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総レビュー数: 62レビュー(全て表示) 最終投稿: 2005年10月17日

6点 KAPPEI

 30年前の誕生以来、現在もなお読み継がれ新たなファンも獲得している名作『北斗の拳』。この漫画の魅力の一つに、主人公ケンシロウの強さとストイックさを兼ね備えたヒーローとしての完成度の高さがあった事は言うまでもない。そこには確かに男性主人公の一つの理想形が描かれていたが、読者の多くはある時期からケンシロウに対して一つの疑問を抱くこととなる。

「結局ケンシロウは恋人ユリアと男女の契を交わしたんだろうか?」

 二人の間に子供はいなかったし、死の病に侵され衰弱したユリアの体をケンシロウが激しく求めるとも思えない。また、ケンシロウのあのストイックな性格からしてユリアの没後も他の女性とヨロしくやるような雰囲気は薄い。もしかして、ケンシロウって……。
ケンシロウや梶原一騎作品の主人公達のようなストイックヒーロー型から、近年のラノベなどによくでてくる鈍感純情優柔不断型まで、漫画における男性主人公にはしばしば童貞性が重要な要素となる事がある。「007」のジェームズ・ボンド及びそれらの影響下にあるゴルゴ13のような多くの美女と浮名を流す精力絶倫系主人公が男性(主に大人)の願望の投影として人気を博す一方で、ストイックで純情な愛を重視する童貞力系主人公もやはり男性(主に少年)の心の琴線に触れるのだ。ただし、それらが格好良く見えるのは世紀末の荒野やスポーツのリング上だからこそであり、もしこの平和な現代日本の日常に放り込まれようものなら。


前置きは長くなったが、今回紹介する『KAPPEI』は、そんな世紀末救世主となりそこねたヒーロー候補生が現代東京のキャンパスライフに乱入して生まれて初めての恋煩いに身悶えするという、かなり痛々しいシチュエーションギャグで笑わせてくれる作品である。作者は『デトロイト・メタル・シティ』で有名な若杉公徳。思えばDMCも童貞力にあふれた痛々しさが存分に描かれた作品だった。

 1999年、世界は結局核の炎に包まれる事無く無事世紀末は乗り越えられた。2012年人類滅亡説なんてものもあるにはあるがそれもどうやらかなり怪しい。来る終末の危機に備え殺人拳「無戒殺風拳」を世俗を捨てた絶海の孤島で磨き続けてきた男たちはこうして役目を失い、その一員であった主人公の勝平は一人虚しく東京へと出現する。別に「み…水……」と飢えてもいなければ、無法を尽くす悪のモヒカン兵士もいない現代の東京へ。
「ヒーローはいるが悪のいないアクション映画の主人公は 何をするべきと思うか?」
 そんな空虚を抱える勝平の心の隙間を埋めたのは偶然暴漢から救った大学生の男に誘われた花見会場で出会った一人の女性だった。女性という存在を知らず人並みの青春を送ったことのない勝平に芽生えた、得体のしれない感情の正体とは?


 正直に言って『北斗の拳』のパロディをはじめプロットなど既視感のある設定ばかりであり、また作者の味といえばそれまでだが北斗パロディをやるには画力が足らなさすぎる感があるが、やはり作者の才能のゆえだろうか随所随所にかなり破壊力の高いギャグが仕込まれており、コメディ漫画として充分面白い出来に仕上がっている。特に勝平が友人となった大学生の部屋で発見した『ふたりエッチ』を夜中にこそこそ盗み読みするシーンなどシチュエーションギャグとして身悶えするような出来栄えだったし、大学の飲みサークルのあのグダグダした雰囲気、生まれて初めての合コンでの立ち居振る舞いがわからぬゆえの暴走、気になる女子が見知らぬ男と一緒に居た時のあの感情…、これらの描写の数々に痛々しい笑いと、同時に(多くの男性にとって)身につまされる何かが感じられる。無戒殺風拳伝承者同士での死闘が描かれることもあるがそれにしたって会話が「お前の好きな女はブスだ」「ブスじゃない」とか小学生レベルの言い争いだったりするのもなんとも可笑しい。

 前述の平和な世界のヒーローの在り方についての勝平の問いかけに対し彼の想い人の山瀬ハルは「ギャグになっちゃうよ」とあっけらかんと答え、そしてこうも続ける。

「だから次は自分が幸せになる番じゃない。」

 ケンシロウは生涯を戦いの荒野に捧げた。梶原一騎作品の主人公達の多くは寂しく舞台を去っていった。果たして勝平は平和なこの時代にヒーローとして活躍できるのか、そして、山瀬ハルと結ばれる事はできるのだろうか?非常に先の気になる作品である。

 1巻後半にはなにか北斗のシンみたいなライバルが登場した。この調子で今後も重度のシスコンをこじらせたレイもどき、不細工な己の顔を憎む余りイケメンに憎悪を向けるジャギもどき、自分が好きすぎてホモに走ったユダもどき、失恋の悲しさから「愛などいらぬ」なサウザーもどき、そして勝平とヒロインを奪い合う一方でちゃっかり童貞も捨ててるラオウもどきなどが次々と登場すればよい気がせんこともないある…アルナイ……。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2012-04-29 22:10:12] [修正:2012-04-29 22:10:59] [このレビューのURL]

