「景清」さんのページ

総レビュー数: 62レビュー(全て表示) 最終投稿: 2005年10月17日

 ウエケンこと上野顕太郎はギャグ漫画家である。彼をギャグ漫画家たらしめた幾多の先達達は世界に誇る漫画文化の黄金伝説である。ウエケンは、人類の笑いのために今日もギャグを妄想するのだ、ヒマだからな!

『怪異!夜は千の眼を持つ』


 ……しょうもないネタはともかく、『夜は千の眼を持つ』は生粋のギャグ職人ウエケンによる文字通り千変万化のギャグオムニバス集だ。一貫性のあるストーリーや主人公などは無く、作品内の短編である『キャプテントラウマ』シリーズや『サチコと友人』シリーズなどを除き、レギュラーキャラもほとんど存在しない。それどころかそもそも「漫画」としての体すら意図的に放棄した回はあるは他作品のコラージュのみで構成された回はあるは、と毎回読者の予想の斜め上をスイッチバックしながら登るような超展開が頻発する。
 しかしこのようにとりとがもないように見えつつも作品を貫く一貫性は確保されている。ギャグへの絶対的な信仰が。

 ギャグ漫画というジャンルは創作も定義も非常に難しい。言葉遊び、一発ギャグ、不条理、パロディ、メタフィクション、これまで様々な方向性のギャグ漫画が現れては人々を笑わせ、そして作家達を疲弊させていった。
 『夜千』の魅力は、そんなギャグ漫画、いや、ギャグに限らず様々な漫画の歴史的堆積を、ギャグ職人であると同時に無類の漫画好きでもあるウエケンが咀嚼した上でギャグの万華鏡として我々に広く開陳してくれる事だ。本作には本当に色々な種類の笑いが存在する。
 毎回毎回手を変え品を変え様々なアプローチから繰り広げられるギャグまたギャグ。キャラの個性や定型的演出に頼れないため、そのコストパフォーマンスは恐ろしく悪い。その分ネタの純度の高い回の破壊力は強烈極まりなく、(1ページで)『レ・ミゼラブル』全ストーリーを描ききったり、大昔の絵物語や貸本漫画のフォーマットを無駄に忠実に再現したり、とその非効率にもほどがあるこだわりの数々には感動を禁じ得ない。
 特に意味深だった回は、水木しげるや石原豪人のタッチをこれまた忠実に再現して昔の妖怪図鑑のパロディをやった回だが、紹介しているのは妖怪ではなく、赤塚不二夫を筆頭とする過去から現在に至る様々なギャグ漫画家達の肖像だった。作家、それもギャグ作家とはどこか妖怪じみた存在であるという認識の表れだろうか。

 欠点としては、毎回バラエティに富んでいるのはいいのだがクオリティにバラつきがあるように思われる部分だ。笑える回の破壊力は凄いが、どこをどう笑うべきか頭をひねってしまう回も時々ある。
 それと絵柄がややのっぺりしすぎている点も気になる。他作家のタッチを再現した回や超絶作画の回などはともかく、作者の地の部分の絵柄が昔と比べても何か野暮ったくなってしまっているような気がしてならない。これら欠点についてはまぁ読者の好みよりけりだろう。

 つい先日、本作の第3集が登場したが、そこで作者は何と妻との死別という自身の実体験を基に描いた非ギャグの傑作ドキュメント漫画『さよならもいわずに』をまるまるネタにするという恐ろしい快挙に及んでおり、これには心底「ええぇ??!?」と驚愕した。これが、殉笑者の業という奴なんだろうか。
 『夜千』は千変万化のギャグものづくし、ギャグ物産展だ。コストパフォーマンなど度外視して急勾配を軋り登るギャグの三重連蒸気機関車であり、謎の感動をもよおさずにはいられない。一時期ネット上でクオリティの高さで話題になった一休さんと『ゴルゴ13』等のかけ合わせ漫画も本作で楽しめる。一気読みには向いていないので、毎日少しずつ枕元でヒマな時にでも楽しむのが良いと思われる。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2011-01-29 22:52:39] [修正:2011-01-30 02:17:14] [このレビューのURL]

 鉄道ファン(以下「テツ」と呼称)という存在はそう新しいものでは無く以前から人知れず一種独特な濃い世界を形成してきたが、ここ数年で急速に世間的な認知度が高まってきている。市場が彼らを相手に商売するオイしさに気づいたのか、テツをターゲットとした催し物やツアーなどが多く開催されるようになり、その裾野はますます広がりをみせている。

 漫画の世界においても『鉄子の旅』や『鉄娘な三姉妹』などテツを題材とした漫画が多く世に出るようになったが、ここにきてある種真打とも呼べる作品が堂々の漫画化を果たした。大正から昭和にかけて活躍した文豪であり、無類の鉄道旅行好きでもあった内田百間(ひゃっけん)の代表作にして紀行文学史上の傑作でもある『阿房列車』(あほうれっしゃ)が一條裕子によって漫画化されたのである。

