「臼井健士」さんのページ

総レビュー数: 439レビュー(全て表示) 最終投稿: 2010年06月18日

著者の漫画を読むのは初めてです。
ゲーム「バイオハザード」の漫画版ですね。
鬱屈とした日常を送る青年もとい中年が陥る非日常。異変は自らの付き合っていた彼女の変身から。
突如、多くの人間が「ゾンビ化」し、人を襲い始める。
交通機関は乱れ、街はパニックになる。

原因は「T-ウイルス」の流出・・・・って訳ではなさそう。
何が感染の原因なのか?そもそも原因はウイルスなのか?
でもゾンビ化した人間に噛まれると、噛まれた人間もゾンビ化するらしい。

現実と自らの理想とのギャップに苦しむ男は妄想癖があり、夜は孤独で眠れなくなる。
猟銃の免許を持っているため、展開上では発砲は可能・・・とお膳立てはできたのか?

1巻ラストの引きは凄まじい鳥肌だが・・・今後の展開はどうなるのか?
未だ「手探り」かつ「期待」の部分が大きい。
「只管にパニック」という作風。今のところ。

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[投稿:2011-04-17 21:18:19] [修正:2012-01-03 10:00:12] [このレビューのURL]

ギャグ漫画にしては絵が上手いというのは珍しい。
ギャグはそこそこ笑えました。部長さんの同性愛の雰囲気が前面に押し出されているため、読みにくいというのはあったのかもしれませんが、下ネタに走ることも少なかったので良かったと思います。

自分はジャンプで「奇面組」の後釜的位置に入るかと期待していたのですが・・・そこまでにはなりませんでした。
終わり方が「打ち切り」みたいな感じだったし・・・。鯉造ちゃん後半はほとんど出番なし。作者も忘れていたのでは・・・。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2010-06-18 23:54:28] [修正:2012-01-03 09:59:44] [このレビューのURL]

車田先生の原作で前フリがされていた前聖戦でのペガサスとハーデスの因縁を描く、聖矢のアナザーストーリー。
舞台を前作から遡ること2世紀。18世紀の欧州で、冥王・ハーデスの復活の兆しが見え始める頃。
孤児院で暮らす3人の少年・少女たちがいた・・・・・・。

絵が車田先生よりも繊細且つ細かいのですが、「エピソードG」の作者よりもよほど丁寧かつ上手いです。
車田先生の原作ではハーデス軍の「108星」いるというスペクターの大半が未登場だったり、自己紹介もなくやられたりしていたのですが、
この作品でしっかりと登場を果たしてくれるのは嬉しい限りです。
勿論、巻末の「分解装着図」も新規で多数追加。

物語としてはゴールドセイントたちの出番が非常に多く、
結末としては「牡羊座」と「天秤座」の2名しか生き残れないと前作から知れているのですが、
彼らがそれぞれ具体的にどのような最後を迎えたのかが判ります。

バトルがメインで文字数がページに少ないため、かなり早いスピードで読めてしまうのも特徴です。
少なくとも「同人漫画」レベルではありません。
本家とは別の立ち居地は既に獲得済みと思います。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-07-03 09:28:09] [修正:2012-01-03 09:57:54] [このレビューのURL]

6点 BILLY BAT

浦沢先生の最新作。

今回は戦後の1947年を舞台に国鉄総裁「下山定則」の轢死にまつわる、所謂「下山事件」を縦軸に日系2世の漫画家「ケビン・ヤマガタ」を語り部として紡がれる。

乗っけからの引き込みの数々の謎の散りばめかたは見事。
けれど、浦沢氏の作品はこの散りばめたいくつもの謎が終局に向かって集結してくる段階で
謎同士が「頭をぶつけ合ってごっつんこ、ごっつんこしてしまう」ことが多い!

つまり仲良く最終の頂まで駆け上る仲間として並列して存在し合えないのですね。
だから最後付近で交通渋滞を起こしてグダグダなまま終了・・・というケース多し!

