「とろっち」さんのページ

総レビュー数: 300レビュー(全て表示) 最終投稿: 2009年10月09日

地味な事件ばかりの探偵もの。

主人公がどこかに行ったら殺人事件に遭遇した……、などではなく、基本的には依頼人が探偵事務所に
仕事を依頼することから始まります。 いわゆる実際の探偵事務所や興信所を意識した話作り。
その仕事内容も派手なものではなく、人探しや物探しだったり、浮気調査みたいなものだったり。

にも関わらず作品自体がそれほど地味になっていないのは、キャラ作りの上手さの賜物でしょう。
一癖も二癖もある脇役キャラ、そしてUMAみたいな犯人役がどんどん話を掻き回します。
そしてそれに負けないぐらいに大暴れするのが主人公の探偵・妻木。
一見落ち着いたキャラで、一応は探偵らしく地味な聞き込みや足を使った捜査をするものの、そのうち
エスカレートして違法行為ギリギリ(と言うかたぶんアウト)になっていき、とにかくドタバタに。

「みっちゃん編」以降は絵も話作りも上手くなっていきます。
小道具と伏線も巧みに使いこなし、カメラワークも秀逸。 だから短い話でもビシッと締まります。
女性をとても綺麗に描けるのも特徴。 絵の上達っぷりがすごいです。
当時アニマルに掲載されていたときはこれが一番楽しみでした。
読んでいると妻木と涼子さんに情が移りますね。
余談ですが、女性の大家さん最強説はついでにとんちんかんを思い出しました。

個人的には、ギャグとシリアスとのバランスが良くてとても読みやすい作品だと思うのですが、
欠点としては、訴求力が明らかに足りない気がします。
そこがどうにももったいないなあという感じ。
なので自分としては8点を付けたものの、やっぱりここのレビューの平均点ぐらいの点数が
この作品の評価としては一番ふさわしいのかもしれません。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-08-24 01:32:02] [修正:2011-08-24 01:32:02] [このレビューのURL]

「ナイフ」=「十代の自意識」。
ナイフのように剥き出しになった自意識を持て余し、溺れるがごとくに足掻き、彷徨い、
周囲を傷つけ、自らを傷つけながらも、少しずつ成長していく少年少女を描いた作品。

中学生にして早くも「人生のピークを過ぎた」と感じ、自分もかつて持っていた(と自覚している)
「キラキラと光り輝く光源」に本能的に惹かれ、追い求める夏芽。
そんな夏芽の剥き出しの感情が本の外まで飛び出すがごとく、読んでいて激しくぶつかってきます。

正直、三十路のオッサンが読むような漫画ではないかもしれませんが、
この作品の良さや凄さは十分に伝わってきました。
絵だって特段上手くないですし、ストーリー展開も他の少女漫画と変わり映えしないように思えるものの、
作品から伝わってくる空気が違う。 パワーが違う。 生々しさが違う。
夜の山、夏祭り、篝火などという小道具の使い方も上手く、神々しさを高めるのに一役買っています。、
触れれば切れるようなギラギラした危うさをこれほどまでに表現できているのは本当にお見事。

クセがあって異彩を放つ作品のため、万人向けとは必ずしも言い難いですが、
ハマる人はとことんハマるのではないでしょうか。
溺れるような年代を瑞々しく描いた、熱情がほとばしる渾身の作品。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-06-29 01:26:32] [修正:2011-06-29 01:26:32] [このレビューのURL]

穏やかな世界と、マリィの優しい微笑み。

これは良質のファンタジー。
今までどちらかと言うとまず画力ありきという印象だった作者に、世界観とストーリーが追いついた感じ。
しっかりとした世界が、違和感なく、緻密に、丁寧に、作り上げられています。

ゆったりとした流れを感じさせる上巻と、怒涛の展開を見せる下巻との対比が面白いです。

ラストでの立て続けのどんでん返しは正直予想の範疇ではありましたし、どこまでが真実かも
意図的にある程度ぼやかされて描かれてはいますが、この作品はミステリーなどと違って
謎を解くのが目的ではなく、種明かしも作品を形成する1つの要素にすぎません。
何だか幸せの定義についてもいろいろと考えさせられてしまいます。
人類にとってどちらが幸せだったのか。 個人として何が幸せなのか。
その辺の構成が実に巧みな良作。