 内田百間こそは日本のテツ達のグランド・ファーザーのような存在であり、
「なんにも用事はないけれど、汽車に乗って大阪に行ってこようと思う。」
 この有名な出だしに始まり延々ひたすら浮世離れした鉄道旅行珍道中を描きつくした本作はテツ文学の偉大なる古典であった。用も無いのに汽車に乗り、どうせ乗るならと借金こさえてまでも1等車にこだわる。紀行文学とはいうものの地方の情緒だとか名所名物の類の描写は一部の例外を除いて一切描かず、ただただ鉄道旅行の道中記及び鉄道に対する百間先生の思い出話や美意識を主軸に描写がなされた特異な内容で、また名文家の誉れ高い百間のテムポの良い文体と相まって今でも根強い人気を誇る作品である。読みやすいがクセも強く、漫画化など考えもしなかった作品であっただけに、何気なく書店でこの漫画版の単行本を見かけたときの衝撃たるやかなりのモノだった。

 で、肝心の漫画版だが、いざ読んでみた所「そう来たか」とハタと膝を打ちたくなった。成程、これは紛れもなく『阿房列車』の世界だ。何しろ、他の原作付き漫画と比べても原作文章の引用割合が凄まじく高いのである。漫画作品としてキチンと成立してはいるので誤解の無いように願いたいが、文章と画の主従関係が他の漫画と比べても明らかに文章の方が上、という考えようによっては奇妙な事態となっているのである。
 そんな事を書くと「え?文字が多いの?なんか読みにくそうだな」とか「そもそもそこまでして漫画化する必要があったのか」と思われるかもしれないが、意外やこれが不思議と読みやすい。一見単調に見える絵柄とコマ割だがその実かなり計算されて描かれており、文章(大半が百間先生のモノローグ)のテンポをうまく活かすように画面が構成されている。絵柄は新聞の4コマ漫画や一コマ風刺漫画のような素朴で簡略化されたもので独特の俳味があり、それがまた原作の持ち味を活かす結果となっている。
 上の方で「文章のほうが画よりも重きが置かれている」と書いたが、時折大ゴマを活かして精密な描きこみがなされたシーンなどが挿入され、画>文章となる一瞬も鮮やかに表現されており、単なる原作トレースにも終わってはいない。なによりコマ運びに作者のユウモアが感じられ、論理的なんだかただの偏屈なんだかよく分からない困ったちゃんな百間先生のモノローグと行動にに作者からのささやかなツッコミとも取れる大ゴマ強調など、見ていて思わずニヤリと笑いたくなってしまう。カギ括弧や改行などの文章運びのテクニックが、ここではコマ運びという形で表現され、原作の文体をうまく漫画という文体に置換せしめたという意味で、見事な漫画化と言える。これには冥途の先生も苦笑しておられる事だろう。

 『阿房列車』の漫画化という事で個人的には大変魅力的な作品だが、いかんせん扱っている題材が題材なだけに、テツでもなくましてや原作のファンでも無い多数層に受け入れられるか?と問われるとやや苦しい。しかし逆に鉄道旅行や内田百間に興味のある人には実に良い導入編となるだろう。漫画喫茶などで根を詰めて一気読みするよりも地方の在来線特急のボックスシートなどでサンドウィッチをかじり麦酒をあおりながら読むほうが似合う作品でもある。「用もないのに旅に出る」のはなかなか叶わないけれど、テツにも、またそうで無い人にも、帰省の汽車旅行のお供などにお薦めな一冊でもある。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2010-12-28 23:25:48] [修正:2011-01-05 22:38:36] [このレビューのURL]

7点 幕張

「幕張」の連載が始まった1996年当時、週刊少年ジャンプは混迷の淵にあった。
 ドラゴンボールをはじめとする黄金期の人気作品が次々と連載終了し、部数の低迷に歯止めはかからない。「るろうに剣心」や「封神演義」などの新たな人気作品も出るには出たが、それでも90年代初頭までの黄金時代にはなお遠い。ほどなく発行部数でもライバルの少年マガジンに一時的に抜かれたりもしたが、ともかくそんな混迷期、ジャンプもまた新たなかたちを求めて迷走をしていた。内田有紀の巻頭グラビアを載せたりしたのもこの頃だった。

 しかし、そんな混迷期にこそこれまでにない新たな才能が発掘されちゃったりもするものである。後にもギャグ漫画の歴史に名を残す奇才が誌面をにぎわし始めたのだ。「すごいよ!!マサルさん」のうすた京介が、そして本作「幕張」の木多康昭が。

 上記のように大げさに煽ってみたが、ではこの「幕張」という作品、万人が屈託無く笑えるお勧めギャグ漫画かというとそんな事は断じて無く、非常に人を選ぶ作品である。

・下劣な下ネタに免疫がある。
・90年代中ごろの芸能事情に詳しい。
・悪質なパロディや中傷をギャグのためなら笑って許せる広い度量。
・週刊少年ジャンプ黄金期の愛読者だった。(←最重要!)