この作品もスタートダッシュは見事だが、多くのファンが心配しているのはそこだろう。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-07-25 08:20:24] [修正:2012-01-03 09:57:01] [このレビューのURL]

「うしおととら」と比較すると、どうしても見劣りしてしまいますね。
「うしおととら」のときのように素直に感動出来ないシーンが多いです。

鳴海がゾナハ病の発作を抑えるために、無理矢理にでも相手を「笑わさなければいけない」という設定にそれが象徴されていると思います。話の流れの中で素直に感動を受けるのではなく、強引に感動させられるような展開の数々・・・・。勝が属していたサーカスもそうです。「集団」としての存在意義が、人を自然と楽しませるのではなく、意図的に「人を楽しませようとすること」が目的というところに顕著。

主人公が別行動をとっているので展開が遅いのも難点です。鳴海の成長が比較的自然な流れなのに対して、勝の成長は強引。黒賀村でのモテまくりも解せません。小学生に中・高校生の女子が夢中になったりなんて山田南平先生の「オトナになる方法」だけで十分でしょう・・・・って感じですよ。ホント。

なにせ前作でいきなり「歴代漫画の頂点を極めるような作品」を出してしまったため、いくら藤田先生でもそれを超えるような作品を描くのは難しいだろうなと思っていました。だから他の漫画家たちのような、才能の枯渇が原因で「トンデモナイ駄作」になっていないだけでも十分評価出来ると考えたほうがいいですね。20巻以上続いているヒット作を2本持っている作家だって珍しいはずですし。

ナイスレビュー: 1

[投稿:2010-07-31 07:29:52] [修正:2012-01-03 09:56:23] [このレビューのURL]

久しぶりに良いと思えた青春恋愛漫画。
美術学校に通う男3人と女2人、そして周囲の人々との日々のふれあい。
友情・恋愛・それぞれが背負う過去・泣いて・笑って・そして・・・・貧乏で(笑)
フロなしアパートなんて昭和の話かと思いましたが建物がある以上、平成の世でも立派に舞台として成り立つんですね。でも地震起きたら、真っ先に潰れるような・・・。
何気にギャグも効果的です。絵柄が少し見づらいのが難点か。

タイトルといい、ストーリーといい、雰囲気といい「スピッツ」の曲をかなり意識しているのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

ナイスレビュー: 0

[投稿:2010-12-03 12:33:16] [修正:2012-01-03 09:54:36] [このレビューのURL]

最近ついに読むことが出来ました・・・・。凄い作品ですね。いろいろな意味で。
たぶんアニメ版を良く知っていればいるほどに面白い作品だと思います。

原作者と画の岡野先生との「意思の疎通が上手く取れていなかったため(笑)」アニメ版では有り得ないような設定が採用されています。

以下、ざっと挙げるとこんな感じです。

1.アムロの性格が「熱血漢」。
よって口調が乱暴かつ、セリフが熱い(笑)。特にガルマ国葬の際のギレン総帥による演説のシーン(例のジーク・ジオンの場面ですな)をテレビで見て、怒りを堪えきれずにブラウン管にバンチの一撃を喰らわせるアムロは最高です。
「負けんぞ・・・・絶対にキサマらになど負けるものか・・・!」とつぶやくアムロと、それを「頼もしい奴・・・」とでも言いたげな嘘臭い表情で見つめる指揮官・ブライトの表情がまた・・・・・。

2.モビルスーツの設定が大きく違う。水中用であるはずのズゴック・ゾックがなんと宇宙戦で飛び回ります。
しかもゾックに搭乗しているのはあの「マ・クベ」!。
最後はガンダムのビームサーベルの二刀流の前に真っ二つにされた挙句の果てに、なぜか近くに位置していた「ドズルの搭乗している母艦にぶつかる」というコンボが決まって(爆笑)、一石二鳥になるってのがまた・・・・。ムサイ艦って大気圏突入できましたっけ。確か、アニメでは宇宙のみだったような・・・。

