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総レビュー数: 258レビュー(全て表示) 最終投稿: 2007年06月29日

7点 W3

 W3(ワンダースリー)は小学生の頃に学校の図書館で読んだことがあった。当時気に入っていた漫画が今読み返してもこれ程までに楽しいって多分すごいことだ。かつてW3や真一の活躍に胸を踊らせていた気持ちを思い出しつつも、結末では手塚SFの極みの一端を感じられる。

 結局人間は正なのか悪なのかという疑問は今も昔も誰しもがどこかで考えてきた。
 地球を存続させるかどうかの判断を下すよう命じられたW3と反陽子爆弾を自国の権益に利用しようとする国、世界平和を目指す秘密機関。様々な思惑が絡み合う中で、真一や馬場先生に輝くヒューマニズム。手塚治虫は娯楽的な冒険SFのオブラートに包んで、読者に古典的で素朴な疑問を問いかける。
 
 アラン・ムーアのWATCHMENでは正義も悪も溶けてなくなり、ノーランのダークナイトでは曲がりなりにも一つの回答が示された。
 そういう後発の作品に比べるとやっぱりW3は物足りない。でも子ども向けに少年サンデーで連載されたことを考えるとちょうどよい塩梅なわけで。気楽に読めて、考える余地も十分にある。そもそも約50年前にこんな漫画を描けるのはやっぱり手塚治虫の凄みだよなぁ。

 よく賞賛される驚きの結末は、私がある程度年もとって色んな作品を読んできたからか今読むとそうでもない。手塚治虫作品に時に感じられるお仕着せのヒューマニズムが気になる部分もあるのだけれど。
 じゃあ結局私が何を気に入っているのかというと、もうボッコ隊長が可愛すぎてしょうがないってことで。これはもはや異常ですよ。

 というのもボッコ隊長は地球人に疑われないためにウサギの体になっているのだけど、私が感じてるのは動物が可愛いとかそういう感情ではないんだよなぁ。どっちかというとボッコ隊長の純真さや仕草という一挙一動にときめいちゃっているのです。プッコにキスした時なんか私の胸までドキドキしたよ。ウサギとカモなのに。
 手塚治虫のいう「私の漫画は記号です」というのがある面最大限発揮された結果かもしれないけれど、これは他にない体験な気がする。手塚治虫が変態なのか、私が変態なのか…。

 子どもの頃に読んでそれっきりという人にはぜひ読み返してみて欲しい。あの頃にわくわくした気持ちを思い出しつつも、新たな発見があると思う。もちろん全く読んだことのない人にもおすすめ。ボッコ隊長に惚れたのは私だけではないって信じてる。

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[投稿:2012-01-16 18:34:47] [修正:2012-01-16 18:50:32] [このレビューのURL]

 高野文子のB級センス大爆発!、なかっけぇ漫画。

 まあそもそも高野文子といえばセンスの塊みたいな人です。漫画家の中で天才を一人選ぶとしたら多分私はこの人を選ぶ。
 そんな人が全力を傾注して超B級なスパイものをやるとなると、超イカした冒険活劇になるのは至極自然なことで、絵に見はまり過ぎて最初はストーリーがさっぱり頭に入らないのも至極当たり前なわけ。

 お金持ちのお嬢さんのメイドをしていたラッキー嬢はちょっとした悪ふざけでメイドを首になってしまう。ひょんなこんなでデパートを巡る陰謀に巻き込まれた彼女は“一見ただのかわいいデパートガール。しかしその実体は―――極秘文書受け渡しの任務を受けた勇敢な一少女特派員”になってしまうのだった。

 捻くれている好みだろうか、私はB級というよりB級愛に溢れた作品が好きなのだ。B級という言葉は人によって捉え方が様々かもしれないけれど、私にとっては独特の“チープさ”。そのチープさを巧く自分の作風に取り入れたものって波長が合えば何ともたまらない魅力がある。
 例えばプラネット・テラー in グラインドハウス(だって義足がマシンガンだし)や血界戦線(だって世界救いまくるし)とかね、もう大好きです。で、このラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事もそんな作品の一つ。

 ストーリー見れば分かるでしょ。めっちゃチープですよ。夢と希望のデパートで繰り広げられる一国の命運を握るお話ですよ。悪の親玉も、王子さまも、機知に満ちた会話と駆け引きも、可愛くて素敵な女の子も、ハッピーエンドも、何だってデパートのように品揃えが良くてかつ大安売りなんですよ。
 要はもう高野文子の好きなもん全部詰め込んだってことで。で、そんな漫画が私は大好きってことで。

