなったからではないのか?

異種格闘技戦においては、ボクサーがタックルをパンチで対処しなければボクサーとして戦っている「意味」が無いのだ。ボクサーが総合の戦い方になってしまったら、そいつはもうボクサーじゃない訳で、そうなればその地点で「異種格闘」のロマンは消えてしまう。同じようにあくまで空手家は空手で、柔道家は柔道で、プロレスラーはプロレスで戦うからこそ異種格闘にはロマンがあるのだ。

リアルをリアルに描くつまらなさを知ってるからこそ幻想を求めるという心理を許容する程度の柔軟性は欲しい。この作品はそうした異種格闘の持つロマンを出来るだけ現実に則した理論で抽出し、格闘技ファンの幻想を汲み取った佳作のひとつと言えるだろう。

そもそも、この作品の本質は格闘部分よりも、戦いを通じての人との出会いや繋がり、各登場人物の挫折と成長などがテーマであり、格闘はそのテーマを浮き立たせるための手段。「自分のアイデンティティ」や「存在理由の希求」といったテーマは青臭いながらも終始一貫しており、悩みながらも成長していく登場人物たちの群像劇が上手く描かれている。

ナイスレビュー: 6

[投稿:2008-05-31 21:36:42] [修正:2008-05-31 21:36:42] [このレビューのURL]

[ネタバレあり]

「聖闘士星矢」や「幽遊白書」などの過去作品から革命的な変化こそ遂げなかったが、「ブリーチ」同様、良くも悪くも、ジャンプ特有の王道バトル漫画の正統進化系である事は間違いない。

「カムイ伝」や「伊賀の影丸」といった古典や小説を含め、忍者を扱った作品は少なくないが、そんな中、「ファンタジーとしての忍者らしさ」を前面に押し出しつつ、これだけ少年誌向けのバトル漫画として上手く昇華させた作品は意外なまでに少ない。

確かに「暁」編以降、もはや忍術の枠を超えて何でもアリになってしまった感があるが、それでもバトル漫画としては十分に面白いし、インフレも比較的緩やか。「ブリーチ」が昔ながらの単純なインフレバトルであるのと比べれば、こちらは辛うじて忍術による「能力バトル」という側面を保っているし、その能力も色々と工夫があり飽きさせない。敵にも味方にも魅力的なキャラが多いという点も「ブリーチ」より一段上。

また、強敵に対しては悟空だけが活躍するだけだった「ドラゴンボール」と比べれば、脇キャラにもバランス良く活躍の場が与えられている点も好感が持てるし、そうしたチームプレイゆえに強敵を打破するという展開にも納得が出来る。

その戦いの過程で見出される「人との繋がり」や、「次代に受け継がれて行く思い」といった心の描写も丁寧で上手い。

かなりの長期連載になっているから、今の「暁」編後、引き延ばすことなく、決着をつけるべきキャラに決着をつけて終了してくれれば名作と言っても過言ではない作品。


PS.少し漫画を読み慣れる高校生くらいになると「忍術で心臓を増やせてもいいのだろうか」みたいにリアリティに対する突っ込みを始める人が出てくるが、根本的に漫画の楽しみ方が分かっていないと言わざるを得ない(もっとも私もそういう時期はあったけどw)。それは単に漫画における「リアリティの基準」をどこに設置するかという問題であり、作中において忍術の設定を緩くすればある程度何でもアリに出来るし、逆にリアリティを優先すれば単にチャクラで肉体の潜在能力を高める程度に抑える事も出来る。だがその分リアルにはなるが少年漫画向けの派手な展開は描けなくなる。それは掲載誌の傾向や漫画のジャンルとしてどちらを優先するかというだけの問題であり、リアリティの有無の問題ではない。そもそもチャクラという設定自体、現実にはあり得ないのだから、こんなところにいちいち突っ込むのならこの手の少年向けバトル漫画は読むべきではない。例えて言えば映画「ハリーポッター」に対して「魔法なんてナンセンス」と言うようなもので、評価すべきポイントがズレている。

ナイスレビュー: 5

[投稿:2008-04-12 22:43:24] [修正:2008-04-12 22:43:24] [このレビューのURL]

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