 本作を真に楽しみ、グヘヘヘと下卑た笑いを浮かべる為にはこれらの要件を満たした方がより都合が良いのだ。こうも読者層を限定するギャグ漫画、普通に考えると高評価にはならない、はずである。
 おまけにこの「幕張」ときたら、ギャグの過激さが尋常ではない。タレントやジャンプの他作家を作中実名でけなすは、物語上脈絡なくオマージュどころか完全トレースしたような他作品のキャラを押し込むは、まるで青年誌のようなリアルでディフォルメを排した絵柄で、最低にもほどがある下ネタを容赦なくぶっこむは(「奈良づくし」は悪夢だった)、まぁ、本当に、ひどい。
 ストーリー展開も狂っている。高校入学時、「ジャンプにはもうスラムダンクがあるから」という理由でバスケ部への入部を断念した主人公コンビは野球部に入部するが、まじめに部活動に勤しむ事など無く周りの同級生や教師たちと下品で最低な騒動をひとしきり繰り返した後、唐突に世界最強の高校生を決める「世界高校生選手権」に出場する事となり、そこでも変わらず変態的で最低な戦いを繰り広げていく…というストーリーである。最終回は唐突に「この漫画の主人公はガモウヒロシでした」と某新世界の神に喧嘩を売ってそのまま劇終という具合だった。
 部活動を脇目に下品で変態的なギャグを描く、というと同時期にヤングマガジンで人気を博した「行け!稲中卓球部」が思い起こされる。ジャンプ編集部も当初はそういうノリを狙ったのかもしれないが、ふたをあけると全く違っていた。「稲中」の方は絵柄がいかにも漫画っぽく、下品なギャグの中にもどこか思春期の少年少女の葛藤みたいなテーマが描けていたのに対し、「幕張」の方は絵柄はやけにリアルで、にも関わらず真摯な裏テーマとか、そういう滋味は一切無かった。友情も努力も勝利も全ては本作ではむなしかった。

 …以上のようにどうようもなく混沌とした作品だったが、それゆえに本作は当時のジャンプを象徴するメルクマールたりえたのだと今にして思う。過激なギャグを、しかし妙に浮遊感のあるシラけた描線で描いた本作の混沌っぷりは、そのまま冒頭にも書いた当時のジャンプの混迷の表れだったのだ。
 
 原哲夫、宮下あきら、こせきこうじ、北条司、鳥山明、井上雄彦…、かつて木多康昭が深く愛した大作家達が次々と疲弊して一線を退いて行く。次のスタンダードも未だ確立はされない。
 そんな中、ギャグ漫画としての行儀の悪さというある種の治外法権を最大限に発揮する形で「幕張」は当時のジャンプのネガ面での象徴となり、ふがいない同誌の現状に対する嘲笑ともなり、同時に去り行く黄金時代への惜別の弔鐘をかき鳴らしたのだ。本作にやたらとドラゴンボールとスラムダンクのパロディが頻発する事もそれを物語る。こうしてひとしきり毒を吐き散らした後、作者は敬愛する井上雄彦の後を追うように講談社へと移籍を果たし、現在に至っている。

 当時の特殊な状況の生んだ鬼子のような作品には違いないが、「幕張」というほかに類を見ないギャグ漫画の事を忘れることは多分無い。ジャンプの歴史に良くも悪くも刻み付けられた凶悪な爪跡なのだ。

 なお、下ネタ・内輪ネタ・過去作のパロディなどの本作の得意としたギャグのエッセンスの多くは、現在のジャンプ漫画では「銀魂」に受け継がれている気がする。

ナイスレビュー: 2

[投稿:2010-05-25 00:23:57] [修正:2010-06-10 23:30:05] [このレビューのURL]

 「落ち物」と呼ばれるジャンルの漫画がある。さえない男主人公のもとに空から美少女が落ちてきて、彼女をめぐって平凡だった男の日常は上を下への大騒動、ラブ&コメディの日々が始まる…という類の奴である。古くは「うる星やつら」、少し前なら「ああっ女神さまっ」などがこのジャンルの代表作であり、美少女ギャルゲーや深夜アニメの作品群にも似たようなものは枚挙に暇がないはずである。

 そして本作「ハルジオン・ランチ」は、ネオ時代劇「無限の住人」で知られる鬼才の沙村広明 (←アラフォー)が本気を見せた落ち物ギャグ漫画の最先端である。内容は一言で表すと、カオス。とても系統立てて説明するのが困難な内容だが、同作者の「おひっこし」にはまった人ならまず外さない面白さがある。

 部下に金を持ち逃げされ事業に失敗し、川で食料の魚を釣らねばならぬほど困窮していたホームレスのアラフォー中年男「化野(あだしの)」。日がな一日釣り糸垂らす彼の元に、「お腹へった」と突然現れた地球外の美少女「ヒヨス」。主人公がホームレス中年という以外は取り立てて新鮮味の無い落ち物の王道的導入部である。

