「とろっち」さんのページ

総レビュー数: 300レビュー(全て表示) 最終投稿: 2009年10月09日

8点 水域

日照りによる給水制限の中、中学3年生の水泳部の少女がランニング中に熱中症で倒れて意識を失う。
目覚めた時に少女がいたのは、雨が止むことなく降り続く川辺の古びた山村だった。

話の題材としては非常にありふれた感もありますが、現在、過去、夢の中の世界の描写を交差させて
作品の世界観を重厚なものにした上で、親子三代の故郷に対するそれぞれの気持ちの対比を
しっかりと丁寧に描き出していて、非常に読み応えのある作品となっています。
そして作者の大きな特長でもある、自然への畏敬の念を感じさせるような情景、雰囲気の描写。
現代劇でありながらもこれが何とも素晴らしいです。

この作品は、この手のファンタジーにありがちな「夢の世界と現実とがリンクして現実世界に影響する」と
いう設定ではなく(記憶として残る程度)、あくまで過去は過去。
当然ながらダム開発を悪として描いているわけでもなく、登場人物の心にも抵抗運動の終焉とともに
ある意味時代の変遷としての諦観のような思いも生まれつつあり、それはラストでの人工的なダム湖と
古き山村とのそれぞれの美しさを対比させた描写にも象徴されているように感じます。
そして、だからこそ、「今はもう無い場所」である「失ってしまった故郷」に対するやりきれない気持ち。
それは後悔とも失望とも違い、気持ちの整理はできても消化されることなく残り続けていくはずで。

各々の心の奥底には、自分のルーツとして、自分の存在を形成する不確かだけど確固たる拠り所として
あの村があり、孫娘にも不思議な体験を通じて奇しくも受け継がれていきます。
村は水の底奥深くへと沈んでしまっても、人々の想いは忘れられることなく。

水にまつわる話なのにこのレビューでほとんどそのことに触れていなかったので、少しだけ。
海とはまた違う川独特の清涼感、そして森に囲まれた川と山村という原風景が日本独自の郷愁を
想起させ、暗く重い話になりがちなところを実に透明感溢れる優しい作品に演出しています。
また、水信仰の象徴のような龍神伝説をうまく話の根幹に絡ませ、幻想的な雰囲気を醸し出しています。

やっぱり作者の代表作は「蟲師」であり、それに比べてこちらはあまり陽の当たらない作品なのかも
しれないですが、こちらも良い作品です。
暑い時期に読んだ方がより一層作品の雰囲気が伝わってきて良いと思います。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-09-27 01:16:39] [修正:2011-09-27 01:20:55] [このレビューのURL]

江戸の町にて起こる数々の奇妙な事件を「理屈」で解決しようとする「当て屋」の椿と、
基本的に事件に巻き込まれる形で話に絡む絵師・鳳仙を中心とした、探偵物語のような話。

ヤングアニマル掲載だけあって出てくる女性はみんな艶があり肉感的で、エロもグロも多い作品です。
が、江戸時代(吉原周辺)の日常が丁寧に描かれていて、(性風俗ではなく本来の意味での)風俗的に
とても興味深い作品にもなっています。

他の方のレビューにもありますが、個人的にはこの作品はミステリーとは言い難いと思います。
少なくともミステリーとして考えるととてもじゃないですが楽しめないと思います。
基本的に怪奇事件ですし、その原因も物の怪の類の超常現象が主ですので。
江戸を舞台に巻き起こる超常現象に挑むサスペンス、ぐらいの気持ちで読むのがちょうど良いかと。

使い古されていそうなジャンルでありながら斬新な雰囲気で、最初の頃は面白かったですよ。
ただ最近は若干ネタ切れでしょうか、話の質が低下してきているように感じます。
せっかく吉原が舞台の春画絵師という設定がありながら、それはあまり話の根幹には絡んでこなくなり、
エロ場面のためにのみ使われる設定になってしまっていますし。
リアルに江戸を描いている分、どうしても事件のパターンが限定されてしまうのは仕方ないところかも
しれないですが、何とかマンネリ感を打破してほしいと思います。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-09-27 01:11:30] [修正:2011-09-27 01:12:26] [このレビューのURL]