 そんな魅力的なお話を盛りたてるのはやはり魅力的な高野文子の絵。高野文子はわりかしシンプルな絵だけれど、その線はついつい見惚れてしまう程素敵で、絵の見せ方という点で追髄出来る人はいない。この作品において、高野文子のペンはいつにも増して縦横無尽に動き回る。
 ラッキー嬢は縦にも横にも自由自在に走り、止まり、落ち、踊り、飛び跳ねる。読むうちに時間の感覚が狂ってくる。他の漫画家が3速くらいしかギアを切り替えれないところを高野文子は13速くらい切り替えることができるのだ。映画のようなスピード感があるのに、でも確実に漫画なんだよなぁ。高野先生は化け物ですか?

 ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事を好きな人となら、私は一緒に楽しく飲み明かせる気がする。趣味の映画や漫画の話をぜひぜひしたい。そんな漫画。
 高野文子本人はこれを失敗作と言ったそうだけど、私は大好きです。高野作品でも一際異彩を放つこの漫画、好みに合うかもと思った方はぜひぜひ。

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[投稿:2012-01-05 23:14:31] [修正:2012-01-06 00:01:54] [このレビューのURL]

7点 ボーン

 ボーンほど邦訳アメコミで、アメリカでの評価と日本での知名度がこんなに乖離してる作品はないんじゃなかろうか。ハーベイ賞、アイズナー賞に毎年のように輝いている1990年代を代表するシリーズなのにも関わらず。実際アメコミ作家でも、お気に入りの作品としてボーンの名前は挙げる人は少なくない。
 
 アメリカで1巻が出たのが1995年だから、3年と比較的短い期間で邦訳が決定されたのは出版社の意気込みと自信の表れだったのだろう。でも売れなかった…らしい。既にアメリカでは9巻で完結しているのに、邦訳は第一部にあたる3巻まででストップしている。残念至極。
 多分タイミングも悪かったんだろうなぁ。日本のアメコミが下火になり始めていた時期だし。しかしあまり現在でも話題にならない所を見ると、アンカルやモンスターのように邦訳が再開される可能性は低いと思わざるを得ない。うーむ…。

 「ボーン」はその名の通り、白くて丸い、つるつるしたカートゥーン調のキャラクター、ボーンという種族の3人を中心とした物語。
 その中の一人、フォニーが故郷の村でみんなを怒らせるひどい事件を起こして村を追い出される所から物語は始まる。そして彼の従兄弟である、フォーンとスマイリーも彼を心配して一緒に旅に出るのだった。しかしイナゴの大群、ラットモンスターとの遭遇など色んな出来事が重なって3人は離れ離れになって…。

 優れた子ども向けのファンタジーというのは大人が読んでも楽しいものだ。指輪物語やはてしない物語、精霊の守り人のような、ボーンはそんなそうそうたるファンタジーの一つと言っても良いと思う。
 常識と勇気のあるフォーンの報われない恋と冒険を心から応援し、“脳なし”スマイリーのとんでもない行動に笑い、計算高く強欲なフォニーのしょーもない企みはもちろん失敗に終わる。そして何より3人がたどり着いた谷を巡る謎に胸を躍らされ、世界を救う壮大な冒険は幕を開ける。ボーンを楽しむのに年齢は何の障害ももたらさない。小学生でもおじいさんであっても胸がわくわくするはずだ。

 ジェフ・スミスのアートも素晴らしい。白と黒のはっきりとした色調とボーンを描く気持ちのいいペンのタッチは何度見ても惚れ惚れする。普段アメコミと聞いて想像するようなリアリティ重視なものではなくて、スヌーピーのようなカートゥーン路線なので漫画読みでも馴染みやすいだろうし、個人的にも大好きです。
 ボーンやラットモンスターも始めとしたデザインも、性格も個性的な面々なので、それだけでも楽しい。特に“愚かな”ラットモンスターが私のお気に入りなのだけれども笑。

 唯一残念なのは最初に述べたとおり、第一部である3巻までで邦訳が止まっていること。さらなる冒険が幕を開け、一番わくわくが高まっている所ですよ…。まじ勘弁してくれ。
 これは原書買って読むしかないなー。英語も比較的易しいだろうし、白黒だから値段も安いし。でも彩色されたバージョンも完結後に刊行されていて、そっちの評判も良い感じなのですよ。悩むわ。