最後まで読み終わった後に上下巻の表紙を並べてみるとよくわかります。
作者が最も描きたかったのは、きっとこの光景だったのでしょうね。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-06-12 16:34:19] [修正:2011-06-12 16:34:19] [このレビューのURL]

すごく柔らかく、それでいて凛としている表題作。

意外性やどんでん返しなどとは無縁な作風で、そんな展開は起こるべくもないですが、
それでもこの終わり方は今まで読んできた漫画の中でもかなりの出来。

幸福、悲哀、充足、寂寥、出会い、別れ。
様々な感情、想いが入り交じりながら形成されたこの作品。
普通は色を重ねていくとどんどん濃く黒くなっていくものなのに、この人の漫画は違います。
そういう想いを重ねていくとどんどん透き通っていく。 実に不思議。

奥ゆかしいまでの、純然たる「積極」。
タイトルから何からすべてがほぼ完璧。 参った。
読み終えて読者の心に一片の光が射すような、そんな温かみのある作品です。


その他2作品収録。 その他扱いして申し訳ないですが、その他としか思えないぐらいに
表題作にインパクトがありました。
ただその中でも「スパイラル ホリディ」はテンポも構成もラストも良く、良質なドタバタコメディ。
「風の道」は普通の少女漫画かな。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-05-29 16:40:51] [修正:2011-05-29 16:41:54] [このレビューのURL]

現代の高校生がタイムスリップして過去へ行き、織田信長となって活躍する歴史もの。
これだけだとよくありがちな設定ですが、とにかく異色な作品。 でも面白い。

主人公のサブローは、歴史に全く無知で興味も無く、物事をあまり深く考えず、気分屋で物怖じせず、
説教と退屈と面倒くさいことが何より嫌い、という現代っ子の高校生。
そんな彼が過去へと飛ばされます。 何故か?はこの作品ではどうでもいいらしく、経緯はあっさりカット。
「織田信長の名前ぐらいは知っている」レベルの知識しかない彼が、「とりあえず自分が天下取らないと
歴史が変わっちゃうんで」ぐらいの決意で戦国の世を駆け抜けていくことになります。

本来なら、今さら信長の伝記なんて見飽きたし先が読めてるし、っていう感じかもしれないですが、
この作品は一味違います。 何が起こるのかさっぱりわからないです。
読み進めてやっとコンツェルト(協奏曲)の意味がわかる辺り、実に上手く作ってあると思います。
全体に漂うユルさと軽さが自分の中ではまりました。 さりげないギャグや所々の小ネタも良好。

良くも悪くも展開が異常に速いこの作品。 一般的な信長のイメージとは全く違う性格のサブロー信長が、
これから起こるであろうあんな事件やそんな事件をどう処理していくのか。
いろいろと細かい伏線もさりげなく張ってあったりして、とにかく先を読むのが楽しみな作品です。
ラストは夢オチ、なんていうのはやめてほしいなあ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-05-24 00:50:39] [修正:2011-05-24 00:50:39] [このレビューのURL]

非常に丁寧な作りの良作。

裁判開始から判決までが一連の流れとなっており、どこかの名探偵みたいに事件の謎を解いて
真実を暴くのではなく、あくまでも裁判員制度に重点を置いたドラマ仕立ての作品です。

挙げられている事件は確かにありがちな展開が多いですし、裁判員に選ばれた登場人物たちも
ステレオタイプ的なキャラが目立ちますが、この作品は独創性を前面に出すようなものではなく、
実際に裁判員になったときにどのように考え判断すればよいか読者に擬似体験させることまでを
念頭に置いて作っているのがよくわかります。
人情ドラマの要素も多少含まれているために被告人に有利な判決になりがち、という点を差し引いても、
そこに行き着くまでのプロセスもきっちり描かれていて、十分に見応えのある話に仕上がっています。

裁判ネタだから当たり前かもしれませんが、何が正しいかを明示していないところが良いです。
人の数だけ正義があり、主義があり、哲学がある。
そんな中で、年齢も性別も社会的立場も全く異なる人たちが集まって「人を裁く」とはどういうことか。
有罪か、無罪か。 量刑はどのくらいか。 正解などもちろん無い中で答えを出さなければなりません。
死刑にするか否かの討論を「人殺しの相談」と評するセンスにはなかなか驚かされました。