テニス漫画における最高峰。
これまでテニス漫画はそれなりに読んできましたが、これがダントツで面白いです。

主要な登場人物は女子マネージャーを除き、ほとんど全員が男子キャラ。
二人いる主人公も当然ながらどちらも男。 まるで少年漫画。
どの辺りの読者層をターゲットにしたのかいま一つわからないですが、こういうこと言うのも何ですけど
少女漫画ということで知名度的に随分損をしてしまっている作品ではないでしょうか。
作者はこの後実際に「ましろのおと」で少年漫画に移ってしまっていますし。

長編ながらもよくありがちな引き延ばされたものではなく、ちゃんと内容を伴っての全32巻。
むしろ長いからこそ作者の話作りや構成力の非凡さが際立つのかも。
基本的にはテニスの熱い描写と、スポーツを通して成長していく主人公たちを描いた
少年漫画の王道とも言うべき構成になっています。
それとともに少女漫画の特徴である濃密な内面描写がうまく絡み合って話にぐいぐい引き込まれ、
読み始めたら止まらなくなるほどの面白さを発揮します。

そしてこう書くと意外かもしれないですが、この作者は本当に絵が上手いです。
もっと正確に言うと、テニスのプレー描写を、臨場感溢れる描き方で、しかも十分な熱気を伴って、
実に丁寧に格好良く描いています。
だからスポーツ漫画で最も重要な「試合の場面」が最も熱くて最も面白いという作品になっています。
これ非常に大事。

主人公(伊出)が天才過ぎるのはこの手のジャンルの常なので個人的には別に構わないのですが、
確かに佐世古家のドロドロ具合はそこまで必要とも思えなかったですね。
また、2年生でのインターハイ終了から3年生でのインターハイ開始までの期間の低調っぷりが
思ったより長かった(作者曰く、伏線をばら撒く重要な時期)ため、それがちょっと残念。
ただしそこからラストまでの怒涛の展開は本当に面白かったです。

全体的なノリはやっぱり少女漫画なのでどうしても受け付けない人もいるかと思いますが、
そうでなければぜひ男性にも(もちろん女性にも)お勧めしたい作品。
全32巻、読み切ったとき、「いやー良いもの読んだなあ」という気分になれること請け合いです。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-09-20 01:20:52] [修正:2011-09-21 01:18:38] [このレビューのURL]

パパは魔法使い、というか日本最強の陰陽師。
娘を溺愛してはいるものの、立派な大人とは口が裂けても言えないような人でなしの大人子供。
娘に陰陽師の仕事を継がせようと、いつも娘を巻き込んで無茶苦茶なことばかりする。
でもそんなパパは実は……。

大まかに説明すると、常識的な生活能力が皆無なパパの世話をしながら暮らす主人公の女の子が、
仕事を継ぐのが嫌で普通の生活を夢見ながらも怪奇現象に頻繁に(パパの思惑もあって)巻き込まれ、
でも彼女自身も陰陽師の素質があるもんだからついうっかり事件を解決しちゃったりするという。

基本的にはこういうドタバタ話ではあるものの、物語の端々に後に繋がる伏線が散りばめられていて、
だんだんコミカルな雰囲気から次第にシリアスな展開になっていくとともにこれまでの伏線が結集し、
物語を貫く壮大な伏線となって主人公の前に立ちはだかります。
この辺の構成の上手さがベテランならではというか、実にお見事。

ラストがとても良かったです。 やはりラストが良い作品は良いですね。
パパの性格設定の滅茶苦茶さと、それを包み込んで余りある主人公の心の広さが素晴らしいです。

現在は続編の「魔法使いの娘ニ非ズ」が連載中ですが、こちらは普通の妖怪退治ものになってしまって
いて、まだ現時点で続編からは本作ほどの面白さは読み取れないです。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-09-20 01:13:27] [修正:2011-09-21 01:13:17] [このレビューのURL]

何だかものすごいメディアミックスぶりらしいですが、原作ライトノベル、アニメ等すべて未読、未見。
ということで他メディアとの比較論はできないです。 漫画版のみ。

舞台は19世紀のイギリス。 産業革命によって経済と科学技術が発達し、神話が駆逐されていった頃。
主人公は妖精が見える少女・リディア(頭の中がお花畑というわけではなく、本当らしい)。
亡き祖母の仕事を受け継ぎ「妖精博士」として開業するも、周りの人に理解されない日々でしたが、
妖精国伯爵の末裔だと名乗る人物から依頼を受けたことで物語が大きく動き出します。