 邦訳ストップということさえ覚悟してもらえれば、おもしろさは保証します。だからこそ残酷とも言う。でも今からでも遅くないから読んで、何かしらのアクションを少しでも多くの人が起こせば可能性はあるかもしれない。海外マンガが現在盛り上がっているタイミングでもあるし。

 ということで、ぜひともこの愉快痛快なファンタジーを読んでみて下さいな。私は既に大ファンになってしまった所です。

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[投稿:2011-12-18 01:28:10] [修正:2011-12-18 01:28:10] [このレビューのURL]

 まず表紙のインパクトがすごい笑。うどんにまみれている女。ではどんな話なのかというと、大学食堂でうどんを作る年増女と大学生の草食系男子のラブコメディーということ。

 えすとえむというと以前記事を書いた働け!ケンタウロスを先に読んでいた。やってることは結局ケンタウロスと同じなのだけれども、こっちの方が私は好き。
 うどんの女にしろ、ケンタウロスにしろ、設定があまりにもキワモノなので、冒頭を読んだだけでは多分全うな恋愛ものとして捉えられないでしょ。片やケンタウロスなのは当然として、うどんの女にしろ二人の出会いがすげぇおもしろいもん。でも違うんだよなぁ。
 
 うどんの女は、毎日うどんを食べに来る草食系男子を見て、栄養を心配すると共に、はっと考える。…この子、私のこと好きなんじゃない?
 草食系男子は、素うどん頼んだはずが、あまりに大量のねぎや時には頼んでない惣菜が載っていたりして、世話焼きなおばちゃんなのかと疑いつつ、はっと考える。あの人おれのこと好きなのか?

 そんなこんなで二人の距離は接近していくのだけれども、こんな出会いが運命の出会いとは思えないないよねぇ。でもえすとえむがすごいのは、これもありかもって思わせてしまうところだ。
 いつの間にかケンタウロスをギャグから、実際に人間社会に生きる異分子として描く漫画に変質させたように、うどんの女はコメディと純粋な恋愛話の境目を気付かれないうちに泳ぎ回る。違うのはケンタウロスが踏み越えて戻らなかったラインを、行きつ戻りつしていること。

 で、私はえすとえむのそんなバランス感覚がすげぇ好みだった。頭がどうなってればこんな漫画を描けるんだろう。BL出身の作家には特異な才能をお持ちの方が多いとは最近つくづく思うけれども、えすとえむは飛び抜けてるなぁ。変な人。
  
 ケンタウロスよりうどんの女が好き、というのはそのバランス感覚ももちろんあるし、加えてこちらが連作短編だったのも大きかった。
 えすとえむがおもしろい短編が描けるのは疑いない。でもケンタウロスの一話完結ものを見た感じだと、それは多分いびつに突出した才能であって、すごい!とはなっても参りました!とはならなかった。連作短編形式で、ある程度じっくり心情を掘り下げていく方がこの人の特異な才能には向いてるのかな、と思う。 
 
 二人の変な食い違いや変態的妄想に笑わされるかと思えば、次の瞬間には心をわしづかみにされるくらいぐっときたりする。そして実際うどんはエロく見えてくる。今までにない漫画体験。

…参りました!おもしろい!

 いやー、本当にこの人はどこから出てきたんだろう?色んな漫画を読んできた中で、荒木飛呂彦にしろ弐瓶勉にしろある程度源泉は見えてきたけれど、えすとえむは分からない。分からないというのはすごく新鮮ってことだ。海外マンガを読んでる感覚に近い。違う場所から生まれたような。
 
 うん、もう私的お気に入り作家の一人ですわ。好きです。まだ二つしか読んでないけれど、他のも読んでみよう。また色の違うケンタウロスものっぽい「equus」とか気になる。

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[投稿:2011-12-14 23:12:50] [修正:2011-12-14 23:12:50] [このレビューのURL]

高浜寛の第一作品集。

高浜寛は相当に異端な作家だと思う。ガロ出身というだけでもそうかもしれない。さらに最新作のトゥー・エスプレッソはフランスのカステルマン社に依頼されての作品で、フランスから日本に逆輸入されるという珍しい刊行のされ方をしていたりもする。海外では比較的知名度の高い日本人漫画家、にも関わらず日本での知名度は漫画好きの中でもあまり高くない。
かくいう私もJAPON(日本8名、仏9名の漫画家がそれぞれの日本を描いたアンソロジー)で初めて読んだわけで、あまりに露出が少なすぎやしないかい。ちなみにJAPONを読んだ後すぐに高浜寛の作品を買いあさったくらいにはこのJAPONの短編は衝撃的だった。