3.シャア専用モビルスーツに「アッガイ」がある。
ジャブローでの隠密行動では「専用機」らしく、通常機の3倍以上の動きでアムロのガンダムを苦しめます。

4.とにかく戦闘が「力押し」。
ガンダムはビームライフルなんかよりもパンチやキックで(←格ゲーじゃないんだからさ)敵を倒している。
ガンダムハンマーを振り回してランバ・ラルやハモンさんはおろか、ブライトたちにまで「悪魔の如き視線」で見られたり、グフ2体を振り回して空中衝突させるなんてムチャクチャまでやっています。
アッザムなんて一撃で倒してるし・・・・!。ゴッグはホワイトベースが踏み潰した(笑)。←それを見て「ムチャクチャだ・・・」とコメントする連邦の指揮官を総大将のレビル将軍は「いや、あれでいいんだ・・・」と擁護する。
直後のレビルを見る指揮官の「疑わしげな視線と表情」もサイコー!。

5.そしてラストシーンは宇宙に出たばかりで話の諸々の伏線の消化も終わっていないまま、唐突にシャアとの直接対決の直前に話は終わるのだ。
アムロは叫ぶ・・・・!!ガンダムがいる限り「宇宙の平和」は守ってみせる。お前たちの勝手にはさせん!、と。・・・・・・・え・・・・ガンダムって、「宇宙の平和を守る」ことが目的だったんだ・・・・・・あれえ・・・・・?(笑)。

なんか他のロボットアニメの影響が大きく表れた描写であり、キャラであり、ストーリーだという総括になります。
半分「ギャグ漫画」と化している感じはしますが・・・ガンダムファンは一見の価値あります。

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[投稿:2010-12-05 00:22:43] [修正:2012-01-03 09:53:42] [このレビューのURL]

9点 エマ

「メイド漫画」・・・・・・・・・・・と書くと明らかに誤解を生じる。

正しくは、「19世紀末の英国を舞台に、当時の階級差を下地にして描かれたシンデレラストーリー」(・・になるのか?)。
作者も女性で、描写は「いやらしさ」は皆無のメイド・イン・ジャパン(日本製)が「萌え」に非ずという、極めて純愛なお話。

しかも状況は「本家・シンデレラ」よりもある意味障害が多いときている。
シンデレラは「灰被り」でも元々は貴族の娘だから、王子様に見初められさえすれば後は「ハッピーエンド」への道が一直線で拓けているが(しかも物語自体は結婚して終わりなので、「その後」の結婚生活についてはそもそも触れられていない)、こちらは結ばれるまでに多くの障害があって、仮に「結ばれたとしたその後に」さらに多くの障害が待ち受けているであろうことが読者にも作者にも、そして主役の2人は言うに及ばず他の登場人物にですら分かりきってしまっているという全てが逆風の中で「愛し合う2人」が孤立する。

主人公は薄幸の女性。幼い頃からの苦労による苦労でどこか「自分自身の幸せですら、叶わないものとして最初から諦めている」。美人なので寄って来る男は多いが、それらを悉く退けてしまうのは幼い頃の家庭環境から他者に優しくされることに慣れていないせいだと思う。そんな彼女を救い出す「王子役」に指名されたのは「産業革命の激動の中で成功を収めた資産家の跡取り息子」。2代目に有りがちな決断力と行動力に欠けるきらいがあり、純朴さが生み出す「さり気なさ」と「優しさ」が取り得。
王子役としてはいささか頼りないのは問題で、それがエマの主人が亡くなって彼女がロンドンを去っても何も出来ぬまま、かといって彼女を探すために家を飛び出すような覇気もないまま「鬱々とした」日々を送る毎日。ついには意にそわない相手と成り行きのまま「婚約」までしてしまう。

しかし、エマが片田舎で出会った貴婦人が「王子の母親」だったところから運命は再び愛し合う2人を結び付ける。あちこちから「横槍」が入ってくる中で好意的に見ても味方の数は少なく、状況は決して好転してはいない。ここに至ってはもはや荒波に揺れる舟を漕ぐは「2人の愛」という名のか細いオールのみ。

果たしていかように転がるか?まずは「さて、一同お立会い!・・・・」である。

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[投稿:2010-06-18 21:47:02] [修正:2012-01-03 09:50:31] [このレビューのURL]