 これまで多くの作品において文明社会崩壊後の荒廃した未来世界が描かれてきた。そこには無法の荒野、異形の生物、ロストテクノロジーと化した旧文明の遺産、そして群れをなしてヒャッハーする飢えたマッチョ兵士などなどがモチーフとして頻発してきたワケだが、今回紹介する『牙の旅商人』はこの類の作品としては久々に大ヒットを予感させる意欲作である。今最も続きが気になる漫画の一つだ。

 何らかの大災厄により現代文明が崩壊した後の遙か未来の世界、家族を野盗の群れにヒャッハーと惨殺され一人荒野で死を待つのみだった少年ソーナは謎めいた美女に命を拾われる。女の名はガラミィ。武器を満載した漆黒のゾンビ馬車を駆り、善悪問わず求める者に武器を売ることを生業とする武器商人ギルド最強の戦士。
 彼女は決して親切心のみから少年を救ったわけではなく、法治の及ばぬ荒野の掟を説き、私が命を拾った以上、対価を支払わぬ限りお前の命は私のものだと告げるのだ。

「汝に問う!!欲する武器に如何なる対価を支払うや?」

 このガラミィとソーナの主従契約によって運命は動き始めた。様々な国家や組織の思惑が交差し、クトゥルフ神話や吸血鬼など種々の幻想文学から材を拾った異形の怪物が跋扈し、旧文明の遺跡が過去の惨禍を謎めかせる果て無き大地。様々に魅力的なモチーフが少しずつ小出しされ、その世界の全貌はなかなかあらわにはならない。旧文明は如何にして滅んだのか?異形の神々は如何にして生まれたのか?そして何より、武器商人ガラミィの旅の目的とは?魅力的な作画により、様々な謎を自然な流れで少しずつ掘り起こしていく物語展開は圧巻である。

 物語展開でもう一つ注目したいのが、作中の随所において登場人物同士で取り交わされる様々な“契約”である。これは本作がただのファンタジーアクションでなく“商人”というモチーフを採用しているからなのだろう。
 冒頭のソーナの命とその対価の話に始まり、売買、護衛、雇用と物語の要所においては必ず何らかの契約がキャラ同士で結ばれる。逆に言えば主人公パーティもそれらの契約の賜物であり、安易な友情や愛情に拠った擬似家族では無いのだ。また、武器商人は善悪問わず対価を支払う者には武器を売るので、時にはそれが災いや破滅をもたらしうる事実も作中早々と描かれる。『ゴルゴ13』を思わせる乾いたモチーフに感じられるかも知れないが、無論それだけでは無い。

 どうも本作は、この“契約”というモチーフで『ジョジョの奇妙な冒険』のような人間讃歌を描こうとしているフシがあるのだ。

 契約に必要なのは何よりも売り手買い手双方の誠実さなのだが、この無法の世界においてそれらを愚直に人が守ろうとしていく様はそれだけで感動的なのであり、何より運命を主体的に切り開こうとする覚悟の表れとしても表現される。本作の物語展開は1巻後半の中編「ユガの市」以降ノンストップで次々訪れる危機また危機の連続活劇、セーブポイントが無く操作を誤れば即You diedの即死ゲームをスレスレで突破していくような快感があるのだが、それらの要所要所において登場人物は覚悟を込めた運命の選択として、種々の契約を交わす。これが物語においていいアクセントになっており、テーマ的にも広がりうる可能性を秘めているのだ。いずれ主人公一行は単なる所有や主従の関係を超えた絆で結ばれることになるのだろうが、そんな人間性のかがり火の火種は覚悟に基づく契約なのである。人間性を捧げよ!

 それと蛇足だが、帯文で三浦健太郎や萩原一至など画力に定評のある先生方が激賞しているように作画の迫力・美しさもともに申し分ないので、ますます満足度の高い作品に仕上がっている。単行本巻末に掲載される原作者七月鏡一のエッセイもややクサいが示唆に富んでいて読み応えがある。今後も楽しんで読んでいきたい。ヒャッハー。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2012-01-29 18:43:16] [修正:2012-01-30 01:18:35] [このレビューのURL]

 我々日本人の食に関するこだわりの深さは良くも悪くも世界有数であり、特に薩摩黒豚がどうした和牛がこうしたといった“国産”肉への執着はもはや信仰のレベルと言って良いが、昨10年は口蹄疫、そして今年11年は原発災害による土壌汚染にTPP交渉参加、と日本の農業は重大な危機と岐路に直面している。
 
 今回紹介する『銀の匙 Silver spoon』はそんな近年の農業事情を考える上でも非常に有意義な作品だが、単純に漫画作品としてもかなり面白く、読者の興味を引き新鮮な驚きを与えてくれる。
 作者の荒川弘は大ヒット作『鋼の錬金術師』で有名だが、北海道の酪農農家出身という異色の出自でも知られており、『百姓貴族』など自身の農業体験に基づいたエッセイ作品も既に描いている。そして週刊少年サンデーで今年から連載の始まった今作『銀の匙』は、農業とは無縁の生活を送ってきた都会育ちの少年が、とある理由で北海道の農業高校に入学し様々な経験を積んでいくというストーリー漫画だ。
 サンデー伝統の“部活マンガ”路線の異色作と言えるし、同じく北海道での畜産を扱ったゆうきまさみの『じゃじゃ馬グルーミンUP』の後継作とも言えるが、扱われる内容はそれらと比較してもかなり生々しい。『じゃじゃ馬』ほどにラブコメ色が前面に出てくる気配は今のところ無く、主人公周辺のキャラの大半は農家の跡取りという立場から単なる部活モノのお気楽さとは比較のならない重さを秘めている。家畜の屠殺や間引きといった生臭いテーマも早々に正面から描かれ、獣医になれる条件には「殺れるかどうか」と答えさせる。かわいい仔豚ちゃんはいずれは食肉となる事が示唆され、熊嵐に象徴される北海道開拓の苦闘の歴史を描くことも忘れない。昨今の農業事情も意識しながら読むと、非常に考えさせられる事が多い作品なのだ。