 これまでの落ち物ヒロイン達も空を飛べたり電撃を撃てたり、と特殊能力を持っている場合がほとんどだったが、本作のヒロインであるヒヨスの能力は、何と生魚だろうとリヤカーだろうと家電だろうと人間だろうと何でも一口サイズに縮小して食べることができるというとんでもないものだった。それどころか一度食べたものを「うっええええエエエエ」と吐き出しす事により、食べたものが生物無生物を問わず融合して出てくるという更にとんでもないコンボが…。そう、ヒヨスは「無敵看板娘」の鬼丸美輝、「銀魂」の神楽らに続く正統派の”嘔吐ヒロイン”だったのだ。そして従来の嘔吐ヒロイン達がその食い意地に相応しく男勝りな元気さを売りにしていたのに対し、ヒヨスはいわゆる”綾波系”的な無表情&常識の欠如が特徴なのが新鮮である。

 このハタ迷惑極まりない能力(”ちから”と読んでください)を持った美少女と彼女の保護者に選ばれてしまった中年男性を軸に、理系で兄萌えのジャンキー少女、気の毒な犬(詳細は後述)、金を持ち逃げしたメガネ男子等等の奇妙でダメな奴らを巻き込んで物語はあさってどころか明々後日の方向に全力で転落していく。
 一応はすべてを失った中年男性の再生物語みたいな大筋もあるんだろうが、とにかく設定のカオスさと物語に脈絡なく大量投入されたマニアックな小ネタの数々(無料回収車「貧乏姉妹海物語」「ATARI社のレア基盤」には呼吸困難になるほど笑った)が、そんな本筋?をボヤカすほどに隙間なく詰め込まれている為にますますその全容をつかむのが困難である。何しろ第1巻のラストで登場人物の一部が「北の某国」の潜水艦に拉致られるのだから。いや、ギャグ漫画だから全然OKだが。

 とにかく非常にカオスな作品だが、作者の絵のうまさもあって不快感は感じない。それどころか、ヒヨスの吐き戻しによって誕生する様々なクリーチャーのデザインなど、立体化したらそのまま現代アートとして通用しそうなくらい秀逸である(←訳が分からないとも言う)。単行本表紙の裏カバーでもネタにされているように、その有機物と無機物の融合した奇怪なデザインは前衛芸術家成田亨によるバルタン星人やゼットンなどの初期ウルトラ怪獣や、クローネンバーグの映画(←「ザ・フライ」」とか)に登場する「柔らかな機械」を髣髴とさせ、美大出身の作者の才能の無駄使いっぷりが見ていて痛快である。
 極めつけはレギュラーキャラとなった気の毒な犬「アスキー犬」で、これはハスキー犬とうまい棒とデコケータイがヒヨスの体内で融合した結果誕生、前足がうまい棒、顔がアスキーアートで構成されたというとんでもないデザインで、コイツを見る為だけにも本作を読む価値があると自分は信じる。

 以上、色々書いてきたがとにかく本作に関しては「まずは読んでみてくれ」としかいいようがないほど混沌としている。思うに、何故そうなったかというと、それは本作が沙村弘明による”ゲロ漫画”だからなのであろう。
 落ち物美少女、人間ドラマ(?)、SF、オタネタ、現代アート、様々な食材を沙村弘明は一旦咀嚼した上で、「うっええええエエエエ」と原稿用紙という名のキャンパスにぶちまけた結果誕生したのが本作なのだ。色よし形よし香りよしの三方良しを実現した素晴らしいゲロ漫画である。
 しかし、いくら味が良くてもゲロはゲロなので、毒気も強いし吐いたゲロを一目見ただけで元となった食材を当てられるような食通(というよりオタク)でないとイマイチ面白くないかもしれない。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-03-28 19:26:07] [修正:2010-06-10 23:25:18] [このレビューのURL]

 あれはもう10年前になるか、当時青雲の志に胸躍らせていたピカピカの大学一年生の自分は、友人の部屋で無造作に転がっていたアフタヌーンシーズン増刊を拾い読み、本作に出合ってしまった。「無限の住人」は存在は知っていたが読んだことは無かった。(今も無い。)
 そこで描かれる奇妙な青春群像とマニアックなギャグに惹かれるものを感じて「蟲師」や「ラブやん」や「もっけ」と併せて大いに楽しみ、単行本も購入。そうこうしているうちに夢のように大学時代は過去のものとなった。

 今、手元に「おひっこし」の単行本は無い。卒業時に実家に帰った際、他の荷物とまとめて押入れにしまいこんでしまった。それから更に数年、しかし今でもあの鮮烈な印象は脳の片隅になお残る。

 以下、記憶を頼りに印象的だったシーンやセリフを拾えるだけ拾ってみる事とする。細かいところは間違っていると思うけど御容赦。


第1話

「俺は赤木さんが好きだ!」
「おお、自分探しの旅じゃぁ」 「ケッ反吐が出る」
「ウェルカムトゥーザヘール!」
「銀ビス少女隊」
「♪バナナセーキ バナナセーキ」

第2話 ←ここから読み始めた

「ローマは一日にして成らずんば虎児を得ず」
「ベヘモト (中略) 斉天大聖 (中略) マドモアゼルフロムヘル」
「やっぱ行楽地のお昼はカツカレーだよねー」
「くらえっデスマサカー!!」
「今いるここはどこ?魔界?」(背景;ジェダステージ)
「マンマ!僕も一緒に行くよォッ!」 「ああっ、ピザ野郎が逃げた!」
「ジャッジメントギャルズ」