ギリシャ神話をモチーフとした作者の最大のヒット作品。
地上の平和を世界の裏側から守る女神・アテナと、そのアテナを守護する聖闘士(セイント)たち。

その物語は地上を手中に収めん復活を目論む冥界の王・ハーデスとの「聖戦」が主題になる。
そこに至るまでの聖域(サンクチュアリ)の内乱(サガの乱)。
そして、不慮の事象により復活を遂げた海皇・ポセイドンとの争い。
を経て、ついにハーデス軍が復活する。

特筆は「聖衣」(クロス)・「鱗衣」(スケイル)・「冥衣」(サープリス)に代表される
神話や伝説に登場するモンスターや生物たちを模った鎧を自らの身にまとって戦うという設定である。

それぞれの鎧が身体を覆うパーツに分類される「分解装着図」は毎回毎回よくも考え付くものだと感心させられた。
只、108星に代表されるハーデス軍の冥闘士(スペクター)は大部分が未登場に終わってしまったのが残念な点。

作者自身もそのことを気にかけていたのが、現在、この続編が別の作者で連載中となっている。
そちらでは本編未登場の冥闘士たちが新規登場を果たしております。

個人的には「ポセイドン編」の終わりの引き方がお気に入りです。
「全ての生命は海へと還るんだよ・・・」と余韻の持たせ方が上手い。

ナイスレビュー: 0

[投稿:2010-07-03 09:57:40] [修正:2012-01-03 09:49:19] [このレビューのURL]

9点 青い花

「放浪息子」で性不同一性障害を扱った作品を描いていることで知られる
志村貴子氏の女子高を舞台にした作品。

松岡女子高等学校に入学した「万城目ふみ」ちゃんと、
藤ヶ谷女学院高等部に入学した「奥平あきら」ちゃんは幼馴染。
小学生の頃はしっかり者のあきらが大人しくて泣き虫のふみを守っていた。
でも、ふみちゃん家の引っ越しで離ればなれに。やがて忘れていった。

が、2人が高校生になってすぐに運命的な再会が待っていた。
通う高校は別々だが「共に女子高」も何かの縁か?
ふみちゃんはひとつショックな出来事があった・・・・。
従姉妹の千津ちゃんが結婚してしまう。
実はふみちゃんは千津ちゃんと一線を越えた関係が・・・・・。
身体を許した相手の裏切りともいえる行為にふみちゃんは泣き崩れるしかなかった。

傷心のふみちゃんが高校で文芸部と間違えてバスケ部に入部してしまう切っ掛けとなった
先輩との出会いがあった。
同性愛の女の子と同性愛ではない女の子。
冒険の始まりが「ボーイ・ミーツ・ガール」であることは
宮崎アニメの名作「天空の城ラピュタ」を観れば明白であるが、
では「ガール・ミーツ・ガール」は何のスタートなのか?

付き合うことになった先輩との関係は親友となったあきらにも言うことを躊躇ってしまうような「秘め事」のようなもの。
実は先輩にも秘密があった。先輩は以前はあきらの通っている藤ヶ谷女学院高等部に通っていた。
でも、好きになった演劇部の顧問の先生に受け入れてもらえず退学した。
で、その頃の後輩の女の子に先輩を想い続けている子がいて、あきらの友人。

進むのは茨の道か?はたまたけもの道か?
「女の子」って男の子よりも同性愛に陥りやすいのかもしれないな・・なんて思った。
心細いとき優しくされたら・・・可愛い子を可愛がることも抵抗はないだろうし・・・。
そして「少女性」は陽炎の如き青春のごく一瞬の煌きにも似たものなのかもしれない。
人は「同じ場所に一瞬たりとも留まってはいられない生き物」なのだ。
だからこそこの作品ではそのせつなさが「一層映える」のである。

漂うのは「危うさ」である。嵌りやすく、惑いやすいのだ。

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[投稿:2010-07-11 23:18:39] [修正:2012-01-03 09:48:19] [このレビューのURL]