 なんだか辛気臭い・説教臭い作品のように思われるかも知れないが、そこは等価交換、とても伸びやかで愉快な作品でもある。主人公の八軒は「家から遠く離れたい」という理由だけで遠路はるばる北海道の農業高校にやってきた勉強はできるが少々ひねくれた所のある少年で、実家が農家では無いし将来の夢も特には無い。そんな農業とは無縁だった少年の視点により、農業高校での様々な体験が読者の想像を絶する新鮮な驚きに満ちた、実に活き活きとした魅力あるものとして描かれているのだ。日本の農業事情を大上段から深刻に描くだけなら他にいくらでもあるが、こうも楽しさや驚きを少年漫画というフィールドで描きうる作者の筆力はやはり凄い。

 それらに対する八軒の反応も実に素直で良い。世間の常識から隔絶されたギャグのような(というか既にギャグの)農業高校生の生態にいちいち過剰反応を示し、産みたての卵かけご飯や自家製ピザに大感動、子牛の出産という普通なら「厳粛な生命の瞬間に立ち会えて云々」と感動する場面では素直に「グロい」と言ってのける。卵かけご飯をかっこむ際の「ばばばばばばばばばば」やトラクターの駆動音「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」など突き抜けるような擬音効果からもそんな素直さと勢いが感じられる。周囲の大半の学生と違い主人公は特に継ぐべき家業も将来の夢も現時点では持っていないが、校長先生曰く「それは良い!」 何もないまっさらな八軒だからこそ、様々な体験に驚き戸惑いながらも色々な分野へ挑戦することも出来るし、いずれは何者かになり得る可能性を見出すことができる。

 物足りなさを感じる部分としては、作品の性質上仕方のない事だがャラクターデザインが少々地味目で時々作画的にも不安定さが感じられる点、またせっかく北海道の大自然を舞台にしている割には背景の自然描写などもやや淡白な印象を受ける点などがある。上述の通り非常に勢いのあるシーンが多いのが魅力だが、反面専門的な部分の説明シーンなどは少々セリフが説明口調の長文になりがちな所も気になる。あと作者が週刊連載のペースに慣れていないのか休載が多いのもやはり気になる…。最近は休載も少なくなったので、今後も引き続き楽しく読んでいけることに期待したい。

 タイトルの『銀の匙』だが、現時点では学生寮の食堂に飾られていることが言及されるのみでそれが何を意味するのかはよく分からない。中勘助の小説ともおそらく縁は無いだろう。ただ、食を命を掬い上げ自身そして他者の口にそれを授ける“匙”という食器の持つ象徴的な意味を考えると、本作が今後何を描いていくのかを考える材料にはなるかも知れない。
 八軒が生まれて初めて野生の鹿をさばいた時、彼は鹿の亡骸に向かい手を合わせるが、その姿はまるで何かを錬成しようとする錬金術師に重なって見えた。恐らく、作者の描きたかったものはハガレンから本作まで一貫しているのだろう。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-12-31 00:52:00] [修正:2011-12-31 01:14:31] [このレビューのURL]

 TV版の放映開始から15年以上を経てもなお新作劇場版が作り続けられるなど、すっかり息の長い作品として定着した『新世紀エヴァンゲリオン』。本作『トニーたけざきのエヴァンゲリオン』は、このアニメ史に残る大人気&問題作を、『岸和田博士の科学的愛情』など高い画力で徹底的にくだらないネタを描き尽くす作風で知られるトニーたけざきによっていじり倒したエヴァンゲリオンのパロディギャグ漫画である。

 作者は以前もガンダムのパロデディギャグ漫画『トニーたけざきのガンダム漫画』において、原作のキャラクターデザインを務めた安彦良和の画風を忠実に再現しつつギャグ化するという離れ業を成立させた実績(前科)があった。
 表紙にはVHSビデオ版10巻のジャケット絵を彷彿とさせる構図でエヴァ初号機がラーメンを貪り喰うという実に素敵なデザイン。巻頭のカラーページの下らなさも文句なし。安彦良和ほどでは無いにせよ作者はオリジナルの貞本義行の画風をかなり忠実に再現できており、そこらへんのアンソロジーパロディ漫画とは格の違う作画力も堪能できるようにはなってはいる。下ネタやキャラ崩壊、実写特撮版ジャイアント・ロボなどのコアなパロディなど期待通り(?)の下らなさもそれなりに堪能できたのだが、全編に漂う何とも言えない”今更”感は残念ながら払拭されなかった。