第3話

「ですめたるは不滅です」(巻頭アオリ文句)
「伊太利亜人のお墨付き」
「ペスカトーレ! ユダめェェェェェ!」
「ブタに食わせとけ!」
「今時デスメタルに硬派性を感じるってのは、本棚の目立つ場所に「地獄の辞典」を並べるのと同じくらい格好悪い事だと思うんすよ。」
「何故ベノム?現世とは没交渉の一枚」
「あたしこの車、晴海の催事場え見たことある…」
「あたしは小学館のコロタン文庫で」

第4話

「世界のどこかにあるという回転しない寿司屋へ!」(BGM;ガンダーラ)
「所持金700ペリカ」
「実は私ずっと夜尿症が治らなくて」 「うわーダサー」
「赤木さん、私怖い!」 「マグマグ人?」
「好きなドラマーはブライアン・ダウニー 好きな呪文はザラキ 嫌いなものはお前のような女です」
「木戸草介は後に述懐す」
「早くレポート仕上げねーと」
「バローネ、このイタ公!」

最終話

「誰が言い訳しろつったよ?」
「みなさんありがとう 土佐の黒潮に揉まれて巨乳になって帰ってきます」
「うわーーん赤木さーーん」
「♪あなたーの胸で泣かせて欲しいー」
「これで飯でも食てやー」(←ウルヴァリン) 「えっ1万円も?」
「……がんばんな…」
「ぶわっはっはっはっは」
「♪君の名を呼ぶときは…」
「危険って何がですカー!?」
「その後、それなりに幸せになったという」


 …不思議だ。当時確かにいろいろ思うところもあったしそれなりに感動もしたはずなのに、思い出されるのはどうでもいいシーンやデティールばかりである。というか上のセリフだけ見たらどんな漫画かさっぱりわからん。

 フラフラしているようで生活臭く、何も考えてなさそうでその実ひたむきでもあり、永遠に続くような時も「おひっこし」と共に終わりを告げる。この底が浅いのか深いのか、大事な何かを学べたのかそうでないのかも良く分からんが妙に楽しい読後感は、しかしそれゆえにマニアックなデティールと共に記憶に残ることとなった。いまだ自身の大学生活というものを人生においてどう位置づけるべきか分からぬわが身なればこそ、かもしれないけれど。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-03-24 23:41:47] [修正:2010-03-24 23:41:47] [このレビューのURL]

7点 芋虫

 原作:江戸川乱歩、作画&脚色:丸尾末広。前作「パノラマ島綺譚」に続く至高にして(悪)夢のコラポレーション第2弾である。前作が手塚治虫文化省を受賞するなど反響も大きく完成度も高かったので、大きな期待と安心感を持って本作には接することができた。

 まず一つ言えるのは、本作「芋虫」は前作「パノラマ島」よりもはるかに丸尾末広の持ち味…大正昭和風味の残虐猟奇趣味が発揮できているという点だ。おそらく昔からの熱心な丸尾ファンには「芋虫」の方が肌に合うと思われる。
 物語の舞台は大正期の軍国時代の日本。大正というと「サクラ大戦」や「大正野球娘」のような華やかなイメージの作品が多いが、一方本作はというと…。戦場で四肢と言葉を失い物言わぬ肉塊となった軍人とそれを看護する妻。あてがわれた屋敷の離れを舞台に、世間的には「名誉の軍人」と「夫に尽くす良妻」である二人の、その実いびつで倒錯した愛憎模様が描かれる。もうこの舞台設定からして丸尾末広のためにあるような作品といえる。モダンと華やかさの影に咲く、腐臭を放つ奇形花の妖気。

 まさに水を得た魚、羽を得た芋虫のように丸尾末広はこちらの期待に応えるべく素晴らしい仕事振りを発揮している。短編である原作を肉付けするために様々な小話も盛り込まれ、浅草十二階や仁丹の絵看板などの小道具にも気が配られている。
 何より圧巻なのはやはり悪夢のように淫靡な”夫婦生活”のシーンで、奇形の芋虫とそれを弄びまた弄ばれる中年女の濃厚な絡みから、丸尾末広言うところの「前近代的湿潤」、日本的なじめっと湿度のある狂気がページを通り越して読者の顔面にこびりついてくるような錯覚すら覚えさせる。体液や汚物のすえた匂いまで立ち上って来そうなその描写力は凄まじく、特に第2話後半で憔悴しきった妻がさいなまれる悪夢のシーン(奇形、死体、毒虫、男性器などのおぞましいイメージの集積)を見た日には…。これぞ江戸川乱歩、これぞ丸尾末広であろう。

 が、本作を丸尾末広や江戸川乱歩ファン以外の読者に広く勧められるかというと、なかなかそうも言い切れないのが歯がゆい。前作「パノラマ島」と比べてもエログロ描写が上記のとおり段違いに上がっているため、耐性のない人に見せたら人間性を疑われることになるだろう。
 江戸川x丸尾のコラボをもっと読みたい自分としては本作も商業的に成功して欲しいと思っているが、文庫版で30ページに満たぬ原作を4話構成にまでカルピスのように水増し・過剰装飾した印象はぬぐえず、それがハードカバー1200円(税抜)というのもやや疑問が残るところである。これであれば、例えば芋虫以外にも手ごろな江戸川乱歩の短編を漫画化して単行本に収めてくれた方が良かったと思う。