イエローバックスは高浜寛の第一作品集で、“滑稽”をテーマとした短編集ということ。滑稽というと笑える作品なのか?というとそんなことはない。
この作品における滑稽というのは生きている証のようなものだ。機械的に生きているならずれなんて生じないし、可笑しなことにはならない。飾る余裕がないほどに必死で生きているからこそ“滑稽”であり、そんな登場人物たちを笑えるはずもない。切なくて、哀しくて、ただただ彼らが愛おしくなる。

ここには色んな滑稽さがある。年老いてからの恋愛話を皮切りに綴られる八つの物語。心がほっこりしたり、気の毒に思ったり、ぎゅっと心が締め付けられたり、ひたすら応援したくなったり…。
高浜寛は他の作家の追随を許さないほど滑稽を描くのが上手い。そしてそれは今後の作品でも彼女の底に常に流れているように思う。だからこそ高浜寛のラブストーリーは他とは絶対的に違う。ここしかない一瞬を切り取っているというか、生きている感じがするのだ。

画力に関しては、初期作品群ということで、どうしても今よりは粗い。特に巻末の書き下ろしと比べると顕著に分かる。ただこの頃の絵も独自の味があって好きなんだよなぁ。というかそれを狙って粗くしている部分もあるからけっこう分かりにくいのだけれども。
光の取り入れ方はこの頃から巧みなので、初めて読んだ人は恐らく絵を見て驚くだろう。モノクロに思えないこの洒脱で叙情的な雰囲気に呑まれ、そしてそれだけではないことに気付く。

私が特に気に入っている話は老人の恋を描いた「最後の女たち」と恋人同士の心中ごっこ「あそこに、美しい二つの太陽」。
「最後の女たち」は勇気だよ、ほろっときます。だって老人達がこんなに美しくてかっこいいんだから。冒頭のこの作品を見れば高浜寛がお洒落だけではないってことが分かる。お洒落だけど中身も他にないものが詰まっていることが分かる。
「あそこに、美しい二つの太陽」は傑作。滑稽、そして悲哀。堪能しました。

ということで高浜寛は全力でおすすめ。
彼女の今度の新連載はエロ雑誌でやるらしい。そんな状況になる意味が分からない、まじで。天才かは知らないけれど、これは二つとない才能だろうに…。読もう、いや読んであげてください。後悔はしないはず。

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[投稿:2011-11-16 01:32:39] [修正:2011-11-18 00:24:35] [このレビューのURL]

7点 ZERO

リングでしか生きられない男。その生き様。

“狂気”という言葉は最近日本の漫画市場において薄っぺらく大量生産されている。そんな中、異彩を放つ作品の一つが松本大洋のZERO。狂気とは何ぞや?変なことをすれば狂っているのか?、作者独自の思索の探求が感じられるものって良いよね。

ボクシングミドル級の世界チャンピオン、五島は長年無敗で王座を守り続けてきたボクサー。しかしあまりに圧倒的な彼のファイトはそれゆえに見るものの関心を奪っていった。
年を取り、引退も視野に入ってきた五島はトラヴィスという南米の若き新鋭に興味を持つ。トラヴィスの中にかつての自分を見たのだろうか? 今五島とトラヴィスの死闘が始まる。

ZEROは現在刊行されている松本大洋作品の中では一番古い。なので絵柄はまだまだ洗練されてはいないにしろ、今に至る原型がほぼ完成されているのには驚くしかない。それにしても迫力あるわぁ。

五島=ボクシング。彼にはボクシングしかない。勝つことが彼の存在意義で、それは嬉しいことでもなくただただ当たり前のこと。酒も女も、友達さえも何もない男、それが真島。
そんな真島が負けを覚悟するほどの対戦相手トラヴィス、彼もまた底知れぬものを持っていた。
しかしそんなトラヴィスでさえも霞んで見えるほどの狂気に戦慄する。圧倒的なボクシングの臨場感。トラヴィスだからこそ引き出せた真島の底。

天才、これ以上ない天才に哀れみを覚え、静かに静かに物語の幕は閉じる。真島の言う花の例え、そんな花は美しくはないかもしれないけれどただただ悲しい。
独りで、永遠で、だからこそZERO。寂しいほどに完璧。