 アニメ界においてエヴァが人気を極めた90年代後半、物語の結末・謎を一切放棄したあの衝撃的なTV版の最終回以降、ファンの狂熱は収拾不能な域に達しつつあった。物語の謎解きからキャラククターの精神分析、映像学的観点、オタク論やポストモダンなどなど様々なジャンルの関連本が鬼のように出版され、アンソロジーコミックもパロディギャグからラブコメにシリアス、「ボクの考えた真の最終回」、果ては18禁にやおいと公認から非公認までやはり収拾がつかなくなっていた。ゴッズインヒズヘブン、エンジェリックインパクト、失楽園、サマーチルドレン……。
 これらのアンソロ漫画の多くに共通していたのは悲劇的展開と投げっぱなしの結末に翻弄されたファン達の「真の結末は?」という飢餓感による異様なハイテンションのもたらず”祭り”感だった。そんな状態が1年余り続き、物語の真の決着を切望するファン達の飢えた口中に全力で泥団子を突っ込んだ旧劇場版の阿鼻叫喚を経てエヴァブームも次第に収束、アニメ業界も平穏を取り戻していった。

 本作には残念ながら当時ほどの狂熱を感じることは出来なかった。やはり第1次エヴァブームから時間が経ち既にエヴァが一つのネタとして定着し、パチンコになったり他作品などでもさんざんパロディされ消費しつくされてきたというのもあるし、近年公開されている新劇場版で、往時のファンが夢見たようなそれこそ同人誌的な超展開が原作者自らの手により実現されつつある事もその理由だろう。自分が年をとったからというのもあるのかも知れない。
 本作が90年代後半当時、『岸和田博士』の合間に発表されていたら伝説的パロディ漫画になったかも知れないのだが。

「エヴァの半分は「エロと裸体」でできているんだぁー!!」←これは至言だった。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2011-11-27 22:40:02] [修正:2011-12-10 17:07:37] [このレビューのURL]

 紀元前三世紀、地中海世界の覇権をかけた二大大国ローマとカルタゴの大戦争、ポエニ戦争。本作『アド・アストラ』は、カルタゴの生んだ稀代の軍略家でありローマ史上最大の難敵と言われた”怪物”ハンニバルと、彼からローマを護るべく対峙した同じく天才軍略家スキピオの対決を主軸に据えた歴史アクション漫画である。

 スキピオとハンニバルの対決劇は歴史(特に戦史)好きの間では広く知られ人気もあるテーマで、最近1年越しで2巻目が発売された人気の某作品でも二人仲良く異世界を絶賛漂流中だが、同時代のローマを描いた漫画作品として読んだことはまだなかったので本作には高い期待を持って接した。

 本作で描かれるハンニバルの繰りだす様々な戦術の数々-機動力の駆使した包囲殲滅作戦、周到な調略による兵力の増強などなどは聞くところによると現代の軍事教本でも参考にされるほど完成度が高かったというが、古代も現代も変わらない戦争行動がある一方で、本作には現代の近代国家同士の戦争ではあまり見ることができない古代ならではの戦争のイメージも見事に描かれている。国と国、人と人の闘いだけに留まらない、神軍の戦争である。
 第1話で少年ハンニバルのもとにカルタゴの神である雷神バールの意志が雷が降るように降り立つシーンには身震いした。ハンニバル(バールの恵み)はぇ決して単なる軍人としてではなく、カルタゴの神の意志そのものとしてローマへの狂気じみた復讐戦争へと身を投じる。

 導入部としてはほぼ完璧だったが、残念ながら1巻を通して見た場合、第1話で見せた恐ろしい予感にまだまだ応えきれていないように思える。まず展開が少々早すぎる。第2話で早くも成人しローマへの復讐を開始したハンニバルは、あれよあれよという間にイベリア半島を暴れまわり史上名高いアルプス越え(数万の軍勢と戦象を引き連れてアルプス山脈を踏破!)も一瞬で終わらせてしまった。このアルプス越えはハンニバルを語る上では絶対に外せない部分だっただけに、もう少し重きをおいて描いて欲しかった。

 これは恐らく終生のライバルとなるスキピオとの初顔合わせを単行本一巻の中で終わらせ、展開のテンポなども重視した結果なのだろうが、おかげで歴史大河巨編らしい重厚さが少々足らなくなってしまった気がする。絵柄もリアルよりで上手いがもう少し生気(それと狂気)も欲しいところだ。だがまだこれからもおいしい見せ場には事欠かない事は歴史的にも確約されたようなものなので、今後未だ若輩のスキピオがハンニバルに劣らずローマの神をその身に宿すかのような大奮闘を見せていけばきっと素晴らしい作品となるだろう。そんな二人の軍神の間に隠れた凡人の一兵卒ガイウス(本作のオリジナルキャラだろうか?)の今後も、二人の対決に劣らず気になる部分ではある。

 これからどうなるか注意深く見守る必要があるが、連載デビューから物怖じせずに調理の難しい題材に挑む作者には敬意を評したい。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-10-30 22:10:21] [修正:2011-10-30 23:23:38] [このレビューのURL]

(※現在発売中の単行本1巻のみの内容に基づいたレビューです。)
一人暮らしの独身男性の頭上に謎の少女が降ってくるという導入からなる落ちモノ系コメディ漫画だが、この手の漫画は主としてラブコメ作品などで古くから量産されまくってきた為、変化球と言うか作者の照れ隠しと言おうか、他のそっち系漫画とは一線を画した奇妙な設定がまず印象的だ。