 何より残念だったのは、これは別に誰が悪いのでも無いが、既に「パノラマ島綺譚」で江戸川乱歩x丸尾末広という究極のタッグの完成を目撃してしまっていた為、本作を読んだ時も信頼感に似た安心を覚えこそすれ、前作を書店で偶然発見した時ほどの衝撃を受けることは無かった。今後もこのコラボは続けて欲しいと心から願うが(個人的には「蟲」とかを是非)、初見の悪夢を上回る悪夢を生み出すハードルはどんどん高くなっていくのだろう。夜の夢のごと、まことに歯がゆい。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-03-22 14:43:51] [修正:2010-03-23 23:14:53] [このレビューのURL]

 少年マンガ史上の唯一無二の天才、荒木飛呂彦先生の代表作と言えばやはりみんな大好き「ジョジョの奇妙な冒険」だが、その個性的すぎる作風が仇となって一見さんにはやや敷居の高い作品となってしまっている部分があるのは否めないだろう。むろん第一部から順を追って読んでいけばいいだけの話だが、20年来に及ぶ長大なボリュームを前に尻込みする人も多いのではないか。

 そんな場合に荒木入門として真っ先におすすめしたいのが本作「バオー来訪者」である。すでにさんざん言われてきた事だが、

・正統派で感情移入のしやすい主人公と物語展開。

・一方で特異なキャラクターデザインやセリフ回しなどの、作者ならではの無二の個性も味わえる。

・何より幸か不幸か単行本2巻足らずのボリュームの為に読みやすく、かつ物語的にもきれいにまとまっている。

 などの理由のおかげで、荒木初心者にもある程度安心してお勧めしやすい作品には仕上がっている。

 しかしッ、短かろうと読みやすかろうと荒木は荒木、上記のような理由だけで本作の魅力を語りきれるとは無論思っていないッ!個人的に本作に強く惹かれたのは、本作が「仮面ライダー」に代表される”異形者”としてのヒーローの格好良さと悲しみを、実にスマートに継承していたからである。

「悪の秘密組織の人体実験により誕生した悲劇の改造人間が悪と戦う」という仮面ライダー以来の伝統を色濃く受け継ぐ本作だが、荒木飛呂彦はそこに様々なSF的意匠をふんだんに盛り込むことでそんなヒーロー像を見事に描き直してみせた。(本作が連載されていた80年代中期、仮面ライダーシリーズは休止状態だった。)

 生物兵器を体内に寄生させ、それの放つ分泌液によって促される”変身”の原理。そして変身を「武装化現象(アームド・フェノメノン)」と呼称するこのセンス。これらに端的に表れているSFマインドが本作を単なる「北斗の拳もどき」以上の作品に仕上げており、変身ヒーローに付いて回るある種の野暮ったさを見事に解消している。一方で、不気味な寄生生物「バオー虫」にも見られるように、バオーは格好良さと不気味さの同居したキャラでもあり、安らぎの中にもどこか悲しみの残る最終回の余韻と併せて、石ノ森章太郎以来の「悲しき異形者としてのヒーロー」の魅力を再確認する事もできる。

 また注目すべきはバオーのキャラクターデザインである。バオーはしつこく語ってきたように”変身”するヒーローだが、顔や皮膚が分泌液の作用で異形と化す一方、服装は変身前の少年、橋沢育朗の普段着のままなのである。優れたデザインのおかげで違和感なく仕上がっているが、仮面ライダーなどとの一番の違いはそこだろう。昔のヒーローとは特殊なコスチュームを身にまとったり巨大化したりするものだったが、近年はどこにでもいそうな普通の少年少女が、普段着のまま超能力を駆使したりして戦う作品の方が少年誌には多い。「ジョジョ」の波紋やスタンドもそんな系譜に属するが、バオーのデザインにはそんな新旧のヒーロー像の混交が見て取れる。そういう面からも興味深い作品ではある。

 前述のSF的意匠や作者特有のセンスが当時の大多数の読者には受け入れられにくかったのか、本作は短期間で連載を終えた。しかしその個性ゆえに少なからぬ熱狂的なファンも獲得し、それが後のジョジョ人気や現在の「能力系バトル漫画」の人気にも連なっていく事となった。
 わずか2巻たらずのボリュームの中に、実に様々な魅力の凝集した豊穣で味わい深い一作である。魔人ウォーケンのように明らかにどこかの漫画キャラのそっくりさんも出てくるが、現在「唯一無二の孤高の天才」の地位を確立し、他の漫画でもさんざんネタにされたりパロディされたりする荒木先生も、若い頃は他作品のマネをしていたというのも微笑ましい話であるw

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-03-04 00:59:53] [修正:2010-03-04 23:14:03] [このレビューのURL]