当初、主人公の主張は単なる青臭い理想論にも聞こえましたが、主人公の背景が描き出されて
考え方のバックボーンが明らかになると、途端にその発言に深みが感じられるようになってきました。
全体の構成や見せ方はかなり上手いと思います。

裁判員制度の説明が詳しくてわかりやすいだけでなく、普通に漫画としても面白いです。

これから成人を迎える人の67人に1人が、生涯に一度は裁判員になる可能性があるそうです。
この作品のサブタイトルは、「知らずに人を裁くのですか?」
読んで裁判員制度に必要な知識を十分得られるかどうかはわかりませんが、
少なくとも興味を持つきっかけとしては申し分ない作品です。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2011-04-23 13:41:57] [修正:2011-04-23 13:41:57] [このレビューのURL]

天才・くらもちふさこが描く群像劇。

全く無関係に思える人々、いくつものエピソードが、実はそれぞれ繋がり、複雑に絡み合った、
オムニバス形式の作品です。 一昔前の映画なんかによくあった手法だと思います。

この作品に特定の主役はいないです。
敢えて言うなら、出てくる人みんなが主役。
ある話では脇役だった人が別の話では主役になり、そこで脇役だった人がまた別の話で、という形式。
ほんの一瞬出てきただけの脇役なのに強烈なインパクトがあったりするのも、作者の技術でしょうね。
セリフ少なめなのに濃厚な心理描写、濃いキャラクターたち。 こういうのが作者の腕の見せ所。

一話一話の質の高さにも驚かされますが、それぞれの話の絡み合い方なんかは
もうこの人にしか描けないだろうなとも思えるほどの凄みを感じさせられます。
人と人とは皆つながっているんだよ、そしてそのつながりにはちゃんと意味があるんだよ、ということ。
パッと見は特段なにもない普通の描写ですが、話と話とがリンクするその瞬間が色鮮やかになるような、
そんな不思議な感覚に支配されます。

この人の作品は、何の変哲もない日常話の中に、とんでもない仕掛けとか技巧を凝らした表現を
これでもかっていうぐらいに入れてくるので、何かもうその描写に圧倒されてしまいます。
天然コケッコーが郷愁を感じさせる中で相反するような技巧に何度も唸らせられるような作品なら、
こちらは物語全体の構成の巧みさと見せ方に何度も溜息をつかせられるような作品。
経験というよりは才能なのかなあ。 天才と謳われる凄さなのでしょう。
あまり気軽に天才なんて言葉を使いたくはないんですが、くらもち氏をそう評する人が多いのも納得。

で、べた褒めなのに8点なのは、作品全体としての話にいま一つまとまりがないと思うから。
映画「マグノリア」みたいに知らないうちにみんなが同じ方向を向いているのならまだしも、
まだこの作品は登場人物みんながそれぞれてんでバラバラな方向を向いているように感じます。
ただのオムニバスよりも、一つの作品としての見せ方に期待を込めて、この点数。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-03-31 01:11:07] [修正:2011-03-31 01:14:15] [このレビューのURL]

凡人主人公と天才ヒロインによる音大物語。

序盤はその2人が織り成すオーケストラもの。
途中からは他の登場人物にも光が当たり始め、音楽だけでなく恋愛要素も絡んだ
青春群像劇へと変化していきます。
もともと作者はそういう方面を描くのが上手いので(「夢のアトサキ」とか「未来のゆくえ」等)、
この変化は大歓迎。 さらに面白くなってきていると思います。

ただしこの方向転換は本当に作者の事前の予定通りなのか。
人気の出る方向に蛇行運転しているだけにも感じてしまいます。 面白いからいいんですけどね。
脇にスポットを当て過ぎてヒロイン・ひびきの影が薄くなってきているので、今後の挽回に期待。

同ジャンルの先駆者「のだめカンタービレ」は老若男女を引き込みましたが、
こちらはある程度の興味と知識がなければ、もしかするとちょっとだけ敷居が高いかもしれません。
まあ巻中のコラムが親切丁寧で面白いので、その辺もちゃんとフォローしてくれています。

そうすけさんのおっしゃるように、時折登場人物の目が怖いです。 怖すぎです。
急に殺し屋みたいな目になるんで、作品の雰囲気を多少ながら損ねている場面もあるのかも。
作品に緊張感があるのはいいんですけどね、もうちょっと柔らかい感じでもいい気がします。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-03-23 00:55:43] [修正:2011-03-23 00:55:43] [このレビューのURL]