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[投稿:2011-11-07 01:18:03] [修正:2011-11-08 00:46:27] [このレビューのURL]

国書刊行会BDコレクション第二弾。

モノクロのバンド・デシネを紹介するというおもしろい企画がこのBDコレクション。
イビクスではグラデーションのかかった淡い白黒、アランの戦争では過去を想起させるセピア色、そしてこのひとりぼっちでははっきりとした白黒とそれぞれに特徴があって興味深い。

かもめが海の上、そして灯台の周囲をじっくりと飛び回る場面からこの物語は始まる。岩礁の上に建った灯台に一人で暮らすひとりぼっち氏、彼と外界をつなぐものは週に一度食料を運びに来る船のみ。その船とさえ関わろうとしない彼はまさに世界から孤立している。
ひとりぼっち氏のたった一人の友達は金魚、そして彼の唯一の楽しみは辞書を落として偶然見つけた単語を想像する遊び。この隔絶した世界で意外と幸福そうなひとりぼっち氏の日々、しかしいくつかの切欠がその世界を…。

音が、台詞がとても少ない。かもめが飛び、船が波を切り裂き、ひとりぼっち氏は釣りをする。呼吸音すら場違いに感じられて、ふと読んでいる時息を押し殺している自分に気付く。
上手いと言っていいのだろうか、独特で魅力的な絵であることは間違えない。

「BOOM」

灯台の静けさが辞書を落とす音で破られる。その音と共にひとりぼっち氏は誰知らず一人夢想の旅に出る。
ジョギング、ファルス、紙吹雪、オーボエ、キノコ…彼が想像するものは私達が知っているものとかけ離れていてこっけいに感じられる。彼の想像力がたくましいわけではない。想像力とは知れば知るほど無くなってしまうものだ。だから世界と隔絶したひとりぼっち氏は誰よりも想像の地平が広い。

その奇妙な幸福は知ることによって変質する。
「孤独」という言葉を辞書で見た時、ひとりぼっち氏は理解できただろうか?私はそうは思わない。そんな概念は彼にはなかった。なかったのだ…。

知恵(この作品の場合知識と言い換えてもいい)が楽園からの追放、脱出につながるというのはアダムとイヴを髣髴とさせる。あの神話が何を示唆しているのかは知らないが、「ひとりぼっち」では恐らく人間として前向きなものと捉えられるだろう。

しかしそれでも尚、哀しすぎるハッピーエンド。ハッピーエンドと思いたい。
ひとりぼっち氏は金魚を海に逃がした。広い世界を知ることを願って。金魚は海で生きていけるのか? 彼が世界に蝕まれないよう切に祈っている。

読み終わったらため息が出ることは保障します。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-11-01 01:33:51] [修正:2011-11-05 01:32:43] [このレビューのURL]

7点 外天楼

石黒ミステリーの奇作。

多分この外天楼の感想を見ると、着地点が全く読めねぇ!、みたいなのが多いと思う。それはもちろん全力で同意。ちなみに前評判でそんな話は聞いていたので心構えした上で読んだわけだけど、それでも尚こんな結末が予想できるはずもない。

外天楼という少し奇妙な住宅街で暮らす人々に絡んだミステリー集。エロ本、戦隊もの、ロボット…一つ一つは他愛もない完結した話ではあるものの、微妙なつながりを見せて驚きの結末へつながっていく。

石黒正数のミステリーでちょっと興味深いな、と常々感じているのはそのルーツの謎。
金田一やコナンあたりは古典を中心とした正統派ミステリー、加藤元浩のQ.E.DやC.M.Bは北村薫に代表される日常の謎の血統に連なると思うのだけど、石黒作品は少なくとも私にはそのバックグラウンドを見つけることが出来ない。

何というか、あえてB級を狙っている感じがすごくある。トリックのしょぼさも承知の上だよというような。
でもそれが何か居心地が良くて、意外に悪くない。小説でも問題ないようなミステリー漫画が多い中、石黒正数にしか、漫画でしか出来ない作風ではあるのだし。

前置きが長くなった。今回もそんな作品なのかな、と序盤は思っていたところどんどん妙な方向にずれていく。先が読めるはずないのよ。伏線なんてあってないようなもんだし、展開が予想の斜め上というかもはや異次元だから。
構成はもちろん巧みではあるのだけど、どちらかというと掟破りの上手さが目に付いた。邪道な作品であることは確かなのに何故かそこに嫌味がない。よく分からない場所に連れて行かれる感覚がある。