漫画版は原作にかなり忠実に描かれているようです。
もともと漫画向けの設定なのかもしれないですが、作品の世界観、設定、人物等、とても丁寧で綺麗に
描かれていて、むしろ原作小説の表紙の絵柄よりこちらの方が世界観に合っていると思います。
なので漫画は小説を読んだ人向けの補完版ではなく、漫画版だけでも十分に作品世界を堪能でき、
漫画版自体が一つの良質な作品になっています。たぶん。

漫画版の1-2巻は原作小説の1巻「あいつは優雅な大悪党」を、漫画版の3-4巻は原作小説の2巻
「あまい罠には気をつけて」を描いています。
2巻ごとに内容がきっちりまとまっているので、読むなら2巻ごとのセットの方が良いです。
話としては1-2巻の方が面白かったですが、漫画としては3-4巻の方が上手く描けていると思います。
作画担当が漫画家としてレベルアップしたということかも。
内容では、最初の話で妖精博士(主人公)が伯爵に協力する理由がかなり弱く感じられ、
そこがかなり気になったものの、これは恐らく原作的な問題。

漫画としての難点は、上記のとおりかなり丁寧に描かれているので、進みが非常に遅いこと。
原作はまだ20巻以上あるのに。
完結とはなっているものの、恐らくはこの後のシリーズも漫画化されていくとは思いますが、
終わるのはいつのことになるやら。
ちなみに男性の自分が言うのもなんですが、この作品はよっぽど少女漫画に耐性のある人でないと
男性には向かないと思います。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-09-16 01:03:40] [修正:2011-09-16 01:04:07] [このレビューのURL]

老眼鏡紳士におもてなしされる作品。

他の方のレビューにもあるとおり、ストーリー的には特筆すべきものはないです。
出てくるのも基本的にいい人ばかりで波乱なし。
リストランテの従業員はみんな老眼鏡紳士なので。途中までは誰が誰だかわかりづらかったのが難点。

人物の気持ちの描写がとても上手く丁寧なので、途中からは作品にスッと入っていけます。
他の老紳士からすると主人公なんて小娘ぐらいの年齢だと思いますが、誰も彼女を子供扱いせず
1人の女性として誠実に対応しているのがさすが紳士だなあという感じ。
雰囲気で酔わせてくれる作品。
読後感が非常に良く、眼鏡萌えでも紳士萌えでもない自分でも楽しく読めました。
続編の「GENTE」と合わせてどうぞ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-09-16 01:00:04] [修正:2011-09-16 01:00:04] [このレビューのURL]

動物との触れ合いを描いた珠玉の短編集。

表題作「犬を飼う」は作者の私小説的作品であり、子供のいない夫婦にとって重要な家族の一員だった
愛犬・タムの晩年の姿を描いた作品。

飼い始めの仔犬の頃はヤンチャでとてもかわいかったタム。
そんなタムも老犬となり、作中ではタムがどんどん衰弱してきます。
タムを少しでも歩かせてやろうと散歩させている奥さんに、通りがかった人が「(歩かせて)かわいそう」と
声をかけるものの、「このまま歩けなくなる方がよっぽどかわいそうだ」と心の中でやり返す奥さん。
ついに自力で立ち上がれなくなりながらも外へ出たがるタムを何とか起こし、散歩へつれていく2人。
あんなに嫌がっていた排泄物を自分の寝床にもらしてしまうほどに弱ってきたタム。
寝たきりになったタムを見ながら、「これでいいのだろうか…」と自問自答を繰り返す「私」。

「なぜ、こんなになってまで生きようとするんだ?」
身動きすらできないタムを見て、安楽死させるべきか何度も思い悩み…。
タムとは言葉を交わすことができないが故に、余計に胸が締め付けられる感覚。
「こんな思いをしてタムを看取るとは思ってもみなかった」

演出的な要素を抑えて淡々と描いた描写が、却って読者の心の奥深くまで届くような気がします。
「動物を飼う」ことの意味と意義。 飼い主として、家族としての責任、心情。
そういうのを真っ向から、しかも説教臭くならずに描き切った傑作。


そしてこの夫婦、懲りずにまたペットを飼います。 もう二度と飼わないって言ってたのに。
それが2編目の短編、「そして…猫を飼う」。
これはブサイクで警戒心が非常に強いボロ(猫の名前)が少しずつ懐き、出産するまでを描いた話。
3編目は、子猫たちを人にあげることを約束してしまったために、子猫をボロから引き離すことの苦悩、
ボロが必死に子猫を探し始める切ない様子を描いた「庭のながめ」。
4編目はさらにその続編ですが、こちらはあまりペットは関係なく、姪っ子が家出してきた話。