 主人公の男性は気弱で普通の男子学生などではなく羽振りのいいヤクザの若い衆で、一方空から降ってきた謎の少女は念動力を駆使しイクラ丼に異常な執着を燃やす綾波系無表情超能力少女、ヤクザxサイキック少女というヘンな組み合わせに勝るとも劣らず作品の雰囲気もアウトロー物らしいブラックさと相反するようなアホな脱力具合とズレたアットホームさがうまい塩梅で融合しておりなかなか面白い。
 主人公のヤクザを下手に「実はいい人」に貶める事無く、かつひょんなことからハタ迷惑な能力使いと同居することになった苦労人としての側面を強調する事で一癖ある存在感を発揮させており、一方で物語のキーパーソンである謎のサイキック少女”ヒナ”もズレた言動と破壊的なマイペースさで物語の台風の目として周囲を思う存分引っ掻き回す様が見ていて爽快、ただ、しかし…。


 世間から後ろ指さされる身の上の男性の元に突然ハタ迷惑な能力使いの無表情少女が降ってくるという設定といい、ブラックさと脱力さを融合させた展開を売りとする点といい、なんとなく似ている気がするのだ、沙村広明による落ちモノコメディ史上の大怪作『ハルシオン・ランチ』に、色々と…。しかも残念ながら1巻を読んだ時点ではネタのシュールさ、奇想天外さ、インパクト等様々な点でまだまだ『ハルシオン・ランチ』には遠く及んでいない印象を受けた。作品の方向性の違いといえばそれまでなのだが。

 それでもら2巻以降は何やらライバルの超能力少女も登場して派手な能力系バトルが展開されたりするらしく、まだまだ物語の核心部分も見えないままなので、今後の展開如何によってはこの手の作品としても独自の境地に達する可能性はある。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-09-30 00:20:04] [修正:2011-10-01 00:28:23] [このレビューのURL]

 帰省旅行の際に立ち寄ったJR岡山駅の本屋で「岡山県倉敷市を舞台にした青春応援ストーリー」「倉敷市観光キャンペーン採用作品!!」と妙に地元にプッシュされていたので、汽車旅行のお供になればと興味をひかれて2巻まで購入した。

 倉敷市のある瀬戸内という地域は、どうも昔からたびたびこういう青春モノの舞台になることが多く、たとえば大林宣彦監督は広島県の尾道を舞台にした青春映画を好んで撮ったし、近年ではアニメの「かみちゅ!」などの例もある。本作もそういう系譜の作品であるらしく、瀬戸内海の車窓の風景を眺めつつ楽しむには最適ではないかと思ったわけだったのだが。

 結論から言うと、特に倉敷が舞台である必然性は感じられなかった。

 本作は、倉敷市内の共学高校を舞台に様々な少年少女たちの主として放課後の日常ライフを描いたオムニバスストーリー集であり、登場人物は毎回異なる。物語は基本的に男女のほのかな甘酸っぱい恋バナか女子同士の微百合な友情話かのどちらかで、まぁ毒にもならず薬にはちょっとなる、という当たり障りの無い話が続く。
 絵柄は今風の肩の力を抜いたラフな雰囲気で、地方都市が舞台だからといって変に力を入れて背景描写なんかに注力している感は特に無い。キャラクターデザインは近年のジブリアニメ風味というか貞本義行風味というか、過剰な萌などは抑えられて自然体が意識されたものとなっており、背景演出とはよくマッチしている。作画表現に関して一部特筆すべき部分があるならば、第3話における海水面を海中から捉えたシーンなど、瀬戸内らしく水に関する描写にはこれはと思う部分もあるにはある。

 今風の肩の力の抜けたキャラ達がいかにもな友情話や恋愛話を演じるわけだが、内容がこのようにあまりにも当たり障りなく普遍すぎて、結局舞台が北海道の函館だろうが神奈川県の鎌倉だろうが愛媛県の宇和島だろうが成立する感は否めない。自分は倉敷市民でも岡山県民でもないので本作の倉敷描写がどれだけ忠実なのかはよく分からないが、背景描写の全般的な淡白さもあって本作を片手に倉敷市内を巡礼してやろうという気は起きなかった。
 というよりなぜキャラを標準語で喋らせる?多少注釈は増えようが、ここは方言を使うべきだろう。作者は方言女子の魅力を知らんのだろーか。
 あと、これは需要は少ないだろうが、もそっと男子高生同士のボンクラ青春ストーリーも入れるべきだろう。

 作品単体で見ればこんな具合にやや辛辣になってしまう部分があるが、本作のこの力の抜け具合はそう悪い点ばかりでは無いのかも知れない。
 例えば地元を巻き込んでブームを起こした成功例としては埼玉県の鷲宮町でおなじみの『らきすた』が有名だが、あれだって鷲宮町が舞台である必然性など希薄だった事だろう。
 本作がもし何らかのきっかけでアニメ化を果たし、しかも京都アニメーションなどの優秀なスタジオが制作を担った暁には、原作のこの淡白さを最大限に活かして凄まじいアレンジを施して映像化、新規獲得のファンが聖地巡礼だと大挙して倉敷に押しかけ地元は嬉しい悲鳴……そんな遠大な計画が本作を観光キャンペーンに採用した地元の商工会議所の中で描かれてそうで、何やら複雑な気分になってしまった。

 やや微妙な作品ではあったが、肩の力を抜いて楽しめるので汽車の長旅における暇潰しの役目は果たしてくれた。しかしいくら旅先で金銭感覚が麻痺していたとはいえ、単行本のこのボリュームで一冊税込672円はどうかと思う。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-08-18 00:00:06] [修正:2011-08-18 00:00:06] [このレビューのURL]