The Flower Of Life. すなわち、「人生における最盛期」であり、「生涯で最良のひととき」。

漫画家を目指す男子高校生が主人公の、いわゆる学園もの。
その学園生活がものすごく瑞々しく描かれているんですが、それが実に楽しそう。
なぜそんなに楽しそうかと言えば、一つには登場人物同士がお互いを気遣い、心配りを忘れず、
空気を読み合うことによって生まれるユートピアのような雰囲気が心地良すぎるから。
ありそうであり得ない理想郷の風景なのかもしれないですが、この作品が現役高校生ではなく
かつて高校生だった人向けに描かれていることを考えれば、何となく納得がいきます。
心の中にある「理想の学校生活」ってこんな感じなのかもしれないですね。

BLばかり描いてる作家だと思って何となく避けていたよしながふみ作品で、最初に読んだのがこれ。
で、「あれ、この人すごくね?」という印象を抱かされ、その後よしなが作品を読み漁ることに。

そのぐらいに作者の上手さを感じる作品でありました。
何気ない日常を良質のエピソードに昇華させて描かれる1巻から3巻まで、
そして、登場人物の性格付けのための単なる設定だと思っていたある事柄を伏線として大胆に活用し、
その他諸々のドラマティックな展開と併せて見事にまとめ切った最終巻。

何て言うか、読後の爽快感がたまらない作品です。
あんなに登場人物たちが泣きじゃくり、思い悩み、ヘコんだりしているのに、
この作品を思い返したとき頭によぎるのは登場人物の笑顔と和やかさなんですよね。
その辺が作者の上手さであり、優しさなのでしょう。
登場人物みんなそれぞれの「フラワー・オブ・ライフ」には、やっぱり笑顔が似合うでしょ、っていう。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-02-28 01:28:26] [修正:2011-02-28 01:29:12] [このレビューのURL]

「天才を描く」曽田正人の作品の中でも、すばるはまた毛色が違う感じ。
この作品は正に、圧倒的なすばるの才能だけで成立しているように思えます。

そもそもすばるというキャラは主人公向きではないんですよね。
人物的にはあまり魅力的とは言い難いです。
だからこそ、踊っているときのすばるの狂気を孕んだ魅力、それが見事なまでに際立ちます。
そしてその天賦の才能を余すところなく描写している作者の卓越した表現力。
絵が上手いとは素直に言い難いですが、これだけの凄みを見せ付けられると、ラフ画のように飛び交う
線の一本一本にも技巧に勝る何か強い力が込められていると思わざるを得ません。

ただ、前作「昴」と今作「MOON」とでは全く違った印象の作品になっているように感じました。

前作でのすばるは、何と言うか、非常に「危うい」存在。
読んでいて、ナイフで鉛筆を極限まで削るような感覚。
削るほどにどんどん尖っていきます。 折れやすさと引き換えに。
いつかどこかで折れそうな研ぎ澄まされた危うさを内に秘め、だからこそすばるはあんなにも輝きます。

対して今作でのすばるは、天才としてのエキセントリックさを前面に押し出してはいますが、
根底にあるのは、すばる自身の「力強さ」。
自分を強く持ち、どこまでも自己を強く表現していて、それが輝きにつながっています。

すばるが自分で語っていたように、「バレエに対する畏れを失ったこと」が印象の差異の一因に
なっているのかもしれません。
前作でのすばるは、孤高。 高みを目指そうとすればするほど孤独になっていく宿命。
今作でのすばるにそれが感じられないのは、ニコというパートナーを手に入れたからか。
それだけではないような気がするんだけどなあ。
願わくば、前作「昴」と今作「MOON」との間の時間も読んでみたいところではあります。
まさかアレックスとのロマンスだけでそれほど変わってしまったわけでもあるまいに。


考えてみると、わざわざタイトルを変更したことにも大きな意味が込められているのでしょう。
他の星よりも一際明るく輝く「昴」から、さらにもっと明るく、もっと妖しく、もっと美しく輝く「月」へ。
複数の星が寄り添うようにして輝く「昴」から、夜空に圧倒的に君臨する「月」へ。
それでも人々を明るく照らす「太陽」にはなり得ないところがすばるらしいのかもしれないですが。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-02-10 00:48:37] [修正:2011-02-10 00:51:08] [このレビューのURL]