なるほど、これは万人にお勧めしたくなる良作スポーツ漫画だ。

チャンピオンのお家芸である自転車競技をテーマに据えつつ、オタク趣味の草食系メガネ男子を主役に据えることで本誌特有のアクの強さをゆるめることに成功しており、間口の広い作品となっている。
根性だ熱血だといった価値観から遠く離れた位置にいたはずの少年、小野田坂道は、しかし「アキバにタダで行けるから」というそれだけの理由から千葉県-秋葉原間往復90kmの道のりを幼少期からママチャリ転がし続けてきた。
運動音痴で人付き合いも苦手だったそんな少年がしかし知らずに蓄積し続けた才能の片鱗が、高校入学の新たな出会いを経て一気に爆発する展開はベタだが熱いものがあり、また三つ子の魂も何とやらでそのように才能を開花させた後も萌えオタクとしての本分を忘れず鼻歌(アニソン)を口ずさみながら箱根の山を駆け登る主人公の姿は別の意味で頼もしく、またある種の不気味な怪物性(凄み)を見せつけている。主人公の常人離れした天才性の発露を、まさかアニソン鼻歌で表現してしまうとは!
そしてそんな不気味さもしかしナチュラルに受け流せてしまいたくなるような爽やかさも活写されており、作者の優れたバランス感覚が冴え渡っている。バランス感覚と言えば、体育会系的ノリから距離をとる一方で努力や根性を否定しないあたりも巧い。

そんなわけで連載開始当初から面白がって読んできた一方で、チャンピオンらしいアクの強さももうちょっと欲しいなぁと贅沢な不満を抱いていた。いささか優等生的すぎてチャンピオンらしさが足りないというか何というか…。

ところが、そんなある日のこと、いよいよインターハイ編がスタートした丁度その頃…!!

「弱泉くんや。 キモッ!キモキモキモキモッ!」

「アブ(腹筋)!アブ(腹筋)!アブアブアブアブアヴィィィィィ!」

三つ子の魂何とやら。やはりチャンピオン漫画はチャンピオン漫画なのであった。今後も楽しんで読もうと思います。




ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-01-06 23:54:20] [修正:2010-01-07 00:03:01] [このレビューのURL]

※2009/12/27 得点修正(6→7) 加筆有り

この漫画、作品単体で見た場合はそこまでムチャクチャ面白いというわけではない。本作もあずまんが以降の流れを引き継いだほのぼの系萌えショートギャグであり、まぁ似たような作品は大小さまざまに存在するはずだ。
ストーリーも極めて単純なもので、海を汚す人類にイカって地上を征服すべく上陸してきた海の使者「イカ娘」(イカの擬人化とアイデアはなかなか斬新だった)が、逆に浜茶屋一家にとっつかまってコキ使われるというもので、地上の常識に疎いイカ娘の見せる天然ボケっぷりを愛でて萌えて楽しむ内容である。ギャグの基本が非常識から来る天然ボケである以上あまり腹を抱えて大笑いするような性質のものでもないし、そう過剰なお色気サービスシーンなんかも無い。近頃話題になったので興味本位で買ってみたところ、「そこまで面白くなかったな」という感想をもった人も少なくなかったかもしれない。

しかし、このような事を書いておいてアレだが、筆者のように本作が連載されている週刊少年チャンピオンを毎週購入している人間からすると、本作は大変に愛着の湧く貴重な存在なのだ。週刊少年チャンピオンはジャンプなどの主要少年向け4誌の中では最も異端じみた”濃さ”を誇る雑誌である。掲載作品を見てもメインが「バキ」に「浦安鉄筋家族」、最近人気の「ギャンブルフィッシュ」、変態的萌え漫画の「みつどもえ」、そのほかヤンキー漫画に変態漫画…と、息つく暇も無い特濃っぷり。そんなギラギラまぶしい真夏の浜辺のようなチャンピオン誌上においては、本作のようなほのぼのとした笑いとそこはかとない萌えを供してくれる作品の存在は、ひと時の涼味を供する浜茶屋のような安心感と得がたさがあるのだ。もともとは短期連載の予定で始まった本作もそういう地味な人気と読者の潜在的欲求に応える形で気がつけば一年を越える人気作品となったのもうなづける話だ。

また、イカ娘の非常識っぷりは純粋な子供の知的好奇心・直観力に通じる所があり、時々ギャグに天然ボケを超えた意外な味わいがでている所も無視できない。例えば夏祭りの金魚すくいを見て
「つまりいたいけな小魚の命をもてあそんで楽しむわけでゲソね」
なんて痛いところを突いてきたり、自身のあんまりな扱いに抗議して浜茶屋言一家に
「私に人権は無いのでゲソか!」
と怒ったりするのも良かった。あるわけないだろ。だってイカだし…。
一番傑作だったのが「学校」という場所に興味を持ったイカ娘が浜茶屋の次女の通う高校に侵入した時の話で、その設備の巨大さ、収容人数の大きさに驚愕したイカ娘が、学校を何らかの軍事施設と誤解し、理科室を人体実験室、コンピューター室をハッキングルーム、大講堂を作戦指令所なんかに勘違いしていくものだった。これ、作者が意識してかせずしてかは知らないけど、近代社会における「学校制度」と「国民皆兵制度」の成り立ちについて考えるとイカ娘のボケっぷりも当たらずとも遠からずな感じがしてくるのである。
そして、イカ娘のメンタリティが天然ボケでドジだが意地っ張りで寂しがりやな子供的なものに設定されている為、物語の経過を通じて多くの人々にかわいがられたり弄ばれたりこき使われたりして成長していく姿も活写されており、その辺のドラマは今後も発展の余地があるだろう。