 漫画家は医者を創った。医者は漫画家を救った。

 “漫画の神様”と呼ばれ、今もなお新たな読者を獲得し続けている巨匠・手塚治虫だが、70年代初頭の手塚はよく知られているように公私共にどん底に喘いでいた。
 劇画やスポ根漫画のブームに乗ることができずヒットも途絶え、もうひとつの夢であったアニメスタジオ経営も頓挫、このまま過去の人として忘れられかねなかった手塚が再浮上するきっかけとなった作品が、73年に週刊少年チャンピオン誌上で連載が始まった『ブラック・ジャック』(以下BJと略称)なのであった。
 現在でではBJは『鉄腕アトム』や『火の鳥』と並ぶ手塚治虫の代表作の地位を確立しており、おそらく我々リアルタイムの手塚治虫をあまり知らない比較的若いファン層には最も多く読まれている作品だろう。この作品のヒットを受けて復活を遂げた手塚治虫は死の寸前まで旺盛な創作活動を続けることになる。まさに医者は漫画家を見事に救ったのだ。

 今回紹介する『ブラック・ジャック創作秘話』は、BJ連載当時の手塚治虫の仕事ぶりやその周辺模様を関係者のインタビューなどを踏まえて描いたドキュメント漫画である。2009年の週刊少年チャンピオン創刊40周年記念企画の一環として読み切りとして掲載されたが、その後好評を博したのか翌年、翌々年と不定期に続編が掲載され、このたび単行本としてまとまって刊行されることとなった。
 手塚治虫は“漫画の神様”、“現代漫画文法の確立者”、“ヒューマニスト”として死後もむやみに神格化され続けてきたが、近年の漫画研究では次第にその神話も解体されつつある模様である。本作がチャンピオンに掲載された時も、最初は「ああ、またいつもの手塚先生万歳漫画が始まったのか」くらいの気持ちで読み始めた。

 ところが。何か明らかに従来の手塚ドキュメンタリーとは違う異様な雰囲気、情念が本作にはみなぎっていた。
 作画を担当した吉本浩二の絵柄は青木雄二の流れをくむ非常に泥臭さが強調されたもので、「なんでまたこんな古臭い絵を…」と最初は思ったが1話を読み終えた頃にはそんなことはどうでも良くなった。むしろ飾り立てられた手塚神話を解体し、そこから更に新たな手塚治虫伝説を立ち上げるにはこの絵しかなかったのである。

 ここで描かれた手塚治虫は全知全能の天におわす現代漫画の創造神ではない。

 とても「神様」なんていうキレイで差し障りのない言葉では形容しきれない手塚治虫の怪物的な描写の連続。

・締め切り過ぎても出来栄えに納得できなければ全く新しい話に書き直す手塚治虫。
・原稿の督促に対して「マネージャーに言ってください…」とのらりくらりな手塚治虫(でも最終的には描く)。
・目覚まし時計のスヌーズ機能の「スヌーズ」の意味についてアシスタントににじり寄る手塚治虫。
・「世界初」という言葉や流行りものにやたら弱く、またしてもアニメ制作に乗り出す手塚治虫。
・そしていざアニメ制作を始めたたら納期採算度外視でリテイクを連発する手塚治虫…。
・どん底時代、経営上のトラブルを巡り関係者に苦しい言い訳をする手塚治虫(貧乏神が!)。
・自分の名刺の裏に書いた言付けだけで予約もない飛行機にアシスタントを乗せることに成功する手塚治虫(まさに神通力)。
・原稿を放置してアメリカに出掛け、電話越しに背景処理についてスタッフに指示を飛ばす手塚治虫(自分の過去の原稿や参考資料を丸暗記していた)!

 神は神でも時に疫病神、ある時は貧乏神だった手塚治虫のケッタイな一面が青木雄二の門下生の手で描かれていくのである。だが、それらに増して何より凄まじかったのは、

・8時間で原稿を一から仕上げると宣言し、空調の止まった蒸し暑い部屋に篭もり、トレードマークであるベレー帽も眼鏡も外し鉢巻を締め、全身汗だくになり貧乏ゆすりを繰り返しながら目で喰らうように原稿を仕上げる手塚治虫。

 そこには、漫画の鬼神としての手塚治虫の姿が強烈に刻みつけられていた。


 本作は手塚治虫の畏るべき一面・笑える一面を色々と伝えてくれるが、手塚に劣らぬ重きをもって描かれるもう一人の主人公が存在する。当時のチャンピオンの編集長である壁村耐三だ。
 藤子不二雄の『まんが道』などにも登場する名物編集だった壁村はBJの連載に大きく関わり70年代のチャンピオン黄金期を築いた人物として漫画ファンの間では知られているが、本作を読むと彼もまた手塚治虫に勝るとも劣らぬ怪物だった事がわかる。まるでヤクザのような風貌、人気漫画家でも甘やかすこと無く原稿のためなら手段を選ばない恐るべき執念。間違っても一緒に働きたくはないがこういう豪傑がいたからこそ手塚治虫も復活することができたのである。
 締切を過ぎてでもギリギリまで作品のクオリティを上げようとする漫画家。漫画家の尻を叩きながらもどうにか原稿を回収し、読者に届ける役目を担う編集。漫画への思いを同じくしながらも方法論と立場の違いは越えがたい両者を結びつけるほぼ唯一の絆としての原稿。

 最近は漫画家と編集部をめぐるあつれきの話をあちこちで聞くことが多いので、だからこそ漫画家と編集部が共に妥協することなくそれぞれの道を全うする姿には感動を覚える。既に手塚治虫と同じく壁村編集長もこの世にはいないが、一度現世に復活させて『ブラック・ジャックによろしく』の作者と死闘を演じる姿を見てみたいww