多分これにはもう一つ原因があって、キャラクターの記号化がすごく効果的なのだ。
ミステリーにおいては日常の謎という例外を除けば人は死ぬ。で、人が死んだら漫画の上とはいえ程度の差はあれど感傷的にはなってしまう。でもミステリーというのは著者の作り上げた美しい構造を理性的に楽しむものだ。だからそのような感情的な部分とは相反する、感情移入することで本筋から逸れる部分もある。

しかしこの外天楼ではキャラクターをどうでも良いような良くないような、絶妙な具合に記号化している。正直死んでも大した感慨は抱かない。なので余計な感情に惑わされずミステリーと取り組み合える、と思えばそういう作品でもない。だって上で述べたように先は読めるはずもないのだから。

結局何がしたいのか分からないまま怒涛の勢いで結末まで突き進む。ふわふわしたまま読み終わり、何がなんだか分からないけど印象は悪くないといった新鮮な体験だった。
究極の出オチみたいなもんだから、正直最初が一番という再読性の高い作品ではない。ジェットコースターに乗った後のように、凄かったけど何も残らない感覚を存分に味わえる。

でもこれは一読をおすすめしたい。そのくらい初体験に凝縮されたおもしろさ。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-11-03 00:11:33] [修正:2011-11-03 00:11:33] [このレビューのURL]

鶴田謙二、3年ぶりの新作!

さすらいエマノンどうなってんのとかForget-Me-notはやっぱりもう投げたのかなんて疑問はいっぱいあるんだけど、とりあえずは鶴田謙二の単行本が出たことを素直に喜ぼう。

祖父と共に飛行機での運送業を営むみくらだったが、その祖父が亡くなってしまう。祖父の遺品からエレキテ島という謎の島を知ったみくらは自らもまたその島を追い求めることになって…。

いやー、堪能しました。素晴らしい。
漫画というのは絵と話が合わさったものだけど、鶴田謙二の場合絵の方に9割以上偏っている作家さんだと思う。逆に言うとほぼ絵の魅力だけで食ってきてるというすごい人なのだ。
Spirit of Wonderみたいなのもいいけど、この人の作品だと絵の方に目が行ってストーリーに集中できないのよ。だから私はこのくらいベタでシンプルな話の方が良かったりする。

で、この冒険エレキテ島、時間かけたんだろうなー(皮肉じゃないよ笑)。絵はさらに精緻になって、飛行機で切り裂かれた空気、太陽の光、透き通る水が色彩豊かに見えてくる。そう、モノクロなのに何でこんなに色彩豊かで瑞々しいのか。本当にこの人の絵は魅力的だ。
しかしだからこそ冒頭のカラーページが白黒なのが許せん!Forget-Me-notなんかさー、一話ごとにカラー入ってたじゃん。そこまでしろとは言わないけど最初だけでもカラーにしてよ。ちょっとくらい値段上げてもいいし、そのくらいの価値が鶴田謙二のカラーにはあるだろうに…。残念すぎる。

また鶴田謙二といえば絵はもちろん、伸び伸びとしたヒロインも魅力の一つ。その点今作のみくらは鶴田謙二に珍しいスレンダー美少女でちょっと驚いた。もちろん可愛い。ただエロさがもうちょい欲しい。
最後の方病んでる感じもあったから、ツルケン特有の健康美少女的魅力がなかったのがね。いや、逆にあれに惹かれる人もいるのかな。でも喪服には鶴田謙二の愛を感じた笑。不謹慎だけど、エロいです。

この一巻、すごく良い所で終わっている。しかし二巻はいつになるのか。とりあえずは2012年に続きがアフタに掲載予定ということで期待せずに待つとしますか。今回は頼むので予定を守って下さいツルケンさん…。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-10-30 12:16:16] [修正:2011-10-30 12:16:16] [このレビューのURL]

他のスカイハイシリーズと違い、ストーリーはこれ一本なのでスカイハイ読み始めるならこれが一番適してると思うし、このシリーズが一番好き。高橋ツトムの絵が怨霊をすさまじいタッチで描いてて見ていると本当に怖い。ラストは見てて辛いんだけど、とても心に残る。読んだ後の余韻は何ともいえない感じ。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2007-06-27 20:53:57] [修正:2011-10-27 17:55:18] [このレビューのURL]