5編目は今までの話とは全くつながらず、雪山で遭難した男が、神の化身とも言われるユキヒョウを
目の前で見る話。
この5編目は、後の作品「神々の山嶺」に通じる圧倒的な描写力が印象的です。


生き物の生死を主に描いた話でありながら、前述のとおり過剰演出もなく淡々と描かれているため、
さほど重くもなく、暗くもなく、テンポが良くて読みやすい作品になっています。
たった5編ながらもとても読み応えのある短編集です。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-09-10 00:55:38] [修正:2011-09-10 01:08:25] [このレビューのURL]

5点 結界師

週刊少年サンデー恒例の長編妖怪もの。

絵はすっきりとしていて読みやすく、主人公は突っ走る系のキャラですがいかにも少年漫画の主人公と
いう感じで、なかなかバランスの良い作品という印象でした。 途中までは。
こんなに長くする必要なかったんじゃないかな、というのが素直な感想。

確かに途中までは面白かったです。
ただ登場人物が必要以上に多くて作者にも制御しきれず、そのために作品自体の印象が混沌として
かなり薄く広くなものになってしまったように感じました。

細かい設定なども良く出来ているのですが、その最終目的が何なのかが非常に見えづらい作品でした。
何というか、作品の根幹がしっかりしていないために、面白そうな要素が互いに上手く連動せず
全体像がとてもわかりづらくなってしまっています。
もともとが「誰かを倒す」という能動的な目的ではなく「森を守る」という受動的な目的であるため
描きにくかったのかもしれないですが、それならばあまり手を広げずに森の謎を解くことのみに
終始した方がずっと面白かったんじゃないか、なんて思ってしまいました。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-09-10 00:48:51] [修正:2011-09-10 00:50:00] [このレビューのURL]

6点 LOST MAN

ピッチ外での陰謀、裏取引などにもスポットを当てた新感覚のサッカー漫画。

主人公のマツモトはクラブこそルーマニア→ブラジル→イングランドとステップアップしていくものの、
もともと全てのポジションで超一流のプレーができる凄い人。
なので主人公の成長物語ではなく、代理人のサカザキがマツモトの能力を活かしたビジネスを
展開し、マツモトがその条件をクリアしていくストーリーとなっています。

現実のサッカー界でも代理人ビジネスが横行しているため、そういうところに着目したのは
新しい試みだと思いますが、如何せんサカザキの目論見が壮大すぎてしかも上手くいきすぎるため、
ピッチの外でのリアリティの無さがとても気になります。
ただしピッチの中での描写はさすがファンタジスタを描いた作者だけあって非常に秀逸で、
リアリティがあって本格的なサッカー漫画になっています。

サスペンス的な要素もあり、今後ストーリーの大局がどうなっていくかが大きな見どころだと思います。
が、そもそもこれ普通のサッカー漫画でも良かったんじゃないか、という気もします。
特にイングランド編になってサッカー描写やそれに伴う選手描写が面白くなってきただけに。
この話は今後どこに向かっていくのか。 落としどころが難しそう。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-09-08 02:28:20] [修正:2011-09-08 02:28:20] [このレビューのURL]

第一部と合わせてレビュー。

大ヒットしたゲームの漫画版。
作画は、原作者をして「気持ち悪い」と言わしめるほど藤島康介に絵が似た新鋭・政一九。
なぜこの時期に漫画化したかと言うと、漫画化のオファーはずっと断り続けていたらしいのですが、
あまりに政一九の絵が原作の雰囲気に似ていたため広井王子も止む無くGOサインを出したとのこと。

さてこの政一九氏ですが、確かに静止画は似ているものの、漫画家としての技量はまだまだ
藤島康介の足元にも及ばないです。
他の方のレビューにもあるとおり、動く絵は下手だし作品としての盛り上がりにも欠けます。
何より、彼独自の個性が全然見えてこないです。
モノマネ芸人だって、ただ単に似ているよりも独自の個性を足した方が面白いのに。

ストーリーも原作に忠実なのですが、これは原作に忠実に描いて今さら誰が得をするのだろうか。
せっかく漫画原作も広井王子がやっているのだから、オリジナルで勝負してほしかったです。
第二部になってちょっとは変わるかと思ったらそうでもなかったですね。
連載誌が2度も休刊するという憂き目にあったのは不幸ですが、そろそろ潮時かなという気もします。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-09-08 02:25:41] [修正:2011-09-08 02:26:43] [このレビューのURL]