 『ブラック・ジャック創作秘話』を銘打ちながらBJそのものに関する話題が少なかったり、最終話がほとんど永井豪物語と化していたりと構成上の気になる点もあるけれどエピソードはどれも非常に興味深く、手塚ファンのみならず表現を志す人間であれば読んでおいて損はないと思う。ありきたりな手塚神話は解体されようとも伝説は死なず。手塚治虫はやはりどこまでも唯一無二の手塚治虫なのだ。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2011-07-24 13:56:33] [修正:2011-07-24 14:02:36] [このレビューのURL]

 自分が週刊少年チャンピオンを定期購読するきっかけとなった、個人的にも思い入れの深い作品。チャンピオン漫画らしいアクの強さと少年漫画の王道的魅力が良いバランスで融合し、娯楽作として非常に読み応えのある作品に仕上がっている。

 名門校獅子堂学園に転校してきた主人公の白鷺杜夢は、中学生ながら並外れた知性と度胸そして運気を備えた天性のギャンブラーだった。消息を絶った父の行方、そして奪われた一族の秘宝を追って陰謀渦巻く学園に流れ着いた彼を待ち受ける命がけのギャンブル対決また対決!果たして杜夢の運命やいかに!?
 ストーリーラインはこのように古典的とも言えるほど王道であり、脇役のキャラ造形にしても主人公に憧れる非力なメガネ君、意味もなくバラが舞い散る高慢なヒロインお嬢様、一目見て悪役だと分かる分かりやすい悪役教師…ジツに分かりやすい。当然倒した敵は仲間になり、物語後半からはトーナメント戦が待っている。ジツに分かりやすい。分かりやすいがそこはやはりチャンピオン作品の宿業という奴で、「やり過ぎだろ?」と読者が驚愕するアクの強さに満ち満ちている。自分がチャンピオンに本格的に目覚めちゃったのもこの毒気のなせる業だったのかもしらん。

 毒気のその一は少年誌の限界ギリギリとも言えるエロ描写である。作画担当の山根和俊は集英社在籍時代は正直鳴かず飛ばずだったが、本作ではまさに水を得た闘魚のように欲望のままにペンを走らせまくっているのがビリビリ伝わってきて無性に嬉しい。主人公とギャンブル勝負を交える主なライバルたちの多くはいずれもグラマラスな美女たちばかりで、そんな彼女たちが熾烈なギャンブル勝負の中で色々エロひどい目にあってオトされる様を楽しむのが本作の見所の一つと言える。あ、エロとは言っても性行為そのものとかが描かれるわけでは無いソフトコアエロスなので、そこは安心して欲しい。

 毒気その二はエクストリーム極まるギャンブル勝負の数々。ゲームそのものはブラックジャックやビリヤード、麻雀やポーカーなどありふれた題材ばかりだが、そこに本作ならではの変則ルールや無茶苦茶なペナルティ(脱衣とか電気イスとか!!)が加えられることでとんでもない超展開の数々が実現する運びとなってしまった。そもそも主人公の白鷺杜夢が連載初期のブラックジャック勝負で「この指を賭ける」と躊躇なく自分の指をチェーンソーでぶった切らせたあたりから作品が謎のエクストリーム魔次元に引きずり込まれていったのだろう、まぁその後指は無事に繋がったが。ちょっと考えると日本のしかも中学校校内でこんな変態的ギャンブル勝負が公然と行われている時点でおかしいんだが、試合展開の熱さやトリックの鮮やかさのおかげでそんな事はもうどうでもよくなってしまう。これこそ視点誘導(ディレクション)の典型例と言える。
 なお、作中で死人が出たりすることはないのでそこは安心して欲しい。

 毒気その三は、乱れ散るオヤジキャラ達のほとばしる濃厚さである。本作の売りは上に挙げたセクシーな美女達、ということに表向きはなっており、単行本の表紙を飾るのも基本は美女たちばかりである。(主人公が初めて表紙を飾ったのは何と最終巻だった)
 しかしそれはあくまで表向きの話。本作を読んでいると、作者が美女たちに負けず劣らず気合を入れて、濃厚なオヤジキャラ達を描いていることにいずれ読者は気づくこととなる。
 本作には、実に多種多様な属性に彩られた素敵なオヤジキャラ達が多数登場し、物語に彩りを添えてくれる。一見かませ犬の中ボスキャラに見えて実は最強のラスボスとなった悪魔のような外見を持つ狂気のギャンブル教師“阿鼻谷”(アビダニ)を筆頭に、

・愛する妻のパンツを常時携帯し悪い娘にはキン◯バスターでお仕置きをする米国海兵隊員。
・一見温厚な紳士だがヘリを乗りこなしバズーカ砲を携える妙齢の黒執事。
・ギョロ目と出っ歯、狒々のような相貌の香港映画から飛び出たようなギャンブル老師。
・「私立ジャスティス学園」のラスボスそっくりな筋骨隆々の学園長。
・恰幅がよく、いかにも喰えなそうな面構えをしたイタリアマフィアの大物。
・ふんどしとサラシ姿が異常に似合う着流しの博徒。
・アメリカ合衆国大統領。