作者は以前チャンピオンを支えるベテランの米原秀行から投稿作品を酷評されたりもしたらしいが、安定感のある作画と合わせてドラマ面の描写力も相応の成長を遂げつつあり、これからもチャンピオンを下支えしてくれる存在として今後に期待しようじゃなイカ。

※イカ加筆

作者は見事に期待に応えてくれた。キャラの増加、イカ娘の行動半径の拡大、これら全てが作品のおもしろさを底上げする方向に作用しており、もはやチャンピオン誌上における箸休め以上の存在価値を獲得しつつある。
今後にますます期待をしようじゃなイカ。

ナイスレビュー: 6

[投稿:2008-08-14 17:23:43] [修正:2009-12-27 16:44:53] [このレビューのURL]

よく「今の少年漫画には熱い男気が欠けている。昔は男塾とかがあったのに。」という文脈で引き合いに出される漫画だが、忘れてはならぬのは本作が人気だった80年代後半〜という時代においてももはや男気やら根性やらはアナクロだったという点だ。これらの美徳が少年漫画上で衒い無く描き得たのはやはり本宮ひろしなどの活躍した70年代の事であり、80年代においては男気や熱血はある程度ギャグ的な表現をはさんで緩和しつつ描かれる事が増えていた。
作者の宮下あきらもその辺は熟知しており、初期の作風は時代錯誤を意識的に過剰演出した軍国主義パロディ学園ギャグとして本作は描かれ、この路線を貫徹すれば好事家にひそやかに愛される隠れた傑作のような位置に収まったかもしれない。しかし、ジャンプ漫画の常として、人気獲得のために早々とバトル路線にシフトして以降、作品としての完成度を無視した本作の真の暴走は始まり、奇怪な魅力が前面に開花した。
元々絵柄が原哲夫や本宮ひろしの影響から抜けきれず、そのご都合主義の塊のようなバトルストーリー構成はキン肉マンの亜流の様でもあったが、そんな本作に唯一無二の個性を与えたのがご存知「民明書房」に代表される作中引用される架空文献の数々だ。作中登場する数々の奇妙な奥義、武具、奇習を一見本物であるかのように見せかけつつ演出したこれらの架空書籍群は不思議な説得力があり、当時の読者の多くは結構マジメに信じたのだが、これは80年代〜90年代前半という時代までなら通用しえた最後の荒業だった。
大昔の少年誌は、漫画などの他にも巻頭に歴史絵巻や科学啓蒙のグラビアなんかを載せて、ただの娯楽以上のものを与えようとする姿勢があった。その中にはいい加減でいかがわしいものもあったが、子供達にとっては「ただ漫画を読んで笑ってるだけじゃないんだぞ!」という自負心を与える効果もあっただろう。現在ではマガジンの社会派読切やサンデーの欄外一行雑学なんかに細々と継承されるこの姿勢の奇形変化した姿が、実は民明書房だったのではないかと最近は思っている。結局は嘘であったが、確かに純真な知的好奇心に訴える力はあったし、そのご都合主義的な展開にも適度に”泣き”も入っていたので同じく純真に泣いて笑って固唾を飲んだのである。ちょっと考えれば馬鹿馬鹿しく非現実的でギャグそのものだが、もうそういう地平にしか「男気」を描きえる土壌は残されていなかったのかもしれない。
だが、90年代以降は読者の目も肥えたのか、こういうご都合主義的な物語展開に素直に酔うのではなくニヒリスティックに生暖かく読む姿勢が一般化し、インターネット等の情報化の発達は民明書房などの存在を不可能にした。ググれば一発であれがネタだと小学生でも気がついちゃうわけだ。本作が90年代初頭に終わったのも必然だったのかもしれない。しかし、この在りし日の少年漫画として先鋭化したあまり奇形化した感のある本作を、今でも嫌いになれない自分がいるのである。
もしこれから本作に挑んでみようとする方がいらっしゃるならば、文庫版よりも断然往時のジャンプコミックス版がお薦めだ。巻末に収録された当時の少年達そして少女達(!)からの応援のお手紙には圧倒される事必定也!

付記:最近スーパージャンプ誌上で本作の続編である「暁!!男塾」が連載されているが往時ほどの面白さは無い。理由は数あれど、作者がもうハナから民明書房を完全にネタと割り切って描いてしまっているため、あの妙な説得力あるギリギリ感が失われてしまったためではないかと思われる。

ナイスレビュー: 6

[投稿:2007-02-04 23:24:44] [修正:2007-02-04 23:24:44] [このレビューのURL]