 ここはまさにオヤジの惑星と言ってよかろう。中でも特筆すべきキャラが、「デブ」「ハゲ」「下品」の3重苦を背負わされたゴキブリのような醜悪オヤジである不良ハスラーの五木島(ゴキジマ)だろう。普通に考えたら好きになる要素など皆無のこの人物、しかし作中では飛んだりはねたり目を潤ませたり「ドキッ」とときめいた、しまいにゃ半裸で緊縛されたり、と妙に愛されており、作品終盤ではほとんどマスコットのような存在になってしまった。バキ風に言うなら「毒が裏返った」というんだろうか。可愛くって仕方がない。
 この醜くも美しいオヤジ達があんなことやこんなことをしてくれるのである。あなたの知らない世界の扉が、今、まさに…。大丈夫、病気じゃないんだよ。だから安心して欲しい。

 本作のエクストリームっぷりはこのように書いていてキリが無いほどあり、作者も編集もノリノリで作品を転がしていた様が手に取るように伝わってきてとても楽しかった。しかしながら無論欠点もある。
 欠点としては、まず女性キャラが多い割には外見上の個性があまり感じられない点がある。一応の売りのはずなのに、女性キャラが等しく服装と髪型くらいしか違いがなく体型が似通っている(どいつも「中学生に見えなーい」)のはちょっと問題だろう。これは作画担当の嗜好の問題だろうか。
 それともう一つ。本作の魅力の一つは王道的ストーリー展開のはずだったが、敵としては強かった美女たちが仲間になった途端にお色気担当以外に価値のない役立たずになってしまうのもいただけない。特にマジシャンの月夜野さんの仲間になった後の扱いの不憫など、「器用貧乏」という言葉が頭を過ぎって痛々しかった。結局一番役に立った仲間が、最初期から主人公のの側にいたキノコ頭のメガネ君だったというある意味超展開には頭を抱えてしまうが、まぁ、それすら作品の味として納得させてしまう謎のパワーが本作にはあった。

 掲載誌がチャンピオンであったがために世間一般の知名度は高くないが、逆にチャンピオンであるからこその異様な魅力に溢れており、そんな濃さと少年漫画の王道的魅力が高いレベルで組み合わさってしかも安定したテンションを最後まで維持できているので全体的な完成度はかなり高い。正統派の娯楽作としても楽しめるが、ネタ漫画としても一級品で一粒で二度美味しい。巻数も19巻と長すぎず短すぎずなので、露骨なお色気描写とかに抵抗がなければ皆様も一度手にとってみる事をお勧めしたい。完(アヴィッ)!

ナイスレビュー: 3

[投稿:2011-06-26 03:26:46] [修正:2011-06-26 03:59:16] [このレビューのURL]

 女学生1000人を誇る全寮制のお嬢様学校が共学化、やってきた男子はたったの5人!果たしてそこは男共にとって天国か、地獄か。
 のっけからいかにも学園ハーレム物的な物語設定だが、結果はまさかというかやはりというかの地獄であった。
 伝統と格式ある名門(元)お嬢様学校の私立八光学園に入学した5人の冴えない男子一期生。「童貞なんか4月中に捨てられる」とアレコレムフフな夢と希望に胸ふくらませていた彼らを待ち受けていたのは女子総勢からのガン無視といういじめのような仕打ち。ハーレム築城の夢などまさに砂上の楼閣で、ショーウインドウの前でよだれを垂らし続けることしか出来ないこの地獄のようなシチュエーションにもはや我慢も限界、遂に女子風呂覗きという最悪の実力行使に打って出る男子一同だったが学校の風紀を裏から取り仕切る裏生徒会に覗きの現場を押さえられてしまい…?

 周りが女子だらけの元女子高に男子が放り込まれるというシチュエーション、そして学校内で異様に権限の強い裏生徒会の存在し、更にそこの裏生徒会長がカラスを使役する能力者であったとか、初期設定だけ見るといちいちよくも悪くもラノベっぽい。だがそこはやはり平本アキラというべきだろうか、『アゴなしゲン』の初期から相当変わったとはいえ独特の濃い絵柄は随所で健在で、それによって描かれるおかしうてやがて哀しい駄目男共の悲喜こもごもが珍妙な味わいとなって作品を支えている。
 このように下支えするダメンズ達を文字通りヒールで蹂躙する裏生徒会の女性陣もそれぞれ凶悪な魅力を発散しており、中でも1巻でいろんな意味で露出の多かった裏生徒会副会長のドS女王っぷりは特に素晴らしい。学校内に監獄型の矯正施設が存在し、もれなくドS女子高生看守に思う存分いじめていただけますというシチュエーションの歪みっぷりに負けず劣らず作中の男性読者向けのサービスシーンもアングル、状況ともにかなりマニアック。そんな逆境の中でますます輝きを増していく男子共の阿呆エナジースパイラルー…いろいろな意味でありきたりの学園コメディには満足できない皆様方も楽しめる作品になっていると思う。
 一方で主人公の少年だけはそんな異常な状況の中でもメインヒロインらしい同級生の女の子と密かに関係を育もうとしており、どうやらストーリーの縦軸自体は意外とマトモなものになりそうだ。尤も彼らの縁を取り持ったきっかけは何と大相撲の話題だったりとやはり一筋縄では行っていないけど、個人的にはツボである。

 なお、本作は各話のサブタイトルが著名な映画や漫画作品のパロディが使われており、「四つ葉と!」にはサイダーを吹いた。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2011-06-12 15:09:15] [修正:2011-06-12 15:20:59] [このレビューのURL]